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第五百二十七話 堅忍不抜

再び防戦の判断を下した忠行。


『・・お前らしいな。』


これまで忠行の戦いを見守ってたクトゥルフは呟く。


『我慢強いにもほどがある。滅ぼそうと思えばいつでもできるだろう。』


永い時を共にしたクトゥルフはこれまでの戦いを思い返していた。


『阿保。いつも言っているだろう。リスクを負う必要はない。

確実な勝利など存在はしないからこそ、勝機を待つのだ。』


これまでの戦い。それは我慢の連続だった。表舞台から去った忠行が

生きているなどという噂が立てば、陰陽寮が黙ってはいない。

陰陽寮には配下を忍ばせていたが、不死の存在が露わになった途端に陰陽寮全体で

調査に出てきてしまう。

当時の忠行はただ平穏を望んでおり、事が大きくなることだけは避けるため

姿を隠し、闇夜に紛れ子孫達の血肉を頬張って永らえていた。


『それに相手は這い寄る混沌と黄衣の王・・・いや、もはや星間宇宙の帝王と

言った方が正しいか。流石に分が悪いぞ。』


『だからこそだ。先ほどの様に片方潰す方が良いのではないか?』


『よく見てみろ。這い寄る混沌は攻めあぐねている。確かにこいつらの連携は脅威だが、

何時でも倒せる相手だろう。警戒すべきは星間宇宙の帝王に絞り、打ち破る。

そうしてから対処しても遅くはない。』


全部隊が攻め込んできているが、結局の所喉元に刃を突きつけるには至っていない。

それは子孫達の魂を取り込んだ特殊な体への対処法が一切なされていない状況出る事の

証明となっていた。


『話を戻すが、であれば奴を殺すのが筋だろう。何故やらない?』


『先ほどの奇襲だ。完全に不意を打たれた。恐らく認識阻害だが、

俺が探知できない程の深い阻害はこれまでで初めての事。何か変化が起きている。

その変化を起こしているのが星雲宇宙の帝王であることは間違いない。

奴らを倒そうと踏み込み、辺りの警戒を失ったその時。これまでの苦労が水の泡となる

可能性も十分に考えられる。ここは我慢の時。奴らの手のひらで踊らされてはならん。』


つい先ほどまで未熟だった龍穂に最大限の警戒をしている忠行を見て

疑問を抱くと共に、憎き兄弟の姿を思い出す。

父に命を言い渡された時、自らより大きな惑星の侵略を命じられた時の屈辱は

クトゥルフの中で消えておらず、ここまで忠行に付き合ってきたのも

ハスターを見返すためであった。


『・・奴に不意を打たれる事などあってはならん。ここは、付き合ってやろう。』


龍穂の両親。龍彦と稲見の姿を見たクトゥルフの胸は跳ね上がった。

何時の日に感じた兄弟の力。その強大な力が目の前にあった。

一体何故こんな所にいるのか。まさかわざわざ邪魔をしに来たのか。

様々な憶測がクトゥルフの中を駆け巡ったが、それと同時に一つの感情が沸き上がる。

憎くてたまらないあいつをこの手で摘み取る。見つからに未熟である主に感じる力。

この好機を逃せば二度とおずれないかもしれない絶好の機会。

ルルイエの中から覗いていたクトゥルフの心は躍った。


『そうしてもらおう。安心しろ、必ず勝利を収める。

我らはこの惑星の王になる。そして・・・お前はこれから劣等感を抱くことは無くなる。』


ただ勝利を収めるだけでは足りない。首を取ったと大声を張り上げることを

クトゥルフは望んでいた。影に隠れて何が王か。

全ての感情に決別し、ハスターの首を掲げ叫んだ時。その時こそ自らを王と名乗るに相応しい。


『・・そうだな。』


『見ろ。将門の奴、やっと息切れだ。もうすぐ結界が晴れる。』


猛攻を防ぎながら点を見上げると、そこには苦悶の表情を浮かべる将門の姿。

龍脈を再び動かし張った東京結界と言えど、大穴が開けば展開の維持は難しい。


『その時こそ、お前の出番だ。紡いで来た因果を完成させるとき。

我らは王となる。さあ、やってやろうぞ。』


彼らの悲願。そして・・・龍穂達の悲願。旧支配者達の争い。

その全てが戦場に集まる。真にその力を扱えるようになった龍穂の手によって、

この世界の中でも有数の戦いへの昇華されようとしていた。


—————————————————————————————————————————————————————————————————————————————



海の匂い。強い、深海の水が張られている戦場に戻ってきた事を嗅覚が告げる。

だが、それだけではない。俺がいた時には無かった匂い。

深い海の匂いの中に混ざる血の匂い。触手、または魔術か神術か。

強い殺意が込められた一撃に傷ついた肌が抑え込んでいた血が多く流れた証拠だった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・。」


