第三百九十五話 血に濡れた比留間
血まみれで現れた比留間刃。その姿を見た兼定達は一切に得物を構える。
「こいつ・・・。確か竜兄達にやられたんじゃなかったっけ?」
間合いの広い得物である小銃を構えながらちーは尋ねる。
国學館寮襲撃の報は当然耳に入っており、血まみれの原因を探り始める。
「いや、仕留めきれなかったはずだ。深き者ども達の報を聞いて俺達を追ってきたみたいだな。」
倒れている桃子と龍穂は誰の眼から見ても無防備。真っ先に襲われるだろうと
その近くを固める兼定は答えるが、隣に立つ春は違和感を覚える。
「・・・・・兼定。」
「分かっているよ。”傷が新しすぎる”な。」
比留間の傷からは大量の血が流れている。
あのまま流し続けていれば、いずれは大量失血で動けなくなる所か命を落としてしまうだろう。
「白から襲撃の報告は?」
「深き者どもなどの小競り合いはありましたが、あのような大物がかかったという報告は
ありませんでした。」
「そうか・・・。」
ちーとゆーに視線を送り、いつでも打てるようにと無言の指示を送る。
あれだけ血を流していればまともに足を動かせない所か、体も動かせないだろう。
「竜次さん達にやられた後、ずっと俺達を追っていたにしては妙だな。」
「・・どういうことだ?」
謙太郎の一言の意味を捕えられず、伊達が尋ねる。
「さっき言ってただろ?傷が新しいってな。あれが竜次先生達によるものなら
大量失血で動けないはず。見た所かなりの手練れだ。そんな奴があの傷を放置しない訳がない。」
「ってことは・・・”ついさっき傷を負った”という事か?」
恐らくなと答える謙太郎は視線を外すことは無い。
溢れ出る殺気と狂気。あれだけの深手を負っていても俺達を殺すために向かってくる事だけは
確実だと謙太郎の体に強く訴えかけてきていた。
「窮鼠猫を噛む・・・なんて言える奴じゃないな。だが、問題は奴を鼠に仕立てた奴がいる。」
「それが味方であればいいのですが・・・。」
警戒を高めていた兼定達を見つめ、自らの血で滴った得物を強く握りしめる。
「殺す・・・。殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!」
強い殺気が口から漏れだし、足を動かして近づいてくるがその足取りはおぼつかない。
元業であり、長野の命を奪える者が一体どうしてこうなってしまったのか。
深く考える兼定だが、龍穂達の命を奪わせまいと迎え撃つために駆けだした。
「・・・・・!!!」
何もさせずに勝負を決めてしまおうと縮地で駆けだし得物を振るう。
おぼつかない足取りでは反応すらできないと向かってきた兼定に対し、本能で反応した比留間は
体に染みついた滑らかな動きで得物を構えて受け止める。
だが、血が十分に通っていない体では力を満足に震えるはずがなく、
ふらついた足元で受け止めるにはあまりに重い一撃を受けて簡単に吹き飛ばされる。
(なんだ・・・?)
手に伝わってきた軽い感触に、兼定の思考はさらに深くなっていく。
どんな手段を用いても任務を遂行する業の技術を持った比留間が自分達に不意を打とうと
考えていると察し、振るった刀から帰ってきたのは違和感の塊。
なぜこのような姿になってまで俺達を襲ってくるのか。
勝算を感じさせない立ち回りはあまりに業の理に反していた。
「・・ここは俺と春で押さえる。お前達は—————————」
なにがどうであれ、襲ってきた敵が弱っているのは好都合だと、比留間に視線を送ったまま
後ろに指示を出していたその時。あまりに強い神力が背中から伝わってくる。
「・・・・・いや、大丈夫だ。」
守る必要は無くなった。既に事は済んだと察した兼定はゆっくりと得物を降ろし、
倒れる比留間をただ見つめていた。
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式神契約を通じて見ていた桃子の精神世界から脱した俺は、楓の膝枕で目覚める。
「・・龍穂さん!!」
心配そうな目で俺を見つめている楓の表情が良く見える。また、心配をかけてしまった。
「・・・・・ごめんな。」
「えっ・・・?」
突然の謝罪に驚いた表情を見せるが、それ所ではないとすぐさま体を起こしにかかってくる。
「敵襲です!!あの比留間がすぐそこまで・・・!!」
比留間。その名前を聞いた瞬間、若干のまどろみに包まれていた意識が一気に覚醒する。
