第四百八十九話 死の匂い
「聞いていた通りやな・・・・・。」
イソグサとゾス=オムモグとの戦いが始まってすぐ、純恋は呟く。
歴戦の白と業。そして各部隊の長達の働きにより、立ち回りの負担が減った純恋達は
各々が持つ強大な一撃を二体の神に打ち放った。
それらは神々に甚大なダメージを負わせていた。手ごたえはある。倒れてもおかしくはない。
だが、確信ともいえる感覚をあざ笑うかのように二体は体を起こす。
「これで分かっただろう。お前達、力の消費を抑えておけ。」
竜次達は純恋達が報告を受けたことは理解している。だが、龍穂と共に戦ってきた自信を
持つ事も重々知っており、一度現実を見てもらうために最低限の指示に留めていた。
「・・これはしょうがないな。」
受けていた報告と目の前に広がる現実をすり合わせた純恋達は、
冷静に距離を取り体力の消耗を抑える動きに変える。
「だが、良い攻勢だ。流れを変える事さえ出来れば止めの一撃として使わせてもらう。
当然援護もする。いつでも放てるように準備をしておいてくれ。」
クトゥルフの配下とは言え、神達に通用するという事実が何よりの収穫だと呟き
竜次は再び前線へと飛び立っていく。
数を減らした火星の部隊と共に神々へと得物を振るう姿を眺めながら、
純恋達は緊張を切らさずその時を待つ。
「龍穂は大丈夫やろうか・・・。」
緊張の中に生まれた思考の隙間は、離れている龍穂の存在を思わせる余裕へと変わる。
「大丈夫に決まっているだろう。離れてグラーキと戦っていた私達でも分かるほどの
膨大な神力は確実に龍穂のもの。あれほどの一撃を放てるならば、
ルルイエの破壊など造作もない。」
弱音ともとれるつぶやきを近くで聞いていた陽菜がすぐさま安堵させようと試みるが、
それを聞いた純恋の不安は払拭されない。
「そんな事は分かってる。やけど・・・敵がまだいるかもしれへんやんか・・・・・。」
そんなことを何で考えなかったと、自身を責める純恋を見て陽菜はため息を吐く。
「・・純恋さん。少し落ち着きましょう。」
安倍晴明を倒した功績があると言おうとしたその時。少し離れた位置にいた千夏が
後ろから肩を叩いて声をかけ始めた。
「あの安倍晴明に勝利を収めたのです。たとえ不意を打たれたとしてもまず
致命傷は負わない。簡単にいなしてしまうでしょう。」
「まあ・・それはそうやろうけど・・・。」
「いつも言っていますよ?余計な心配はもはや龍穂君には侮辱に当たります。
貴方しかしていない経験が心配へと誘うでしょうが・・・ここは竜次先生の言う通り、
やるべきことをやるべきです。」
千夏の説得を聞いていた陽菜はその会話の中のとある言葉に引っかかる。
純恋しかしていない時戻り。その経験を耳にしていない陽菜にはその内容が
酷く引っ掛かり、周りの様子を伺いながら会話に混ざろうと試みる。
「・・全体!!よく聞いて!!!」
口を開き、その経験がどんな内容なのか尋ねようとしたが、
ヘッドセットから報告を受けていたちーが大声を陽菜の声をかき消す。
「偵察から帰ってきた知美から報告だ!!龍穂への報告は負え、此方に帰還!!
今からルルイエの破壊を行うため、破壊に生じる衝撃に備えろ!!!」
兼定の偵察に行っていた知美が帰還した。龍穂の状況を詳細に伝えた所を聞くに、
一度合流を果たした事を純恋達は察する。
「龍穂がどんな状況だったか、知美はなんか言ってたか!?」
「状況を伝えてすぐに戻ってきたらしい!!何しろ・・・結構な傷を体に負っている
みたいだからね!!でも”兼兄の方へ援軍に向かう可能性が高い”とは言っていたらしい!!」
体に傷が付いているという事は、少なくとも知美が戦闘に加わった証。
自ら仕掛けたか、それとも巻き込まれたかは定かではないが、隠密性が高い知美が
あれだけの傷を負っているという事実を突きつけられた龍穂が取る行動は
純恋達でも察することができる。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「お気持ちはわかります。ですが、今は衝撃に備えましょう。」
龍穂との合流の道が遠のいた事実に純恋はわずかな落胆を見せるが、
信じた以上仕方がないとすぐさま切り替える。
(まったく・・・。女々しくなったものだ。)
大阪校の頃に見た純恋は芯のある言動や行動を見せていた。
だが、少し余裕があれば龍穂を案ずる姿は女々しいと言う言葉そのもの。
決意を固めたのか、心配するのか。どっちつかずの姿は陽菜を呆れさせつつ
衝撃に備える体勢に入る。
(まあ、純恋が惚れるほどの男であることは間違いないな。)
圧倒的な実力。わずかながらだが共に過ごした時間が下させた龍穂の評価。
もちろん人間性も評価に値するが、それが目に入らないほどの全てをねじ伏せる実力は
陽菜の目を引くに十分だった。
「・・阿保らしい。」
こんな時に何を考えていると陽菜は頭を振る。父親も無くなり、
跡継ぎである自身の身の丈に合う男を見つけなければならないが、間違いなく今は
