第六五話 いわくつきの物件
「ねぇねぇ、りゅうちゃん。あたしたちもそろそろ拠点構えない?」
唐突に陽がそんなことを提案してきた。
今、俺たちはチェリーパイを定宿にしている。宿主のお婆さんが、ソフィの母――セシルと顔馴染みだったという事もあり、破格の待遇で住まわせ貰っている。
「拠点って……家買うの? 今のままでも十分じゃない?」
「お婆ちゃんによくしてもらっているけどさ、この前、お婆ちゃん、腰痛めたらしくさ」
あぁ、そういやそんなこともあったな。その時、せつなが治療したんだっけ。
「それでお婆ちゃんと話していた時に、そろそろ店を畳もうかって言ってたんだよっ。やっぱり、体力的に相当無理しているみたいだしさ」
それは初耳だった。確かに女手一つで宿屋を経営するのは、かなりの重労働だ。お世辞にも繁盛しているとは言えないからこそ、今まで何とかなっていたんだろう。
「わたしもヒナタさんに賛成です。お母さんの娘だから、本当によくしてもらって……ちょっと申し訳ないです」
ソフィの獣耳が力なく垂れ下がっている。それくらい気にしているんだな。
「そっか。なら、家を買うべきだな。丁度、臨時収入もあったことだし」
「臨時収入? あぁ、満月の夜の時の。どれくらいだったの?」
そう言えば、陽たちには伝えてなかったな。俺がバルバトスから全員分受け取っていたし。
「一人頭金貨二〇枚。俺たちは四人だから八〇枚だな」
俺があっけからんと言うと、静寂に包まれた。あれ? 皆固まってどうしたの?
「あははは~。あたし、何だか空耳が聞こえた気がするぅ~」
「わたしもです、ヒナタさん。金貨八〇枚だって聞こえました」
「私も……そう聞こえた……」
陽が無理に笑い、ソフィがギギギと鈍く動き、せつなが呆然と呟く。どうやら額にビビっているようだ。
「いや、聞き間違いじゃないぞ。金貨八〇枚が報酬。バルバトスさんが言うには、あの時の冒険者全員での頭割りだから、これでも少ないらしい。ホントなら、ヘカトンを倒したのは俺たちだし、一人頭一〇〇枚になってたってさ」
そう、ヘカトンを倒したのは、バルバトス、シャロン、ブリストン、クロマ。そして、陽、ソフィ、せつな、ユニウス、マルク、俺の一〇人なのだ。
紫魔石は白金貨一枚で国王が買い取った。白金貨一枚は金貨一〇〇〇枚。なので、本当なら一人頭金貨一〇〇枚なんだけれど、国王との取り決めで、平等に分配されることになっている。
「へ、へぇ~、そ、そうだったんだね」
流石の陽も頬が引きつっていた。
「とにかく、俺たちの報酬は金貨八〇枚。これだけあれば、小さな家くらいは買えるとは思うんだけど」
この異世界は、元の世界に比べで物価が安い。四人家族世帯でも、凡そ金貨四枚もあれば一年過ごせるらしい。まぁ散在しなければだけれどね。
「ただ問題は、不動産屋に伝手が無いってことだよな」
「そうだよねぇ。あたしたちみたいな若者だと、ボッタクられちゃうかもしれないよねっ」
陽の言う通りだと俺も思う。それに俺たちのパーティーは俺以外女性だ。それに俺なんて外見年齢一〇歳がいいところだ。足元見られてしまうのは確実だろうな。
「リュウヤさん。確かにわたしたちには不動産屋さんには伝手はありませんけど、他の伝手があるじゃないですか」
他の伝手……?
