第五三話 豪快な男、バルバトス
迷宮村リビア。その広場にて。
集まった冒険者の数は数百に上り……それに加えて商人が数十。その誰もが不安な表情を浮かべている。
この広場に召集を掛けたのは、冒険者組合の職員だ。このリビアには冒険者組合の支部が設けられている。
職員が数百に上る冒険者の前に立つと、大声で叫ぶ。
「通信魔導具による本部との会議により、緊急クエストを発布致します。冒険者の方は、必ずこのクエストに参加して下さい。拒否権はありません! 繰り返します、通信魔導具による――」
大声で叫ぶ職員に、広場に集まった冒険者からざわざわとしたざわめきが各地で起こった。そのどれもが不安に満ちたものばかりである。
「現在、我々はこの一一階層に閉じ込まれている状況です。ワープゲートが何者かによって破壊され、更に他階層に続く通路も閉ざされています。そして、今夜は満月。迷宮が変遷を迎える最も危険な日であります」
現状の説明を行う職員。続き緊急クエストの内容を説明し始めた。
「危機的状況であることは明白。我々は一丸となって、この危機を乗り越えなくてはなりません。既にワープゲートの修復作業を行っておりますが、芳しくない状況であります。そこで、カッパー及びシルバークラスの冒険者は、崩落した通路の復旧作業を行ってください。また、ゴールドクラス以上の冒険者は戦闘準備を。通路が開通した際には、先行して魔物駆逐を願います。繰り返します。カッパー及びシルバークラスの――」
ふむ。強者であるゴールドクラス以上が魔物を駆逐し、その他大勢の道を切り開くという訳か。
喉が割けるほどに大声を上げ続ける職員。その指示に従い、慌ただしく作業に向かう冒険者たち。こういった非常事態には慣れっこなのか、行動が速い。広場から冒険者たちが駆け出していく。
「あたしたちも行こうっ」
「そうですね。確かシルバーランクは、瓦礫の撤去作業でしたよね?」
行動を起こす冒険者に慌てて立ち上がる陽とソフィ。だが、俺は彼女たちを留めた。
「いや、ダメだ。今体力を消耗してしまうのは得策じゃない」
「え? でも組合からの緊急クエストだよ? 指示に従わないと、罰則があるんじゃ……」
確かに緊急クエストには拒否権が無く、特定の事情が無い限り、不参加してしまう重い処罰が課せられてしまう。
「いや、それでもダメだ」
俺ははっきりと告げる。視線を感じてみれば、ユニウスがニコニコしながら微笑んでいる。
どうやらユニウスには俺の意図が判っているようだな。
「さっき、俺は崩落した通路を見て来た。正直、この人数がいくら頑張っても、たった半日で開通させることなんて不可能だと思う」
この広場に集まる少し前、俺は皆と行動を別にし、崩落した通路を確認しに行っていた。完全に埋まってしまった通路を思い出しながら話す。
「あれは人力でどうにかなる類のものじゃない。入り口は完全に崩落した瓦礫で埋まっていたし、それに崩落がどれくらいの規模なのかも判らない。組合の指示に従って、貴重な体力を消耗するなんて馬鹿げているさ」
「でも、緊急クエストの罰則が……」
「罰則なんてどうでもいいじゃんか。正直、今は生きてこの迷宮を脱出することが優先だろ?」
どうすればいいのか判らないといった表情で、陽とソフィは顔を見合わす。するとユニウスが……。
「僕はリュウヤくんの意見に賛成ですね。夜に備えて、体力を温存しておくべきだと思いますよ」
「夜? どうしてですか? ユニウスさん」
陽が小首を傾げながらユニウスに問うた。
ユニウスは少し考える素振りを見せた後、俺に向かって微笑んだ。どうやら後の説明は俺に任せたという事らしい。
「この迷宮村リビアは大昔に一度壊滅したって話あったろ?」
「あぁ、ありましたね。スフェーンさんからセツナさんが聞いたという話が」
ソフィがあぁと頷く。
「そう、その話。確か、満月の夜にこの一一階層に留まった商人の話だ。だが、翌日、冒険者がこのリビアに訪れると、凄惨な有様だったっていう……」