そんなことを考えている場合ではない。
再度気を引き締めろと頬を叩いた瞬間、備えた体が耐えきれないほどのすさまじい突風が
純恋達に襲い掛かった。
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空気で作り出した隕石がルルイエのぶつかった瞬間。ため込まれていた空気が
全て解き放たれ、眼に見えるほどの衝撃波が生み出される。
島を破壊するほどの十分な一撃だが、このまま放っておけば周りに被害が出来ると
辺りの空気を総動員して荒れ狂う海面を抑えにかかる。
『十分な一撃だ。良くイメージ出来たな。』
すさまじい砂煙の中でルルイエの姿は視界に写らないが、空気の手ごたえから
形も残らないほどに粉々になった事を実感する。
「・・その地を支配する生命を滅亡に追い込む隕石を想像することは出来なかったよ。
ルルイエに合わせて作り上げたんだ。」
『謙遜するな。破壊する物体を目の前に出されただけで完全な破壊を行うのは至難の技だ。
誇れ龍穂。お前が持つ想像力の具現化は凡人にはたどり着かない域にある。』
ハスターに褒められ悪い気はしないが、わずかな不安が俺の中に残る。
これから戦う敵。賀茂忠行が持つ力は、おそらく俺の想像をゆうに超えてくる。
「・・・・・そうか。」
ここまで来てようやく気が付いてしまう。俺達が後手に回ってしまう理由。
未知なる敵を前にした時。俺は敵を超えるためのイメージを作り上げる。
それには敵の動きや術を見なければならず、受け身になるのは道理。
『どうした?』
「いや、自分から辛い戦いに持ち込んでいたんだな。」
『そう自分を責めるな。逆に考えろ。経験を積み、より深いイメージを積めばお前は無敵だ。』
だがすでに決戦はすぐそこまで迫っている。一番肝心な戦いで経験不足。
「・・・・・・・・・・。」
その事実に気付いた時。溜まっていた不安が心にしみ出す。
それは緩やかに、そして確実に俺の心に広がっていく。
「・・・・・それでもだ。」
それでも。あの屋上で心に突き刺された死への恐怖が広がっていたとしても。
あの時の様に一人で追い込まれたとしても。俺は戦い、勝利を収めなければならない。
『・・お前が事あるごとに弱気になる原因も分かったな。』
「・・・なんだ?」
『死への恐怖だ。命ある生命であれば必ず持つ恐怖という感情。
大なり小なりあれど、誰もが抱える恐怖がお前の胸に突き刺さっている。』
言い返すことはできない。あの時の恐怖は、俺の心に深く突き刺さっている。
『それに加え、あの時失った兄の様にまた誰か失う恐怖もあるのだろう。
実際、我らにある唯一の優位である人数の物量を捨ててまで兄を助けようとしている。』
「・・そこには道理も絡んでいるよ。あの人が倒れれば全て終わる。
兼兄の敗北は星空の生命線を断つと同義。二体の神への援軍なんてあれば
星空は簡単に崩れるからな。」
『そうだろうな。だが、あの時敗北を喫したのは龍穂だけではない。
兼定は敗北という結果を受け、この局面でお前からの信頼を失っている訳だ。
つくづく数少ない敗北をうまく使われているな。』
恐怖という心理を賀茂忠行はよく知っている。敗北がもたらす様々な恐怖を上手く組み立てて
奴は有利を手にしている。
「・・振り絞るしかないな。」
恐怖に打ち勝とうと心の中にある勇気を振り絞り、染み渡った恐怖を絞り上げる。
晴れてきた砂煙の中。形を大きく変えたルルイエを確信していると、純恋からの念話が届く。
『龍穂!こっちの奴ら、弱ってきたで!!』
やはり、このルルイエが二体の神に悪さを施していたらしい。
これであれば星空達に任せても大丈夫。兼兄への援軍に向かえると動き出そうとしたその時。
続く念話の中、空気操作の中に違和感を感じる。
『・・龍穂!すぐに———————』
「・・なんだ?」
純恋の心配の言葉は俺の耳に届かない。何故なら、破壊したルルイエから感じた”異物”。
ルルイエは既にこの世にない。居城も、王座も。跡形も無く破壊したはず。
『どうした?なにがあった!?』
その異物の正体を見るため。砂煙の中にある何かをじっと見つめる。
だが、視界からは瓦礫が浮かぶ水面しか捉えられない。一体あそこに何があると言うんだ?
『・・面倒な奴だ。』
ハスターが何かを感じ取ったのか。背中から再び触手が伸ばされる。
先端が空気に触れ、より繊細に感じ取れるようになった瞬間。その事実が俺の脳に刺激する。
「神・・・力・・・・・?」
物体に触れていると錯覚してしまうほど、濃厚でどす黒い神力。
まるで何かを模った様な形をしており、それはゆっくりと動き始める。
『龍穂。今すぐに兼定の元へ行くぞ。』
嫌な予感は死の予兆へ変わり、指示通りに兼兄の元へ移動を始める。
そして・・・・・蠢く神力の行き先は、俺達の跡を追い始めていた。
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