辺りを見渡しながら六華を握り、体を起こすと・・・兼兄を前に倒れている血まみれの男の
姿がそこにはあった。
「あれが・・・比留間か?」
「はい!でも・・・何故か体に傷を負ってここまで・・・。」
傍から見れば兼兄に追い詰められている様に見えるが、あの長野さんを倒すような奴が
そんな簡単には負けるはずがない。一体何が起きているのか分からないが、
俺達を支援してくれた長野さんの仇を取る絶好のチャンスだと距離を詰める体制に入るが、
近くにいた毛利先生が俺の肩に手を置いて止めに入る。
「やめなさい。あなたには役目があるはず。」
「でも・・・。」
「我々の目的は平将門公の顕現です。奴はそれを阻もうとここまで来た。
ここで倒す事より、将門公がこの地に降り立った姿を見せた方が奴にとっては痛手。
その光景を見せる事こそが一番のダメージになると思いませんか?」
血まみれの姿になってまでここにまで来たのは、奴らにとって将門が脅威であるという
何よりの証だ。毛利先生の言う通り、優先順位が違うと考えを改めると
すぐさま桃子の元へ駆け寄る。
「これは・・・。」
溢れ出る桃子の神力。強大な力は人の形となって、未だ倒れている桃子の上に浮かんでいる。
「茜さん。お願いします。」
これが将門の力・・・。俺達の想像を超える力を前に、黒川が手に持った大麻を振るって
祝言を唱え始める。
「平田さん。そちらも準備はよろしいですね?」
「ああ。何時でも大丈夫だ。」
俺が桃子を説得している最中、平田さんは儀式のための陣を境内に描いていたようで
複雑に書かれた円状の陣の中央には特別製の人形が置かれている。
黒川の降霊術の道筋に誘われた将門は桃子の上から離れると、
眠っていた桃子が目を覚まし、そして強大な力が人形の中に入っていく。
「・・関東管領、平将門よ。あなたに合う体を用意した。その力で・・・日ノ本を救いたまえ。」
体の中に入り込んだことを確認した平田さんは簡単な祝言を唱えると、
背中に一枚の札を張り付ける。願いと共に放たれた祝言に答える様に札が体の中に入っていくと、
動かないはずの人形が独りでに跳ねあがり・・・なんと手足を動かし始めた。
「桃子!!!」
寄り添っていた純恋は平将門の顕現そっちのけで目を開いた桃子に声をかける。
「大丈夫か・・・?」
「ああ・・・。大丈夫や・・・。」
ゆっくりと体を起こした桃子は、人形を媒体にして顕現を果たした将門の姿を確認する。
長年共に過ごした相棒に声をかけようと思ったのか、立ち上がろうとする桃子の肩を抱えた。
「・・行こう。」
俺は桃子に大丈夫だと見せつけなければならない。平将門がいなくとも、
俺の傍にいれば大丈夫だと思わせなければならない。
ゆっくりと立ち上がらせると、桃子は目の前で頷いて見せる。
「ごめんなさい。」
先程止めに入ってくれた毛利先生に謝りながらゆっくりと歩き出すが、今度は
何も語らずに道を開けてくれる。
そのまま桃子と共に兼兄の元へ近づいていくと、俺達の気づいたのか後ろに跳ねて
合流してきた。
「龍穂。」
「兼兄。これから・・・桃子のために俺はこいつを倒す。いいな?」
「それは構わないが、伝えておくことがある。」
比留間を見ると、立ち上がるのはまだ時間がかかる。
見るからに虫の息だ。だが・・・こういう時こそ気を付けなければならない。
「桃子ちゃん。君の体から平将門公が抜けた。その実感はあるか?」
「・・いや、よく分からないです・・・。」
「そうか。よく分からないのは力の差を感じていないと思わせてもらおう。
君の体から抜けたのは平将門公の力のみ。その将門公には少し細工をしていてな。」
「細工・・・?」
ただの封印のはず。だが、力を失った桃子に何か残されているのならありがたい。
「君の体の中には・・・”山本五郎座衛門の力が残っている”。」
「残っている・・・?」
「イザサワケの真の力。あれはただ神の力を弱めるだけじゃない。
もう一つの効果。それが、君の中にある。」
真の力・・・。しかも、本来いないはずの山本五郎座衛門の力?
先程の説明と矛盾しているが、兼兄を問い詰める時間は無さそうだ。
「こ・・ろす・・・。」
比留間が再び俺達に向かってこようとしている。このまま突っ立っていたら
俺達は殺されるだろう。
桃子に自信を持ってもらうため、そして兼兄の言葉の意味を理解するためにも
黒い札から黄衣を取り出し身にまとった。
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