「あ、そっか。フィーちゃん、ナイスだよっ!」
ん? 陽はソフィの言った事を理解したみたいだけど……どんな伝手なんだろうか。
「善は急げだっ。皆、支度して早く行くよっ!」
まぁ良く判らないけれど、ソフィも何も言わないし、陽に任せるとするか。
俺たちは手早く支度を終えると、チェリーパイを飛び出すのであった。
◇
「それで、私の所に来たのね」
広く豪奢な応接間のソファーに座ったシャロンが、事のあらましを聞き、納得気に頷く。
他の伝手とは、このインクウェルで活動しているミスリル冒険者シャロンの事であった。
「そういう事ですっ。シャロンさんなら、いい不動産屋さん知っているかなって思って」
「そうね。一つ知っているわ。私たち『霊銀の剣』の拠点を構えるときにもお世話になったところがね」
『霊銀の剣』とは、バルバトスをリーダーとするパーティーだ。霊銀とはミスリルの事で、今まではバルバトスの事を主に指していたのだが、今ではパーティーメンバー全てがミスリルクラスとなっていた。メンバーはシャロン、ブリストン、クロマである。
それはさておき、シャロンの伝手を使い、俺たちは不動産屋に向かう事に。
主に大口顧客を専門としているのか、立派な店構えに、応接間も驚くほど豪華絢爛に彩られていた。
「これはこれは、シャロン様ではありませんか。此度の昇格誠におめでとうございます」
ぷっくりとした店主が揉み手を擦り切れんばかりにさすさすと動かし、俺たちを出迎えた。
「ありがと。今日はこの子たちの拠点を探そうと思って」
「ほう。シャロン様自らのご紹介ですか。これは、失礼はあってはいけませんな。ささ、どうぞ。お掛けになって下さい」
七福神の恵比寿天のような店主に勧められ、俺たちは革張りのソファーに腰を下ろす。
「拠点を、というお話でしたので、物件をお探しでお間違いないでしょうか」
「はいっ。あたしたち、今は宿に連泊しているんですけど、出来ればそろそろ自分たちの家を持ちたいなぁって思いまして」
陽が背筋を伸ばしながら、店主に話す。こういった時、ほとんどの場合、陽が率先して会話するのが、俺たちの決まりになりつつあった。
「左様ですか。当店では数多くの物件を取り扱っておりますので、お気に召す物もあるかと存じます」
ニコニコ顔で話す店主だが、その糸目は鋭く、俺たちを値踏みしているかのようだった。
「モーグさん。この子たち、これでもゴールドクラスよ。それもあの事件を生き残った有望株。お手柔らかにね」
シャロンが出された紅茶を嗜みながら、店主――モーグに釘を差した。というか、この紅茶、めちゃくちゃ美味いな。
「ほう。それはそれは。でしたら私も、いくらか勉強させてもらいますよ。それで拠点を構えるにあたり、どのような物件をお探しでしょうか。条件などあればお聞きしたく――」
「「お風呂のあるとろこでっ!」」
俺と陽が前のめりに声を合わせて言った。これには流石のモーグも一瞬驚いたように目を見開いた。とはいえ、糸目だからあんまり開けていないけれど。
「貴方たち……そんなにお風呂が好きなの?」
シャロンもちょっぴり驚いていた。
「風呂付でございますか。畏まりました。その他に条件など御座いますか?」
「あとは……りゅうちゃん、なにかある?」
「ん~、俺は特にないかな。風呂さえあればいい」
この異世界に召喚されてから、風呂には巡り合っていない。日本人としては暖かいお湯に全身を浸からせて、リラックスしたいのである。今までは揺れ布で身体を清めて、誤魔化していたが、やっぱり風呂に入りたいな。
「でしたら、こちらの物件はどうでしょうか。ご希望の風呂付で、貴族街にも程近く、治安もいいですよ」
モーグが羊皮紙を取り出し、テーブルの上に置いた。俺と陽は前のめりになって覗き込む。
築五年……結構新しいな。庭付き一軒家……勿論、風呂も付いているし、見取り図からして結構広そうだ。部屋数も多くて、皆の個室も割り振れるな。めちゃくちゃいいじゃんか。
「こちらは月金貨一〇枚でお住み頂けますよ。購入であれば、金貨三〇〇枚でございます」
値段を聞いて、俺と陽はサッと覗き込むのを止めた。かなりいい物件だけど……流石に高すぎる……。
「おや? お気に召しませんでしたか? でしたらこちらは如何でしょうか」
モーグは次々と物件を紹介していくが……どれも高価格で手が出せそうにない。大体金貨三〇〇枚から金貨五〇〇枚であった。
俺は陽と顔を見合わせて、苦笑を零し合う。
「もし資金に不安があるのなら、私が貸してあげるわよ。無利子無期限で」
俺たちの様子を感じ取ったシャロンが、そう提案してくれるが……流石にお金を借りてまでも、購入するものじゃないな。冒険者という不安定な稼業なら尚更である。
「シャロンさんのお気持ちは嬉しいんですけど……」
「うん。仕方が無いよな。風呂は諦めるか」
ハァとため息を吐き、ガックリと肩を落とす俺と陽。そんな俺たちをソフィたちに苦笑を零していた。
すると、モーグが言いにくそうにしならがも、一枚の羊皮紙を取り出した。
「本来であれば、私共としては大切なお客様にお出しするような物件では御座いませんが……」
「えっ!? この物件、めっちゃいいじゃん!」
その羊皮紙は、今まで紹介された物件と遜色ない物であった。風呂も付いているし、立地も中央からそれ程離れていない。にも関わらず破格の金貨八〇枚であった。
「ふ~ん……この価格は異常ね。ということはつまりやむにやまれぬ事情があるのね?」
シャロンが目を細めながら問い質すと、モーグはしきりにハンカチで冷や汗を拭った。
「え、ええ。本来ではシャロン様がご紹介なさったお客様に勧めるべきではない物件なのです。言うなれば、事故物件と申しましょうか……少々問題がありまして」
「どんな問題ですか?」
俺としては予算内であるこの物件を購入したい気持ちが大きい。だけれど、その問題の如何によっては諦めなければならないだろう。
「えっとですねぇ、それは……出るのです」
出る……? 事故物件で出ると言えば……幽霊か?
