第四百五十八話 正気を失った者
賀茂忠行との戦いは未だ平行線をたどっていた。
両者深くまで踏み込まない明らかな時間稼ぎ。
「・・・・・ちー達と連絡を取れたか?」
その魂胆は龍穂達との合流。それまでに時間を稼ぐことで決戦に持ち込む算段。
「気配は感じるわ。でも・・・連絡が取れないの。」
アルからの返答を聞いた竜次は襲い掛かろうとする家族達に指示を送っているが、
驚きを隠せない。
「連絡が・・・取れないだと?」
「何か起きているのでしょう。あの子達が我々への連絡を忘れる事などありません。」
苦し紛れの頼み綱である龍穂達が東京結界を再び展開してくれた。
たったそれだけでも大きな収穫。だが・・・苛烈な白達の攻撃をいとも簡単に躱していく
賀茂忠行を見た竜次達は窮地を脱しきれない。
「そうか・・・・・。」
いや、窮地など脱する事など出来ないのだろう。龍穂が来たとしても決戦を仕掛けられるだけ。
追い風が吹くかどうかは自分達次第。
龍穂達を支援しながら戦う準備は整えているが、遠く離れた龍穂達と同じ疑問が
竜次の頭の中に浮かび上がっていた。
「・・・・・なんで時間稼ぎを行うんだ?奴には——————————」
「時間が無い。我々はその認識を変える必要があるのかもしれません。」
賀茂忠行の立ち回りは、自分達への追い風だと考えていた。
だが、それは間違いであったとノエルは語る。
「どういうことだ?」
「時間が無いと言うのは間違いないのでしょう。それを証に奴が表舞台に
姿を現したのは数えるほど。ですが・・・奴にとって、気にする必要が無いフェーズに
入っているという事です。」
「気にする必要が無いって・・・どういうこと?」
「得物が目に前にいるのです。もし、どれだけの結末を迎えようと
命を残し、龍穂君を喰らえば全て良し。この状況に持ち込んだ時点で
奴は時間という弱点を克服しているのですよ。」
優位が無くなった。その報告を受けた二人の間に沈黙が流れる。
「・・やることは変わらない。それだけの事だ。」
消耗を狙っていた訳ではなく、奴が焦って仕掛けてくることを期待していただけ。
それが無駄だと分かった今、何も考えることなく目の前の敵に集中するのみ。
「そうね・・・。でも、どうやって仕掛けてもらいましょうか。」
「こちらから仕掛ける以外ありません。」
「向こうの余裕を剥がすしかないからな。」
それでも、三人の中には不安がぬぐえない。奴の全力を白だけで受け止めて本当にいいのか?
死者が出るのは間違いない。それぐらいの覚悟を全員が持っている。
だが・・・潜在的な恐怖は各々が持っている。だからこそ、ルルイエの影響を受けて
怯えてしまっていた。
「・・・・・・・・。」
切り札である龍穂がいない影響は戦力だけではない。龍穂という大きな存在が
賀茂忠行の意識を向けさせる。たったそれだけでも、共に戦う白の隊員たちに
大きな安堵を与え、広く立ち回せることができる。
(経験・・・不足か・・・・・。)
世界を旅し、クトゥルフの配下達と戦ってきた彼らだが、この一年と満たない龍穂達の戦いは
それと比べ物にならないほどの経験を積ませた。
クトゥルフの神々ではなく、それらを信仰する人間達や化け物達との戦いを行ってきた
彼らは大切な所で踏み込めない。
それを竜次達は察しており、家族を失う事を心の奥底で恐れていた。
(何を今更・・・!)
覚悟は出来ている。それはこの場にいる奴らも同じ。
幾度も別れを経験してきたはず。だが・・・その経験が、竜次達を足に枷をはめている。
奴が恐れ、竜次達の切り札である龍穂がいない状況に置いて一歩踏み出せない自分の情けなさを
ここで通関するとは竜次達も予想できなかっただろう。
「・・・・・おい。」
だがそれでも動かなければならない。そう決心し、タクトを振るおうとしたその時。
近くから聞いたことがある声が聞こえてくる。
「兼定・・・!!」
竜次達が振り返ったその時。そこには黒い男の姿。
黒い影を身に纏った直江兼定の姿がそこにはあった。
「部隊を動かさないのであれば退け。これ以上、ここに留まるのは意味がない。」
明らかに異様な佇まい。それに・・・隣に居るはずの人物がいない事に
竜次達は大きな違和感を覚える。
「・・春はどうしたのですか?」
「会っていない。ここにいる前、誰一人として人とは会っていない。」
兼定から送られてきた春は正気を取り戻した後、すぐさまいるべき場所へと戻るために
動き出した。姿の見えない兼定を心配していた竜次達であったが、
春が合流すれば大丈夫だと高を括っていた。
「・・・・・ひとまず、それは置いて行きましょう。すぐこちらにやってくるはず。」
まずは合流できたことを喜ぶべき。龍穂と並ぶ賀茂忠行が警戒する相手。
これなら白の部隊への被害を抑えながら戦える。
「龍穂君の現在位置など、知りたいことは様々あります。
ですがここは———————————————」
「龍穂はルルイエにいる。そこで安倍晴明と戦っているはずだ。」
兼定は得物を抜く。だが、視線は竜次達に向けられず、戦場から離れない。
「お前達は一度離れろ。ここは俺が持つ。」
「お前・・・。」
「迷いがあるんだろ?ここまで来て、だ。決めたはずの決意が揺らぐ様な
戦場に立つ資格は無い。」
様子の可笑しい兼定から突きつけられた現実。
それを聞いた竜次達は憤りを隠せない。
「・・それは戦場から離れる理由にならない。ふざけるなよ。」
春からの説教は一体何だったのか。また叱られたいのか。
いや、叱られる所ではない。俺達に家族を見捨てろと言っているのか。
竜次やアル、ノエル達は一斉に兼定を責め立てる。
「それだよ。」
「それ・・・?」
「俺達を縛る家族の絆が・・・この戦場に置いて一番の足枷。
お前達も気付いているんじゃないか?」
兼定からの一言に、竜次達は何も言い返せない。
「強者との戦いは全てにおいて予想が付かない。
それは手数の多さやそれを隠す術に長けているからなど、様々ある。」
そんなこと、竜次達が知らない訳がない。
熟練の強者であり、幾度となくクトゥルフの神々を信仰する異端者との戦いを
繰り広げてきた竜次達は身に染みていたはず。
「そんなことをいちいち説明している様な相手ではないことぐらいは分かっているよ。
だが・・・目の前に広がっている現実が、お前達が酷い臆病者だって言う事を示している。」
「・・だからと言って、それは我々が戦場を離れる理由にはなりません。」
「そうよ。あなたを一人にするなんて事・・・。」
敵の大将を前にして、家族を残しておくことはできない。
葬説得しようとしたその時。兼定の体を覆っていた影が竜次達を縛り付け影へと沈めていく。
「なっ・・・!?」
「ルルイエには他の神々はいなかった。恐らく・・・東京のどこかに召喚されるだろう。
そいつらを対処しつつ、正気を戻せ。」
影は戦う隊員達の足元にも出てきており、白の全てがこの戦場から強制的に離脱させられる。
「兼定・・・お前・・・!!」
手を伸ばす竜次達の声は兼定の耳に届かない。
既に正気を失った兼定の耳は竜次達の声をノイズへと変えてしまっていた。
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