第四百五十九話 瀬織津姫
「ふむ・・・。」
先程まで白の部隊と戦っていた賀茂忠行はそれらをすべて排除した兼定に視線を向ける。
「正気を失った奴の考えはわからんな。優位を簡単に手放すとは・・・。」
人数有利を勝ち取っていたはず。だが、それらを全て手放し白紙に戻した兼定の
思考を計りかねないと呟きつつ、警戒を高める。
「・・優位?あれを優位などと思うほど、俺は正気を失っちゃいない。」
「そうか?であれば、古き英雄達を残すぐらいの判断は着くと思うがな。」
膠着状態を作り上げられていたが、誰がどう見ても白をどかしたのは悪手。
賀茂忠行の言う通り、まともに張り合える竜次達を残しておくが最善であるのは
誰がどう見てもそう判断できるはず。
「・・・・・安倍晴明に何をやらせた。」
「分かっているのだろう?あの場にいる奴らを媒体に、我が臣下達を召喚させた。
気に食わん顔をしていたが、現代まで名を残すほどの実力まで鍛えてやった恩を返せと
言ったら渋々承諾したぞ?」
安倍晴明をルルイエに移動させた理由。それは自らの配下達を召喚し、
この東京を地獄に変えるため。
「外道が・・・。」
「今更か?私がどういう道を歩んで来たか、知らぬわけあるまい。
それにだ。正道など、貴様らが作り上げた道だ。長きに渡る皇という王が作り上げた
下らぬ道。そんな腑抜けで、脆い道など・・・此度で終わる。」
鋭い眼で兼定を見つめる視線には、殺気が込められていない。
「どうだ?貴様もこちら側に来ないか?」
そして・・・手の差し伸べる。
「お前も疲れただろう。若き身で日ノ本の闇を背負ってきたのだ。
溝を煮詰めて捏ねた汚物を食わせれてきた気分はどうだ?」
業。それは皇直属の部隊であり、表に出ない秘匿の部隊。
共に歩んで来た龍穂達はその認識が薄いが、賀茂家の自体が公に出来ない存在であり、
それ以外の任務は日ノ本のドロドロとした闇への対応がほとんど。
「私を外道と呼んだな。だが、お前もとっくに道を外れている。
私と共にくれば外れた道が正道となり、貴様の心を蝕む憂鬱も少しばかりは晴れるだろう。」
皇に反旗を揺るがす敵対勢力の殲滅。神隠しと呼ばれる失踪事件。
日ノ本の根幹を揺るがすような仕事を担ってきた兼定の手もまた、血でまみれていた。
「・・・・・屑が。」
同族同士、共に歩もうと提案する忠行に対し、罵倒での返答を行った兼定。
「同じ血に塗れた手でも、俺とお前では色が違う。」
「色・・・?」
「お前の体に塗られた血は汚れた血だ。子孫を殺し、生に執着し続けたどす黒い血。
溝を煮詰めても・・・お前のその黒い血には届かない。
俺は、お前のような屑には落ちぶれたくはないんでな。」
「ふむ・・・。では、お前の返り血は何色だ?
