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第五百七十話 耐える、もがく

「冥土送り(めいどおくり)!!!」


陽菜の炎が奴の体に命中し、体から水蒸気が一瞬にして噴き出す。

この時点で気付いておけばよかった。


「虎王(こおう)!!!」


反対側では楓が強力な黒い風の一撃で奴の体を全て削る勢いを見せている。

この時奴の体から大量の水が出ている事を少しでも注意に止めておくべきだった。

だが、時すでに遅し。もう六華を振り下ろすだけだった。


「・・・・・かかったな?」


手に感覚は無く、奴の皮膚は簡単に裂けていく。先ほどの生命線を断ち切った自信が

俺をそうさせたのは間違いない。俺の耳に届いた奴の言葉が

この選択が間違ったいたことを明らかにする。


『・・護れ。』


この時、ハスターが声をかけてくれた事で俺の体に黒い風をまとわせる事に成功する。

その隙間から見えた光景。それは奴の体液が形を変え、俺の命を奪おうとする姿だった。


「ッ・・・・・!!!」


弾丸、刃、その他様々な兵器の姿を俺の体に付き刺さろうとして来る。

人体の急所を知り尽くした奴は的確かつ最高率で打ち放ってきた兵器達だが

幸い威力が弱く、黒い風の鎧を通すことは無い。


「ぐっ・・・・・!!!」


凌いだ感覚は一切ない。何故なら後ろから大切な味方達の声が聞こえてきたからだ。

後ろを向いている余裕はない。まずは目の前で起きた出来事への対処が優先。

後ろの二人であれば簡単には致命傷を負わない。これ以上の追撃の方がマズいと

先に向かわせていたミネルウァ達を向かわせ体を守らせる。


「止めを刺してやろうか?」


余裕の一言が胸に突き刺さる。生殺与奪権が自らの手にある宣言が脳に響く。

させまいと後ろに構えていたヘルクレスの弓を放たせヒュドラの毒で退かせようと試みるが

打ち放たれた矢に無数の何かが降り注ぎ、俺の視線の先で消えていく姿が映し出された。


『わざとだな。厄介な奴め。』


無数の何かの正体は先ほどまで燃えていた触手達。奴はあえて燃やしていた。

消さない理由がないと思っていたが、まさか自らの身を削って俺達に仕掛けさせてきた。

ここまで何も仕掛けず、自らの優位な盤面を捨ててまで奴はこの状況を引き出した。

よく考えれば分かったかもしれないが・・・あの場面、押し返すしか選択肢は無かった。

最大限の時間稼ぎをしたつもりだ。あれ以上待ってしまえば触手の炎が自然と静まり

再度全体に対して攻勢を仕掛けられてしまう。


「・・まだだ。」


引き寄せられていた。そう仕掛けられていた。だが、もう退くことはできない。

ミネルウァ達は楓達についている。致命傷は・・・避けているのかは分からない。

それでも、二人を置いてでも押し込むしかない。それ以外の選択は既に

奴の手によって阻まれている。


「そうだな。お前は向かってくる。傷ついた仲間達を見捨てることなく希望を追う。」


後悔は終わりだ。心は前を向いている。ヘルクレスの矢を消滅させた触手達は

俺に標準を合わせるはず。だが、まだ残されている仲間達がいる。

当然、何とかしようとすれば標準はそちらに向く。純恋や桃子、千夏さんに危機が訪れるが

それでも俺が押し込む隙は作れる。その先は・・・今は考えてる暇はない。


「希望を追った先、そこに待っているのは一体何なのか。その行く末を何度も見てきた

私が一番知っているのだ。」


それでも・・・追う。逃げる選択肢は無い。逃げてしまえば皇が前に出てきてしまう。

危機を察したあの人は必ず俺達を救おうと何かを仕掛けてくる。

親父や定兄にも止められない。


『・・陣や式盤は手放すか?』


・・ここで全力を出すのであれば消す選択肢もある。だが、この先を見るのであれば

残しておく以外の選択肢は無い。未来の影すら見えてこないが、

希望は残しておくべき・・・だと思う。


「全てを投げだすか?それもよかろう。」


それはひどく・・・俺を誘っている様に思えた。わずかな揺らぎ、全てを捨ててでも