「もしかして、幽霊が出るとかですか?」
確認の意味を込めて聞き返すと、モーグは無言で頷いた。ふ~ん……幽霊か……なら、問題ないな。
「買います」
「ほぇ? 今何と?」
モーグが驚いて聞き返してきた。なので、もう一度はっきりと告げる。
「買います。この物件」
俺がそう言い切ると、モーグは眼を点にし、陽は天を仰いだ。そして、せつながビクッと震える。
「せ、先輩……や、やめておきましょう……」
「えぇ~……でも、この金額だよ? なら、買いでしょ。別に幽霊くらいいいじゃんか」
金貨八〇枚で、風呂付なんだぞ。幽霊くらい別に気にしなくていいじゃん。
「りゅうちゃんって、昔っから幽霊とか平気な人だよね」
「まぁな。別に悪さなんてして来ないし」
「リュウヤ、貴方がどんな認識をしているのかは判らないけれど、幽霊は魔物なのよ? ちゃんと判っている?」
シャロンが呆れながらも、思わず口を挟んできた。そうか、この異世界の幽霊は魔物なのか。
「えっと……幽霊って攻撃してくる?」
「もちろん」
「呪いとか掛けられちゃう?」
「高位のゴーストならね」
「やばいじゃん」
「やばいわ」
なんだよ、それ。折角買う気満々だったのに。こっちを害してくるなら、流石の俺も遠慮したいぞ。
明らかに落胆する俺。シャロンは苦笑を浮かべながら、モーグに向き直る。
「モーグさんがこの物件を私に見せたってことは、退治可能ってことなのよね?」
え? 幽霊って退治できるの?
「えぇ、そうでございます。高名な魔術師であらせられるシャロン様であれば、討伐は可能かと」
「ふ~ん、そういうことね。判ったわ。今回だけは、モーグさんの思惑に乗ってあげるわ。だけど……判っているわよね?」
「え、えぇ。勿論、勉強させて頂きます」
冷や汗をかきながらモーグは羽ペンを取ると、羊皮紙に何やら書き込んだ。見れば、金額の所に二重線を引き、その横に『金貨五〇枚也』と新たに書き記した。
「中々太っ腹なのね。まぁそれでも利益は出るのでしょうけど」
シャロンが冷たい視線でモーグを見ている。モーグは相変わらず冷や汗を滴らせていた。
「リュウヤ、この物件を買いなさい。ゴーストなんて私が何とかしてあげるから」
ということで、俺はこの幽霊が出るという事故物件を購入することになった。シャロンが手伝ってくれるなら問題はないだろうしな。せつなは未だに震えているけれど。
金貨五〇枚と交換して鍵を受け取る。どうやらこの事故物件、モーグとしても中々売れずに困っていたそうだ。聞けば、依頼を出して、何度かゴーストの討伐を行っていたそうだが、全て返り討ちになっているらしい。幸い死人は無いそうだけれど。
早速俺たちは購入した物件に向かう事に。
中央からは少し離れているが、充分徒歩圏内。それに貴族街程ではないが、かなり治安もいいとのこと。
俺たちの拠点となる家屋は、とても立派な二階建てだ。外観も意匠が凝られ、事故物件でなければ、相当な価値が付くのは間違いないだろう。
残念ながら立派な鉄扉は錆びついており、見える庭園はしばらく人の手が入っていない為に荒れ放題だった。
「ゴースト退治した後、この鉄扉は補修した方がいいな」
モーグから受け取った鍵を使って、ギィ……と、鉄扉を開けた。
「そうね。これもモーグに頼んでおくわ」
「シャロンさん、ホントに頼むんですか? 脅すの間違いじゃなく?」
「もうっ! 私がそんな人に見えるって言うの? リュウヤは」
うん……さっきのモーグとのやり取りを見ているから、シャロンなら脅しそうだ。まぁ本人には言わないでおこう。触らぬ神に祟りなしっていうし。
いよいよ建物内に突入だ。鍵穴に差し込み、手首を捻る。
――カチャン。鍵が開くと同時に、埃っぽい空気が鼻につく。
「結構放置されてたっぽいな。すっごい埃っぽい」
