第五百二十三話 信頼を勝ち取る説得
風で作りあげた印。それはクトゥルフと敵対する者であれば必ず知る印。
「”これ”、分かりますよね。俺達には縁の無かったものですが・・・
恐らく泰兄はこれを使い、忠行との関係に楔を打ったのだと思います。」
「・・・・・馬鹿にしてるの?」
これは”エルダーサイン”。クトゥルフ達の総称、グレートオールドワンの手先から
保護をするための印。クトゥルフを追う者からすれば覚えておいて損はない所か、
必需品と言っても過言ではない程絶大な効果を持つ。
この存在は当然俺達も知っていたが、手先共達には負けることが無かった事と
グレートオールドワンと相対していたので持っても意味がないと判断して使わなかった。
「それは手先共達に効果のある印だよ!!そんなもので楔を————————」
「打てない。エルダーサインでそんなことはできない事ぐらい、俺でも知っています。
ですが・・・よく見ていただきたい。これは本当にエルダーサインなのですか?」
形状が違うのはすぐに分かるはず。クトゥルフと戦ってきた白達であれば簡単だ。
何故すぐにわからなかったのだろう。いや、分かるはずがなかった。
認識阻害という術式の本当の怖さを実感した。何せ・・・認識させないのではなく、
認識を変える事こそがその術式の本当の効果なのだ。
「本当のエルダーサインって、どこからどう見ても・・・・・。」
俺の作り出した印の違いをすぐさま察するちーさん。そのタイミングで
空から俺の作り出した風の道によって飛んできた一枚の札を手に取った。
「これです。これは龍脈の入り口に張ってあった札。風で一枚拝借しました。
何故気が付かなかったなど、今はどうでもいい。俺達は勘違いをしていたんですよ。
これが”ニャルラトホテプの印である”と。」
「・・それはどう見ても兼兄の力が込められている。ニャルラトホテプを使役しているのは
あの人だけだ。それに合わせた認識阻害。どう見たって兼兄の力だろう。」
「一枚では認識できますか。やはり術式に維持には複数枚が必要なんですね。
ですが・・・そこが間違いだったのです。エルダーサインの出自を考えればあり得ない。」
札に書かれていたのは星の中に目が書かれている印。だが、瞳の中には
太陽のような模様が使われている。
「そもそもです。グレートオールドワンの手先を抑える印を外なる神が
使うなんて事があり得るのでしょうか?」
「知能の高いニャルラトホテプなら使ってもおかしくはない。
奴ならその技術を逆手に取って自分の物にしても・・・・・。」
「それはない。何故なら・・・プライドが許さない。旧支配者たちを小馬鹿し、
見下している神がそれ以下と言うべき存在の技術など使うはずがない。
もし、興味本位で使ったとしても自らの術式に当てはめて使用する。」
「・・ちょっと待ってください。」
ちーさんへの説明の途中。口を挟んで来たの千夏さん。
「これがニャルラトホテプの術式ではないとしたら、これは一体どの技術を使用して
作られた物なのですか?それによっては・・・・・。」
流石だ。千夏さんは既に勘づいている。
「そう。問題はそこです。これが一体どんな術式で組まれているか。
これは・・・人が作り上げた術式ではありません。
それにしてはあまりに術式が古すぎる上に、人の出力では決して使えないほどの
力を要求する印になっている。だからこそ強い認識阻害が発動できる。」
「じゃあ、一体誰が作ったてのさ・・・・・。」
そこに関して・・・俺ははっきりと確証を持てない。
だが、疑わしいと思う神が一柱。ここまで姿を隠していた神が一人だけおり、
少し前の深き者ども達を対処するために行った空気操作によってその姿を確認している。
「・・このためだったのですね!!!」
これ以上姿を隠していても意味がない。姿を現してくれと大声を上げる。
「はっきり言いましょう!!これを作ったのはあなただと言う確証がない!!!
ですがあなたが作ったのだと心がそう思って話さないのです!!!
