第七五話 新階層へ突入
「ほいさっ!」
「シッ!」
「〈ライトアロー〉っ!」
陽が意気揚々と大剣を振り回し、ソフィが双剣を縦横無尽に閃かせる。後方からは光矢が降り注ぎ、せつなが二人の動きをフォローする。
ここ最近、形になり始めた連携を以って、新階層でも何とか渡り合えていた。
現在、俺たちは一一階層にある迷宮村リビアにて一泊し、一二階層へと足を踏み入れていた。
一二階層はフロア全体が沼地といった湿地帯エリア。鬱蒼とした雰囲気に、湿地帯特有のじめじめとした空気感。出現する魔物も両生類のようなものが多い。
巨大なカエルのジャイアントトード(D級)、イモリの様なバークリザード(D-級)、羽の生えたミミズのワイアーム(E+級)。
どの魔物も湿地帯と相性が良い。ジャイアントトードは表皮を粘液と泥で覆い、火属性に耐性を持っているし、かつ、ぬめぬめとした体液によって斬撃にも耐性があるようだ。
「うぅ~、滑って上手く攻撃を当てられないよっ」
陽がジャイアントトードに斬撃を放つが……やはり表皮を覆う粘液によって刃を滑らされ、泣き言を口にする。
「ヒナタさんっ。斬るのではなく、刺すのですっ! 斬撃は滑らされてしまいますが、一点突破の突きでしたら問題ありませんっ!」
ソフィが奇襲してきたパークリザードの喉元を穿ちながら、陽にアドバイスを送る。しかし……。
「そうは言っても、フィーちゃんっ。あたしの大剣じゃ、刺すのは難しいんだって」
鞭の様な舌撃を凌ぎながら、陽は苦々しい表情。確かに、陽が愛用している大剣は、刺突には向いていなかった。
「なら、わたしが!」
ソフィがバーグリザードを屠ると、ジャイアントトードに吶喊を試みるが……。
「ソフィちゃん、ダメ! また、ワイアームの群れが来てるからっ!」
間近に迫るワイアームの群れ。遠くから複数の羽音が聞え、増援を視認したせつながソフィの特攻を押し留めた。
体長一〇センチ程のミミズに羽が生えた様な魔物――ワイアーム。数十からなる群れ単位で行動し、鋸の様な歯には、一時的な行動不能に陥る麻痺毒を有している厄介なモンスターだ。
ワイアームが一斉に獲物に襲い掛かり、一匹でも標的に咬み付くことが出来れば、気配を消すように沼地に潜んでいるバーグリザードが急襲して止めを刺す。決して後回しにしていい魔物ではなかった。
『一二階層からが迷宮の本番だ』なんて誰かが言っていたような気がするが……三人が苦戦する姿を見ていると、確かにそうだと思わずにはいられない。どれか一つでも対応を間違えると、すぐさま瓦解してしまうこと間違いなしだった。
「くっ! ヒナタさんっ! 少しお時間をっ!」
「あたしはまだまだ大丈夫だよっ!」
軽く応じる陽を見てみると、確かにまだ余裕はありそうだ。ただ上手くジャイアントトードに痛痒を与えられず、苛立ってはいるが。
「ソフィちゃん、一気に決めるから、少しだけお願いっ!」
「判りました!」
滞った戦況を打開するために、せつなが勝負に出た。己の身をソフィに任せ、せつなは深く集中する。
「……「並列詠唱」」
せつなが呟くように言った。生成されるは光の矢〈ライトアロー〉。輝く光矢がせつなの周囲に次々と浮遊していき――限界数を超えた。
特殊能力「並列詠唱」。せつながヘカトン戦を経て取得した新スキルだ。簡単に言えば、二つの魔法を同時詠唱出来るスキルである。今、せつなは光魔法〈ライトアロー〉を同時詠唱し、殲滅力を二倍にしているのである。
ただ、現状では深く精神集中しなければ、「並列詠唱」を制御出来ないらしい。よって「並列詠唱」使用時には、せつなは無防備になり、敵のいい的となってしまう。
早速、せつなを妨害する為に沼地に潜んでいた一匹のバークリザードが、背後から強襲を仕掛けた。大きく咢を開き、せつなに牙を剝く。
だが、せつなは全く警戒することも反応することもなく、目を細めて魔術制御に意識を割いている。
このままではせつなの首許へバークリザードが咬み付いてしまうと思われた、その瞬間――一陣の風が吹いた。
