第四百七十七話 須佐之男
荒々しく姿を変えていく晴明。だが、それは決して今までのような
宇宙の化け物ではなく、人間に近い姿であることを俺の視線は捉えている。
『・・すさまじいな。』
俺と視界を共有しているハスターでさえもそう呟くほどの力。
荒神と言ったが・・・俺が知っている中でも最上級。その荒々しさから高天原を
追放された最高神の弟が目の前に顕現しようとしている。
『力を抑えろと言ったが、あれほどの相手ならその必要はないな。』
「・・・・・ああ。」
奴が放つ神力はたったそれだけでこの場の空気を一変させていく。
この部屋に充満している俺の神力を合わせた密度の高い神力は、
神代の時代を凌駕するのかもしれない。
「生前、俺はこの力を使いあぐねていた。それは俺自身の実力不足ではなく、
単純に力を使い所がなかったからだ。」
体に込められた荒々しい力を制御しつつ、俺の方を見つめる。
「俺はな、嬉しかったんだぜ?君みたいな強者を目の前にしてやっとこの力を使える。
一回目の人生で唯一のやり残しを全て吐き出せるんだからな。」
「・・あまり揚げ足を取りたくはありませんが、青さんにお世話になった手前
尋ねさせていただきます。あなたの全力を出す場が無かったとおっしゃってますが、
まるで十二天将達が邪魔だと言っている様に聞こえます。」
「青龍や白虎達には世話になったよ。あの広大な京を守るため、引いては俺の地位を守るために必死に役目を全うしてくれた。だが・・・・・君の言い分は正しい。あいつらは強すぎた。
俺を都に閉じ込めるには十分なほど、仕事をしてくれたよ。」
悪びれる様子もない晴明。いや、一切の悪事を働いていない事は事実。
だがこの好戦的な性格を表に出すには格という肩書は重い鎖だったのだろう。
「俺の言葉が遠回しに青龍達を傷つけるかもしれないってことは分かっている。
だが・・・・・俺達は男だ。分かるだろ?」
・・分からないはずがない。むしろ良くここまで隠し通せたとまで思ってしまう。
俺が国學館に入ることになったきっかけ。規模は小さいが隠していた青さんの存在を
表に出してしまったことも同じだ。
隠していた自らの実力を確かめたい。それなり・・・・・いや、受け止めてくれる者に
全てを出し切りたいなど男なら誰しも思う事だ。
「・・・・・野暮なことを聞いて済まない。アンタのやりたい事、分かったよ。」
受け入れるしかない。晴明の思いを、同じ男として。
「来てくれ・・・・須佐之男!!!」
俺の承諾を得た晴明は体の中にある勾玉から一体の神を召喚する。
これは神融和とは違う形で神と一体になる術。古き術式である神降ろしだ。
「ふぅ・・・・・。」
その身に天津神であるスサノオを降ろした晴明は、全てを吐き出したかのようなすっきりとした
表情で塞がれている天を仰ぎ、ゆっくりとこちらに視線を向ける。
「・・ふふっ、嬉しいよ。時代が進むごとに価値観は変わってくる。
当然だ。日ノ本の王、そして民の努力が平和という平穏を作り出したのだからな。
だが、結局の所俺達は雄だ。重ね上げた実力を見せたいという欲は捨てきれない。」
伝説の陰陽師が残した唯一の後悔。俺が全て受け止める。
なんと男心をくすぐられる状況だろう。
「嬉しいねぇ・・・。道長殿を口説き落とした甲斐があったよ。
日ノ本の命運をかけた場を作り上げたいと言うだけの思いで協力してもらった。
そのおかげでだ。賀茂龍穂という男に背負わせる事が出来た。
人々の思いや願いを出来るだけな。」
「あの人はアンタのその思いだけで化け物になった訳か。人が悪い。」
「馬鹿を言うな。あの方をそれだけにさせる対価を俺は生前に支払っている。
それに・・・・・欲深い方だ。師匠の言葉にも耳をかしていたよ。
日ノ本を共に手にする気は無いかと言われ、小さくだが首を縦に振った。」
「・・そりゃ、なおさら負けるわけにはいかない。だが俺の仲間達を舐めてもらっちゃ困る。
そんな中途半端な奴に負けるたまじゃない。」
日ノ本の命運など、俺はとっくに背負っている。晴明と一度別れる時、
何故俺は気付かなかったのだろう。そこから奴の口車にまんまと乗せられていた。
「まあそういうな。これで前置きは終わりだ。これ以上は無い。」
晴明の体に開けられていた大穴はいつの間にか塞がっており、
血に濡れていた手には得物が握られている。
刀ではなく、剣と呼ぶにふさわしい形をした刀身には肉を断つにはふさわしくない
曲がった突起がいくつも生えている。あれは恐らく・・・・・
十拳の剣の紛い物。見るからに鈍らの様にしか見えないが、
かなりの神力が込めれている所を見ると決して油断はできない。
「男の戦いは前置きが重要。大義を背に戦う姿を周りの物に示すためだ。
だが・・・・・戦いに持ち込むことはできない。大義、信条を心の支えとすることはできるが
結局は腕っぷし以外は必要ないからな。」
得物を軽々しく振う。いつでもこちらに踏み込むことができるだろう。
応戦できるかはわからないが・・・俺の腰に差している六華の柄に指を掛け、
踏み込みを警戒して宙へ浮かぶ。
「おいおい・・・逃げるのか?」
「その言葉、覚えておいてくれ。アンタも同じ様に距離を置くだろうからさ。」
殺気。互いの殺気がぶつかる。今までこれほどまでに純粋な戦いをしたことがあっただろうか?
