第五百二十二話 リスクを負う覚悟
眷属としての契約に打ち込む楔。一度もやったことがない技術だが・・・
俺には自信があった。
「少し待ちなよ。」
俺が二人に対し、楔を打ち込もうとしたその時。ちーさんが俺の伸ばした腕を掴んでくる。
「前にも言ったことがあるけど、術式に楔を打つのは高等技術の中でも最上に当たる。
したことがない龍穂が出来る様な技術じゃないんだよ。」
ちーさんも以前銃弾に術式を込めて使ったいたが、数が少ないと言っていた。
白の人達が多く扱う事が出来ない時点でかなり難しい事だけは分かっていたが、
ここまでの経験が俺の自信を後押ししてくれる。
「・・龍脈での出来事が全てです。泰兄との出会いもそうですが・・・ニャルラトホテプの
印も俺に気付かせてくれました。いや、もしかすると認識阻害のせいで
気が付かなかったのかもしれません。」
ちーさんの顔を見ても納得いかない表情をしている。恐らく認識阻害の影響が強く、
記憶が残っていないのだろう。
「今思い返せば・・・・・忠行とクトゥルフに魂を使われたのは契約で縛る以外の方法はない。
それは二柱と同じような状況ですよ。であれば出来るはず。」
「私が言っているのは可能か不可能かじゃないんだよ。
龍穂が出来るか出来ないかだ。第一、高度な術式にはそれなりのリスクがある。
それを分かっていない訳じゃないだろう。」
術式の難易度を物語るのは構築の多さ。複雑であればあるほど難易度が上がるのは
誰でも分かる事だが、構築が続けば続くほど失敗の可能性が高くなる。
当然の事だが硬度と呼ばれるほど長い構築にちーさんが難色を示している理由。
それは構築を少し間違えただけでも暴発する可能性がある。
敵の術式に楔を打つとなると、打つ相手に影響が出る可能性が十分にある。
そして最悪の場合、不完全な楔が悪影響を及ぼし契約を断ち切る所か
その繋がりを強化してしまう事もある。
「・・こんなことを言いたくはありませんが、言わせてもらいます。
俺の他に楔を打つ人がこの中にいるんですか?」
これ以上邪魔をするのなら言わせてもらおう。楔を打てる者が他に入るのか。
そう尋ねられたちーさんは何か言いたげに口を開くが、声を発することなく黙るしかない。
他のみんなもそうだ。打てる手は無い。
「どうしても、どうにかしなくてはならない状況なのです。
これ以上、文句があるのならぜひ代案を。心配するのは分かります。
さらに状況が悪化する恐怖も分かります。ですが、そんなことを言っている場合では
ないでしょう。」
「っ・・・・・・。」
「冷静で視野が広いちーさんだからこそ、多くの未来を想像してしまうでしょう。
その視野がここまで俺達を助けてくれた。感謝しています。」
周りを見る。みんなに視線は俺達に集まっているが、異論を唱えようとする者は
誰一人としていない。俺にとって、そして猛達にとってもここが勝負所。
大切な友人をこの手で葬らないためにも退くわけにはいかないと
詰めてきたちーさんの瞳をじっと見つめながら両肩を掴む。
「腹を括ってください。ここが勝負所です。ここを逃せば俺達は大きな戦力を失う事になる。
逃すではなく、失うですよ?それなりのリスクを負うほどの戦力をです。」
「な、なんだよ・・・。そんな必死に・・・・・。」
「必死?何を言っているんですか?ここに必死じゃない奴なんていないでしょう。
足を止めている今この時に戦っている仲間達がいる。そしてこれは足を止めるほどの
大切な事でしょう。」
いつもそばにいたゆーさん。ふんわりとしていてよくちーさんに叱られている場面ばかり
見てきたが、ここに来てあの人の重要性が理解できた。
冷静というより、慎重であるちーさんは必要以上に思考してしまう。
それを察してカバーしていたのがゆーさんだった。だが、ゆーさんは俺の頼みで
戦場に出てもらっている。
「異論があるのは分かっています。ですが、それを押しのけてでもやらなければならない。
思いつきの様に見えたのでしょうが、俺にもそれなりの覚悟がある上での発言です。」
これまでずっと隣にいたであろうゆーさんへの信頼は厚い。だからこそ、ゆーさんの言葉を
素直に受け取っていたのだろう。その信頼を超える覚悟を見せなければこの人に見せつけ
納得してもらわなければならない。
「・・失敗したらどうするんだ。」
「失敗はしません。そんな未来、やってこない。俺は忠行に勝ちます。勝って・・・
