第五百六十三話 死に物狂いの忠告
何度も下してきた決断。だが、やはり何度やっても慣れない。
分かっている。後悔は先になど立ってくれないことを。そして、どの道を歩もうと、
どれだけ状況が好転しようと少し回りを見ればひどくに奴いた顔でそれは俺を覗き見てくる。
「・・・・・・・・・。」
視点を変えればより良い道などいくらでもある。結局、俺は後悔するんだ。
宇宙の力の解明に全力を出した所で仲間達は必ず傷つく。今ある状況で攻め立てても同様。
それが戦場。道中何があろうと、最善の結末にたどり着くことが出来たのならそれでいい。
そう・・・分かっている。それが分かっているはずのに・・・選べない。
「・・・・・・龍穂。」
黒牛への支援として、カエルスに攻撃支持を送っていると隣から声が聞こえてくる。
それは先ほど感じた影の違和感の答えそのもの。この場にいて欲しくない人物が
息絶え絶えで言葉を放ち、そして濃い死の匂いを体から放っている事を五感全てで感じとる。
「焦る・・・なよ。」
天空からの支援が地上に届いたことを確認した後、眼だけで隣を確認すると
そこにはひどく血を流している兼兄の姿があった。
「・・退いてくれ。」
俺への助言を伝えに来たのだろう。だが、その言葉に耳を傾けることなく
自然と出た言葉は身を案じた願い。無事でいてくれ。命を守ってくれ。
その言葉が喉から出かけるが、俺を見つめるその視線の込められた強い意志が俺の
言葉を押し込める。
「あれだけやっても・・・まだ奴は手札を隠している。全てを引き出そうと思うな・・・。
少ない勝機にいつ飛び込むだけを・・・・・考えろ・・・。」
枯れそうで、いつ消えてしまうか分からない声が俺の脳にはっきりと届く。
真っ赤に染まった手は得物を持つとまるで水に浸したタオルを掴むような水音が響き、
風の上に赤い血が飛び散る。
「・・・・・分かった。」
俺が答えようと答えまいと、兼兄は再び忠行に飛び込むつもりだ。
ここで命を散らすと決めた男の覚悟を・・・・・俺は止められない。
「何やってんの!!!」
俺には無理でも、兼兄を止める人なんていくらでもいる。兼兄が来た時に
念話で千夏さんに声をかけ、ちーさん達にこちらに向かってもらっていた。
「ここで死なれちゃ泰国兄さんに合わせる顔がないんだよ・・・!!!」
後ろから二人は忠行の前に立つと、自らの影に兼兄を沈めていく。
兼兄には・・・守るべき兄弟がいて、守られるべき家族達がいる。
「・・兼兄。」
抵抗する事を諦めたのか、それとも・・・力尽きたのか。膝を突きながらも倒れずに
ただこちらに視線を送りながら沈む兼兄に声をかける。
「起きたら・・・少し時間を作ってくれよ。会って・・・・・色々話したい人がいるんだ。」
俺は・・・あの人がどこに眠りについたか分からない。いや、正確には知っているが
この戦いが終わればあのような狭い場所で一人眠る必要はない。
兼兄だったそう思っているはずだ。何かに備えるのではなく、心穏やかに休め愛する家族達が
すぐにやってこれるような場所を用意するはずだ。
「・・・・・・・・・・・・。」
俺の願いに兼兄は答えず、影に沈む。答えが返ってこない事こそが答えだとは・・・・・
言わせる気はない。この人だけは失ってはいけない。
ちーさん達が言った通りだ。兼兄を失い墓前に立ったとしても、どんな顔をすればいい。
(どうする・・・・・。)
考える。考えろ。どうやれば状況が好転する?黒牛はまともに進めず、猛達は
もうすぐそこまで迫っている。何とかするしかないが、奴の触手を抑え込むのは難しい。
俺がどうやっても奴は動きを察して触手を減らし、すぐさま減らして黒牛を再び止める。
足りないのは手数だが・・・五行陣と六壬式盤を維持し、空気を支配している中で
さらなる一手は流石に厳しい。
「・・行けるか?」
俺が全てする必要はない。ここで仲間達の手を借りなければどうすると、
ヘッドセットから指示を出すと、後や壁の中から援護が飛び出していく。
「白虎!!!」
まず飛び出したのは楓。援護を期待し、壁を降ろした瞬間弾ける様に飛び出してくる。
