第五百六十六話 腹の探り合い
広がっていたのは暴れる忠行の姿。俺の不意打ちに怒り狂ったのだろう。
『・・狂ったか。』
だが、どっしりと構えて動かなかった奴がその重い体を動かし仲間達に襲い掛かろうとしている。
「生命線を断ち切ったからか・・・・・?」
奴が動かなかった事がそれなのだとしたら、決定打を打ったことになる。
危機を察した奴が暴れ出したと考えるのが筋だが・・・安直すぎるか?
「・・今は考えている暇はないな。」
助けなければならない。奴をこのままにすれば味方が危ない。
生命線を失った奴が支配を手放すとは思えないが・・・ここはみんなの前に出る必要がある。
「来てるで!!逃げや!!!」
全員を逃がそうと前に立っているのは純恋。作り上げた太陽を使い奴の体を焦がして
止めようと試みている。だが、奴の再生力は未だ健在。押し込むのは難しい。
一つ、考えなければならないのは奴がただ暴れるとは思えない点だ。
ただ狂うなんて事はあり得ない。奴はこの場にいて俺を近づけようと色々と謀を
巡らせていた。俺の思い違いかもしれないが、何か目的がある事だけは確か。
「楓、陽菜。」
俺を近づけたかったのに移動しなかった理由はただ一つ。俺は敵に踏み込む時、
必ず一人になる状況を作り上げる。
一人で突っ込み道を切り開くかそれとも仲間達を先に向かわせる事が大半だ。
当然仲間共に踏み込むこともある。だが、確実に止めを刺す状況を作り上げる事を俺は好む。
それを察して千夏さん達も同じような動きを取ってくれている。
これは仙蔵さんの家でいつもの調べものをしていた時に千夏さんに教えてもらった。
「先に行きますか?」
俺の影から出ていた二人は隣で共に駆けながら指示を待つ。
「・・いや。」
俺が不意を打つために戦場から離れたタイミングで逆手を取る様に不意を打ってきたのが
単体で突っ込ませるためであるのなら、ここは慎重に行くべき。
「一緒に行こう。あいつは俺一人じゃ敵わないからな。」
それがまかり通るのは俺を単体で上回る敵のみ。そんなことが出来るのは奴しかいない。
「連携を取るぞ。ああやって踏み込まれれば前衛も後衛も関係ない。」
踏み込みは脅威。隊列を組んでいる部隊にとってしてみれば警戒度は高い。
俺達の様に役割分担程度の隊列であれば大きな痛手となる。
その理由は単純。得意分野に応じた距離を取っている隊列の隙間に入り込まれ
その距離を埋められれば不利な状況で戦わなければならない。
幾度となく同じような場面に見舞われたが、それは移動手段を持たない者にしか通じない
策であり、俺達には影渡りの移動手段がある。
「・・了解した。」
それに俺に限って言えば空気となり風に流れる事も出来る。
窮地にすぐさま駆けつけることだって可能だ。それを前提に立ち回る事が出来れば
強気に出れるが・・・忠行の予想外の行動に、純恋は動揺して何とか皆を逃がそうと
してしまっている。
「純恋!落ち着きや!!」
身を張ろうとする純恋の前に桃子が立つ。わずかな時間だったが、体には新たな傷が見え
その形状から触手で薙ぎ払われたのだと察する事が出来る。
今すぐにでも向かってやりたいが、ここで簡単にいけばそれこそ奴の思い通り。
幸い俺の隣にいる二人の縮地の速度は速い。影渡りを使わずとも今すぐにでも間に合う。
それに・・・・・俺が行くと奴に報せる事こそが一番効果がある。
「・・・・・来たか。」
控えめに触手を振るい、暴れていた忠行は俺を見た一瞬体を動きを止めこちらを見るが、
再び純恋達に向かって襲い掛かろうと距離を詰めていく。
奴は巨体だ。移動に特化した術式も持たない。早いのは触手だけ。
俺を見たという事は不意を打ってくる可能性は高い。警戒は当然、共に向かう楓達を
狙う事も十分に考えられる。
「知恵の象徴。」
知恵、戦争、そして芸術。民衆の愛された神の傍にいたのは梟。
知恵の象徴と呼ばれ、今なお愛される神の使いとして扱われる神獣。
「頼むぞ。」
黒く染まった梟は大きな翼を羽ばたかせ、純恋達の元へ向かう。
狙いは時間稼ぎ。全員を十分に退かせる為の・・・・・。
「・・・・・?」
・・何故、いつもこうも回りくどい?ずっと引っかかっていた。
