第五百四十五話 切り落とした肉の塊達との攻防
戦場を降りていく中。ひどく冷たい風を頬で感じる。焦る二柱を振り切り下った理由。
それは二つある。アフリクスに氷の爆弾を打ち出す役割を与えられたこと。
兼兄達への援護を任せられることで俺の体がフリーになった。
『・・そうか。』
ハスターも気付いた二つ目。これが大きな要因。
奴は先ほど体から海水を吐き出し竜次先生を閉じ込めた。それすなわち体に
海水をため込んでいる。
「・・・・・・・・。」
クトゥルフも俺の接近に気が付き警戒を向けてくる。海水とは塩分が必ず含まれており、
特に深海は雨や蒸発などの作用が少なく、海流によって塩分が一定に保たれている。
「歩む死。」
イタカの術式を使い、辺りに冷たい風を吹かせる。奴も気付いただろう。
冷たい風が自らの体を蝕んでいる事を。
緩急をつけるため、一瞬にして風と共になり奴に迫る。そして・・・六華に手をかけ
奴へと打ち放った。
「・・・!!!」
俺の視界には驚きの表情。だが、俺の緩急に不意を打たれた訳じゃない。
明らかな接近は予想できたはず。
『冷気か。なるほどな。』
海水は純粋な水と比べて凍りにくい。塩を含むことで0℃でも凍らなくなるのだが、
それは奴も理解している。だからこそ、奴は冷気を気にしない。
自らの体が凍らなければ動けると判断したのだろうが、奴の体は肉で動いている。
熱を奪われた筋肉の動きは鈍る。無理やり動かせばそれまでだが、瞬発的で
獏白的な運動を必要としたその時は話しが違ってくる。
「ふっ・・・!!」
初動の動きがわずかでもにぶれはそこから俺の領域。迫る刀を奴は避けきれず、
振り下ろされた肉体は一切抵抗を見せずに刃によって切り落とされる。
「・・ッチ!!」
明らかな苛立ちを見せたクトゥルフは動き始めた体で飛び跳ね俺と距離を取る。
これが奴に対して初めて効果的な一撃を入れた取っていいだろう。
逃げた奴を追うために再び風に乗ろうと思ったが、近くにいた兼兄が飛び込んでいく。
ここが攻め時だと判断し、脇回りした竜次先生も追撃を加えに走った。
これが吹雪の力。吹き荒れた吹雪は奴の体の熱を奪っていく。
神術操作を行えず、この場にいる全員が対象となってしまうが後方に控えた
アルさんが向けてくれた炎の妖精が俺達の体を温めてくれており、
動きを阻害されない兼兄達は片腕を無くしたクトゥルフを一直線に追っていく。
『どうだ?使えるだろう?』
自信満々のイタカ。俺やハスターの役に立てたと嬉々としている心情が直に伝わってくるが、
今はそれどころではない。手負いとはいえ油断ならないクトゥルフ相手だ。
兼兄達の支援を行うために風を操ろうとするが、後から気配を感じすぐさま振り返る。
「なっ・・・・・!!」
切り落とした腕が一人でに動き出し、此方に跳ね上がり巻き付こうとして来る。
何とか反応し、六華で再び切り伏せるが、それでも動きを止めない姿は
生命の理に反している。
『気を付けろ。切り伏せても独りでに動き出すぞ。』
恐らく脳がある部分を切り下ろしたのだろう。トカゲの尻尾きりの様に
敵の注意を引くために動いている訳ではなく、完全自立で動いているのだろう。
どれだけ切っても脳が残っていれば再起不能とならず、なんと二つに割った腕の細胞が
急激に盛り上がり人の形を成してこちらに襲い掛かってきた。
「・・面倒だな。」
此方に迫ってくるのが一体。後方で支援の構えを取るのが一体。
迫ってくる法の表情はどこか虚ろであり、体の動きがぎこちないが後方支援を行う
もう一人はしっかりと俺を視界にとらえている。
恐らく脳が入っているのは後方支援。前衛は奴の細胞がただ動かしているだけ。
そして吹雪によって動きが鈍っている。仕留めるのは容易。
クトゥルフは兼兄達に追われており、こちらに手を貸す余裕は一切ない。
早く片付けて向こうに合流しようと得物を振るおうとするが、既にこちらに
踏み込み拳を放とうとする姿を視界が捕らえた。
「うぉ・・・!!!」
虚ろな視線のまま、しっかりとした動きで振るわれようとしている拳を見て
体が勝手に反応し、兎歩で後ろに下がる。
空振りとなった拳だが、どこからどう見ても武道をたしなむ所か長年積んで来た修練が
形を成したと分かるほどに熟練された動きだ。
(あっちか・・・?)
