第五百四十七話 潜んでいた息子達
揺れる足元。割れる氷。吹雪いている最中、足元の表情のさらに奥にいる
何かが姿を現そうとしている。
「なんだ・・・!?」
ひとまず逃げるしかない。忠行が俺達への復讐のため指出していた何かがこの下の
深海に潜んでいる。忠行が何かをしたのは間違いない。それが一体何なのか。
奴が持っている手札は残り少ない所かほぼないはず。
捕らえられている服部忍などがあげられるが、例え出て来れたとしても奴に
一体何が出来るのだろうか?
中途半端な選択をしてくるような奴じゃない。必ず何か強大な手札を切ってくるはず。
「・・心当たりは無いか?」
揺れる地面から離れながらハスター達に尋ねる。俺が知らない奴の配下について
知っているとしたら兼兄達だが話しを聞ける時間はない。
『知っているとしたらイタカだな。私がこの星に来たのはここ最近だ。
ここまで隠しているとなると古くからこの星に住み着いた奴らだろう。』
どうだと尋ねられたイタカは頭の中の情報を整理しているのか簡単に口を開かない。
地球にはクトゥルフとその配下達だけが降りたわけではない。
イタカはもちろん他の神を崇める者達も降り立っている。多くの候補の中、イタカが
絞り出した答え。
『・・あるとすれば”落とし子”だな。」
落とし子・・・?あの巨人?あれが援軍として来るのなら俺達の力で簡単に倒せる。
そんな奴は脅威でも何でもない。だとしたらこの地鳴りは一体なんなんだ?
「・・・・・あれか。」
思い当たるのはつい先ほどの事。純恋達が戦う小さな落とし子ではなく、
地球の身を潜めた強力な力を持つ者達。
『だが五体の内、三体は姿を消したと話しを聞いたことがある。
グリーンランド、ボストン、アマゾン。この三つの力は失われたらしく残るは中国とアイレム。
奴が本格的に復帰した時間を考えれば・・・中国の個体が候補に挙がるな。』
クトゥルフ教団を破壊して回った兼兄達は配下達を対して回ったはず。
だから援軍も少ない。それはこれまでの戦いで証明されている。
だからこそ落とし子を呼び出したのだろう。だが、それだけでは俺達を倒せるはずがない。
先程のような不意打ちさえ喰らわなければいい。
『・・果たして本当にそうか?』
揺れる地面。そして各々が持つ術式や驚異的な回復力を見ながら立て直す姿を見ながら
尋ねてくるイタカの言葉に耳を傾ける。
「・・・・・どういう事だ?」
『龍穂。お前は我らの事は多く学んだ。だが”クトゥルフの動き”に関してお前は
何も知らない。』
確かに詳しくは知らない。だが、どういう形であれ忠行に力を貸していたとなると
日ノ本に意識があった事だけは分かる。
「日ノ本にいたんだろ?それが一番筋が通る。」
『それは間違いない。だが、”それ以前”の話しを俺はしている。
一つ疑問に思わないか?奴が何故日ノ本にたどり着いたかを。』
・・長い歴史あれど、世界から見れば日ノ本は辺境も辺境。
人の数が多ければ多いほど信仰は集まるので当時の世界情勢からみても
独自で強固な信仰を築きていた日ノ本に来る理由はあまりないだろう。
「・・確かにな。」
『奴は元々中国にいた。何故か分かるか?』
中国・・・?他にも多くの選択肢があるはず・・・。
「・・・・・分からない。」
『理由は二つ。一つは古き英雄達を怖がった。神と人間達の世界を阻んだが、
完璧な結界を張る事は出来なかった。そして自らを封じた古き英雄達を生んだ種族達が
結界に穴を開け抜け道を作り上げていたことを奴は察していたんだ。』
エルフやドワーフ、そして竜が神話の中で姿を見せたのは北欧。西側で何かを仕掛けるのは
あまりにリスクが高いと踏んだのだろう。姿を隠していたクトゥルフは俺達が思っていた以上に
力を失っており、神がいなくなったとしても同じ様に苦戦する事を分かっていたのだろう。
