第四百二話 父が見た未来
静かな護国神社に立つ老人。その老人と血のつながりを持つ謙太郎は
ゆっくりと、そして音を立てながら近づいていく。
「・・じいちゃん。」
関係性を示す名称で呼ぶが、反応はない。まるで他人。冷え切った対応だが、謙太郎は動じない。
父親が殺された報せ。仲が悪いのは分かっていた。だが・・・それでも親子の情はあるのだろうと
淡い希望を全て崩された。先程の問いかけは最後の確認だった。
そして確信する。人の情など既に捨て去っていたのだと。
「・・・・・場所を変えたい。静かに眠っている英霊達を起こしたくはないからな。」
戦いは避けられない。いや、避けてはならない。実の父の仇を前にして、戦わないなどあり得ない。
「自分の事より先に周りの心配か・・・。なるほど、血は争えんな。」
思慮深く生きろ。自由な父親から受けた数少ない指導。
長きに渡り築かれてきた日ノ本の歴史。それは礼節を重んじる事で成り立ってきた。
生き残りたければ礼を欠かすな。それは人だけではなく、紡いで来た歴史にもだという教えは
今での謙太郎の中に根付いている。
「護国神社・・・。大戦の犠牲者の魂を奉る場だが・・・今となっては邪魔なだけ。
日ノ本は生まれ変わるのだ。いずれなくなる場所を気遣う必要はない。」
僅かな希望。仕方の無い理由で父親に手をかけたぐらいの言い訳をくれるかと思っていた。
外道になってしまった。道を逸れてしまった。その事実が謙太郎に襲い掛かるのを
目の当たりにした両隣に立つ親友達は警戒をしながらも視線を横に移す。
「・・一応聞こう。親父は最後になんて言っていた?」
「くだらないことを言っていた。これが筋だと。未来ある若者、そして自らの息子に対する
最大限の罪滅ぼしだと言っていたぞ。」
生きて贖罪する事こそが罪滅ぼしだろうと心の中で叫んだ謙太郎の頭の片隅には、
父親という人間は一体どれだけ先の事を見ているのだろうと言う疑問が浮かんでいた。
一見無意味に見える行動も、先の厄介ごとに対して抜群の選択となっている事が多々あった。
捷紀はこれを”未来への投資”と呼び、一体どうすればそんなことができるのかと
尋ねた謙太郎に対し、視野を横だけではなく縦に広げろとアドバイスを送っていた。
(親父・・・。)
天才。父親がどういう人間かと問われた時、それ以外の呼び方を謙太郎は知らなかった。
祖父も歴戦の戦士である事には違いないが、それでも真正面からぶつかった時、
父親に軍配が上がるのは間違いない。
では何故、命を落としたのか。きっとそれは・・・未来への投資。
「・・・・・外道だな。」
この死には必ず意味がある。そして・・・父親の思惑には自らの勝利が大前提に組まれていると
理解した謙太郎は、祖父に対して侮辱の言葉を投げつけた。
「・・何?」
「道を逸れ、礼節の彼らも無い行動。古くから日ノ本を支えてきた山形上杉家にあるまじき行為。
貴様を・・・もはや祖父とは呼ばん。」
かつて同門であった八海上杉家の台頭。後れを取るまいと必死にあがき続けてきた
祖父は何時しか吠えるだけの犬と化していた。
だが、それは山形上杉家のため。再び日ノ本に登り詰め、皇に尽くすためだと思っていたが
欲望に支配された屑である事を謙太郎は知る。
「貴様のような男は生きているだけで山形上杉家の生き恥。
ここで俺が・・・命を絶ってやる。」
静かに、それでいて煌々と立ち上る青い炎の様に強い殺気を放つ謙太郎。
それに呼応し、臨戦態勢に入った二人も得物を取り出す。
「手出しは———————」
「無用ってか?バカ言うなよ。ここで離れたら母さんになんて言われるか
分かったもんじゃねぇ。」
無茶をする時、破天荒な母親の事を引き合いに出すのは伊達の常套手段。
だが、そのほとんどが親しい人物を手助けするための口実であることを謙太郎はよく知っている。
「そうだな。それに・・・手を汚すのはお前の仕事じゃない。」
業に所属する藤野の手は既に汚れている。だが、真っすぐに突き進んで来た謙太郎は
未だ血にまみれていない。
世の中には血に汚れてはいけない奴がいる。どうしても血に染まらなければならない時、
その代わりに自分が前に立つと藤野は心に決めていた。
「・・・すまんな。」
気遣いに水を差すのは無粋であると、一族の戦いに首を突っ込む二人の受け入れる。
礼節を欠かすことが無かった謙太郎の周りには多くの友人がいた。
だが・・・それらを欠き、自らの野望を果たすためにだけ動いてきた祖父の周りには
誰一人として近寄ろうとはせず、血が繋がっている二人の対照的な姿が
境内の中に創り出されていた。
「・・くだらんな。」
友人と共に自らと対峙しようとする姿を見た重信は怒りを露わにしたが、
すぐさま怒りの表情を収めて呟く。
「実に下らん。お前は何も分かっていない。人がいかに愚かな生き物なのかをな。」
「何・・・?」
「結局だ。どれだけの信頼関係を築いていようと、目の前に餌を置かれれば
全てを捨てて飛び込んでいく。裏切り、謀、そして・・・凶行。
お前もいずれ気付くだろう。結局の所、信頼できるのは自分自身だけだと。」
何度裏切られてきた事か。そう呟く重信は得物を取り出す気配を見せない。
このまま無抵抗にやられるようにしか見えないが、ここまで来てそれはないと
警戒した謙太郎達は踏み込むことはしない。
「我らがここまでどれだけ尽くしてきたと思っている・・・!!
