第五百三十二話 信頼を寄せる
一瞬の攻防戦。奴の仕掛けと俺の仕掛け。その二つは互いに傷を与えたが、
決して命を奪い取るには至らない。
だが、その僅かな攻防戦で互いにもたらした意味は大きく、一つ気を抜けば
首元どころは命を絶つ事が出来ると互いに知らせる事となった。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
再び海に帰った忠行。高台から見る奴の姿に先ほどの傷は残っていない。
高等技術である回復の術式。だがそれは人間の常識であり、奴のような化け物に
とってしてみれば、呪文や祝詞も必要のない簡易な術式であることを俺達は何度も
見せつけられてきた。
「さて・・・・・・。」
まだこれから。これ以上の戦いが待ち受けている事は間違いないが、予想は出来ない。
不意を打たれたことを意に介さず、次の仕掛けを企む忠行とクトゥルフを眺めながら、
何度も迫られた選択をまた強いられることになる。
『・・・・・・・。』
ハスターも分かっている。味方の介入を減らすことが最善の道だと。
「助かったわ・・・。」
それでも、俺は逃げない。隣に立とうとする純恋達から、俺は逃げることはしない。
「あの速さでは、私達は容易に前に出れませんね。」
今の攻防で自らの立ち位置を考えてくれる千夏さん。どうやら、後方で控えた方が良いと
思っているみたいだが、俺の考えは全くの逆。
「我々は後方で支援を———————————————————」
千夏さんの言葉に反応した純恋が抱いたわずかな苛立ちを式神契約から感じ取れるが、
立ち位置の提案を阻んだ俺の言葉を聞いて、苛立ちは一気に晴れていく。
「いえ、それは悪手です。皆さんは俺の近くにいてください。」
俺の指示を聞いた千夏さんはわずかに驚きを見せたが、すぐさま平静を取り戻し
その真意を尋ねてくる。
「・・先ほどの攻防を見れば分かるはずです。我々では足手まといになると。
これまで、我々を遠ざけていた事を後悔しているのかもしれませんが、
そんな甘い事を言うつもりではありませんね?」
確かに間合いを詰められれば千夏さん達は対応できない。だが、決して足手まといとは思ってい
ない。
「私情を挟んだ指示ではありません。そして足手まといだとも思っていない。
奴のスピードを見ましたよね?もし俺と距離を取ってしまうと例え影渡りで移動しても
援護は間に合わない。神術でカバーは出来るでしょうが、俺としてはそっちの方が
神経が削られますよ。」
離れていることが安全だと言う常識を奴は簡単に覆してくる。
援護は出来る。だが、空気の流れを見ながらの遠距離の援護を意識しつつの立ち回りは
俺の精神をかなり削ることになる。
「千夏さん達が俺に命を預ける覚悟で来てくれている事は重々承知の上ですし、
俺もみんなを護るつもりです。ですが万が一誰かが倒れることがあれば、
奴はその隙を逃すことなく俺を攻め立て、そして俺は倒れるでしょう。」
だから近くにいて欲しい。影渡りなど使わずとも対処できる距離で共に戦う事で
俺を安心させてほしいと千夏さんに申し出る。
「・・あなたがそうしたいのなら、私はついて行くだけです。」
戦術的にも、俺個人の気持ちとしても近くにいて欲しいと言う気持ちを千夏さんは
一切拒むことなく受け入れてくれる。
「戻ったぞ。」
津波を受け止めてくれた猛達も帰還し、木星が再び一つとなった。
「でも・・・どうするんや?」
桃子が難しい表情で尋ねる。部隊の方針が決まったが、それは決して策が決まったわけではない。
有効打を見つけることが出来たがそれを生かす間合いに踏み込む術を俺達は持ち得ない。
「距離がどうであれ、我々の役目は変わりません。龍穂君の援護を行います。」
「それは答えになっていない。どう奴へ龍穂を送り届けるのか。その策が浮かばない限り、
奴の手のひらの上から脱する事は出来んぞ。」
俺を奴の首元まで届ける術がないと、全員から様々な策が口に出される。
姿を変えたことで今までの戦いから得てきた情報が全て使えなくなったことが
議論を白熱させるが、そんな俺達の様子を奴が無視する訳がない。
「ふむ・・・・・。」
内輪揉めをしている姿を見て、酷くつまらなそうにこちらに腕を差し向けてくる。
先程の様に子孫達の力を打ち放つ気なのだろう。
「・・来ますよ。」
その様子を見ていた楓が全体に警戒しろと警告する。
確かにこのままだと俺達は攻撃を受ける。だが、それを黙ってみていない人達がいた。
「神殺しの槍!!!」
竜の姿を多くその身に宿した竜次先生が、忠行目掛けて一直線に穴を下っており、
その右手にはグンニグルが携えられている。
「面倒だな。」
道満との戦いで情報を得ているであろう忠行は、大人しく腕を引っ込めると
