第五百五十話 始祖 リリスの力
忠行を目指す楓。今までより遥かに強力な力を持った姿にどうしても目を奪われてしまう。
「ふぅ・・・・・。」
楓は大きな翼を羽ばたかせながら一直線に向かっていた忠行と少し距離を置いた所で
急停止を行う。これは・・・自らの存在をわざと忠行に見せつけている。
「・・これまた珍しいな。確かに力を感じていたが、まさか”始祖の力”を持った者が
本当にいるとは。」
楓は元々クイーンサキュバスの力を持っていた。触れるだけでもかなりの力を吸い取れるだけの
力を有していたが、その体にはそれ以上の力が込められていた。
「まさか日ノ本でその姿を見るとはな。クトゥルフも驚いているぞ。」
そもそもサキュバスとは海外で多く語られる悪魔の名であり、日ノ本とはあまり関わりの無いように思えるが人間に扮しながら世界各地で勢力を広げたサキュバス達で縄張り争いが起こり、
穏便派のクイーンサキュバスが争いを避け東の果ての島国にたどり着いたとされる。
力の強い個体には始祖の力がより濃く表れているが、何百年に一度始祖と同等の個体が
生まれるとされており、その儀式が八海で行われた。
「そうですか。別にあなたに驚かれても嬉しくはありませんけどね。」
警戒を見せる忠行に対し、ぶっきらぼうに返す楓。
多くの犠牲を出した儀式の結末については目撃情報も無く、呼び出した始祖がどこかに行った
という情報だけが残った。その情報を得たのは当時の業の長である長野さん。
あの人がその情報をただ持ち帰るだけで終わる人ではないが、何故か後追いを行わなかった。
「・・そうか。それは残念だな。」
今思えば・・・業の里や八海でまともな情報を明かさなかったのは俺達への
優しさだったのだろう。過去を追っていた涼音がその影を引きずり続ける中で楓が
両親の仇の力を有していたとなれば何を起こすは分かったもんじゃない。
「さて・・・”リリス”。」
楓が力の源である始祖の名を呼ぶ。リリスの名は多くの神話で出てきており、共通して
悪霊か悪魔、そして・・・サキュバスとして登場する。
夜の意味が込められたその名は多くの人間を誑かしてきた。神や人間を誘惑し、
奪った命を力に変えてさらなる得物を探す姿はまさにサキュバスの始祖。
人類と神の世界が分かたれた時、神を誑かし飽きたリリスはなんと転生する道を選び
人間の世界で行動する事を選んだと楓は語っていた。
「・・愛する人の前だよ。私達の力を見せてあげなきゃ。」
楓が何かを呟くと、その中に込められた力がさらに強くなっていく。
右手には得物である蛭。左手には命を救われた浄蓮の雲の意図が張られており臨戦態勢に
入っている。
「・・・・・一つ尋ねる。我が妻とならないか?」
水の壁から覗かせる忠行はなんといきなり楓に求婚を申し込む。
「その身をあのような未熟者な小僧に捧げるのはあまりに惜しい。わしの様な強大な
力を持つ者にこそ、真に釣り合う相手だと言えよう。」
あの冷静な忠行が突然何を言い出すのかと少し驚くが、申し込まれた当人は一切の
動揺を見せる所か大きなため息を吐いて口を開く。
「何を言い出すかと思えば・・・お断りします。あなたのような枯れ木になど
私は興味はない。それに対して私の主の力はあなたより強大であり、そして雄々しい。
貴方とは比較になりません。」
男たらし。それは神も人間も関係ない。男として生を受けた全員を魅了する悪魔。
まさにサキュバスの始祖であり、忠行が欲するのは分かるが楓を渡すわけにはいかないと
忠行と相対する楓に並び立つ。
「・・気に食わんな。」
ここに来て明らかな苛立ちを見せた忠行。リリスの力はそれほどまでに魅力的であり、
強力な神の力を秘めた忠行であっても防ぐことはできない。
この力であれば忠行に対抗できる。そう確信した楓の背中を軽く叩くと
若干こちらに顔を向けるがその瞬間、鼻の中にひどく甘い香りが飛び込んで来た。
「・・・・・行きましょう。」
いつも以上に甘い香りを漂わせている楓。リリスの力を完全に操っている証拠であり、
これなら忠行相手に踏み込んで戦えるかもしれない。
始祖の力を持っていると言われてから夜な夜な抜け出して力を引き出し、
そして操る特訓に付き合ってきた。始めは寮の関係上純恋達と共に特訓をしていたが、