俺を油断させるためにわざと鈍い様子を見せたのかと考えていると、激しい炎の塊がこちらに
向けて撃ち放たれる。俺を動きを追い、正確に放たれた神術に対し風の弾丸で応戦した。
着地点を狙った一撃。前衛が仕留め損なう事を前提とした動きだ。
『・・良い連携だな。』
褒めている場合ではないが、二対一の場面では最適な動きだ。
別段指令を出している様子もなく、意思疎通無しで行えるとなるとかなりの手練れ。
「・・・・・魂が込められている。」
前衛後衛の両名には子孫の魂が込められていると考えれば全て筋が通る。
あれだけ表情がしっかりとしている後衛には脳と子孫の魂が入っているのだろうが、
意識があるのかないのか分からない程ドロドロとした表情でこちらに歩いてきている
前衛には脳が入っておらず、魂に刻まれた動きを脊髄反射で体に伝えている。
『どうする。』
どうするも何も倒す以外にない。出来る限り早急になぎ倒さなければ再び奴に
立て直しの機会を与えてしまう事になる。
奴の脳に子孫達を縛る契約があるのなら、まずは後衛から狙い脳を潰すのが最善。
だが問題は前衛。奴を仕留めるための踏み込みは後衛にとってしてみれば絶好の好機。
狙いすました一撃を俺は躱すしかなく、いつまでも仕留めきれないだろう。
「なら・・・!!」
辺り一面に吹き荒れる吹雪を強くすることで奴らの動きを鈍くする。
そして、奴の狙い通り踏み込む素振りを見せた。その瞬間、後衛から放たれる四方を囲む
神術の数々。これが子孫の力。これだけの力を持った者を忠行は倒したのかと再確認する。
だが、これは釣り。後衛が攻撃を放った瞬間、辺りの空気を瞬発的に固め
鋭い針を奴の頭目掛けて撃ち放った。
『・・そうだ。』
俺が作り出したのは背後からの一撃。勢いよく打ち放った針に反応すらできず、
成すすべなく頭を打ち抜く。
俺が動き出したことで反応した前衛が再び拳を突き出してくるが、刀を手首で返し
拳だけを切り落とす。
(・・・・・・?)
手首の関節の間を狙い刀を振るったが、手に一切の感触は無い。
六華の切れ味があまりに良い事もあるが、手首の回転だけでは勢いが足りず
骨が断ち切れるだけの感触があっても良いがそれさえ来ない事に疑問が浮かぶ。
(あれだけしっかりしていれば・・・骨がない訳無い。)
支える骨が無ければ人間は立つ事さえ出来ない。だが、俺の感触があれは肉の塊だと
告げている。拳が突きは俺に届くことは無いが、それを見た前衛は動きを変え
もう一歩踏み出し残された拳をさらに突き出してくる。
学ばない奴だ。もう片方は腕を斬り落とせば分かるだろうと手に力を込めた瞬間、
俺の四方に再度神術が展開された。
「・・・!!!」
神術とは術式の発動下のみで効果を発揮する。俺は奴の頭を一突きした。
そこには脳がある。人間であるならば。
『・・うまいやり方だな。』
俺の違和感。点が点で繋がっていく。奴らは化け物。例え頭に穴を開けたとしても
そこに脳があるとは限らない。飛び込んで来た神術に対しすぐさま風の塊をぶつけ
相殺するが、残された拳は既にこちらに向かってきている。
先程の要領で今度は腕を狙うが最も警戒するべきなのはそこではない。
切り落とした拳。それが肉の塊であれば再生してきてもおかしくはない。
拳を避けつつ腕を切り落とし、視線をもう片方の腕に向けるとやはり拳が再生している。
さらに踏み込んでくると思ったが、前衛は後ろに跳ねて距離を取ると
切り下ろした方の腕を突く素振りを見せる。そしてなんと、再生した腕を伸ばして
こちらを突いてきた。
『おい。時間をかけすぎるなよ。』
上手くいなされているというよりか、奴らの再生能力が厄介極まりないだけ。
時間稼ぎが得意な能力なだけに止めを刺し切れない。
「・・分かっているよ。」
だが情報は取れた。再生能力、そして子孫の強さ。後は脳の位置だが・・・これ以上
時間をかける余裕はない。
「もう”決着はついているんだ”。」
俺に対し再び連携を取ろうとしている奴らの動きを見ながら俺は見せつける様にゆっくりと
指を鳴らす。これは奴らにとっての終わりの鐘。そして・・・解放の時。
奴らの攻防の最中。気付かれない様に撃ち込んだ風の塊を一気に解放させる。
すると・・・目の前で奴らの体が粉々に砕け散り、その中にあった無数に印が刻まれた
脳を見つかった。
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