第五百二十六話 再度、決戦後へ
楓達と合流し、駆けながら報告をもらう。
「指示通り、謙太郎さんの一撃を加えた後にすぐ離脱してきました。」
「そうか。効果はどうだった?」
完全な不意打ちを行えたのは朗報だ。瀬織津姫・・・いや、ヌトス=カアンブルか。
その存在に気が付く前に見よう見まねで作り上げた認識阻害の印が役に立った証拠なのだから。
「文字通りすぐに離脱したからどんな影響を受けたかは分からない!
だが、効いている様に見えたぞ!!」
「なるほど・・・・。」
風を使い、楓の背中に張り付けた認識阻害の札を剥がす。
賀茂忠行相手にも認識阻害が効果を成すことを理解しただけでも十分な成果だが、
同時に大きな課題も出てきた。
(何も言わずに一か八かの賭けをさせて申し訳ないな・・・。)
認識阻害という術式の難しさ。それは効果範囲に指定にある。
楓に張り付けたのは楓たちの存在を半径一キロまで隠す札。だが、それだけなら
謙太郎さん達に楓の存在を隠してしまう。幸い忠行の力がここまで伝わってくるほど
強力であり、それを目印に忠行だけに対して認識阻害の対象を絞ることが出来た。
(これも・・・勉強だ。まだ俺の知らない神術が多くある。)
ハスターはこの力を創造と言ったが、今所模倣というのが正しいのだろう。
元々ある術式を俺なりに再現する。これを創造といっていいのだろうかと
悩んでいると、ヘッドセットからの連絡を受けたゆーさんが口を開いた。
「向こうから連絡~。不意打ちの判断は良かったみたい。
兼兄に集中していた攻撃の手を止めさせてしかも反撃に出たみたいだよ~。」
「・・それは兼兄も出たという事ですか?」
「そうだね~。それと、龍穂に連絡だよ~。持ってきた家系図に何か変化が無いか
見て欲しいってさ~。」
家系図・・・そうだ。純恋に連絡をして持ってきたもらった家系図。
あれには今までの犠牲者達が乗っている。すなわち・・・忠行の体に入っている
子孫達の名が全て刻まれているはずだ。
「こちらですね。」
隣で走る千夏さんが家系図を俺に手渡してくれる。
賀茂御祖神社でもらった時にはぎっしり名が刻まれている事を確認したが、
開いてみるとそこには全く違う内容となっていた。
「これは・・・。」
「今までの犠牲になった方々の名が光っています。恐らく・・・忠行に関係があるのは
明らかです。」
そう・・・光っている。光ってはいるが・・・・・。
『これは・・・契約を記した書だな。夢の中で言った通り、奴の体の中に入った
子孫達の契約が全て刻まれている。』
契約を・・・記す?一体なんでそんなことをする必要があったのだろう。
一枚、また一枚と開くがその全てが光っており、契約が残っていることが確認できる。
「・・・・・ん?」
だがその中に光って入るものの、契約が切れている名を発見する。
これは・・・一体どういうことだ?
「何も変化がある様には思えませんが・・・・。」
駆けながらも横目で家系図を見た千夏さんが呟くが、俺にははっきりと見えている。
「・・ゆーさん。」
「何?」
「こう伝えてください。忠行の中に入っている子孫達に変化があった。
契約が切れている者がいると。」
俺以外のみんなには名がただ光っている様にしか見えていないだろう。
これを全て説明してもいいが・・・これを持ってこいと言ったのは兼兄だ。
全てを知っているかは分からないが、ある程度は察しているはず。
「了解~。」
「・・龍穂。どういう事や?」
思った通り、純恋が俺の言葉の説明を求めてくる。
出来るだけ簡潔に、子孫達の魂が取り込まれているとだけ伝えるが忠行の姿を見ていない
純恋達が理解できるはずがない。
「そんなこと・・出来るんか?」
「行けばわかる。あいつの体には顔が浮かび上がっていて、それが全て子孫達と
思ってもらっていい。」
こればっかりは見てもらわないと分からない。だが、事実だけ伝えておけば
最低限の警戒は出来るはずだ。
「龍穂。戦場は変わった。私達の動きも変えるか?」
ゆーさんが連絡をしている間、変わった戦場の状況にこちらも合わせるかと話し合いが始まる。
「・・いえ、このままでいきましょう。」
「あくまで陽動か。それでもいいが、奴がこちらに警戒を強めたことで
今のような大きな動きは意味がないのではないか?」
陽菜も加わり、議論は白熱する。
「意味はある。俺達が動いている事だけを意識させればいい。」
「口を挟んで申し訳ありませんが、それでは答えになっていません。
ただ動くだけでは体力を無駄に消費するだけ。私としては陽菜さんに賛成です。
今こそ、私達も動くべきです。」
