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第五百四十一話 窮地を救う

動きだした兼兄達。急がなければ竜次先生が危ない。


「・・春。」


黒い影に包まれた兼兄の顔から白い歯が見える。何かを指示を出された毛利先生は

一気に距離を詰めると辺りにすさまじい風が吹き荒れる。


海幸山幸うみさちやまさち・・・!!!」


両手を突き、短く祝詞を呟き手の平を天に向かって返すと二つの神力が浮かび上がる。

一つはすさまじい水の力。そしてもう一つは同等の力を持った木の力。

かなり距離のある場所でも分かるほどの神力。下手をするとそれぞれが一体の神が持つほどの

強大な力を持っている。


「行きなさい!!!」


力の塊が形を成し、人型となって竜次先生を包む水の塊に飛び込んでいく。

半端な力では奴の力には対抗できない事を毛利先生が知らないはずがない。

恐らく・・・・・海の力を持つ神を体に有している。


「・・・・・・・・・・・!!」


だが、それでも竜次先生を助けるのは難しい。そう判断した兼兄と毛利先生は

遠くに浮かぶ俺に強い眼差しで視線を送ってくる。


『援護だ。』


「分かってる!!!」


兼兄は既に忠行の懐寸前まで踏み込んでいる。毛利先生が竜次先生を助けるには

俺の風と兼兄がどれだけ奴の気を削ぐかがカギになってくる。

奴の水は強力だ。それに加え、下手な術式は奴の手助けになってしまう。


「風よ・・・・・!!」


時間は無い。奴に対抗できる乾いた空気を集める時間は無いと空を守ってくれていた

カエルスを手放し、その風で奴へ向ける術式を作り上げる。

肝心なのは突破力。範囲攻撃など必要ない。触れた瞬間、奴の術式を破壊するほどの

ただ一点に集められた破壊の力を作り上げなければならない。

今作り上げている術式。それは以前作り上げた月の女神に非常に似ている。

何故なら俺が作りあげている術式の元になっている神話、ローマ神話。

その神話の元となっているのはギリシャ神話。ギリシャ神話の影響を受け、

ローマ固有の神々に当てはめたと言われている。


「貞操と月の女神ディアーナ!!!」


元となっている神話があるとはいえ、ローマという国は長く栄えた国であり、

民に慕われた神は絶大な力を誇る。

諸説あるが、アルテミスと同一視された弓を得意とした女神であるディアーナを作り出し、

引かれた銀の弓で竜次先生を包む水を狙う。

本体ではなく水だけ射貫く。打ち放たれた矢は辺りに衝撃をまき散らしながら

竜次先生向けて一直線に向かって行った。


「むっ・・・。」


手を出さないと思っていた俺が動き出したことにクトゥルフは反応する。

意識が俺に向けられたわずかな隙を、兼兄は見逃さない。

踏み込み、そして得物を振るう。相当な業物のはずだが奴の肌は刃を通さない所か

何回も重ねられた鋼が簡単におられてしまう。

兼兄にしてはあまりに簡素な攻め。だがそこには必ず裏がある。


孤影こえい。」


影の上に立つ兼兄。海が蓋をされている状況ではあの場を支配しているのは兼兄と言っていい。

二人の周りに敷かれた影。意識が兼兄に向けられているクトゥルフの背後から

敷かれた影から一本な刀が這い出ており、奴を断ち切らんと綺麗な弧円を描く一閃が

打ち放たれた。


「・・・・・!!!」


だが、クトゥルフは兼兄の事もひどく警戒しており、背後からの不意打ちに対して跳ね上がる。

身を躱したつもりなのかもしれないが、その身に影が届かないと分かった兼兄は

すぐさま影を伸ばして追撃にかかった。


(これなら・・・!!)


奴は逃げることに必死になる。意識は兼兄と影から逸らせる状態ではない。

こうなってしまえば奴は竜次先生の水を動かすこともできないだろう。

ディアーナが放った矢は水を捕らえ、救出の芽を開花させる事が出来る。


『油断するな。』


ハスターが呟いた瞬間、竜次先生を包み込む水が動き出しなんと矢の着弾地点に穴を開ける。


『思い出せ。奴の体は人間の構造とは違う。』


・・そうだ。奴の脳は九つある。その一つを兼兄に向けても俺達に向けられて余りあるほどの

脳が奴の体には備わっている。


「クソッ・・・!!」


これでは水に傷一つ付けられず、毛利先生の仕掛けも失敗に終わる。

だが、悠長に構えていれば矢は水を通り過ぎてしまう。何とかしなければならない。


(ここは・・・信じるしかない・・・・・!!)