互いの腕っぷしを競うだけの淀みのない闘争。
『・・・・・滾るか?』
ハスターの問いに、俺は答えることはできない。答えてはならないと
理性が訴えかけているからだ。この島の外ではみんなが必死に戦っている。
なのに・・・・・俺の本能はこの戦いを楽しまなければならないと暴れ出している。
純粋な闘争を前に、理性という壁を今にも叩き割ろうとしている。
「・・・・・・・・・・いや。」
無駄な消費を忠行の思う壺。そう訴えかけている理性の壁の扉を固く閉じ、
神術を唱え始める。
『また無粋と言われてしまうぞ?それでもいいのか?』
『それは心苦しいが・・・それを抑えるのが長の役目。
目の前の勝利をだけじゃなく、その先の大義を見据えなきゃな。』
奴の言い分じゃ無粋などという感情も、戦場には持ち込めない。
あるのは腕っぷし。手加減が嫌なら・・・・・引き出してもらうしかない。
「・・・・・空弾。」
まずは基本。空気を武器に変える最低限の術。それを神術で作り出す。
「様子見・・・。ったく、変わらねぇな。」
晴明は大きなため息を吐く。ハスターの言う通り、操作重視の最弱の攻撃が
お気に召さない様だ。
「不満があるなら、自分で何とかするこったな。」
この最も弱い技であっても、今まで魔術で行ってきた全ての攻撃を上回るほどの威力を
秘めている。
(・・なるほど。こりゃ、青さんやハスターが教えてこなかったのも頷ける。)
つい先ほどまでの手加減がどれだけ脳のリソースを裂いていたのかよく分かる。
技術を優先し、本能的に全力を出してこなかった事を体で実感する。
確かに・・・・・これがまともに着弾した時。この遺跡はただでは済まないだろう。
仲間達が無事に済むようにはできるが、下手をすれば海の藻屑となってしまう。
「さぁ・・・さぁ、さあさあ!!!そいつを俺にぶつけてくれ!!!!」
そんなすさまじい力を前にしても晴明の目の輝きは失われず、
むしろ光を増しているように見える。使いたかった力。それを存分に発揮できるおもちゃを
見つけた子供の姿そのままだ。期待に応えるため、俺は空弾を打ち放つ。
「やるぜ・・・・・!!!」
手に持った戸塚の剣を握りしめ、向かってくる空弾に向けて意気揚々と振り下ろすと
鈍らな見た目とは正反対の結果が現れる。
打ち放たれた空弾は真っ二つになったどころか、空気の弾丸の形を維持できずに
辺りに無数の爆発を放つ。どうやら、十拳の剣には特殊な術式が刻まれている様だ。
「おおぉぉ・・・・・。」
その効果を実感した晴明は握っている剣をじっくりと眺める。
未だに子供の姿を脱していないが、何はともあれ俺の空弾が防がれてしまった。
無数の空気の爆発の跡を見ると威力が落ちている様に見える。
術式ごと断ち切られた様だが、それ以外の作用があの剣にはある様だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
術式を断ち切り、何かしらの方法で弱体化を行う剣・・・か。
かなり厄介だが、今放ったのは俺の最弱の神術。これから放つ神術をあの剣が断ち切れる
保証はどこにもない。それにたとえ断ち切られたとしても戦い方はある。
謎を解く前に正面突破を試みてもいい。
『・・どうする?』
俺の迷いに気が付いたハスターが尋ねてくる。どちらが理想の勝利に近づくか。
選択肢は無数にある。
「・・・・・。」
まだ始まったばかり。選択肢が無数にあるなんて当たり前だ。
それに・・・・・俺は一撃しか放っていない。まだ全力の感覚もつかめていない俺には
時間が必要だ。
「・・さあ、次は俺の番だ!!!」
俺が答えを出す前に、晴明が踏み込んでくる。
俺の全力と奴の全力。どちらが強いか。奴の姿を見て、俺の脳が戦いの熱を感じ始めていた。
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