その正体は、まるで姿がかき消えたかのような超加速を演じたソフィだった。瞬く間にせつなの傍へ移動し――。
「シッ!」
鋭い呼気と共に一閃。せつなを強襲したバークリザードの首を断つ。
バークリザードの頭部がくるくると宙に舞う。と、同時にせつなが目を見開いた。
「〈ライトアロー〉っ!」
せつなが鋭く叫ぶ。特殊能力「並列詠唱」によって同時詠唱されていた光矢が飛翔。雨あられとワイアームの群れに襲い掛かった。
光矢の弾幕。ワイアームは成す術なく、その身を穿たれ、次々と物言わぬ肉片へと変わり果てていく。
「ありがとう、ソフィちゃん」
「いえ、セツナさんこそ、お見事です」
お互いに笑顔を向け合う二人。そこには確かな信頼があった。
ソフィの瞬間移動じみた超加速の正体は、新スキル「瞬歩」である。このスキルもせつな同様、ヘカトン戦を経て、ソフィが新たに手に入れた力だ。
スキルとは、『魂の形を具現化した力』だとラファから教えられた。正直、ラファから詳しく説明されたのだけれど、俺の頭ではよく理解出来なかった。いや、バカだからって訳じゃないんだ。思想係数やら、魂の波長やら言われても理解出来ないし。
俺なりの解釈をまとめると、『あらゆる経験を得て、壁を乗り越えた時にスキルが発現する』、『魂の成長がスキルを具現化する』である。『魂の成長なくしてスキルの発現無し』とラファが言っていたな。
まぁ良く判らないけれど、元の世界のRPGゲームでいうレベルアップして、新技を覚えたのようなものと理解している。
ヘカトンという障害を打ち倒し、乗り越えたことによって、二人は新たな力――「並列詠唱」、「瞬歩」というスキルを手に入れたのであった。
「あたしも負けてられないねっ」
二人の活躍に触発された陽が不敵な笑みを浮かべると、大剣を正中に構え、深く息を吐いた。次の瞬間――。
「はぁぁぁぁああ!」
凄まじい気迫が空気を揺るがす。ビリッ、ビリッと爆ぜる金色の闘気が溢れ出し、陽を包み込んでいく。
凄絶な重圧。相対するジャイアントトードが無意識に慄き、後退った。
気圧されたジャイアントトードを見て、陽がニヤリと笑う。
「いっくよぉ!」
舌っ足らずな口調で宣言する陽。足を撓めると、一気に飛び出した。
泥水が爆ぜるような突進。瞬く間にジャイアントトードに接近すると、大剣を大上段に振りかぶった態勢から一層強く全身を反らせ――。
「やぁぁぁぁああ!」
裂帛の気合を迸らせながら強く振り下ろす。
技も器用さもへったくれも無いゴリ押しの一撃。
凄まじい膂力が込められた一撃は、ジャイアントトードの頭を砕き、その身を圧潰させた。
「斬れないなら、圧し潰すしかないよねっ」
満足げにそう呟く陽は振り返ると、ニカッと笑いながら俺たちにピースサインを送った。
「えっと……あの……」
「う、うん……ソフィちゃんの言いたいこと……判るよ……」
ソフィとせつなは顔を見合わせて、互いに苦笑している。まぁ俺は呆れ返っていたけど。
特殊能力「金剛」。ヘカトン戦を経て、陽が新たに習得したスキルだ。金色の闘気を纏うことで、筋力を増強させる強化スキルである。
膂力を増強させる「剛力」といい、「金剛」といい……脳筋一択の強化だよな。まぁ陽らしいといえば、陽らしいけど。
「りゅうちゃん、何か言ったかな?」
「……いえ、何も」
ニコニコ顔で迫って来る陽に、俺は努めて平静を装って還す。
とにかく、一二階層での初戦闘は苦戦したものの、十分に通用すると判った。ならこの調子でどんどん探索しても大丈夫だな。おっと、その前に採取しなくちゃ。
俺は圧潰したジャイアントトードにげんなりしつつも、三人が倒した魔物から魔石等を採取していく。
「リュウヤさん、わたしも手伝いますね」
「あ~、わりぃ。助かるよ」
量が量だけに採取に時間が掛かる。ソフィの申し出は素直に有難かった。
因みに陽はこういった細々とした作業は不得意。せつなは単純に怖いと理由で、採取作業は手伝ってくれない。まぁ周囲警戒する人員も必要だし、問題ないけどね。