瓦礫の隙間。大きな瓦礫が支え合って出来た隙間に俺達は出てきた。

少し先からは激しい戦闘が行われている事を感じさせる様々な音が響いており、

振るわされた鼓膜は俺達に死の恐怖を必死に伝えてくる。


「・・雫さんはいないみたいやな。」


指示通り安全な場所であること確認しに出ていったちーさん達の帰りを待ちながら

純恋は呟く。


「少し離れた場所にいてもらってます。雫さんの居場所を忠行は感知しているはず。

恐らく我らが安全に出てくる場所を探している事も察してる。

兼定さん達の対応しているからかもしれませんが、雫さんに対応しないのは

我らを戦場に誘おうとしている証。」


それを逆手に取るために雫さんには離れた場所で今もその場所を探している様に

行動してもらっていると千夏さんは語る。

俺が作り上げた陽動が未だに動いているのに雫さんが行動を変えては不自然極まりない。

安全な場所を探す際、いくつか候補を作っておくのが偵察の基本。

複数候補を持っておくことで敵の眼を逸らす効果や、

一つの場所を潰されても対応できる柔軟性が策に生まれるからだ。


「さて・・・ルートを絞りたいが、どこまで近づきたいんだ?」


どこまで近づきたいか。認識阻害による奇襲をちーさんは遠回しに提案する。


「これは決して下げている訳じゃないが、謙太郎の射程距離は短い。

厳密にいえばあの青い炎でクトゥルフに一撃入れられる射程は限られているってことだ。」


強力な攻撃のリスク。詠唱時間もあげられるが、魔術操作の範囲を超えた攻撃は

距離が増すごとに威力が減っていく。


「龍穂の操作精度を疑っているわけじゃない。問題はむしろ私達だ。

少なくとも謙太郎の射程範囲内に入り込まなきゃ木星の最大火力を叩きだせない。」


「それに東京結界の破壊が目の前である以上、もっと深くまで潜り込まなきゃいけない

かもしれないね~。」


「ここまで潜り込んだんだ。行動を変えるのは容易にできる。

だけどその上限値だけは決めておかないといけないよ。

部隊の認識が少しずれただけで全滅がありえる相手だからね。」


ちーさんは白達と念密に連絡を取っていた。奴の強さの情報はここにいる誰より知っている。

欲張るのなら全員の攻撃が聞く距離へ行くべきだが、射程範囲を短くすればするほど

手痛い反撃を受けることになる。それこそちーさんの言う通り、全滅もあり得てしまう。

どこまで踏み込むか。それが大きな問題だった。


「・・・・・楓。」


まずは実際に不意打ちを成功させた者達の意見を参考にするため、

謙太郎さん達を導いた楓に声をかける。


「この規模の部隊が留まれるような陸地が残されていたかどうか聞きたい。」


奴は足元に海を広げている。触れれば終わり、これだけの人数が留まれるだけの

足場があることが重要になってくる。


「・・全員が固まれるほどの足場はありません。ですが、散らばれば

全員が立てるほどの小島はいくつもあります。」


小島か・・・。部隊の分散はリスクもある。だが、それでも距離を詰められるのなら

当然有効活用する事が候補に入ってくる。


「・・・・・・・・・・・。」


だが、奴ほどの奴が接近を許す足場をわざわざ残している理由。

それは足場に降りたたった奴を敷かれていた海でからめとるためだろう。

認識阻害が効いている間は足場に乗れるだろうが、奇襲を行い存在がバレれば

俺が倒された時の様に海水が襲いにくるに違いない。


「・・部隊を分ける。」


それでも、踏み込まなければならない。いつでも引ける状態を作っておくことが

最低限の条件。そのためには人選が肝心になってくる。


「それで踏み込みます。楓と同じ様に退くことを最優先にした動きを想定。

それが出来なければ死ぬ。それで行きましょう。」


ギリギリの戦い。だが、それだけの相手だ。

俺の言葉を聞いた全員が不安を見せず、ただ頷いてくれる。

その覚悟に応えるため、新たに作り上げた認識阻害の札を残されているコンクリートの上に

貼り付け、その周りに風で削り始めた。



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