「だねっ。お化け退治したら、大掃除だっ」
陽も幽霊の類は苦手ではない。未知なる探検にワクワクしている。
「そうですね。でも、もう日が沈みますし、掃除は明日以降になりそうです。掃除道具も購入しないといけないですし」
ソフィも苦手ではないらしい。もう明日以降の予定を頭の中で組み立てているようだ。
そんな二人と対照的なのが、せつなとシャロンだった。
せつなは幽霊の類は苦手なのか、さっきから俺のローブをちょんっと掴んでいる。そして、シャロンなのだが……。
「さ、さぁ~、ちゃ、ちゃっと退治しちゃいましょう~おほ、おほほほ!」
明らかに挙動不審である。年長者としての威厳からか、平気なフリをしているが、よくよく見れば足がガクガクと震えている。
「シャロンさん……あんまり無理しなくてもいいよ」
シャロンがこの物件を購入する様に勧めた張本人なのだけれど、流石に気の毒になって来た。というか、今の精神状態だと突拍子もないことをしそうで、物凄く不安だ。最悪、明日以降に、バルバトスに付いて来て貰おう……。
「ななな、何言っているのよ、リュウヤ。私は無理なんてしていないわ! いつだって平常心よ、平常心!」
もはや、意味不明だ。一杯一杯過ぎるシャロンを見て、せつなが少し冷静になったみたいだから、多少は効果があったのかな?
とにかく俺たちは建物内を探索することに。
大きめの部屋は、応接間だろうか。続く廊下の先には広めの台所。そして、念願だった風呂場があった。
「おぉ! 結構広いな。五人くらい一緒に入れる広さじゃないか?」
石造りの風呂場はとても大きく、五人は同時に入浴しても問題なさそうであった。出来れば、今すぐにでもお湯を貯めて、ダイブしたいところだ。
「りゅうちゃん? 確かに大きくて素敵なお風呂だけどさ。もしかして皆で一緒に入るつもりじゃないでしょうね?」
「え? い、いやいや、そういうつもりは全く」
ジト目で俺を見て来る陽に、ぶんぶんと首を横に振って否定する。俺のパーティーメンバーは女性ばかりで、尚且つ美少女ばかりだ。そりゃあ、一緒に入ればムフフなことになること間違いなしだけど。
「はぁ~……りゅうちゃんも男の子だね。その内、水着ありなら一緒に入ってもいいけどねっ」
マジですか、陽様。貴方は女神様であらせられるのでしょうか……。
とまぁ、そんな冗談を口にしながら、再び探検を続行することに。
特に一階は不審な場所は無く、二階へ向かう。
二階は小部屋が多く、これなら一人一人に個室が与えられるな。今までずっと同じ大部屋で過ごして来たけど、出来れば皆個室が欲しいだろうしね。
一部屋ずつ調べながら進むが、やはり不審な点は見受けられなかった。
「ん~本当に幽霊が出るのかな? 今の所、何も起きないけど」
「そうだな。もしかして、モーグさんに騙されたのかな?」
「リュウヤ、ヒナタ。気が緩み過ぎよ。何もないなんてことは絶対にあり得ないわ。今までモーグさんが依頼したクエストを見せてもらったのだけれど、結構名の知れた冒険者が返り討ちにあっているみたいよ」
緩んだ空気を引き締める様に、シャロンが注意する。
各一部屋ずつ確認していくが……やはり今の所、多数の冒険者を返り討ちにしたと言われる幽霊は出て来ていない。
そして、とうとう最後の部屋となった。
「ここが最後ね。皆、充分注意するのよ」
シャロンが俺たちの顔を見詰めながら注意を促した。年長者の意地なのだろうか。余裕を見せようとしているけれど、実際は手が微かに震えている。
扉を開き、中に入ると……そこは今までの部屋よりも随分と広かった。
「この部屋だけ他の部屋に比べて広いねっ」
「家長の部屋かな?」
「いえ、違うみたいですよ、リュウヤさん」