黒牛を止めている触手に向かって式神である白虎と共に襲い掛かった。
「白虎か。無駄な事をしおって。」
足並みをそろえるため、触手をリソースを奪いにかかるが向かってきたのは立った二本。
それだけで楓達を抑えられると思っているのならあまりに舐めすぎている。
「虎影刃!!!」
向かってくる触手に向け、大きな爪を振るうと白いからだとは対照的な黒い風の斬撃が
触手を断ち切るが、一秒も立たずに肉の断面から新たな触手が生え、何事も無かったように
白虎に向かっていくがそこには白い虎の姿はなく、代わりに大きな鉤爪をつけた
大柄の男が拳を構えて待っている。
「お前の事は晴明と共によく見ていたからな。」
次なる一手を既に読んでいたと言わんばかりに腕を振るい、鉤爪で触手を切り刻んでいく。
平安時代の陰陽師の戦いは資料として残っている事が少ない。発展が浅い陰陽という
技術は一点ものであり、不用意に文献に残せば情報戦の観点から不利に立つと
その技術だけは密かに残されたものの戦闘記録はほとんど残されていない。
用心深い忠行も当然戦闘記録など一切なく、その経験を持った者が仲間にいるのは
非常に心強い。
「そうか。」
再生する間に断ち切られていく触手を見た奴はこのままでは命を奪う事は出来ないと
さらなる触手を向ける。どうやら白虎は持久戦を狙っているらしい。
だが多方向からの触手相手では持久戦も厳しい。断ち切られる事を恐れない奴ら程
厄介な奴はいない。このままではマズイが、その主がただ黙って見過ごすわけがない。
「さて・・・・・。」
向かってきた触手に対し、俺が使った恒星のような術式で足止めしながら
白虎に向かってきた奴らにクナイを放り投げる。多方向から向かってくる奴らを明らかに狙っていない適当とも見える投擲だが楓の狙いはただクナイを突きさす事ではない。
「吸。」
小さく呟いた楓の言葉に呼応する様にクナイに結びつけられた札が光出し、
先程の恒星のような術式で動きを止めにかかる。
「助かる。」
全てを吸い取るサキュバスの始祖の力と俺の風の力を組み合わせ、すさまじい勢いで
全てを吸い込む空気の塊を楓は生み出した。規模は俺に劣るが、その吸い込みはむしろ俺以上。
向かってきた触手を破壊の限りを尽くして動きを留める。
「やはりいい能力だな。」
単にサキュバスの力が強いだけではなく、それを他属性に組み込んだ術式を見た
忠行は褒めの一言を向けながら吸い込まれ続ける触手を根元から捨て去り新たな触手を
向ける。忠行は楓の才能にかなり惚れこんでいる様だが、奴に渡す気はさらさらない。
奴は触手をさらに向けた。黒牛は猛達に合わせるため必死に前に進んでいる。
このままであればいずれ追いつく。その時こそ兼兄が言っていた勝機。
三方向からの挟撃は誰が見てもあからさまな好機であり、逃すわけがない。
楓達に向かっていく触手には後方からの援護によって動きを止められており、
このまま立ち回れば十分な時間稼ぎができる。
「・・哀れだな。」
好機を引き寄せられると俺の心に希望が生まれ始めたその時。俺を見つめながら
忠行は蔑んだ眼で俺を見つめてくる。
「一体何を見てきたのだ?私の力を十分に見せたつもりなんだがな。」
優勢は俺達。この戦いが始まってから多少押し込まれることはあったとしても
五行陣や六壬式盤を手放したことは無い。これがあればある程度は対応できる。
そう・・・高をくくっていた。奴が指を弾くまでは。哀れと言ったは自分が何かしたと
報せるため、指を弾いた。そしてその正体は・・・俺達に迫ってきている。
『・・やられたな。』
その感覚は見覚えがあり、理解した瞬間冷や汗が止まらなくなる。
あれが来た時、俺達は守られていた。だが、もうそれは崩壊してしまっている。
奴が仕掛けてこない理由は恒星に縛れているのではなく、これを待っていた。
「さあ、どうする?」
黒い影が俺達を覆う。見上げた先には・・・俺達の背丈をゆうに超える大津波が
広がっていた。
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