第五百二十一話 疑いをかけられた二柱
「八海・・・上杉家ですか?」
こんな所で聞くとは思わなかった生まれの家の名を千夏さんに尋ねる。
「ええ。八海上杉家がその名を上げる事となった大きな功績。
それは式神契約という儀式の改良があげられます。式神契約とは主君と眷属の関係を
はっきりさせることが大前提としてありますが、それを対等な立場として契約を結ぶという
内容へと変更する事で主君の命令を聞くと言う部分を無くすとまではいかない者の、
圧倒的な力と技術がなければ扱えないほどのものに変えた。
その結果、式神や人間を使った犯罪が激変しその地位を上げる事となったのです。」
聞けば聞くほど、その実績の大きさが伝わってくる。
式神契約とは、遡れば平安時代から使われてきた古き儀式の一つ。
長く蔓延った歴史の背景には、契約法が簡易且つ完璧なものであったことが大きい。
それを複雑にするには儀式自体の変更では難しく、一から新たに作り上げるしか方法はない。
新たな儀式を作り上げるには相当な研究が必要なはず。
それを作り上げ、絶大な結果を示したとなれば地位を高めてもおかしくはない。
「まあ・・・当時は色々あったからの。忠行の危険性が改められ、業ではない
側近を作り上げる必要があった。業の長と繋がりがあったわしは
歴代の賀茂家に仕えてきた関係で日ノ本各地を渡り歩いていたからの。
優秀な奴はおらんかと尋ねられた時、当時問題なっていた式神を使った犯罪を
解決する者として八海上杉家の名を上げた。
秘匿の地を護る奴らもまた業と深い関係にあり、説得の末奴らの技術を表に出し
そして皇を護る側近の立場も与えたのが事の経緯じゃ。」
八海上杉家の説明を終えた青さんはしゃべりすぎたなと謝罪を述べてくる。
確かに少し長い話しではあったが、俺ですら知らない生まれの家の歴史を知れて
勉強になったのは事実だった。
「改良はしましたが、契約を結んだ者達の力の差で主君と眷属の立場は自然と決まってしまう。
契約自体には体を操れる効果はわずかに残った。ですが相当な力では無ければ
体を操る事など出来ないのです。」
「なるほど・・・・・。」
話しは逸れてしまったが、イタカが本当である確信を持てた話だった。
「・・で、どうするんだ?」
問題はそこ。イタカが言ってきた通り、この契約がある限り猛達を心から信用する事は
出来ない。今まで操られていなかったのは東京結界により力が抑えられていたから。
それが破壊される前に・・・決着をつけなければならない。
「・・猛、真奈美。まず、二人は神と式神契約を結んだのか?」
大前提として、どんな契約を結んだのか聞かなければならない。
式神としてなのか、それとも神の眷属として契約を結んだのか。これで対応が変わってくる。
「式神契約だ。」
「現代の方法で結んだ対等な契約よ。」
対等な・・・式神契約か。それなら、まだ希望を捨てるのは早い。
「・・分かった。」
「分かったって・・・・・どうするつもりだ?式神契約を断つことが出来たとしても
二体の神が二人の体が離れて暴れる可能性もある。」
「・・・・・何か勘違いされている様ですが、俺は式神契約を断ち切る気はありません。」
そんなことはしない。手を打つのは別の方。
「二人共。人間の近い姿の神融和は出来るか?」
手を打つのなら式神契約ではなく、眷属としての証。それをどうにかするため、
二人に神融和を頼む。
「・・・これでいいか?」
鱗を持っているが、深き者共とは比較にならないほどの力を持った二人が姿を現す。
真奈美は白い肌とどこか鋭い眼。そして口から見えた長い舌は蛇の姿を持った
ハイドラそのもの。
そして青い鱗を持つ猛はクトゥルフがいない間に深海を支配していたと呼ばれていた
海の神としてふさわしいほどの力を持った姿へと変わっていた。
「よし。では・・・二つの神に聞いてもらいたい。こうしてクトゥルフと
対峙ししている理由。それは主に対して反旗を翻したと見ていいのかと。」
俺の言葉を聞いて、二柱の神は既に察してることだろう。俺が今から行おうとしている事を。
「・・・・・ハスターの主よ。」
それを証拠に声色が変わった猛が俺に向かって口を開く。
「陀金だな?」
「そうだ。貴様・・・まさか我らの主になるなどとふざけた事を言うつもりでは
ないだろうな?」
俺がどうにかしようと思っているのはクトゥルフとの眷属の契約。
陀金はそれを俺の手によって上書きされるのではないかと疑っている。
「そんなことはしないよ。そもそもクトゥルフとハスターは敵対している。
眷属であるアンタ達が俺達と馬が合うはずがない。」
クトゥルフとハスターは敵対しているのは有名な話。その眷属に自ら配下となれ
なんて暴論を押し付けるつもりはない。
「では・・・何をしようというんだ?」
「お前達とクトゥルフの間にある眷属契約に”楔”を打ちたい。
お前達が主を倒そうとしているのはこの二人の仲にいる事で十分に伝わっている。
だが、その契約はいずれお前達を縛る鎖となるだろう?