それを・・・たった一度の失態で全てを失った!!!
だが・・・・・・・それももう終わりだ。」
激高をした後、天を向きながら悟る姿は謙太郎達の頭の中に不安の種を植え付けられる。
そしてその不安は・・・既に芽を出し始めていた。
「もう人はいらん。人ではなく・・・仁義などない”妖怪”に頼ることにした。」
浮かぶ黒い雲。込められた禍々しい力は少し離れた謙太郎達でさえも
恐怖するほどだった。
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指を差した先。その先にはあまりに不自然に浮かぶ黒い雲が見える。
「・・・・・警戒を。」
どう見ても敵によって配置された物だ。守る者もいない。
罠・・・といってもこれが何が何かわからない以上、素通りも出来ない。
「白から何か報告はありましたか?」
「ううん。何もないよ。」
という事は・・・少なくとも、海から来たものではない。
となると賀茂忠行自ら作り出した何かである可能性は否定できない。
「・・青さん。どう思いますか?」
辺りに人はいない。強力な力が籠められいるが、例えそれが弾け飛んだとしても
被害は少ない。何も考えずに攻撃のも一つの手であると青さんに相談するが、
珍しく返事が返ってこず、ただただ黒い雲を見つめている。
「・・・・・青さん?」
「・・・・・・・・・・・。」
言葉も発さず、ただただ見つめている。だが、警戒だけは解いていない。
敵から発された可能性が高い以上、迅速な対応が求められることぐらい
青さんは分かっているはず。一体何故体を固める必要があるのだろうか?
「まさか・・・・。」
そして、何かを思い出したかのように呟くと背に乗っていた楓と桃子を呼びつけた。
「二人共!白虎と騰蛇を出せ!!」
同じ十二天将である二柱を呼びつけると、二人が反応するより前に人の形で
青さんの背に現れる。
「・・感じるか?」
「ああ。」
「っても、確か”あいつ”の体は封印されているんだろ?」
主語の無い会話をし始めるが、あいつと呼ばれた誰かを俺達は察することができない。
「青さん!!攻撃してもよろしいですか!?」
俺達が接近したことを察したのか、黒い雲に込められている神力が大きくなっていく。
そして・・・その神力はあまりに”異質”。言葉にするのは難しいが、
とにかく俺達にとって脅威であることを体が感じ取り、その焦りが冷静に語る青さん達を
急かしてしまう。
「・・そうじゃな。構わん!やってしまえ!!」
今はこんなことをしている場合ではないと、許可が下りた瞬間。
辺りの空気を操り、最短で作り上げられる魔術を打ち放つ。
「黒牛!!」
グガランナに昇華させる事は出来なかったが、それでもアルデバランであれば
あの黒い雲を打ち破ることはできるだろう。
辺りの空気を踏み台にし、角を突き立てながら突き進む黒牛は
何も邪魔されることなく自慢の突進を雲にお見舞いする。
「・・・・・?」
確実に当たった。角は雲に突き刺さった。本来突き抜けるはずの雲の中に何かがいる事だけは
確かな事だが、魔力操作から伝わってくる感触は俺に違和感を与えてくる。
(なんだ・・・?)
固い何かにぶつかったわけじゃない。それでいて、突き破ったわけじゃない。
丸で柔らかい粘土にぶつかったように衝撃が伝わっていない不思議な感触。
これは・・・あの雲の中にあるのは一体何なんだ?
「フフフ・・・・。」
辺りに響く笑い声。甲高い声は持ち主が女性であることを俺達に知らせる。
そして・・・その瞬間、空気の中に黒牛が吸い込まれていくが、
まともに抵抗さえさせてくれない。
「久しいの・・・。何百年。いや、千年ぶりか?」
黒牛を吸い込み、亡き者にしてしまった黒い雲の中から腕が現れる。
真っ白な、戦いのたの字さえ知らないような純白な肌。
そして・・・雲がゆっくりと動き出し、辺りに散っていくと中にいた何かの正体が現れる。
「き・・さまは・・・!!!」
「おやおや・・・。そんなに驚くことはないだろう?
そこの二人がこちら側にいたんだ。私がいても何一つとして驚く事じゃない。」
絹で作られた純白の衣に身を包んだ女性。いや、体の大きさからして人ではないのだろう。
「貴人・・・!!」
その姿を見た青さんから放たれたのは同じ十二天将の名。
十二天将の主神である・・・貴人の名であった。
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