ソフィと協力しながら採取作業を続けていると、ソフィがぽつりと言った。
「ロノアさんが居ないと時間が掛かっちゃいますね」
「そうだな。ロノアってすごく器用だし、一つ一つの作業が早いんだよな」
魔石を取り出しながらソフィに答えた。
ロノアは現在、俺たちとは別行動中だ。非戦闘員であるロノアが闇ギルド『アゲハ』に狙われている現状、俺たちと行動を共にするのは危険過ぎた。今は『月影』の黒い屋敷で匿われている。
「みすみすロノアさんを危険にさらす訳にはいかないですしね」
因みに、ソフィたちには闇ギルド『アゲハ』については既に説明している。そして、現状俺たちが狙われているという事も。
「でも……大丈夫でしょうか? ロノアさん。数日とは言え、わたしたちと行動を共にしていた事は目撃されていますし……」
今、自分が狙われている状況だと言うのに、ロノアの事を心配している。ソフィは本当に優しい子だよな。
「まぁね。でも大丈夫だよ、きっと。ロノアは知人の所に行って貰っているしな」
「ロノアさんのお知り合いの所に、ですか? その方も危険なんじゃ……」
「あ~いや、大丈夫だって。俺も会ったけど、手練れぽかったしな、彼女」
ソフィたちには『アゲハ』については説明したが、『月影』については伏せていた。『月影』の最終目標はバッカード伯爵だし、彼にはサリアの能力を封じた吸魔の手鏡がある。ソフィたちを巻き込むわけにはいかなかった。
「彼女……?」
ピクッとソフィの獣耳が動く。
「そうだよ。サティっていうんだけど、彼女ならロノアを守ってくれるよ」
「へぇ~……随分と信頼しているんですね。リュウヤさんはその方の事を」
ん? 何だがソフィの眼が冷たいような気が……。
「信頼って言うか……目の前で実力を見せてもらったしな」
サティの「魅惑」は強力だ。異性且つ格下しか効果が無いとは言え、強スキルには間違いないしな。それに『月影』の用心棒として、素の能力も高そうだったしね。サティならロノアを守ってくれるはず。
「ふ~ん、そうですか、そうですか。まぁいいですけどっ!」
……えっと……何だかソフィが不機嫌だ。
「ソフィ、どうしたんだ? 何だか怒っているっぽいけど……」
「別に~。わたしは怒ってませんよ。ほら、リュウヤさん。早くしましょっ」
ツンツンとした物言いのソフィ。何だか採取作業の手つきも荒々しい。俺、何かしたっけな……?
急に不機嫌になったソフィに首を傾げながら、俺は採取作業を続行するのであった。
◇
一二階層の探索は順調に進み、俺たちは一三階層へと進んでいた。
沼地エリアという事もあって、脚を取られ行動制限が掛かる中、一二階層をこれほどまでに早く抜けられたのは、ソフィのおかげだった。
遭遇した魔物を次々と屠っていくソフィは、まさに獅子奮迅の活躍。だけれど、正直……何だか怖かった。無表情で双剣を振るい、魔物を見る目は途轍もなく冷徹なものだったし、いつもは返り血ひとつ付けないで綺麗に戦うのに、今日に限って身体中至る所に返り血を浴びていた。まぁその分、撃破数も普段の倍くらいなんだけど。
「どうしたんでしょう……ソフィちゃん……ちょっと……怖いです……」
「うん。フィーちゃんらしくないよね」
せつなも陽も、若干ソフィに引いているようだった。そういう俺も引いていたんだけど……。
まぁとにかく、ソフィの活躍で凄まじいスピードで一二階層を攻略し終えた俺たちは一三階層に辿り着いたのである。
一三階層で新出現のモンスターは、マッドマン(D級)。名前の通り、泥人形の魔物。ただし、このマッドマンは、冒険者にとってとても面倒な相手であり、且つ不人気ナンバーワンの魔物である。
四肢を斬り飛ばしても、頭部を潰しても、絶対に倒れないのだ。しかも、沼地から泥水を吸い上げ、即座に復活するのである。沼地がある限り、不倒の魔物だ。
マッドマンを倒す方法は二つ。一つは建設的ではないが、沼地を焼き払い、回復させない方法だ。まぁこの方法は実質不可能に近い。迷宮という密室空間でフロア全体を覆う沼地を焼き払うなど、自殺に近い。よってもう一つの方法が正攻法として取られる。
