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第五百四十二話 蠢く戦況

クトゥルフへの対抗策が完ぺきではなかった事実が明かされるが、

それでも戦わなければならない。


「・・・・・・・・・・・。」


そんな中、姿を現したイタカは何もせずじっと戦場を見つめている。


「・・どうした?」


その姿に妙な違和感を覚え、思わず何かあったのかと尋ねてしまった。


「・・・・・・悪いか?」


俺の問いに対し、イタカはただ一言だけで返してくる。


「いや、良い悪いじゃないんだ。」


意味無い行動をとる奴じゃない。何かしらの意図があって出てきたはず。

それを問われ不機嫌そうに返し、真意を隠した姿は違和感から不審に繋がっていく。


「だけど・・・珍しいと思ってな。」


ディアーナへ指示を出し、戦場を見つめながらさらに口を開く。


「・・何か隠しているなら言ってほしい。それが戦いに関わるならなおさらだ。」


こんな所まで来て隠し事なんてありえない。些細な事でもいい。何か気になるのなら

言うべきだとイタカに伝える。


「・・・・・水の力か。」


僅かな沈黙の後、イタカは小さく呟く。兼兄達が集められなかった水の力を持つ

古き英雄達。わざわざそんなことを呟くと言う事は、その力の持ち主に心当たりが

あると言う事か?だがそんなことを今言っても意味がない。決戦は始まっている。

探す時間なんてあるはずがない。


(・・・・・・・・・・・・。)


そんな意味がないことをイタカは呟かない。何か別の意図がある。そう信じ

次の言葉を待っていると、先に兼兄達が動きを見せた。


「今度は俺達が前に行く。」


未だ海は蓋で防がれている。少人数でも踏み込むことは容易。影を支配する兼兄であれば

立ち回り放題だろう。だが、奴のタフさはこれまで戦ってきた白達が示している。

それに加え、先ほどの様に深く踏み込めば手痛い反撃が帰ってくる。

どのように一撃を加えるか。兼兄次第でみんなの行動が変わってくる。


「・・どのように行きますか?」


綿津見の力を持った毛利先生は海幸彦と山幸彦を従えながら兼兄に尋ねる。


「そうだな・・・。じゃあ・・。」


兼兄は何気なく膝を曲げ、そしてつま先で黄金が敷かれたを叩く。


「これで行こうか。」


ごく自然。これから踏み込むために履いた革靴を整える動作。だが影の支配を敷いていた

兼兄にとってしていればたったそれだけの動作が反撃の狼煙となる。


「っ・・・・・!!!」


クトゥルフの予想できなかっただろう。たったそれだけで先ほどとは比べ物に

ならないほど鋭く、そして大量の針が地面から生えてきたのだから。

完全なる不意打ち。まったくと言っていいほどに敷かれた影からは予備動作を感じられず、

あのクトゥルフであっても対応できない。


「さあ、行くぞ。」


屈強な体の持ち主であるクトゥルフに刃が貫くことは無いが、皮膚に突き刺さってはいる。

恐らく、先ほどの得物での一撃や背後からの不意打ちはどれだけの硬度であれば

奴に効果的なのかを調べるために打ち放ったのだろう。

それを見た毛利先生と兼兄は奴に向けて縮地で距離を詰める。

クトゥルフもマズいと距離を取ろうとするが、皮膚に突き刺さるほどの硬度を持っていた影が

まるでしなやかな鞭の様に足に巻き付き逃がさない。


「来るか。」


それでも焦ることなく子孫達で攻撃を仕掛けるが、敷かれた影からの一撃や

毛利先生本来の力である雷が行く手を阻む。


「・・影には質量は無いのか?」


あまりに使い勝手がよく、それでいて予備動作も無い。俺が使う空気より何倍も強力に見える

影に、このような状況で強い興味を惹かれる。


『・・・・・以前お前の兄から習っただろう。影とは物体ではない。

太陽という光が無い状態。闇の空間の覇者こそニャルラトホテプだ。』


確か・・・あれは俺が国學館に入ってすぐの事だろうか?

兼兄に陰の力についての授業を受けた記憶はある。


「それは・・・ハスターの力とどう違うんだ?」


ハスターは大気の力を操る。別名星間宇宙の帝王とも呼ばれるが、今の言いかたは

それと同義に聞こえてくる。


『それを説明するには少し時間がかかる。だが、一つだけ確かな事を言っておくと

奴と俺の力は全くの別物。大気は俺、奴は闇を操る。』


ハスターの説明をいくら咀嚼しようとその詳細は俺の脳には伝わってこない。

陰の力に長けた神だからこそ、その違いが分かるのだろうか?