貴方の存在には謎が多い!!ぜひ、説明をお願いしたいのです!!!」
俺をあのテントに連れてきたのはイタカだと少し前に聞いた。
だが、俺の意識が途切れる寸前。傍にもう一柱いたはず。
「・・・・・いいじゃろう。」
何処から声が聞こえてくると、手に持っていた札が大きな反応を見せて中から何かが
飛び出してくる。
「あなたは・・・・・?」
「知らぬものも多いか。龍穂、説明して見せろ。」
兼兄の式神。そして業という組織を支えた神であるお方。
「この人は・・・瀬織津姫様。兼兄の式神であり、業を支えてきてくださった
歴史から隠された神その人です。」
「いや、それくらいは知っているよ。私が行っているのは瀬織津姫とあの印の関係性だ。
勿体ぶるな。早く説明しろ。」
「少々お待ちを。俺もやっとわかったばかりなんです。」
ハスターの力を使った空気操作で触れた瀬織津姫。日ノ本の神であるはずなのに
伝わってくる力は全く異なる異様な姿。
「これを作ったのは・・・あなたですね?」
「・・・・・いかにも。」
エルダーサインに似た印。これを作り上げた正体が瀬織津姫であることを察することが出来た。
「・・少し待て。理解しかねるよ、それは。
これは間違いなくエルダーサイン。日ノ本の神に作る事なんてできないし、
それを強化する事なんで出来ないんだ。だってそれは・・・・・。」
「”ヌトス=カアンブル”が作ったものだから、ですね?」
術式を強化するのはその全てを理解する必要がある。
宇宙の神の手先に特攻を持つ通常なら誰も使わない印など誰が興味を持つだろうか?
しかもそんな特殊な印の全てを理解するなど困難を極める。
「・・そうだ。ドリームランドで崇拝を受ける神。お前達はおろか、
私達でさえ行ったことの無い地だ。そこで崇拝を受ける神が使う印なんて
誰か好き好んで使う?誰がそんなものを理解し、新たな術式へと変えるんだよ。」
それに加え、ドリームランドという夢を介していくことのできる異世界で使われることが多く、
触れる事さえ難しい。
「いるじゃないですか。ドリームランドの事を限りなく理解し、それを持ってこれる人が。」
そんな触れる事さえ難しい印をほぼ必ず知っていると言っていい人物がいる。
それは俺達がよく知る人物。その人しか、こんなことをする人はいない。
「・・兼兄がしたって言うのか?」
「俺はそう思っていますし、それ以外ない。先ほどの瀬織津姫様の発言が
そう物語っています。」
「だとしてもだ。じゃあなんで瀬織津姫なんだよ。大体ヌトス=カアンブルじゃないんだ。
まさか・・・瀬織津姫がそれを改良したとでも言うのか?」
最終的な問題はそこ。日ノ本の神がヌトス=カアンブルの術式を使った事実。
それを解き明かさなければちーさんを説得できないが、俺の中では既に一つの答えが
導き出されている。
「いえ?そうではありません。ですよね?」
「うむ。龍穂、よくここまで察することが出来たな。」
俺の一言と瀬織津姫様の肯定。それは・・・これまでの話しを全て否定した。
その様子を見た全員が驚きを超え、なんとも言えない表情を俺達に向ける。
「ここまで来て・・・どういうつもりなんだ!!じゃあ、今までの話しは一体———————」
「まだ・・・分かりませんか?俺達はこの謎に対する答えを既にみたはずです。」
そして・・・俺は桃子の向けて視線を送る。その答えを持っている・・・いや、
その身で体験したのは桃子だからだ。
「分かるか?桃子。」
「えっ?いや・・・ごめんけど、分からへんわ・・・・・。」
まあ、仕方がないだろう。突然浮かび上がった点と、この状況という点を線で結ぶには
あまりに情報が少なすぎる。
「・・そうか。では、お話しします。」
俺を逃がしてくれた瀬織津姫様を近くに呼び寄せ、俺の隣に立たせる。
少女のような見た目だが・・・兼兄はよくぞここまで小さくまとめたものだ。
「簡単な話です。”イザサワケ”。この一言だけで分かるでしょう?」
いや、兼兄が小さくまとめたわけじゃない。山本五郎座衛門と平将門様の姿を入れ替えるほどの
術式だ。発動が成功した時点でこうなっていたのだろう。
「名前を・・・交換したっていうことか?」
「そうです。なんといえばいいのか分かりませんが・・・空気操作で触れた際、
瀬織津姫様の外殻の神力とその体に込められた神力に微細な違いがあった。
ハスターの力を使わなければ分からないほどの差ですから気が付かないのも
仕方がないでしょう。」
瀬織津姫様とヌトス=カアンブルが名を変えた。その事実を、なんとなくだが全員が
受け入れ始める。後は・・・印を改良できた理由を述べるのみ。
瀬織津姫様・・・いや、ヌトス=カアンブルの様子を見るに、
ここまでの推理は全てあっている。
ちーさんに受け入れてもらうため。そして二人を救うため。詰めの一手を打ち込んだ。
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