それは俺を招き入れるための策だとつい先ほどまで思っていた。
だが、なら何故あの遅い体を動かした?触手を向けるだけで十分なはず。
それは・・・まるで誰かに見せつけるためにしか見えない。
その対象も全て俺であると思っていた。むしろそうでなければ筋が通らない。
(だが・・・・・。)
所々通らない。俺ではなく、どこか別の筋を通そうとしている様に思えて仕方がない。
その謎は一体何なのか。考えたいが・・・・。
『・・何故奴はお前を勧誘したのだろうな?』
梟は純恋達を護るように前に立ち、大きな翼を羽ばたかせてすさまじい豪風を巻き起こす。
向けられた触手は簡単に削られ、触手は届かない。
「勧誘・・・?」
『お前を殺すためなら奴はそんなことをする必要がない。それは子孫達も同じだ。
そうは思わないか?』
それは・・・確かにそうなんだ。俺はそれを動揺を引き出す言葉だと思っていた。
「じゃあ・・・何だってんだ・・・!!」
梟が稼いだ時間で追いついた俺達。楓と陽菜が純恋達を庇いながら後退していく。
『お前達の様に強い意志を持った奴は少ないと言う事だ。両親を含めたな。
もしかすると・・・・・あの中に入っている奴らには忠行側に付いた奴も
いるのかもしれないぞ?』
・・否定できない。それはただ忠行側に付いたわけじゃない人達がいる場面を見てきただからだ。単に狙われるより、忠行側に付いた方が楽だと判断した人がいてもおかしくはない。
そして・・・仙蔵さん達の様に付く必要がある人達だっていたはずだ。
「それが奴の狙いに繋がっているってのか?」
『そうではない。だが、毎回ああやって誘っていたという事はそれだけ”味方が少なかった”
と言う事だろう。そしてそれは取れる策や動きに限りがあったという事だ。』
奴は当時の神道省や武道省に多くの配下を持っていたと聞いている。
だが、ハスターの言葉はその証言を否定していた。
「そんな嘘をつく必要は・・・?」
触手に気を付けながら徐々に退く。奴は深く追ってこないが、その代わりに大きな目は
俺ではなく辺りを警戒している。
『虚言かどうかは知らん。だがそれがどうであれ奴は味方を多く見せたかった。
それは何故なのだろうな?』
味方を多く見せたかった・・・?それは・・・何故?
そしてなぜあの場において俺を味方に付けようとした?
「・・話し途中で悪いが、一度立て直しを行った方がいい。
生命線を断ち切ったのは良いが、それなりの犠牲が・・・・・。」
ハスター・・・ではない。となると・・・・・・・・・。
「・・・・・待て。」
嫌な予感がする。俺の予想が当たっていれば・・・このまま退くのは”見栄えが良くない”。
「何故だ。敵は時間稼ぎを狙っている。それに乗じて立て直しを・・・・・!!」
「それが最善なのは重々承知だ。だが、なんでそんなことを続けるんだろうな。」
兼兄も、俺も。遡ればいつでも。奴は俺を殺そうと思えば殺せたはずだ。
では何故それをしなかったのか。理由はただ一つ。
「何故って・・・・・。」
「”場を整えているんだよ”。」
奴はわざと俺達を生かしている。ボロボロにして・・・頼みの綱は呆気なく退いていしまう。
「なんで兼兄達を生かしたのか、そんでなんで俺達に最後まで止めを刺さないのか。
なんでだろうな?」
「それは・・・・・。」
「”俺達自体に価値はない”ってことだよ。いや、こうして生かした方が価値があるって事
なんだろうな。」
俺達が窮地に訪れているという場面を作り上げたい。
それには例え生命線を断ち切られたとしても押し続けなければならない。
俺の作り上げた風の床は奴にとって有用だったことだろう。何せ大切な触手が
やられても隠し続けられる壁となったのだから。
「千の仕事の女神。」
戦いの女神を作り上げ、梟の隣に浮かばせる。
「何とかする。ここは維持だ。」
まだ来てはいけない。俺達がここで踏ん張り、奴の望み通り時間を稼ぐ。
それが最善であり、最低限。その姿を見た奴の表情は人間ではないのに関わらず
予想外で、強い不快感を露わにする。その奴に向けて戦いの神と従者である梟を向かわせた。
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