その方法は、マッドマンの魔石を砕く方法だ。魔石とは、魔物の心臓であり、どんな強力な魔物だとしても、魔石を砕かれてしまえば、必ず死亡してしまう。
ただ、魔石を砕くという事は、つまり魔石を回収できないという事。冒険者にとって、魔石を回収出来ないというのは、マッドマンと戦っても、一銭にもならないのである。不人気ナンバーワンなのも判るというものだ。
「マッドマンが出て来たら、どうする? 戦ってもお金にならないんでしょ?」
「そうだな……出来る限り、戦闘は避けるべきだよな」
陽と相談しながら一三階層を進む。普段ならこういった場面は、ソフィと相談することが多いのだけれど……。
チラッと横目でソフィを見やる。
「……」
ソフィは鋭い目付きで、周囲を警戒していた。まるで、『遭遇した魔物は全て抹殺する』といった具合に剣呑な雰囲気を纏っているようだった。
すると、突然、ピクッとソフィの獣耳が微かに動いた。耳を澄ますようにソフィが集中してある一方向を睨み付ける。
「フィーちゃん、どうしたの?」
徐に立ち止まったソフィに、陽が遠慮がちに訊ねる。
「……一二……いや、一四……?」
神妙な顔つきでソフィが小さく呟いた。一四というのは、魔物数だろうか。出来ればマッドマンじゃないことを願いたいが……。
「奥から物音が聞えます。音から判断してマッドマンだと思いますが」
あちゃ~。マッドマンかよ。ソフィの言葉を聞いてげんなりする俺。
「マッドマンなら回避したいな。マッドマンなんて相手にしても――」
無駄だからと続けようとしたが、ソフィが慌てたように遮った。
「こ、この声はっ!? 急がないとマズいですっ!」
目を瞠ったソフィが、悲鳴のような焦った声を出すと、飛び出すように駆けて行った。
「ちょっと、フィーちゃん!?」
突然のソフィの行動に驚く俺たち。
「りゅ、りゅうちゃんっ。フィーちゃん、一人で行っちゃったんだけどっ!?」
「良く判らないけど、とにかく追い掛けるぞ!」
ソフィが単独で駆けだした理由は判らない。だけど、ソフィの雰囲気はただならぬものだった。何か感じ取ったのかもしれない。
先行したソフィを急いで追い掛ける。そして、ソフィの背中を捉えた瞬間、俺は目を瞠った。
「――ッ!? 何だこれはッ!?」
数十体のマッドマンの群れ。そして……沼地に倒れ伏す者たちの数々。その誰もが血を噴き出し、絶命しているのが判ってしまった。
冒険者……? いや、違う! 全員が共通した装備だ。それに見たことがある。この装備は……一階層で見たことがある兵士の物と同じだ。
何故、こんな一三階層に兵士が……。
「シッ!」
ソフィが単独でマッドマンの群れに果敢に攻め込んでいくのが視界の端に映った。
今は悠長に考えている暇はない。とにかくこの場から逃げ出さないと。
「ソフィッ! この数は異常だッ! 逃げるぞッ!」
俺が慌てて叫び、ソフィに逃走を促すが……。
「リュウヤさん、ダメですっ!」
即座に拒否を示すソフィ。一体、どうしたって言うんだよ……。
俺が頭を悩ましていると、ソフィの異常行動の原因が判った。
「どちら様かは存じませんが、早くお逃げ下さいっ!」
切迫した声音が耳朶を打つ。目を向けると、マッドマンの群れの隙間から覗く人影が。
まだ生存者がいるのか!? だから、ソフィは慌てて……。
ソフィの異常行動の理由は判った。狼人族という種族柄、五感が鋭いソフィだからこそ、生存者に気付けたのだろう。
クソッ! まだ生存者がいるのなら、見捨てる訳にはいかねぇ。
「陽ッ! せつなッ! ソフィに加勢するぞッ!」
「ほいきたっ!」
「判りましたっ!」
俺の指示に即座に従う陽とせつな。大剣を、杖を手にマッドマンの群れに果敢に攻め行く。
今回ばかりは俺も出陣する。人命救助だ。俺も全力で挑ませてもらおう。
愛用の長杖を取り出し、マッドマンの群れに飛び込んでいった。