だから・・・・・ここで楔を打つ事でお前達の手助けをしたい。」
この二柱の目的の詳細は分からないが、猛達の手助けをしているという事は
即ちクトゥルフに仇成そうとしていると思っている。
「・・・・・・・・・・・・。」
真奈美の中にいるハイドラはしゃべらない。もしかすると、クトゥルフから指示を受けて
この場に立っている可能性もある。二人を唆し、重要な所で裏切るなんてことは
容易に考えられる。
二人の中にいる理由。それを明かさなければならず、それが勝敗に深く関わってくる。
これだけははっきりとさせないならず、威嚇として辺りの空気操作を始めると
真奈美はやっと口を開いた。
「・・我らは主の扱いに前々から不満を抱いている。
神々に敗北し、深海に封印された後残された我々に全てを託した。
だが・・・蓋を開けてみたらどうだ?奮闘し名を残した我らの扱いは雑。
あげくの果てに人間に託し、我らの功績を全て奪い去るかのように日ノ本を我が手に
しようとさえしている。」
放たれたのは不満。封印された身であるが、その傲慢さに嫌気が刺していたのだと愚痴を溢す。
「貴様らも分かっているだろうが・・・我らの名はこの惑星にいる神の名と
非常によく似ている。それは残された我々が苦肉の策。似ている神や怪物に近い名を使い
信仰力を密かに奪う事。それがどれだけ屈辱的か・・・お前達には分かるか?」
唯一の個であることを証明するには神のとって存在の維持に必要な重要な事柄であり、
それを奪う様なマネは神の格に大きく関わる。それをしてまでその存在を示したのは
この二柱がどれだけクトゥルフに忠誠心を持っていたのかがよく分かる。
「・・我は海の神として信仰を受けていた。それは僅かな者達からの信仰ではあったが、
その座を守り、そして名声を上げ我が主の座を明かす準備も整えていた。
だが・・・・・蓋を開けてみればどうだ。我が主は俺達に見向きもしなかった。
これだけ尽くした結果がこれだ。椅子の一つも用意されなかった。」
この二柱にとって、クトゥルフの扱いがどうしても受け入れられなかった。
神としての禁忌を冒してまで支えようとしたその清らかな中心を冒涜したクトゥルフに対し、
反旗を翻すのは当然と思うほどの仕打ちだった。
「我らは・・・・・主君に仇成す者となる。そして新たなる海の神として
この惑星に存在を示す。それが我らの願いだ。」
真剣な表情で語る二柱。これは・・・嘘を言っていない。
後々敵として相対するかもしれないが、今は後の事など考えられない。
「そうか・・・・・。」
事の経緯を聞いた俺は二人の元へ歩み寄り、目の前に立つ。
「アンタ達の思いは分かった。どういう経緯があったにしろ、そしてこれからの目的が
何にしろ、求める答えは同じ。共に歩める可能性がある。」
「この際は言っておこう。猛と真奈美に使役された時点で、我らは貴様と
同じ道を歩む覚悟は出来ている。」
「だが、それじゃ心の底まで信用できない。先ほども言ったが、楔を打たせてもらう。
お前達にとって、クトゥルフとの繋がりは力の供給源。それを失う事で
本来の力が出せなくなることもあるだろう。」
リスクはある。だがそれ以上に俺達からの信頼を勝ち取るのは二柱にとっても重要なはず。
「・・お前の実力を疑っているわけではない。だが、我らの契約に楔を打つなど
本当にできるのか?」
問題はそこ。だが、俺はそれを成した人物を目にしている。
「出来る。」
一応、その場にいたんだ。何とかして見せる。
二柱、そして猛達のために俺は泰兄が行っていた楔の再現を行おうとしていた。
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