日ノ本のためにと屑を切り伏せてきたその体に付いた血の色は、一体どんな色をしている?」
屑と屑を切ってきた者。大きく違う二つだが、体に跳ねる血は溝を煮詰めた真っ黒な血。
その二つはどう違うのか。賀茂忠行は兼定に尋ねる。
「・・返り血ってのはな、そいつに流れている血ではなく、切った者が持つ”大儀”によって
変わるんだよ。どれだけ高尚に生きてきた者でも、屑に切られれば血は黒く染まる。」
「ほお・・・。大胆な事を言うな。」
「俺もお前も、多くの返り血を浴びてきた。だがな、私欲に塗れた手と
公の仕えて日ノ本のために振るってきた俺の手の色は異なる。」
忠行の誘いを断った兼定は懐から一枚の札を取り出す。
「この国を守る。お前みたいな屑からこの日ノ本を守ると言う大義が、
俺の体を誇り高き紅に染め上げている。」
もはや紙と呼べないほど古びた札に神力が込められると、
中から一体の神が呼び出される。
「・・言い訳に過ぎんな、業の長よ。貴様ら業が真に業深き理由を知らない訳でもあるまい。
貴様が出した神。それこそがこの日ノ本、そして・・・皇の大罪だ。」
出てきた神は少女のような見た目をしており、透き通るような水色の衣を身に纏っている。
「私が永久の時を求めた理由がそれだ。貴様らこそ、この日ノ本に置いて最も卑劣な存在。
何が八百万の神の国。何が・・・最も”神代”に近い地だ・・・!」
ここまで一切感情を揺らさなかった忠行は怒りを見せる。
兼定が呼び出した式神に見せた反応。それが忠行の怒りにスイッチを押してしまったのだろう。
「皇を滅ぼし、ここに我が国を建てる!そして・・・私はその王として
この日ノ本を再び八百万に国に変える!!そのためになら・・・・・私は外道でも
何にでもなろう!!!」
賀茂忠行の叫びに呼応したその体が変化していく。
内側から何かが飛び出すようにボコボコと皮膚が跳ねていくと・・・異形の姿へと
形を変えていく。
「・・・瀬織津姫。」
兼定の傍に立った少女の名。それは封じられたと言われた秘神。
日ノ本に語られる神話の中でも一握りしか語られることの無い
祓戸四神と呼ばれる浄化の神の一柱である女神。
「・・仕事だな?」
「ええ。」
形を変えていく忠行を見ながら、両者呟く。
「まったく・・・。都合が良い事この上ないな。
消えた時の中で貴様のために働いたと思えば、今度は前線に立たせるとは。」
「・・・・・・?」
「こっちの話しだ。気にするな。」
「・・祓いの作法の中に消えたあなた方の力を借りるのは私としても心苦しい。
ですが—————————————」
申し訳なさそうに語り出す兼定の言葉を阻むように、瀬織津姫も口を開く。
「良い。それが我々の役目。そして・・・業の役目だ。」
「・・・・・はい。」
「業とは、”役目を終えた神”。そして”忘れ去れてた神”の”処理を行う者達。
それを・・・忘れた訳ではあるまいな?」
皇直属の部隊の発端。それは人の進化の過程で役目を終えた神々の管理や処理を担っていた
陰陽省の中でも秘匿とされた者達。今まで民衆に必要とされてきた神が役目を果たせなくなり、
その鬱憤を子孫である皇にぶつけようと襲い掛かってきた悪神達を全て追い払ってきた。
「・・役目の全てを承知しています。」
「よろしい。だが・・・此度は私の役目とは異なるようだの。」
「そう見えますか。」
「奴は神ではあるが、日ノ本の神ではない。それに・・・あまりに強大な力を有している。
いくら浄化の神である私でもあのような奴は祓える気がせんぞ。」
「いえ。奴は日ノ本の神です。長きに渡り、この日ノ本に住み着いた悪神。
現代まで続く陰陽を広めた者として、奴は信仰を受けています。
間違いなく神であり、我々が祓うべき悪神なのです。」
神の定義は曖昧だが、大きな要素として信仰を受けている事があげられる。
長きに渡り生きてきた賀茂忠行はその分の信仰を体に受け、クトゥルフ抜きでも
神と呼べるほどの力を有していた。
「いい様に丸め込まれている気がしてならないが・・・お主が言うのならそうなのであろう。」
「あなたと私。そして・・・他の三柱の方々の力を借りれば戦えるはず。
私の中にある影の王の力はいざという時に取っておきたい。
ここが・・・踏ん張り時です。」
竜次。そして龍穂。白と星空は各々強大な敵と戦う必要がある。
それは目の前にいる化け物を倒すには、その全てを討ち果たさなければならない相手だ。
「そうか・・・・・。」
姿を変え、今にも襲い掛かりそうなほどに怒りを露わにする。
奴の目的。龍穂を殺し、寿命を延ばした後に・・・・・”日ノ本を神代に戻す”事。
今までそんな素振りは一切見せてこなかった。業に伝わる資料にも忠行の目的は
ほとんど残されていなかった。だが・・・龍穂の両親との戦いをわずかに見た
当時の業の長である長野が記録した資料にはそう残されていた。
寿命が残りわずかになったからなのか。それとも・・・・・今までその熱き野望を
心に秘めていたのか。そのきっかけは今となっては分からない。
「では・・・参ろうか。」
だが、今となってはどうでもいい。狂気に包まれそうになっていた兼定を
心を浄化した瀬織津姫と共に、怒りくるう賀茂忠行の元へ得物を握りしめて駆けだした。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!




