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第五百二十九話 価値を生む者

辺りに響いた何かが割れる音。それは・・・俺達にとって審判の時を鳴らす角笛の音に等しい。

災害の前触れを告げる角笛が示すのは、クトゥルフと忠行。


「待ったかいがあった・・・!!」


俺が作り上げた剣は奴の皮膚を突き刺さろうと迫る。角笛は確かに鳴った。

だが、まだ奴は力を戻していない。結界が崩壊してもその効果はわずかに残る。

その瞬間は未だ好機。少しでも奴にダメージを与えておくことが先決。


「龍穂!!すぐそっちに行くからな!!!」


ヘッドセットから聞こえてくる純恋達の声。合流を果たそうとしてくれているようだが、

突き刺さろうとする剣が一体どれくらい影響を与えるかで

合流への道のりを指示しなければならない。


「やれ!!!」


力を込めた剣が奴の皮膚を切り裂き肉へと到達する。体に捕えらえた子孫達を引き裂くが

忠行は悲鳴さえ上げることはい。


「は・・はは!!!」


代わりに出てきたのは乾いた笑い声。耐えに耐えた先に見えた一筋の光に

奴も思わず笑いを溢している。


「ははっ・・!!ははははははははははははははははは!!!」


そして溢れ出てきた狂気と呼べるほどの高笑いは、俺達の心に恐怖という刃を

突き刺してきたが、俺達の心の核には届かない。

ここまで来たんだ。こんな狂気に負けるわけにはいかない。

奴の体に付き刺さった剣をさらに食い込ませつつ、何が起きてもいい様に備える。


「乾く・・・久々だ・・・。乾く・・・早く水を・・・!!!」


水を求めた忠行は、伸ばした触手を全て作り上げた海へと突っ込もうとする。

一体何をする気かは分からないが、やらせはしないと空気で海面に壁を作り上げる。


「なっ・・・!?」


俺の風は固い。形を変えれば奴の体を尽きさせるほどの硬度を誇るが、

視界に映し出された光景に俺は思わず驚いてしまう。


「水・・・水・・・。」


それは決して壁を貫かれたからではない。むしろ奴の触手は俺の空気の貫けずに

ただただ無造作に触手を壁に打ち付けるのみ。

だが・・・奴の体に生えている顔達が蠢きだし、なんと這い出る様に肉の塊として

生まれ出てきた姿に驚きと恐怖を隠せなかった。

何故なら、出てきた子孫と思われる肉の塊の表面はまるで爛れたような姿であり、

大火傷を負った末、もうどうにもならない体で水を求めるその姿は

得体のしれない恐怖を与える。


「・・・・・!!!」


それでも、俺は緩めない。彼らは一度その命を終えた身。

今目の前に広がる姿は彼らの本当の姿だからだ。彼らが求めるのは水ではなく、本当の死。

奴の縛りから解放され、海という自由を勝ち取りたいその思いに俺は答えないといけない。

恐怖によって硬直しかけた頭を体を奮い立たせ、奴が求める海水に蓋をし続けていくが

叩きつけられる触手の一撃は徐々に強まっていく。


『奴は既に体を海に浸けている。このままだといずれ全て取り込むぞ。』


ハスターの言う通り、奴は既に海水を取り込める状態。

そしてこの増していく力は、海水を取り込んだことによる強化。

いずれ全て取り込むのであれば蓋をし続ける意味は数えるほどばかり。

だが、その数えるほどの中から最善を選択しなければならない。


「龍穂!!抑えてろ!!!」


何故足元を海に浸しているのに触手を突っ込もうとしているのか。

その理由に最善がある。強まる奴の触手に意識が引っ張られ、抑える事に集中している最中

味方はおらず、このままだとただ時間を無駄にしてしまうと焦り出したその時。

高台から跳ね上がった竜次先生が大声で指示を送ると札から取り出した何かを口に加えた。


「さあ・・・こっからが本番だ!!!」


大きく息を吸い込み、加えた何かに空気を送り込むと辺りに低い音が鳴り響く。

まるで猛獣の雄たけび。よく見るとそれは小さな角笛であり、辺りに響いたことを確認すると

すぐさま懐にしまい、全身に力を籠める。


「ガアアァァァァァァ!!!!!」


その力に呼応する様に、竜次先生は姿を変えていく。

今までの戦いで片鱗を見せていた龍の姿。その姿が嘘に見えるほどの変化が体に起こり、

青い鱗を全身に身に纏い、窮屈だったと言わんばかりに姿を見せた翼が大きく広げられる。

そしてもう一枚札を取り出すと、道満との戦いで見せた神殺しのグングニル

その手に携えられる。そして・・・辺りに何かが空気を切り裂く音が鳴り響いた。


(何か・・・飛んでくる。)