スフェーン曰く、当時ではかなりショッキングなニュースだったとか。それから満月の日は全面迷宮立ち入り禁止となったはずだ。
「俺はちょっと考えてみたんだよ。何で変遷を迎えても構造変化しないこの階層が……安全域にあるリビアが崩壊したのかって」
そうだ。ちょっと考えれば判ることだ。もし、迷宮の構造変化によってリビアが崩壊したというのなら、瓦礫の山となったリビアが残っているのはおかしくはないだろうか。
「仮説として二つ。まず、一つは、構造変化によってこの階層自体が無くなってしまった、あるいは、圧し潰されてしまった」
「お、圧し潰された!?」
眼を見開き、息を呑むせつな。
「もう一つは……迷宮に棲息している魔物の襲撃にあった」
「え? でも、りゅうちゃん、ここは安全域なんだよ? 魔物が出ない階層で――」
「ヒナタさん、ここは迷宮なんです。そもそも何が起ってもおかしくはない場所なんですよ」
ソフィが陽に被せるように言った。
「まぁ正直、この二つの仮説が正しいかどうかなんて、判らないけどな。でも、ソフィの言う通り、ここは迷宮。何が起ってもおかしくはない」
「で、でも……りゅうちゃんの仮説があっているとしたら……」
「あぁ、前者の場合は、完全に無理ゲーだな。完全に詰み。ジ・エンドさ」
「そ、そんなぁ……」
せつなが貧血を起こしたかのようにフラフラとその場に座り込む。
「まぁそれは神のみぞ知るってことさ。でも、後者の場合は……」
「まだ生き残るチャンスはあるってことですね」
ユニウスが俺の言葉に続いた。
「尚更、余計な体力を消耗するわけにはいきませんね」
「うん。どっちに賽の目が出るか判らないけれど、万全を期しておいた方がいいだろう」
俺がそう締め括ると、突然、背後から楽しげな笑い声が。
「おうおう、ルーキーの割には中々思慮深いじゃねぇか」
「バルバトスさん!?」
振り返れば、そこには筋骨隆々の冒険者――バルバトスが。
「いいぜ。ただ誰かの指示に従うだけじゃなく、自分が生き残る為に最善の道を模索するってのは、冒険者にとって一番大事なことだ。あぁ、そこの小僧はリュウヤだったか? 小僧は冒険者じゃねぇんだったな」
ガハハと豪快に笑うバルバトス。一体何しに来たんだ……? つうか、また盗み聞きかよ……。
「こんな所に居たんですか! バルバトスさん、探しましたよ!」
すると、神経質そうな眼鏡の男が、息を切らして走って来た。どこか見覚えが……って、さっき緊急クエストを発布していた組合の職員の男だ。
「おう、チャーチル。そんなに急いでどうしたってんだ?」
「はぁはぁ……んぐ、どうしたじゃありませんよ! あなたが全体の指揮を取らなければ、他の冒険者たちはまとまりません! 早く集合場所に来て下さいよ!」
「はは、おめぇ、仮にも組合の職員だろ。いつもみたいに権限を振りかざして、言う事聞かせればいいじゃねぇか」
「私が持っている権限なんて知れています! 私みたいな末端の職員では誰も言う事を聞いてくれませんって!」
必死にバルバトスを説得する職員――チャーチル。すると、今更気づいたのか、チャーチルは、俺たちを認識すると、鋭い目付きでサッと流し見た。
「カッパーに、シルバーですか……貴方たちはこんな所で何をしているのです? 先程の説明は聞いていたでしょう! 早く、瓦礫撤去作業に向かいなさい! 何をグズグズしているのです! さぁ、早く!」
バルバトスとは違い、俺たちルーキーにはやけに高圧的な態度。まるで邪魔者を追い払うかのように、シッシッと手を払う。
これには、いくら温厚で生き仏と言われてきた俺でさえもカチンと来た。俺より沸点の低い陽なんて爆発寸前だ。
しかし、陽が爆発することはなかった。
「いいんだよ、こいつらは」
そうチャーチルに言ったのは、バルバトスだった。
「こいつらは俺の所で預かることにしたからよ」
え? なにそれ? 初耳なんですけど?