珍しく、千夏さんは俺へ反対意見を出してくる。誰が見ても明らかな転機。
だが、俺は”既に動き出している”。
『・・どう思う?』
『これくらい動けば奴も少しは騙せるだろうな。』
難しいが・・・認識阻害が聞いたことが分かった。これを”奇襲”に生かさない手は無い。
「・・・・・止まってくれ。」
木星達に指示を出した瞬間。全員の背に札を張り付ける。
そして・・・”全員の力を模した風を同じ速度で送り出した”。
「全体に伝える。これから奇襲を仕掛ける。」
「奇襲?本気で言っているのか?」
「本気だ。まだ分からないのか?」
陽菜には俺の突発的な行動にしか見えないだろう。だが、いつも近くにいた千夏さん達は
俺が風を送り出した事に気が付いている。
「奴は警戒を強めていると報告が入ったはずだ。このまま突っ込んでも
簡単に見破られるだけ。奇襲にはならず、集中砲火を受けるだけだ。」
「じゃあ一つ聞こう。なんで楓達の奇襲が成功した?俺の力が強いとはいえ、
あの場は忠行とクトゥルフが支配していた。空気よりかは分子が大きいとはいえ、
水の探知から簡単に逃げられない状況でだぞ?」
俺が突き出した謎について、陽菜は答えを導き出せない。
それは当然の事であり、先ほどの奇襲の種を全て明かしにかかる。
「お前・・・認識阻害を使えるのか?」
「ああ、ついさっきからだけどな。当然不安もあるだろうが、楓の奇襲で
効果があることは確認済み。みんなの言う通りこのまま陽動を続け、
堂々と戦場に向かうより安全で、期待値の高い策だ。」
千夏さんに確認を取ると、雫さんは少し離れた場所だが比較的安全な場所を
見つけてくれていた。
「・・だが、突然お前の存在が消えれば奴は警戒するぞ。
いくら認識阻害とはいえ、違和感は必ず残る。」
今度は陽菜を説得する必要があるが・・・今回は不確定要素を限りなく減らした。
納得してもらう時間もより短い。
「そうだろうな。だから・・・・・ここにいる全員に似た力を込めた風を飛ばした。
同じ速度、形も一緒だ。短時間だが、必ず引っかかる。」
そんなことが可能なのかと呟く陽菜に対し、純恋と桃子がその姿を確信したと援護をくれる。
「・・それであれば受け入れよう。もし奇襲が失敗してもやりようはあるな。」
「一つだけ言えるのはこれ以上認識阻害が仕えないと言う事だ。
正確に言えば有効に使えるだけの技術をこの短時間で習得するのは無理だった。」
戦場にたどり着けば小細工は出来ない。そこにあるのは化かし合いではなく、
純粋な命の取り合いだけだと全員に発破をかける。
「・・・・・ヌトス=カアンブル。一つ聞きたいことがある。」
その間に一つだけ確認しなければならないことがある。
「何だ?」
「あなたは名を瀬織津姫にかえているだけ。ということは向こうにヌトス=カアンブルの
名を持った本物の瀬織津姫様がいらっしゃると言う事ですね?」
「ああ。そういう事になるな。」
イザサワケで名を与える事で強化される事もあるだろうが、神本来の力を引き出せない
弱点も生まれるはず。戦場に行けばさらなる強化も期待できる。
「・・さあ、覚悟を決めよう。」
もう逃げない。逃げられない。一度目の敗北は味方のおかげで窮地を脱することが出来た。
あのような不意はもう討たれない。次に敗北を叩きつけられる時は・・・死ぬ時だ。
「何度も奮い立たせられてきた。それは・・・この先の戦いへ向けられたもの。
重い言葉を何度ももらった事でしょう。それほどまでに、ここまでの道のりは長かった。」
長かった・・・。綱秀との戦いから始まり、ここへたどり着くまでの時間は
今までの人生の中でも一番と言っていいほどに濃厚であり、そして辛い戦いだった。
「俺は・・・一度は敗れ、またあの戦場に戻る。最後の戦いになると望んだ結果、
簡単に戦場を後にした。みんなのおかげで命は取り留めたが、今度はない。
それはこの場にいる全員も同じ。これまで喉の戦いより、あそこは死の匂いがする。
何故なら・・・・・我々は死神と戦う。油断は許されない。」
決意を何度込めた事だろう。だが、何度重ねても足りないほどの相手なのは間違いない。
「それでも・・・我々は勝利を掴み取る。その先に未来があるから。
理由はそれだけ。たったそれだけだが・・・それでいいんだと、俺は思います。」
歩む未来があるだけでいい。命を懸けて俺を護ってくれた両親との会話で実感できた。
二人に勝利を届ける。その姿を見ていてくれと、鞘を軽く叩く。
「では・・・行こう。」
何度もくぐってきた影に沈む。もう、戻ってくることは無い。
決戦後へと進む我らを誰も阻むことなく、立ち去った瓦礫の街は再び静けさが戻っていた。