「だから・・・中国か。」
『これまでの歴史を見ても中国という国は多くの滅亡と再生を繰り返してきた。
それだけ人が多く住んでいる所にクトゥルフは目をつけたのだろう。
そして・・・・・そう言った国には格となる”思想”がある。』
中国の思想と言えば儒教しかない。政治、教育、倫理。多くの指針を作り上げた
歴史上の中でも強い影響を与えた思想の一つだろう。
そしてそれは日ノ本にも多く影響を与えている。日ノ本は当時の唐から学びを得ようと
多くの遣唐使を派遣した。俺達が使う陰陽という思想も儒教の中の教えの一つだ。
「・・なんてクトゥルフは日ノ本に来たんだ?」
多くの人、そして影響力のある思想。自らの信仰を伸ばすには打ってつけの場所でだと言える。
なのに何故日ノ本に来る必要があるのか。俺には理解できなかった。
『そこまで詳しくは知らんが予想は簡単だ。あの国は・・・”人の国”だったという事だ。』
「人の国・・・?」
『儒教という思想は確かに定着していた。だがそれはあくまで上にいる人間のみ。
だがそれも長く定着できない程多くの国が生まれ、また滅んでいった。
奴も恐らくは当時の国の中枢を乗っ取ろうと企んだろう。そして成功したのかもしれない。
だがその苦労も水の泡となった。国が無くなったのだからな。』
これまで築き上げてきた王朝両指でも足りない程、多くの人々が争ってきた。
そしてその過程で滅んだ国も数知れない。王朝を築き、自らを王と知らしめるための
政治などを敷く必要があったため、クトゥルフが信仰を教え込む暇は当時の中国には
無かったのだろう。
『信仰を広める事は期待できない。そんな時、奴の耳に面白い話しが入った。
海を渡り、儒教を学びに来ている連中がいると。唐では自らの信仰を広めるには限界があると
思っていたクトゥルフは海を渡る決断を下したのだろう。』
「それで・・・日ノ本に来たと。」
『ああ。奴が日ノ本の上陸した時、大きな可能性を感じた事だろうな。揺るがない王座に座る
王がいて、しかも思想を学ぶ事に積極的な島国。自らの信仰を広めるには格好の的だと。
これは俺の勝手な考えだが・・・奴は同じ轍は踏まんと思ったのだろうな。
儒教の教えを遮断するため遣唐使の派遣を中止させた。恐らく当時の権力者を使って。』
・・嫌な予感しかしない。その当時の権力者と言えば神道を少しでもかじっていれば
分かるほどの人物。その人物にクトゥルフが接触していたとなると・・・もしかすると
もしかするかもしれない。
『これが二つ目。自らの信仰を深められる地を求めた結果、この日ノ本にたどり着いた。
血を血で洗い作り上げてきた国では自らの信仰を深められないと判断したため。
だが、恐らくもう一つだけ理由を上げるとすれば中国にいる落とし子との接触も
その理由に挙げられるかもしれんな。』
自らが姿を隠した地にいる子供の顔を見るなど容易に予想できる。
それがどんな意味を成しているのかは分からないが・・・良い方向に向くとは思えない。
「・・中国の落とし子だけ強いってことか?」
『分からんが、拠点近くに潜む落とし子を放置する奴とは思えん。
少なくとも旧支配者ほどの力を持っている前提で立ち回った方がいい。』
・・なるほど。それなら奴が手札として使ってもおかしくはない。元から油断するつもりは
ないが、心してかかるしかない。足元に張った氷が割れ、再び露わになった深海と共に
クトゥルフ同様醜い皮膚をまとう化け物が姿を現したその時。
「これで・・・倒れろや!!!」
後ろからすさまじい光が俺の背中を包んだ後、大きな力が一つ無くなった事を
空気操作が俺に知らせてくれた。
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