第四百七十八話 本能と野心
十拳の剣を肩に担ぐように構えた晴明。短い刀身ではどう考えても俺に届かないが、
身に纏う神力が何かを仕掛けようとしている事を俺に報せている。
「八頭断撃!!!」
振り下ろされた一撃はすさまじい神力と共に斬撃へと変わり、
俺を断ち切らんとこちらに向かってきている。
「・・漆黒風壁。」
八つの頭を持ち、八つの尻尾。そして八つの谷を越えるほどの巨体を持つ化け物を
断ち切るほどの一撃。まともに喰らえば流石にマズい。
漆黒の壁を作り出し、自身の身を守りにかかる。
密度の高い神力での風は今までの風とは比べ物にならないほどに黒く染まっており、
奴の強力な斬撃と言えど、しっかりと受け止めてくれる。
「なるほど・・・。これほどまでに簡単に受け止めてくれるなんて嬉しいね。」
これが奴の自慢の一撃であるのかはわからない。だが、一つの事実として
奴の瞳はさらに輝きを増している。
「互いに不慣れな力を使っているんだ。これが本気なのかさえ分かっていないだろう?」
攻撃を阻まれた事実から目を逸らすように、奴は再び剣を構える。
「見た所、君はまだ力の制御を行っている。それは意識的な問題ではなく、
心の奥底で潜在的な制御を自動で行っているからだ。」
人生の全てを陰陽道に捧げてきた男の指摘だ。俺としては全力を出しており、
結果も付いてきているはずだがそれでもまだ全ての力を引き出し切れていないのだろう。
「俺も同じ。得物の扱いは不得手でね。まだ全てを出し切れる感覚は無い。」
全てを防ぎ切ったことを確認し、壁を晴らすと剣の切先をこちらに向けてきている。
「だが・・・・・体は馴染んできている。神降ろしは賭けだったが、
思っていた以上にスサノオと俺の相性はいい。」
格のため、そして今日の民のため。この荒さをその身に隠していた晴明が
荒神の代表格ともいえるスサノオと相性が悪い訳がない。
「互いに高め合おう。そして・・・・・全てを出し切ろうか。」
現世まで名を轟かせる男が、流派を覚えて間もない子供の様な仕草を見せている。
これがこの人の強さを支えてきた根源。あくなき向上力こそ、陰陽師安倍晴明の名を
現世まで響かせた。
「・・いいだろう。」
俺も・・・・・そこまでのし上がりたい。今まで魔術中心で戦ってきたが、
神術での戦いに切り替えた今、陰陽師としての本当の道を歩み出したと言える。
たった一度の攻防。そして数えるほどしか交わしていない会話の中で
俺の炎に木をくべてくる。心身ともに熱を帯び出してきている感覚に身を任せ、
晴明に対して風を打ち放った。
-------------------------------------------------------------------------------
知美の影の魔術より龍穂達から離れた純恋達は藤原道長の魂を持ったグラーキと対峙する。
「化け物に魂を売った阿保が・・・・・。」
安倍晴明と共に日ノ本を駆けあがったとされる名家出身の彼が、一体何故賀茂忠行などに
誑かせられたのか。出来る事なら純恋達もその理由を知りたいが、
見た所意思疎通を行えるようには思えず、このまま倒してしまおうと得物を構えている。
「・・再度部隊を編成し直します。前衛は陽菜さん。後衛は純恋さん。
その中距離部隊を私が率います。」
龍穂という絶対的存在から距離を取った千夏は再度部隊の編成を行う。
距離も離れている上に相手はあの安倍晴明。援護は期待できない。
「大丈夫か?龍穂がいない今、中距離での援護はかなり負担がかかるはずだ。」
陽菜が声を上げた理由。それは千夏の実力を決して疑ってるわけではない。
だが、全体の援護をしつつ強敵と対峙する負荷は相当重い。
それこそ龍穂の様に存在するだけでその場を支配できるような術式を持っていないと
グラーキに狙われればひとたまりもないだろう。
「分かっています。ですので・・・・・今回は千夏さんを私の近くに置かせてください。」
「楓・・・?あいつは接近戦が得意だろう。」
「付き合いのながらあなたはそのイメージしかないでしょう。
ですが、彼女はどの距離でも戦えるオールラウンダー。今まで培ってきた技術は
接近戦で使用することが多いですが、それを距離を伸ばして使用する事が出来るほどの
柔軟性を持っています。」
新たに加わった中には実戦経験が少ない者もいる。
そんな柔軟性を持った楓が近くにいるのであれば全てに対応できると
千夏は陽菜に説得を行う。
「私の隣に置くと言いましたが、楓さんには戦場を駆けてもらおうと考えています。
全体のカバーをその身で行う事は相当な負担になるでしょうが相手が相手です。
ですがそれが出来て初めて勝利を手繰り寄せられる。
私はそう考えていますが・・・如何でしょう。」
楓への深い信頼を見た陽菜は少し黙った後、小さく呟く。
「・・承知した。」
「そう言っていただけると助かります。前線には火嶽君や桃子さんなど厚く配置します。