皆と未来を歩みます。決して明るいとは言えないでしょう。
きっと大変な道のりが待っているはずです。ですが・・・俺はその道のりをここにいるみんなと
歩みたい。当然、その中にちーさんも入っていますし、そこにいる猛と真奈美も入っています。
何かが欠けてはならないんです。猛達の力がなければ未来を掴み取る戦いには勝てない。」
肩を掴む手に自然と力が籠められる。その力の源は瞳。決意で燃え上がる瞳が
ちーさんを掴んで離さない。
「分かっているでしょう。全てが勝負所だった。シュド=メル、貴人、安倍晴明。
その他細かい戦い全てがそうです。どこかで誰かが欠ければ俺達はここに立っていない。
綱秀も無事でした。ですが、ここで二人を真に信頼できなければ今度は誰かが命を落とす。
そうなれば・・・全てが崩れるでしょう。だから、俺は失敗しません。」
俺の背中には様々な思いが乗せられている。その期待に応えなければならない。
「ちーさん。あなた達は認識阻害の影響が強く残っている。泰兄との会話は
覚えているでしょうが、それ以外は記憶に残されていない。
あの場を覚えている俺しかできないんですよ。楔を打つのは。」
「それが・・・心配なんだよ。楔ってのは複雑で繊細なんだ。
龍穂にいった楔の銃弾が少ないって言った理由がそれだ。銃弾が少ないっていうのは
正確に言えば少しずれて言い方になる。楔ってのはね、術式に合わせて打ち込むものなんだ。
式神契約の隙間を突く楔と言えば簡単そうに聞こえるけど、術式ってのは癖がある。
それをしっかりと把握した上で、しかもその契約の核と言える点に楔を打ち込まなきゃ
効果を発揮しない。私が使ったのはこれまでの経験を踏まえた上で
基本的に変わることの無い点に作用する楔だ。それをいくつも用意して、
効果のある場所に打ち込むことでやっと楔が発動する。
簡単言えば一点物に近しい銃弾を針の穴を通して着弾させなきゃ効果がないんだよ。
それを龍穂は初見且つまともに使ったことがない状況で
宇宙の神が使う術式に楔を打つなんてリスクが高すぎるって言っているんだよ。」
筋の通った反論をしてくるちーさん。あまりに真っ当な理論を覆すのは感情論では不可能。
水と油は混ざらない。であれば・・・俺の理を見せつけるのみ。
「・・ちーさんの言い分は分かりました。では、出来る事を証明して見せればいいんですね?」
返事は返ってこないが、俺を見つめ返す瞳からはやって見せろと言わんばかりの
強さが伝わってくる。
「では先にまず一つ。宇宙の神が扱う術式に楔を打つことができないと言っていましたが、
俺は今、ハスターが使用する神術を身に着けています。」
指を鳴らし、空弾を作り上げる。今までは魔術で作り上げていたが
神術で練り上げた空気の弾丸の威力は絶大。その圧倒的な力を見て、ちーさんは
自然と構えを取り生唾を飲むほどに危機感を見せている。
「これは決してハスターの力を借りているのではなく、俺の頭の中で練り上げた物。
これを作ろうとした結果脳のリソースをほぼ持っていかれた結果、忠行に隙を突かれましたが
今は難なく扱えます。」
「・・で、でも!それはハスターの術式だ!クトゥルフの使う術式とは違うはず!
それに、その術式にうつ楔は人間の術式とは全く違う!!」
「見た所・・・クトゥルフの術式はハスタート確かに違いますが、理解できない訳じゃない。
言葉にすることは出来ませんが、読み取ることぐらいは出来ます。」
言葉にしなくとも、その術式に込められた力を見る事である程度把握する事は出来る。
もしかすると、人間の術式に流用することができるかもしれないが、今はそんなことを
している場合じゃない。
「そして楔に関してですが、先ほど言った泰兄とニャルラトホテプの話しに繋がる。」
作り上げた空弾の形を変え、ちーさんに説明しやすい様にとある”印”の形に変える。
「ちーさん程の人であればこれが何なのか分かりますよね?
これを使い・・・楔を打ちます。」
星の中に目のある形をした印。クトゥルフを追う者であれば必ず目にするほどの重要な印。
本来であれば目の中に炎の柱が書かれているはずだが、そこには書かれておらず
代わりにあったのは太陽を模したような文字だった。
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