突っ込んで来た竜次先生に相対する。拳を構えることなく無防備に見えるが、
子孫達が何かを唱えており、向かってくる竜次先生に向けて一斉に打ち放った。
「そう来るかい・・・!!!」
俺にも効いた徒手空拳で戦うつもりだと竜次先生は踏んでいたのだろう。
決して熱くならず、飛び降りてきた竜次先生が翼を広げ方向転換をしようとする姿を見て
判断を変えた。子孫達の攻撃速度も上がっており、いくら竜の翼をもってしても
いつかは貫かれてしまう。
「頼むぞ!!!」
援護を頼むと声を上げたと同時に竜次先生の横を何かが駆け抜けていく。
周りにいた白達が魔術での援護を飛ばし、打ち放たれた子孫達の一撃に向かっていた。
「ふん・・・。」
そのどれもが強力な一撃。最低でも相殺まで持ってくだろうと思っていたが、
ぶつかった瞬間に俺の考えが甘かったことを理解させられる。
止まったのはわずか一瞬。鍔迫り合いなど一切なく勢いそのままに突き破った
子孫達の術式が再度竜次先生に向けて留まることを知らずに飛び込んでいく。
「くっ・・・!!!」
わずか一瞬勢いを殺した隙に迎撃態勢を立て直した竜次先生は手に持ったグングニルを
振るうが、多方面からの攻撃全てをたった一振るいでいなせるわけがなく、
側面からの術式達が体に触れた瞬間すさまじい音を立てながら弾けていく。
「先生!!!」
今までの戦いで善戦を続けていた竜次先生が簡単に、そして真正面から落とされる姿は
純恋達に衝撃を与え、声を張り上げさせる。
「落ち着け、大丈夫だ。」
俺もまさか竜次先生があれほどまで簡単にやられると思っていなかった。
だが、その原因はあの人自身にある。
「落ち着けって・・・あの人、やられたんやで!?」
「やられていない。俺が空気の壁を作った。急造だったから少し薄くなったが、
竜次先生なら耐えてくれるはずだ。」
俺達を助けようと空から急降下で飛び込んできてくれたのだろう。
だが、今の忠行相手ではただのいい的にしかならない。それほど相手だと先ほどの
攻防でみんなが分かってくれていたはずだ。
「それに見てみろ。竜次先生がやられたのなら海に落ちていくはずだろ?」
様々な属性がぶつかり舞い上がった煙の中から竜次先生が落ちていく姿は見えない。
「・・龍穂が助けたんか?」
「いや、違う。俺が印に落とす前に既に誰かがやっていたよ。」
影渡りは当然ながら影が無ければ行えない。知美のような影に長ける者が他にいる。
「・・・・・阿保。」
知美がいない今、それが出来るのはたった一人。這い寄る混沌を従者として従える
兼兄以外他にいない。
「俺の助けは間に合わなかった。龍穂が急ぎ空気を固めなければやられていたぞ。」
対面に立つ兼兄の隣。浮かび上がった影から竜次先生が現れる。
「はぁ・・はぁ・・・。」
体には傷が付いており、息も切れている。たった一瞬、そして複数の術式は
間違いなく竜次先生の首元に届いており、死を間近に感じさせたはずだ。
「あいつらを助けたい気持ちはわかる。だが、そろそろ認めてやるべきだ。」
ここからでは何を言っているのか分からない。空気の振動で読み取ることもできるが、
叱られている所を盗み聞ぎする気にはならない。
「俺が・・・あいつらを認めていないってのかよ・・・。
お前より・・・近くで見てきてんだぞ・・・。」
「・・だからこそでしょう。」
竜次先生がへました時に出てくるのはノエルさん。いつもの様に頭を叩くのだろうと思ったが、
真剣な表情で忠行を見つめながら何かをしゃべっている。
「近くで見てきたからこそ手を貸してやりたい。あなたは教師であり、
彼らは生徒なのですから。」
・・そうだ。竜次先生は無事。その結果だけを確認できればいい。
すぐさま視線を落とし、忠行を見ると俺達に向けて再び腕を伸ばしている。
「その気持ちは十分に分かりますよ?ですが、それは彼らも同じなのです。
お世話になった教師である貴方が命を落とせばひどく悲しむでしょう。
兼定の様に認めろなんて言うつもりはありませんが、彼らは彼らだけで戦える。
我々は我々の務めだけに集中するのが彼らにとっても最善であると思いませんか?」
奴は再び俺達に打ち込む気だ。踏み込んでくるのかもしれない。
「・・・・・そうだな。」
先程の様に不意を打たれなければ十分に対応できる。それに、俺だけに固執してくれるのなら
向こうにいる兼兄達が立ち回りやすい。むしろ好機であると空気の流れに集中しながら
全体に声をかける。
「春、全体に伝えろ。」
集中しろ。好機を逃すな。
「俺が出る。長達を含めた全員は援護に回れとな。」
六華を握りしめ、奴の動き一つ一つに集中した。
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