取りたくない選択だが、やるしかない。矢が通り過ぎる瞬間、作り上げた空気を解き放つ。

俺の術式で固められていた空気は爆発的に辺りに飛び散り、通り過ぎようとしていた

水に向かってすさまじい衝撃を打ち放つ。

出来れば竜次先生を無傷で取り戻したかったが、こうなってしまえば仕方がない。


「これで・・・!!」


凄まじい衝撃に対し、水は避けることはせずむしろ受け止めるために壁へと姿を変える。

鉱石とは違い、一つ一つが簡単に断ち切れるほどの繋がりしか持たない水は

簡単に辺りに散らばるが、すぐさま集まるための動き出す。


「・・それでいい。」


このままでは竜次先生は助けることができない。だがそこへ走ってきていた毛利先生が

水の力が籠められている力の塊を差し向ける。


潮乾珠しおふるたま!!!」


人の形をした力がその手に大きな珠を持ちながら竜次先生を包む海水へ手を突っ込む。

俺への対応で海水の大半を使っており、対応するためのリソースが無くなった忠行は

毛利先生の攻撃を受け入れるしかなく、海水に突っ込まれた珠が光を放つと

操作が絶たれ重力に負けていく。


「これは・・・・・!?」


奴の術式が負けるほどの力。それが一体何なのかは分からないが、

水から解放された竜次先生は苦しそうに咳をしながら翼を動かし空へ羽ばたく。

奴であれば逃がさまいと操作を取り戻し竜次先生を追うと思われたが、

金の蓋の上に落ちた海水は動きを見せず、なんと蒸発し始めた。


『局所的だが・・・奴へ対抗できる術とは大したものだ。』


窮地は逃れたと判断した兼兄は、奴を追う事をやめ影に潜る。クトゥルフの力に

直接作用するとなると・・・恐らく海の神。八百万の神の中に水の神なら多くいるが、

海の神は数少なく、クトゥルフに対抗するとなるとその中でも強大である事は間違いない。


「・・綿津見わたつみ。」


古事記や日ノ本書記に記される海の神。国津神である綿津見が俺の頭の中に浮かび上がる。

海に囲まれた島国である日ノ本で綿津見は多くの信仰を受けており、

この国にいるのであればクトゥルフに対しても一瞬であれば対抗できるのだろう。

そしてその力を持った毛利先生が作り上げた二つの力。

あれは綿津見に関わりのある二柱である山幸彦やまさちひこ海幸彦うみさちひこ

なのだろう。浦島太郎のモデルと言われている山幸彦が綿津見を訪れた際にもらった

二つの球。その片方である潮乾珠の力を使い、奴の操作を奪ったという訳だ。


「・・・・・やるな。」


竜次先生を救い出した二人はノエルさん達の元まで退いており、仕切り直しの形へと

持ち込むことが出来た。踏み込んだ竜次先生は不意を突かれたが、踏み込める所まで

奴を追い詰められており、このまま続けていれば有効的な一撃を入れられる可能性は

十分にある。


「しかし惜しいな。”奴”がいないとなると、面白みがない。」


再び相対した兼兄達を見たクトゥルフは奴という単語を放つ。

奴とは・・・・・泰兄の事だろうか?


「火、土、風。この三体をよく集めたと褒めたい所だが、肝心の水がおらん。

確かにお前らの攻めは強烈だ。だが、俺の力を上手くいなしていたのは水を扱う奴だった。

それがいなければ・・・・・隙を作るのは容易い。」


・・違う。あの言い草からして泰兄や白のメンバーのことを指していない。

恐らく・・・封じられた時にいた人の事を言っているのだろう。古き英雄達は四人おり、

各々が四大元素を司っていた。毛利先生がそうでないとすれば・・・・・白達はもう一人の血を引く者を探し出せなかった。


「・・それを補うために俺達がいる。」


クトゥルフを倒すためのピースが揃わなかったからこそ、兼兄達は俺の力に頼ったのだろう。

俺もみんなを手助けしなければならないとディアーナに指示を送ろうとしたその時。


「・・・・・・・・・・・。」


俺の中に引っ込んでいたイタカが姿を現し、戦場をじっと見つめ始めた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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