第五百三十五話 足りない力
俺の指示が送られた向こう岸では大きな動きを見せている。
自信を取り戻すという言葉を受けた白達は若造に言われる筋合いはないと奮起しているのかも
知れない。
「・・これが狙いか?」
影の上で立ちふさがる兼兄に向けて忠行は口を開く。
空気操作をしていた中で分かったことがある。埋め尽くされた海に差した影には
兼兄の力が充満している。
「いや、かってに動いただけだ。」
影がある場所を警戒すれば動けるはずだが、あの人は自ら影を生むことができる。
何処にでもある空気は弱点が少ないが、分子の細かさ故的にダメージを与える時は
どうしても大きな動きが必要になる。力を使うのでその起こりを察知されれば対応が可能。
それを一瞬で終えることによって察しられても対応する前に叩いてきたが、
先程の乗っ取り速度はかなり早く、此方が動いても対応されるが兼兄の場合は
影を集める必要がない。
「ふむ・・・・・。」
動かない兼兄から視線を外し、こちらを見つめる忠行。
どうやっても兼兄を動かせないと見た奴は俺へと狙いを変えようとしているのだろう。
「・・面倒だな。」
此方にやってくる。そう警戒した瞬間、静かな海が突然動き出し兼兄へと襲い掛かる。
鋭い無数の槍が体を貫こうと一斉に放たれるが、そこには兼兄の姿は無い。
「さて、やろうか。」
視線を逸らしたのは油断を誘うため。単純な仕掛けだが互いに意識していただけに
効果は十分。兼兄が姿を消したその隙を突きこちらに飛ぼうと試みるが、
跳ねた瞬間、その動きが止まる。
「おいおい。勘弁してくれよ。」
地面から足を離し、大きくなった影の中から伸びた手が何と忠行の足を掴んで動きを止める。
その中から現れたのは当然兼兄。完全に不意を打たれた忠行は抵抗するために
体と海を動かすが、兼兄はそのまま腕を振るい向かっていた海水に向けて叩きつける。
「俺と戦ってくれるんだろ?」
鋭い海水に叩きつけられた忠行だったが、触れる瞬間に操作を断たれそのまま黒い海水に
落ちていく。なるほど・・・確かにこれは面倒だ。
影を作り上げられる兼兄にとってこの場全てが支配下となる。
そして俺と圧倒的に違う点は大きな動きを必要としない点。先ほどの様に忠行の足を
掴むだけなら小さな影で十分。そして掴んだ後に体を出せば問題ない。
『あれだ、龍穂。』
全てを全力で行う必要がない。最低限の力で最大の効果を掴み取る。
敵の攻撃を悟らせないメリットの他に、敵に行動を悟らせないなどの効果も期待できる。
「・・やはり、面倒だ。」
海中から声が聞こえてると、すぐさま周りにいた深き者どもが兼兄に襲い掛かるが
再び影の中に沈んでいく。これが兼兄の力。時間稼ぎには抜群の影の力。
「熱噴水。」
そんなことを忠行が許すわけがない。俺達に時間を与えようとしているという事は
影に入ろうともこの戦場から離れられないと同義。
そう考えた忠行は敷かれている海を天に向かって爆発的に打ち上げる。
「・・・・!!」
止めなければ空を打ち破ると思えるほどの水柱。間欠泉などという規模を超えている。
『止めるぞ。』
兼兄が巻き込まれたなんて事は無いだろう。だが、これを放置すれば奴の力が
込められた雨が降り注ぐことになる。そうなれば全体が深き者どもに変わってしまう。
それだけは防がなければならない。
「天の支配者。」
強力な一撃だが、確認を取る絶好の好機。俺が作り出した神が奴に通用するのか。
そしてそれ同時に奴の乗っ取りがどれほどの距離が可能なのか確認ができる。
(押さえろ・・・!!)