押し込む決断に舵を切ろうとする選択肢に揺れていた俺の道をはっきりとさせる。

それが奴が俺に賭けた認識阻害の効果なのだとしても、仕方がない。


『分かった。残したまま、押し返すとしよう。』


ヘラクルスをそのまま使ってもよかったが、それでは威力が足りないと英雄を構成する

術式を崩して再度練り上げる。その姿は無防備でありミネルウァ達を楓達に付けている以上、

狙われるのは道理だが、何故か反応を見せない。


「さて、仕上げだな。」


まさか・・・奴の狙いは純恋達・・・?俺に押し込まれないと既に算段を付けているのか?

術式の練り上げに奴ら程度の攻撃を喰らったとしても作り上げる自信はある。

だが威力を下げる事が出来ず、純恋達への攻撃を防ぐための風を生み出すこともできない。


「陽菜さん・・・!!」


「・・分かっている。」


俺が動けない事を察した楓達がミネルウァ達を振り切り、傷ついた体で縮地で純恋達の元へ

向かうと無数に降り注ぐ術式達を吹き飛ばすため、わずかな時間で最大威力の術式を

練り上げる。見ると純恋達は既に太陽や風、そして斬撃を既に打ち放っており

何とか触手達の術式を阻もうとすでに動き出している。

見ればやはり楓達はひどく傷ついており、致命傷は避けているがなんとか立っているのが

やっとの様に見える。


「全部は無理か・・・来るで!!!」


それでも抑えきれず、襲われようとしている姿を見て助けに行きたい気持ちを抑えつつ

術式を練り上げる。


「・・父なる雷(ユピテル)。」


主神であるユピテル。以前作り上げた惑星ではなく、主神事態を術式として作り上げる。

これであれば押し返せる。陣や式盤を残しての番面ではこれが最大。

これ以上を出せば脳のリソースが限界を迎え、ガス欠も起こすだろう。

先の見えない戦いで残す最低限の力を大雑把に計算し、奴に向けて撃ち放つ。

ユピテルは万能。天空神であるカエルスより遥かにこの空を支配する。

凄まじい雷を体から放っているが、それは徐々に右腕にへと集まっていく。

凄まじい轟音と共に雷がユピテルの右手まで移動すると、暴れ狂う雷を何と鷲掴んで

稲妻が丸で得物の様にその中へ納まる。


「・・・・・ふむ。」


凄まじい姿であるが、忠行は動揺を見せない。むしろいまいちだと言わんばかりに

ユピテルと俺を見つめている。


「・・まあ、いい。」


そしてただ一言だけ。何かを呟きながら純恋達に向けている触手の一部をこちらに向けてきた。

奴が何を企んでいたのか、それが思い通りに行ったのかさえ分からない。

ただぶつけるだけ。今は・・・ただ、それしかできない。

手にもった雷をユピテルが忠行に向けて投げつけると、音を置き去りにした光が

忠行の体に向かい、そして打ち抜く。雷は体全体に流れ、そして全てを燃やし尽くす。

それは奴であっても変わらず、先ほどの陽菜とは比較にならないほどの水分が体から

溢れ出し、天に帰っていく。

ただ・・・・・それでも手ごたえは無く、奴は足を動かす様子は見せない。

出来る限りの力を使い、打ち放った一撃でさえも通用せず後は俺の体のみ。


「風で・・・・・!!!」


力は使ったが、ユピテルを構成する風はまだ残っている。その風で押し出せは

物理的に押し返すことは可能。

術式などもはやどうでもいい。打ち放つことが出来ればただそれでいい。

無理やりにでも風を向け、奴の体に打ち放つ。


「・・終わりだな。」


奴の言葉が耳に届いた瞬間、体に激しい痛みがじわじわとやってくる。

もはや確認するまでもない。先ほどまで向けられていた子孫達の一撃が鎧を貫こうとしているのだろう。先ほどより強まった理由・・・。それは恐らく、千夏さん達が耐えられずに

戦線維持が出来なくなったという報せだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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