驚く俺たち。そしてチャーチルも……。
「はぁ!? 何を仰っているのです!? この冒険者たちはどう見てもルーキーじゃありませんか!」
「あぁ、今は、な」
唾を飛ばして叫ぶチャーチルに、バルバトスは意味深な事を言う。
「今は?」
「あぁ、そうだ。こいつらは、今はまだひよっこもひよっこ。けどな、チャーチル。こいつらには愛想よくしていた方がいいぜ? いつの間にか出世して、お前さんの首が飛ぶくらいになっているかもしれねぇからよ」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるバルバトスに、ぐっと口籠ってしまうチャーチル。
「まぁ俺には、お前さんの首なんざどうでもいいがな」
「よ、よくありません! 私の生活はどうなるのです!?」
「そんなこたぁ、知らんがな」
バルバトスは、つまらなさそうに肩を竦めた。というか……俺たちは何でこんな漫才みたいなものを見せられているのやら……。
「あ、そうそう、チャーチル。ついでに緊急クエストの内容を変更してくれや」
へ? バ、バルバトスさん? 何を言っているんだ?
これにはチャーチルも顎が外れるのではと心配する程、大きく口を開けて絶句する。
「今から崩落した通路の復旧作業しても、夜までには間に合わねぇ。正直、体力の無駄だ。そんなことするくらいなら、このリビアを中心として、守りを固めた方がいい。バリケードでも、堀を作るのでもいい。とにかく、夜までには防衛拠点を作るべきなんだよ」
あぁ、バルバトスは俺たちと同じ結論に至っていたのか。だからこそ、同じ結論に至った俺たちに興味を持って、接触してきた。
「お前さんも知っているだろ? 大昔にこのリビアが壊滅した話を。未だ原因は判っていないらしいが、昔会った偉い人が言ってたんだよ。あれは魔物の襲撃だってな」
え? バルバトスにはちゃんとした根拠がある?
「そ、そんなことは……組合では一度も耳にしたことはありません! 組合の公式見解としては『原因は不明。以後、満月の日は立ち入りを禁止する』といった文言でした! ちゃんと書類で確認したのです! 私は!」
「おめぇ、勇者様を信じないってのか?」
「ふぇ? ゆ、ゆ、勇者ぁ~!?」
バルバトスが言っていた偉い人って……勇者なのか!?
「まぁいい。とにかく緊急クエストの内容を変えろ。判ったな?」
「し、しかし……本部からの指示が……」
それでもチャーチルは職員としての矜持からバルバトスに反論しようとするが。
常に笑みを絶やさなかったバルバトスの表情が一変。真剣なものへと変わり……。
「責任は俺が取る」
たった一言。その短い一言の中に言い知れぬ強い意志が込められていた。
あまりの迫力に、チャーチルはゴクリと生唾を飲み込み……。
「わ、判りました……」
と、頷いた。
「んじゃあ、頼んだぞ」
張り詰めていたプレッシャーが霧散し、いつものように笑みを浮かべるバルバトス。バンッと、チャーチルの背中を叩き、早々に送り出す。
ヨロヨロと歩いていくチャーチルに、満足そうにバルバトスが頷くと、俺たちの方に向き直り言った。
「聞いていた通りだ。つーことで、お前さんらは俺と一緒に来てもらうからな」
ニカッとまるで少年の様な笑みをバルバトスは浮かべる
「一緒にって……どこにですか?」
恐る恐る陽が訊いた。
「どこってそうりゃあ、嬢ちゃん、決まってるだろ。これから魔物の大軍とドンパチするんだ。最前線に決まってるさ」
いやいや……俺たちルーキーなんですけど……。というか俺に至っては冒険者でもないし……。
「まぁ細かい事はいいんだよ。さぁ、行くぞ」
ガハハと笑いながら歩き出すバルバトス。俺たちは互いに顔を見合わせると、ハァとため息を吐き出し、バルバトスの後を追い掛けるのであった。