距離があろうと水が絡めば奴の方が有利。空気の分子から水を省き、乾いた風を
とんで来た水柱に向けて撃ち放つ。
広大な空の全てを自分の手で操作すれば意識の大半を持っていかれると、
カエルスに任せるが後ろにいた猛達が俺の前に出てきた。
「来るぞ!!!」
水柱の中が突然渦を巻き、その中から無数の水が打ち放たれる。凄まじい勢いの水流は
もはやレーザーと言っても過言ではない。それらは俺達の頭部を的確に狙ってくるが、
乾いた風で撃ち落とす。
「ちーさん!!そっちは大丈夫ですか!?」
追撃のレーザーが襲ってくるが、前に出た猛達が拳や刀を振るい叩き落す。
空気の流れから全体にレーザーが撃たれているのは分かっている。
だが、カエルスと味方に意識を削がれ過ぎてちーさん達にへの援護に手が回らない。
「兼兄が来てる!!そっちに集中しな!!!」
姿を消していた兼兄が白達の援護に回ってくれている。そうなると・・・・・警戒すべきは
こっち。
「!!!」
予想通り忠行は俺を狙いに飛び出してくる。水柱を大きく動かし、俺達へぶつけて
全てを終わらせる気だ。
「まだ全部終わってへんけど・・・!!!」
終わらせまいと飛び込んでいく猛達。流石にクトゥルフの力を持った水の操作を奪い返すのは
難しいと判断し、忠行本体を狙いに行った。
だが、奴の武術は本物。鍛錬を積んだ二人と言えど、抑え込むのは難しく全ていなされてしまう。
「紅鏡光輝!!!」
このままでは撃ち込まれる。空にいるカエルスは未だ乗っ取られておらず、
何かしらの条件があることは確かだが、それでも周りの空気で迎え撃つにはリスクが高く
出来れば乾いた空気がある離れた場所から神術を打ち放ちたい。
それでは間に合わないとリスクを取る決断をつけたその時。純恋が用意していた
魔術を打ち放った。
「むっ・・・・・。」
作り出した太陽は丸ではなく円を描いており、一点に集めた光を奴の水柱に向けて撃ち放つ。
その姿を見た忠行も渦を巻いていた水柱から大量の海流をこちらに向けるが
その二つが触れた瞬間、すさまじい音を立てながら蒸発していった。
「助かる・・・・・!!」
水蒸気へと変わった水達を、純恋が熱した乾いた空気で作り上げた風で空へと打ち上げる。
これで奴の不意打ちは時間がかかる。だが、鍔迫り合いをしていた太陽と海流は
徐々に太陽が押され始めた。
「魔術で対抗しようとは未熟にも程がある。あまり舐めてくれるなよ。」
理由は簡単。人間が使う力である魔術では神の力を使う神術には対抗できない。
神という上位存在と人間の出力にはあまりに差があると言う事だ。
「クソッ・・・!!!」
それでも何とか対抗しようとする純恋だが、忠行の言葉通り対抗すらできない。
魔術を極めれば神術に近づくと兼兄は言っていたが、それはあくまで神の模倣に過ぎない。
だが、それで充分。水分を飛ばしてくれるだけで俺はその分自由に立ち回れる。
「黒牛の群流星!!」
奴に向けて無数の星を打ち放つ。迫ろうとしていた忠行は俺の星々を拳を振るい
撃ち落としていく。一体何故乗っ取らないのか分からないが、全て壊すことを選択していた。
「風穴を開ける槍!!!」
それなら好都合。遠い場所から準備していたバリスタから作り上げた黒槍を打ち放つ。
もしかすると・・・無機質な物に対しては乗っ取りが難しいのかもしれない。
『それもあるかもしれないが・・・海の上は奴の領域だ。
奴の力が多く込められた海水に触れないように気を付けて立ち回れ。』
何かしらの条件があるはず。一つ一つ情報を取っていくしかない。
空気を切り裂く槍を感じ取った忠行は水流をそのままに水柱の中に再び姿を隠した。
水流に押し込まれていた太陽は既に消えかかっており、このままだと純恋を飲み込んでしまうが、その太陽ごと撃ち込んだ槍は全てを破壊していく。
これも乗っ取られない。この謎を早く突き止めたいが・・・今は仲間達へのカバーが必要だ。
「大丈夫か?」
猛達を起こし、何が起きてもいい様に警戒していると水柱がその勢いを弱めていく。
空ではカエルスが海水を完全に抑え込んでおり、害が無い様に東京湾に飛ばしてくれていた。
「これじゃダメか・・・。」
収まっていく水柱は再び静かな海へと戻っていく。ひとまず全体への危険性は少なくなった。
だが、先ほどの攻防で通用しなかった事実が純恋を襲っていた。
「ダメなんかじゃない。純恋の太陽のおかげで立ち回りやすくなった。」
感謝を伝えても純恋は前を向かない。これまで重宝していた強力な力だが、
純恋自身はそれでも満足していない様だ。
「・・アカンねん。少しでも通用しなくちゃアンタの期待に応えられへんやんか。」
その原動力、原因となっているのは俺からの指示。
俺以外のみんなが戦えなければ意味がない。確かに・・・俺がそう指示を出した。
「・・・・・そう思うのなら、必死について来てくれ。」
なら、強い言葉をかけなければならない。その責任が俺にはある。
この部隊の大半が魔術による攻撃がほとんど。今まではそれで通用してきた。
それが出来ないのであれば・・・やるしかない。一皮むけてもらうしかない。
全員の強化が必須だと、純恋の表情から伝わってきた。俺の仕事はまずそこ。
改めて感じたと共に、俺の言葉を受けた純恋の視線に炎が灯ったことを理解した。
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