指揮の難易度は難しくなりますが・・・・・貴方であれば出来るはず。
細かい指示はしません。全員無事で、勝利を収める。
それが出来るなら多少の無茶には目を瞑ります。」
無理難題をすらすらと言ってくれると陽菜は愚痴を溢すが、笑顔で道長に向き直す。
「一応聞いておくで。モヤモヤしたまま戦いたくないからな。」
ちーや知美と共に後衛を担う純恋は、戦いに向けて体から棘を生やして始めている道長相手に
大声で叫ぶ。
「アンタ・・・・・なんでその姿に変わったんや!!このまま潔くいれば
日ノ本の歴史に刻んだ名前を汚すことは無かったんやで!!!」
無理だと分かっていても聞かなければならない。
それは今までの経験から来る大義の重要性。歴史に名を刻んだ者達を突き動かす大義を
知る事こそが自らを成長させると純恋は考えていた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
だが、純恋の予想通り返答はない。藤原道長と言えば紆余曲折あったものの
後世に強い未練を残すほどの最期を迎えたわけではない。
藤原北家の全盛期を築き上げ、皇家と繋がりも深く摂政まで上り詰めた。
その影響力は強く子孫達も摂政の職に就き、華族としてその血を現代まで残している。
そんな潤沢な人生を歩んだ人物が何故現代にしがみつくのか。
それを知らなければ心置きなく止めをさせるはずがなかった。
「・・・・・未練がある。」
これ以上待っていても意味がない。そう思い攻撃を仕掛けようとしたその時。
その巨体から人間の声が聞こえてきた。
「なんや、しゃべれんのかい。」
「晴明が張り切っていたのでな。我が口を挟むのは無粋だと口を閉ざしていた。」
「まあええわ。さっき尋ねた通りや。アンタ、なんで蘇った。
なんかやり残したことがあるんかい。」
「私も人間だ。いや、人間だったと言うべきか。
この日ノ本の頂点に立つことが不可能なことぐらいは理解している。
だが・・・・・それでもだ。藤原家が日ノ本に頂点に立つ好機があるのなら、
目指すのが男というものだろう。」
頂点に立つことが出来なかった未練。それこそが自らを突き動かしたと語る道長に対し、
純恋は不可解だと言った風な表情を浮かべる。
「・・アンタは登り詰めたはずや。身分の相応の頂点を。
それを証拠に冷泉家と言う名前が現代まで残っている。それで充分やったんちゃうんか。」
純恋の言葉には現代まで名を残す子孫達の事を考えずに行動を移した浅はかさへの
指摘が含まれていた。このことが皇の耳に届けばここまで血を残し続けた
子孫達が一体どんな目に会うのか。少し考えれば分かるはずだと訴えかけていた。
「お前の言い分は理解している。それはあくまで理性の話し。
私はこの長きに渡る日ノ本の体制に文句はない。うまくやればこの体制を利用できるからだ。
だがそれは同時に日ノ本の頂点に立つことを自ら否定することと同義。
私も分かっている。この日ノ本を全て壊すぐらいの事をしなければ頂点に立つ事は
出来やしないとな。」
「だから・・・・・賀茂忠行の考えに乗ったっちゅう訳か。」
「それが男という生き物だ。頂点に立つ機会があるなら、全てを投げ捨ててでも目指すべき。
それほどの野心が無ければ、私は歴史に名を残す事など出来やしなかった。」
理性ではなく本能。男の本能が自らを動かしたと道長は語る。
「・・似たもん同士やったちゅうことか。」
晴明と道長。共に支え合い、日ノ本を上り詰めた両名。
あの荒々しい男を制御できる者だからこそ、理性的であると純恋は勝手に考えていたが、
似た者同士だからこそ同調し、共に歩むことが出来たと純恋は考えを改める。
「馬鹿な奴らやで。このまま私らを倒したとしても、賀茂忠行がおる。
結局頂点に立つ事なんて叶わんやんか。」
「馬鹿はお前だ。日ノ本全土を敵に回すより、賀茂忠行一人を討ち果たすだけで
この国の頂点に立てるのだぞ?またとない好機。逃すわけにはいかん。」
理性的であると装いながら語る道長。純恋は口を挟むことは出来たが、
これ以上付き合っていられないと得物を握りしめる。
「・・馬鹿の相手するのは疲れる。早く倒さんとこっちまで馬鹿になるわ。」
純恋は道長の野心を否定するつもりはない。二条家の威信を取り戻すために戦ってきた
純恋自身も野心に取りつかれていた時期があったからだ。
だが、数多くの失敗や龍穂と共に歩む中で理解していた。野心と理性を両立させなければ
思うがままの人生など歩むことは決してできないと。
「千夏さん。やるで。」
会話の中。臨戦態勢を整えていた木星達は一斉に襲い掛かる。
日ノ本の頂点に立とうとする道長。龍穂の隣に立ち続けたいと思う純恋達。
両者の野心がぶつかり合った戦場は、激しさの上に結末が待っている事を容易に想像させた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!