「・・・龍穂。」


クトゥルフが何もできずに距離を詰められている所を見た竜次先生は二人について行くため、

再び翼を羽ばたかせ始める。もう一度攻めるのなら俺の一撃が必要だとディアーナを

準備し始めると、イタカが声をかけてくる。


「どうした?」


「そちらも肝心だが・・・純恋達の方も見た方がいいんじゃないか?」


俺の術式を乗っ取った深き者ども達と対峙している純恋達。決して放置している訳じゃないが、

自分達だけで戦うと宣言した以上、俺は手を出すことができない。


「苦戦しているのは知っているよ。」


「そうか・・・。手助けはしないのか?」


俺の術式が元になっているとしても、深き者ども達であれば純恋達は苦にしない。

問題は・・・・・相手が深き者どもではなくなっている事だった。


「クソッ・・・!!!」


既に何体か倒している純恋達だったが、残りが数えるほどになった時点で奴らに異変が起こる。

このままでは負けると察し、なんと俺の術式を一度解いて再度練り上げ姿を変えていた。

クトゥルフの落とし子・・・いや、もはやそれ以上と言っていい。

恐らく奴らの中でもエリート。五体の監視者と言われる強大な力を持った者達へ

姿を似せたのだろう。


「手強いですね・・・。」


全員を力を合わせながら立ち回る中でも中心にいるのは楓。何やら見たことの無い

姿をしているが、恐らく”あの力”を完全に操ることが出来ているのだろう。

であれば問題ないと思いたいが、周りに気を使う楓の事だ。純恋達の力を引き出す事に

意識を削がれ、結果的に無駄な消費を招いてしまっている。


「・・やってもらうしかない。どんな状況であってもな。」


それでも、俺の考えは変わらない。ここで助けることがあれば純恋達を裏切ることになる。

それを分かっているからこそ、楓は待っている。追い込まれる事で引き出される力が

純恋達にあることを信じ、耐え忍んでいる。


「そうか・・・・・。」


援護もしない。そう決断した俺に対し、イタカは再び何か言いたげな表情でこちらを見る。


「・・いい加減言ったらどうだ?お前らしくない。」


ここまでわざとらしい素振りを見せられ、思わず苛立ってしまう。

ここに来て、何をためらう事があるのだろうか?


「・・・・・水は使えるか?」


「・・水?」


何を言い出す事かと思えば・・・水の力を使えるかなんて今更だ。


「使えるけど・・・・・。」


風を主力して使う以前、俺は水を使って立ち回っていた。四属性の中で

風に次いで得意な部類に入る。


「俺が水を使えば奴にすぐに乗っ取られる。風以上に力の差があるぞ。」


だがそれはクトゥルフ以外に絞られる。使えばたちまち乗っ取られ攻めの起点にされてしまう。


『・・龍穂。最後まで話を聞いてやれ。』


使う事が無意味所かマイナスしか生まない愚かな行動だとイタカに言おうとしたその時。

ハスターが静止しにかかる。


「・・お前は俺の属性について知っているか?」


そして・・・イタカが尋ねてきたのは式神契約を結ぶ以前に済ませておく様な確認事。


「氷だろ?」


「あっているが・・・正確に言えば違う。」


違う・・・?ここに来て、イタカは何を言っているんだ?


「違うって・・・イタカは宇宙の神だろ?まさか・・・・・今更複合術式を

使っているとでも言うのか?」


「・・・・・・そうだ。」


・・・・・何を言っている。いや、それが真実だとしても今言う事ではない。

ここは戦場。そして決戦が目の前で起きている。

なぜこんなタイミングでそんなことを言ったのか。意味の無い事を言われても反応に困る。


「ハスター様の従者である俺が風を使うのは道理。だが、真に得意であるのは水だ。」


「・・得意な水でクトゥルフに対抗できるとでも?」


肝心なのはそこ。使える使えないの基準は全てクトゥルフの力を上回るかに集約される。


「そういうことを言っているわけではない。」


そういうとイタカは戦場を指さす。距離を詰めた兼兄と毛利先生。

そして追いついた竜次先生が後衛の二人援護をもらいながら奴と戦っているが、

やはり致命傷までは奪う事は出来ていない。


「・・・・・ん?」


その戦場の中。海水を蓋している黄金が徐々に変色しつつある光景をイタカは示している。


「奴はあの蓋をどかす術を模索しており、それは実を結び始めている。」


「どかす術って・・・あれは金だぞ?相当なことが無ければ腐食しない。」


鉄などの金属は水に触れれば酸化が起こり、ついには腐食してしまう。

だが金は例外。殆どの化学薬品でも腐食は起こさない。奴にとってしてみれば

一番厄介だと言える黄金の術式。それが・・・破られるなんてありえない。


「そうなのかもしれん。だが、最悪の状況を考えておくべきだ。」


「それはそうだけど・・・・・。」


最悪の状況。それはあの蓋が破られ姿を現した海水にあの場にいる全員が飲み込まれる事。

それを打破する事など・・・手段は限られる。


「わざわざ言ってきたってことは、それを打開する方法を思いついたってことだよな?」


ここまで貯めに貯めた結末が違うなんて許されない。圧をかけながらイタカに尋ねる。


「・・・ああ。」


イタカはゆっくりと俺に指を指す。その手は震えており、何かに怯えているように見える。


「俺と・・・・・神融和をしてくれ。」


そしてその口から語られたのは、さらに不可解な答えだった。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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