異性を魅了すると言われているが、始祖の力は性別関係なく魅了してしまうという
苦情が入り、結局魅了が全く効かない俺と共に寮を抜け出して仙蔵さんの家で
特訓を続けていた。だがリリスの力はすさまじく特訓だけでは完全な制御は難しいと
長い目で見ることになったが、どうやら先ほどの戦闘で制御下に置くことが出来たらしい。
「ああ。」
後ろにいる二人にも合図を送ると四人で壁の穴に突っ込んでいく。
月の光は突っ込むために押さえているが、それでも周りの空気を乾燥させるには十分であり
俺の風も少しは操作が持つだろう。
離れて戦えばもう一方から突っ込んできている兼兄達に落とし子をさらけ出す形となり
動けない忠行は俺達を受けて立つ構えを取る。
「第六天魔王波旬!!!」
俺達の後ろぴったりに付いてきている陽菜は第六天魔王をさらに純粋な悪魔にした
刃旬としての力を開放する。
「日ノ本将軍平親王!!!」
そして共に突っ込んでくる桃子も力を出し切り体に戻ってきた将門公の力を
さらに一段階引き出した姿を見せてくる。真に日ノ本の民を願う将軍としての姿。
その力はすさまじく、背中を任せるには十分。
「・・・・・!!!」
日ノ本屈指の接近戦に長けた者達であることは間違いないと思っていた矢先。
奴が早速仕掛けに来る。あれだけの水を辺りに漂わせているにも関わらず、
俺に向けて踏み込んで来た。
「同じ轍は踏まねぇよ・・・!!!」
奴の踏み込み。そして接近戦は脅威。それを一度経験しているので警戒は出来ている。
乾いた空気を一気に動かし、接近する奴に対して弾丸を打ち込む。
四方から不意打ちに対し奴はお構いなく踏み込んできており肌に触れた弾丸は
肉を貫こうと食い込んでいくが溢れ出た体液によって操作を奪われる。
「くっ・・・!!」
やはりまだ俺の風は奴に届かない。辺りに敷かれた海水であればまだ可能性は残っているが、
奴が直接放つ体液には操作を奪われる。
その姿を見て柄に手をかけるが既に踏み込まれている。このままであれば
再び拳をもらう事になるが、隣には楓がいる。
「やらせませんよ・・・!!!」
俺と忠行に間に踏み込んだ楓は手に持った得物である蛭を拳に向けて切りかかる。
蛭は楓の吸魔の効果を高める得物だが、切れ味は六華に対して遥かに劣る。
奴が固めた拳の皮膚に傷をつけられるかもしれないが、肉や骨を断ち切るには程遠く
このままであれば押し込まれると覚悟を決めるが、何と楓は片手で受け止めてしまう。
「・・やるな。」
細い腕に込められた強靭な筋肉が放つ馬鹿力。そこにリリスの力が乗ったことによって
忠行にも負けないほどの剛力を得ており、拳が止まった瞬間に出来た隙を逃さず
六華を引き抜き忠行に向けて切りつける。
腕を断ち切った実績のある一太刀に警戒していた忠行はすぐさま後ろに跳ねて距離を取ると
楓に視線を送り口を開いた。
「その得物、なかなかに面白い術式が込められているな。だが、俺の拳に振れたことで
俺の力を取り込んだはずだ。」
今までは魔力を取り込むだけであったが、力の増した楓は神力を含めた力を吸い取ってしまう。
それすなわちクトゥルフの力を取り込んだことにより体を深き者共へと
変えられてしまう事になる。
だが楓の体には変化はなく、むしろ不敵な笑顔を忠行に向けており、
体の前にゆっくりと手のひらを空に向けると肌から黒い海水を取り出していく。
「私はリリスですよ?体に取り込む力の選択は容易です。」
人間の体の六割は水で出来ており、肌など触れた水分を吸収するのは自然な体の働きだ。
だからこそ奴の水に触れてはならないのだが、楓は体内で取り込む力を選択する事が出来、
しかも吐き出す事さえ可能の様だ。これなら忠行の体に触れても問題ない。
明確に忠行と渡り合える仲間が現れてくれた。これなら心置きなくともに踏み込める。
そして後ろには陽菜や桃子も控えており、後方では純恋達の援護もやってくる。
決して優勢ではないがようやくまともに立ち回ることができるようになった。
「・・厄介だな。」
リリスの力が思っていた以上に厄介だと知った忠行はさらに後に跳ね明確に距離を取る。
そして・・・足元に敷かれた深海を動かし始めると、明らかに対応を変え襲い掛かってきた。
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