第五百四十九話 太陽の周りを漂う者達
明けの明星と宵の明星。共に太陽の光を吸収した惑星や衛星が空に輝く姿を見て
付けられた名。純恋は木星の中でも核となるほどの力を持ち、その力を吸収し、
また光の影に隠れるなど上手く立ち回る事で戦ってきた。
だがそれは俺を抜いた立ち回りであり、基本的には後方で純恋達の援護を行いつつ
窮地に時やとどめの際に前線に出ていた。
「・・・・・・・・・・。」
いつもであれば俺は純恋達の後ろに付き、援護に徹していただろう。
敵の出方で後方に回ることがあるだろうがこうして隣に立つ事に対して不安を抱かなく
なった事が素直に嬉しくなってしまう。
「太陽か・・・。」
俺と純恋が太陽から集めた光を打ち放たれた忠行達は深海から水柱を打ち放ち
光を阻む壁を作り上げる。だが光の速さに間に合わず、巨体に集められた光の熱に
落とし子は大きな悲鳴を上げた。
「まったく、厄介だな。」
クトゥルフ同様、冷静を崩さない忠行は打ち上げた海水で落とし子の体を冷やす。
肌が黒く変わるほどに焼け焦げていたが水が体から落ちると火傷の後がきれいさっぱり
無くなってしまう。
「安心しろ。傷つけがすぐに治してやる。」
俺達の一撃は単にダメージを与えるだけじゃない。新手として出てきた奴に対し、
強く出られない様に恐怖を与える効果もある。特に陽の光による火傷は奴の肌に編み込まれた
痛覚へダイレクトに警報を鳴らす。だが、そんな俺達の狙いを忠行は把握しており
すぐさま痛みを取り除いて恐怖を薄めた。
「・・やっぱりあの回復は面倒やな。」
奴を支えている驚異的な回復力。自らや配下達に対してのみ効果のある再生力は確かに
脅威だが、今の一撃は決して効果が無かったわけではない事を落とし子が示していた。
「ああ。だが、奴にも痛覚はあるみたいだな。」
クトゥルフの神々全般に言える事だが地球上の生物と同じく痛覚を持っており、
そして恐怖を認識できる知能もある。
俺達より上位存在であることは間違いないが、奴らも生物のくくりから外れてはいない。
「それが知れただけでも良い収穫だ。太陽も金星も、俺の月も残っている事だし
攻めを維持する事が出来る。」
ただ今まで通り、奴らを倒すのが面倒であることが分かっただけ。別に指揮を下げる必要も何もない。
「・・立て直しは済んだな?俺達は攻め続けるぞ。」
奥を見ると兼兄達が再び忠行へと攻め込む姿勢を取り始める。
崩されたものの有効であった黄金の蓋で海水を閉じ込めるため、ノエルさんが詠唱を始める。
「させるな。」
瓦礫を黄金に染めようとしたその時。落とし子が操作を奪い返しノエルさんへと打ち放つ。
どうやらまず黄金に変えた後操作を行う様で、その間に操作されてしまえば黄金に変える事は
難しいらしい。これまでの攻防でノエルさんの弱点を見抜いた忠行は岩や土を操ることに
長けている落とし子を呼んだようだ。
「・・まずはあそこを切り崩すのが先決だな。」
兼兄の影で海水に蓋を出来ればいいが、今までしてこなかった所を見ると難しいのだろう。
深海という奴の領土はそれほどまでに強力であり、簡単には奪え返せない。
これでも攻め込んだとしてもすぐさま水に体を包まれ先ほどの竜次先生の様に
囚われてしまう。古き英雄であるあの人だからこそ姿を変えられずに済んだが
純恋達の場合はそうはいかない。
「落とし子を狙うのですね?」
俺のつぶやきで察した千夏さんは行動指針を決めるために確認を取るが
近くにいる忠行を引きはがさなければ狙おうにも邪魔に入られる。
「いえ、そうしたいのは山々ですが単純に行けばやられるのはこちら。
まずはどうにかして二人を引きはがしたいですね。」
「引き剥がすと言ってもだ。見た所忠行は落とし子から離れる様子はない。
そもそもあの海は奴らに支配されている。そんな場所からわざわざ離れさせるのは
流石に無理があるのではないか?」
「難しいだろうな。だが、やらなきゃジリ貧になっていつかは押し込まれる。」
