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第五百四十六話 逃げるクトゥルフの末路

術式が刻まれた脳に近づく。これが・・・俺の先祖を縛る悪しき根源。


「・・・・・・・・・・・・。」


見たことの無い術式達。だが、これは確実に日ノ本のもの。

あの子孫が使っていた神術も見たことの無い術式をしていた。失われた技術なのだろう。


『・・壊さんのか?』


この脳が破壊されればここに刻まれた者達が解放される。そして、それと同時に

奴の手札が一つなくなる。壊さない理由は無い。だが、一つ頭の中に引っかかる。


「・・なんでこんな簡単に手放したんだ?」


九つの有るから一つぐらい手放しても大丈夫だと判断したのだろうか?

脳がある腕を単に切り落としたからこうするしかなかったのだろうか?

空気で脳を拾い上げながら考える。答えなど出るはずがない。


「・・・・・どうか、安らかに。」


だが、脳を破壊しないなどあり得ない。掴み取った空気を回転させ、全てを破壊していく。

刻み込まれた術式もろとも破壊すると、離れたクトゥルフの体に異変が起こる。

追ってきている兼兄から距離を取っていた奴の体からいくつかの魂が離れ天に昇って行った。


『・・深く考えるな。一つ破壊した。今はその事実だけでいい。』


罠だとしてたら脳に直接仕掛けていてもおかしくはない。

それが無いと考えれば・・・俺の一太刀は奴に対してかなり有効だったと言える。


「・・分かった。」


未だ吹雪は続いている。奴の動きは鈍く、海は凍り付いている。

海水が無ければ奴は俺の術式を乗っ取ることはできない。イタカの吹雪がクトゥルフに対し

これほど有用だったとは思わなかった。


『急ぐぞ。』


好機。ここまで一度も勝ち取れなかった絶好の好機。

ここ以外に明確な攻め時は無いだろうと兼兄達が追っているクトゥルフを追う。


「・・・・・・・・!!」


必死に逃げる姿に余裕はない。ここは自らの領域だったはず。だが、俺達が来てから

領地は荒されるどころかむしろ支配を渡している。

これほどまで奴と忠行を追い詰めた者はこれまでいたのだろうか?