ソフィが衣装棚の仲を確認しながら言った。ずらりと同じ種類のメイド服が並んでいる。
「なるほど。この部屋は下女の控室になっていたみたいね」
シャロンが納得気に頷く。というか、さっきからせつなと同じく、俺のローブの裾をちょっぴり掴んでいるんだけど……。
「ひぃ!」
突然、せつなが悲鳴を上げた。それにシャロンがビクッと震えているのはご愛敬。
「どどどどうしたの? セツ――……ナ……?」
ギギギ……と、油が切れた機械の様に首を回すシャロン。そして……。
「ギャァァアアア!」
大絶叫。シャロンの視線の先には、血塗られたメイド服を着た女性が。項垂れるように頭を垂れ、そのせいで表情は髪に隠れて見えない。それが一層不気味さを醸し出している。
「ででででたわよ! ゆゆゆゆ幽霊が!」
「シャロンさん、落ち着いて!」
冷静になる様に落ち着かせようと試みるも、錯乱したシャロンの耳には俺の声は届かない。
ゆらりゆらりと揺れるメイド幽霊。次の瞬間――バッと勢いよく面を上げると、共生を迸らせた。
「シィィィイイ!」
「ギャアアアア!」
「きゃぁぁぁあ!」
幽霊の叫声と、シャロン、せつなの悲鳴が重なる。錯乱状態の二人は、事もあろうか魔法の詠唱を始めた。
「〝我が身に宿りし魔素よ、激しき風と成りて――〟」
おいおい、シャロン!? こんな閉所で、何で上級風魔法なんか唱えているんだよッ!
見れば、せつなも上級光魔法〈ディバインライト〉を放つべく、リンリンと魔力を貯めている。
二人が魔法をぶっ放させば、どれ程の被害を受けるかは想像に難くない。折角手に入れた拠点をみすみすぶっ壊させる訳にはいかないぞ。どうにかして錯乱した二人を止めないとッ。
その時、ソフィと目が合った。そして、互いに頷き合う。
「ごめんッ、シャロンさん!」
「すみません、セツナさん!」
同時に動き出す俺とソフィ。俺はシャロンに、ソフィはせつなの首元に手刀を放った。
「「うっ……」」
呻き声を上げ力なく倒れ行くシャロンとせつな。サッと、二人の身体を支える。
「ふぅ~……マジで焦ったわ。こんな場所で上級魔法をぶっ放されてしまったら、折角の拠点がパーになるところだった……」
ホント、間一髪だ。二人には悪いけれど、少し寝ていてもらおう。
ふぅと安堵の息を吐くのも束の間、陽が警告を発する。
「危ないっ!」
――キンッ! と、金属音が鳴り響く。陽が俺たちの前に入り、何かを大剣で受け止めた。
「りゅうちゃんも、フィーちゃんも、安心するのはまだ早いよっ!」
そうだ。未だ脅威は取り除かれていない。この洋館が事故物件として処理されている元凶を取り除かなくては。
気絶した二人をそっと床に横たえ、戦闘態勢を整える。愛用の杖を取り出し、メイド幽霊と対峙する。
「あ~……何だかめちゃくちゃ怒っている?」
血に濡れた金髪は逆立ち、まるで悪鬼羅刹のような形相だ。見開かれた瞳が妖しく赤く光っている。
「コ……ロス……シン……ニュウシャ……コロ……ス……」
途切れ途切れの声は酷く濁っており、幽霊の類が平気な俺でも、根本的な恐怖が押し寄せ、ぶるりと身体を震わせる。
「侵入者か……説得しても聞く耳持たないよね? あたしたち侵入者じゃないって言っても」
「ヒナタさん、相手は魔物ですよ。そもそも説得なんて無理です!」
おいおい、お二人さん? 今はそんな漫才をしている場合じゃあないよ?
「シィィィイイイイ!」
メイド少女の幽霊の周辺に生成された無数の氷塊。
「マジかよッ!? 氷魔法か!」
氷魔法は水魔法の上位にあたる。それだけで、この幽霊が相当手強いと判った。
「二人とも気を引き締めてかかれッ! こいつ、結構ヤバいぞ!」
「「はいっ」」
神妙に頷く二人。その瞬間――無数の氷塊が放たれた。それが合図となり、戦端が切って落とされたのだった。