やるしかない。やらなければ死ぬだけ。腹を括るしかないのは全員が分かっている。
「やりながらその方法を模索するしかない。ここでただ気を待っていたら
攻め込んでいる兼兄達が先に死ぬだけだ。」
「・・そうだな。」
腹を括った陽菜は俺の隣に並び立つと同じ様に桃子と楓も前に出てくる。
恐怖の無い前衛の命は短いが、そこは俺が何とかするしかない。
「俺が前に出ます。なので今回は前衛後衛のみで部隊を構成しましょう。」
俺と同等に接近と援護を行える者はいない。なので全てをカバーする役割を配置する事は出来ない。
「俺が前に出たことを確認した奴らは後衛を狙ってくるでしょう。
攻撃が向かう前に何とか撃ち落とす気ではいますが、忠行は俺と同等の操作範囲を持っている。
どうしても撃ち落とせない場面がいくつも出てくるはずです。」
それでもいいかと尋ねると、純恋が大丈夫だと返事をくれる。
「私の太陽で何とかしたる。あいつの水が蒸発する事は確認済みや。」
隣にいた純恋が後方に下がり、支援に徹すると宣言してくれる。
今の所奴の海水に対応できるのは限られている。俺を含めた全員が忠行と近い位置にいれば
後衛を務めるみんなが不安を抱くのは当然の事。その不安を取り除くため、
純恋は自ら宣言してくれた。
「・・分かった。」
前衛は楓と桃子、そして陽菜。忠行と戦うには少ない人数ではあるが広く展開した所で
各個撃破の可能性を高めるだけ。であるからこそ少数精鋭で突っ込むことで
俺が守れる範囲を維持しつつ一点突破を狙う。
「兼兄達と合わせるぞ。向こうが突っ込んだ方とは逆に突っ込む。
どちらを相手にしても厳しい相手だ。覚悟してくれ。」
落とし子と忠行を引きはがし一番の方法は影渡りによる引き剥がしだ。
深海の上に敷かれた影がどれだけの効力を発揮するのかは分からないが・・・・・
一番の可能性を秘めた選択肢を選ばないほど兼兄は馬鹿じゃない。
奴も当然警戒している。もし、兼兄達が落とし子に突っ込めば俺達はその足止めに
忠行と戦わなければならない。
「・・分かっています。」
鍵となる楓が良い返事を返してくれる。少し前までは器用貧乏と言わざるおえなかった楓だが
恐らくかなり万能と呼べるほどの変化が訪れているはず。
その力を存分に見せてもらうためにも俺が支えなければならない。
「では、行こう。」
風の道を作り出し、忠行の元へ突っ込む。全員が一切迷いなく踏み込み風の道を
駆けていくと、俺達の動きに気付いた兼兄も行動を開始する。
「・・来たか。」
挟まれる形で動かれた忠行は身を護るために落とし子を含めた自らを水か壁で覆う。
あからさまな持久戦への持ち込みは、何かしらの策がある証拠だ。
「月食!!!」
このまま突っ込んでも意味がない。俺の風で破壊するのもいいが、未だ奴の乗っ取りの
危険性が晴れていない状況ではリスクが高い。ここは作り上げた月と純恋の太陽を使い、
敵の壁に大穴を開けるのが良いだろう。
古来より月食とは特別視されており、儀式に使用されたり恐怖の対象とされてきた。
「竜の息吹・・・!!」
欧州では月と太陽の交差は龍の頭と尾とされており、その逸話から作り出した炎の息吹を
赤い月から打ち放つ。先程の一撃よりさらに上。厚い壁に大きな穴を開けようと
炎が海水に牙を剥けた。
「行きますよ・・・!!」
その姿を見て先陣を切ったのは楓。無謀な踏み込みに見えるが、後ろに付いていく
陽菜や桃子の姿を見ればそれが実績に後付けされた自身であることが分かる。
蒸発の中、壁が薄くなっている事を確信しつつみんなの後に続く。
小さな穴が開き、忠行の姿が見えてくると楓がさらなる力を開放する。
大きな黒い翼に体に浮かび上がる印の数々。今までに見せたことない姿を見た俺は
戦場であるにも関わらずその姿に目を奪われていた。
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