確実に押している。肝心な所を渡さないのは流石だがここまでくればもはや時間の問題。

だが、たったこれだけ押し込めれば過去に戦った者達のいずれかは首を取れていたはず。

俺達の様に海水の支配を逃れる者は数少ないだろうが、少なくとも泰兄と兼兄が

忠行に勝てた可能性は十分にある。


「白き風に乗りて歩むしろきかぜにのりてあゆむもの。」


さらなる吹雪を浴びせながら風にって奴に近づく。

それでも命を散らしていった者達が俺達に知らせてくれている。いつまでも

警戒を解いてはならない。奴を滅ぼす時まで。決して油断は許されない。


「逃がすかよ・・・!!」


目の前にぶら下がった好機に対し、竜次先生は果敢に挑む。

例えこれが罠であろうとツッコミ続け、反撃を受けたとしても確実にダメージを与える。

これまでの怒りを爆発させながら得物を振るう。

そしてその後ろから奴を逃がさまいと黄金を動かし道を阻むのはノエルさん。

海に飛び込むなどの逃げる手段を持たない奴は氷上を駆けるしかなく、

道を阻む黄金に対しすさまじい勢いで放たれた水で断ち切ろうとするが

壁で作り上げられた道に放たれた火焔がその体を襲う。


「っ・・・・・!」


一度足を止めれば竜次先生がさらに近づいていく。逃げようとすれば黄金の道が阻む。

奴からすれば地獄だろう。片方を潰しに迫ろうとすれば控える兼兄や毛利先生、

そしてアルさんが潰しにかかってくる。

取れる選択肢があまりに少なく、俺の吹雪が奴の体に襲う状況で鈍る足取りは

さらに選択肢を狭めていく。


「やっとだよ・・・・・!!!」


神殺しの槍を持ちながら迫る怒竜はとうとうその背中を捕らえる。

また水で捕える気なのか意味深に腕を伸ばし対応しようとするが、俺の吹雪がここで

効いてくる。伸ばした腕に滴っていたはずの水が一切動くことなく体に張り付いている。

奴に吹き付けた吹雪が表面所か体内の水分までも固め始めていた。


「これで・・・終わりだ!!!!」


足を止めたことで足も固まり始めいよいよ身動きが取れなくなる。

その変化を見逃さなかった竜次先生は手に持っていたグンニグルを素早く投げつけ

クトゥルフの体を貫こうと試みた。

ルーン魔術と呼ばれる古代の技術。神代に使われていたと考えると神術に近いのだろう。

決して的を外さず、そして持ち主の元へ必ず帰ってくると言う呪いが掛けられた槍は

投擲に適した武器であり、凍り付く足を音を立てながら何とか動かし逃げようとした

クトゥルフを槍が追っていき・・・・・・背中を貫く。


「ガッ・・・!!!」


神殺し。その名の由来はその槍に込められた術式か。それとも逸話からか。

恐らく後者なのだろう。北欧神話に出てくるオーディンはグングニルであまたの

戦場を練り歩いた。そしていくつも投げられた槍は何十何百何千と数えられないほどの

神や英雄の命を奪ってきた。その姿から神殺しの槍。そんな強力な一撃は

クトゥルフの胸を狙い背中に突き刺さっている。


「・・・・・・・・・・・・・。」


先ほどまで地獄が敷かれていた戦場が主君の姿を受け入れらないとでもいう風に一気に

静かになる。それは俺も同じ。あれだけタフなクトゥルフが心臓を貫かれた景色を

見せられればどうしても息を詰まらせてしまう。

力無く、氷上に倒れるクトゥルフ。駆け寄ってくる配下達は・・・もういない。


『・・終わりじゃない。』


反射的に緩めてしまった心をハスターが引き締めにかかる。

そうだ。ついさっき見たじゃないか。頭を貫かれて動き出した者を。

あまりにあっけなく倒れた姿をただ眺める事しか出来ない竜次先生やノエルさん達の周りに

黒い風を浮かべるが、奴はすでに動き出していた。


「・・・・・・・ふふっ。」


力無く倒れていたクトゥルフは口角を小さく上げる。それは俺の仕掛けが間に合っていない事を

示している。


「・・・・・!!!」


目指していた勝利と言う釣り針をぶら下げられた三人に対し、分厚く凍った

氷の中から命を狙う何かが突き出してくる。

出来る限り最大の力を使い、分厚い壁を作り出すがそれでも全てを防ぎ切る事は出来ず

三人への攻撃を許してしまう。


「・・クトゥルフはよくやった。わしに時間を与えてくれたよ。」


奥にしまい込まれていた忠行の意識が再び前面へと出てくる。動揺したタイミングで

クトゥルフが出てきた事で頼りない主のために体の主導権を握っていたと思っていたが、

どうやらそうではないらしい。


「それにしても・・・ひどくやられたものだ。体は凍り付き、心の臓には穴。

普通の人間であれば既に命は無い。」


化け物・・・。改めてそう認識する。防ぎきれなかった竜次先生達は体に小さな穴が

あいた者の一人で立て直し、忠行に対し再び得物を向けている。


「今までにないぞ。二つも脳を破壊されたのは。」


どうやら奴の心臓部分には脳が入っており、先ほどの一撃でまた先祖達が解放されたらしい。

だが、それだけの事をしてまで時間を稼いだ理由。それが今から俺達に襲い掛かるのだろう。


「この代償は高いぞ?しかとその体に刻み込んでやろう。」


追い詰めていたと思っていた。それを証拠に背中には槍が刺さり命に手をかけていた。

だが・・・それが幻想であったと語る忠行。そしてそれと同時に足元が揺れると

敷かれていた氷たちが大きな音を立てながらひび割れ始める。

奴が言っていた代償。それが今俺達に襲い掛かろうとしていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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