発達した文明の象徴の一つである空を駆ける鉄の塊。飛行機が鳴り響かせる轟音に

引けを取らない所か、比較にならないほどの風切り音がこの戦場に集まっている。


「なっ・・・・!?」


風切り音の正体がすぐそこまで迫っていると感じたその時。嘘の様にピタリと収まったと

空を見上げると・・・そこにはその正体達が姿を現す。

俺達の衣食住を支えてきた月桂寮と遜色ない大きな体。その体を覆う

太陽の光を反射するほどに鍛え上げられと錯覚するほどの硬い鱗。

地上に住む猛獣達を簡単に引き裂くであろう荒く、それでいて切れ味鋭い爪。

牙、眼、角。その全てが俺の知る生物の上位互換であると言わんばかりの存在感を放つ

伝説の精霊。いや、神である龍の大軍が頭上に広がっていた。


「神々の黄昏ラグナロク!!!」


大きな翼を羽ばたかせながら雄たけびを上げた竜次先生に呼応した龍達は

全てを飲み込む大きな口から灼熱の炎を打ち放つ。

北欧神話に出てくる世界終焉を謳った詩であるラグナロク。

その詩に出てくる龍と言えば世界樹の根に住まう邪竜、ニーズヘッグ。

その伝説の竜と竜次先生が関係あるかは分からないが、空に羽ばたく竜達を従える長の姿は

死者を乗せ羽ばたく邪竜の血を引いていると言われても疑う事は出来ない。


「・・・・・!!」


全てを焼き尽くす竜の息吹を邪魔しない様にと、風の蓋を剥がす。その瞬間を逃さまいと

海に向けて触手を放つが、眩い光を放つ炎が焼き尽くすために襲い掛かった。


『なかなかやるな。』


神達が存亡をかけて戦ったラグナロクを冠した炎の束は触手もろとも忠行とクトゥルフを

飲み込んでいく。触れた瞬間、空気を含めた全てを焼き尽くす炎の束を受けては

塵へと変わると思いたいが、相手は忠行だ。

すさまじい勢いで蒸発していく海は爆発的に膨張し、さらなる爆発を追い打ちと変えて

忠行へと襲い掛かるがそのすさまじい存在感が薄れる事は無い。


「ははっ!!いいぞ!!これが生!!!」


炎や爆発の轟音が鳴り響く中でも聞こえる声は、その身を襲う痛みを受け入れ喜んでいる。

これほどの一撃を喰らっても一切の正気を見せない姿は、永く生きて来た末に

人間性を全て捨て去った証拠。


「大丈夫か!?」


その様子を見ながら追撃を加える準備を整えていると、後から足音共に

純恋の声が聞こえてくる。優勢を崩さないための猛攻は、純恋達へのルート変更を

考えさせず一直線に向かって来てくれたが、隣に立たせられないと横に手を伸ばす。


「・・前に出ないでくれ。」


「なんや!?ここまで来てまた置いていく気か!?」


「違う。そうじゃない。出来れば近くで何が起きてもいい様に準備を。

ここからは・・・何が起きてもおかしくはない。」


効いている事は間違いない。だが、奴の異常といえる再生能力で焼けた体を

すぐさま再生させている。それを証拠に、奴の笑い声と共に自由を求めていた

子孫達の叫び声が炎の中から聞こえてきていた。


「これは・・・・・?」


幸い純恋達は下で何が起こっているのかの詳細を知らない。


「・・・・・・・・・・。」


恐る恐る尋ねてきた千夏さんに反応を出来なかった。

これを説明するのにぴったりな言葉。”地獄”の景色を出来ればみんなに見せたくなかった。


「乾く・・・・・なあ、そう思うだろう?」


小さく聞こえてきた。燃え上がる炎の中、全てを燃やし弾ける音の中。確かに聞こえた。

忠行の声。炎の中、姿を見せないはずなのに、それは確かに俺に向けて言い放たれた。


「決して・・・。決してだ。今まで喰らってきた子孫達がか弱かったなど言うつもりはない。

我が血肉となるため、姿を隠しながらも蓄えた力はどれも素晴らしかった。

死闘に火照った体を潤すには打ってつけ。振り返れば果報者たちばかりだったわい。」


こいつ・・・。どれだけ命を馬鹿にすれば気が済むんだ。

今も痛みに悲鳴をあげているこの人達は決してお前の———————————————————


「食料ではないと?では、一つ問おう。貴様らが毎日口にしている食事と

わしが啜ってきた血肉。何が違うのだ?」


それは・・・・・。


「生を受けた者全てが清いとでも思っているのか?それを口のするのが冒頭的とでも?

貴様は勘違いをしている。生を受けた者の価値とは、その身が朽ちたその瞬間に決まるのだ。」


・・何も言い返せない。言い返せない所か、酷く真っ当だとさえ思っている。

俺達が口にしてきた肉や野菜。それら全て命が宿っていた。


「何も気にせず生きてきた者ほど愚かな者はいない。世の摂理はいつでも弱肉強食。

生命を断った物がその者を価値を決める。それがこの世の掟。人間が愚かであるという

何よりもの証拠だ。」


「・・・・・なら、俺が決めてやるよ。」


愚かで何が悪い。奴の言う事が世の掟、道理であっても足を止める理由にはならない。


「ほう・・・。一体何をだ?」


「お前の価値だ。お前という化け物に価値などない。この世から姿形全て消し去る。

記憶からもだ。全て・・・破壊してやる。」


六華を引き抜き、切先を向ける。海水を取り込んだことで感覚が研ぎ澄まされたのか、

認識阻害下であったも奴は俺達に気が付いている。

逃げ場はないが・・・逃げる気もさらさらない。全員でこいつを壊す。

壊して・・・・・今までの全てが意味を成さなかったと俺が決めてやる。


「ふふっ・・・。貴様の血肉はさぞ上手かろうなぁ・・・・・。」


俺の言葉を聞いた忠行は、さらに不気味に笑い始める。


「こんな炎より、貴様のその言葉に血沸いてしまう。だが、その血を貪るのに

この熱は不要。覚まさなければならんなぁ・・・。」


突然、地面が揺れる。地震・・・ではない。何かが近づいてきている。


「火蓋を切ってやろう。これで終わってくれるなよ?」


そして影が俺達を覆うと、その正体が嫌というほど視界に映し出される。


「ッ・・・・!!!」


陽の光を隠すほどの大きな水。忠行が呼び寄せた大津波が俺達所か

東京を覆いつくそうとしていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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