第五四話 ロックオン
バルバトスに先導され、俺たちが辿り着いたのは、リビアを出て、数キロの場所であった。
そこには既に多くの冒険者が集まっており、その誰もがゴールド以上と、まさに主力部隊である。
近付くバルバトスに気付き、その集団から魔術師風の冒険者が近寄って来る。
「バルバトス! 一体どこをほっつき歩いていたの!」
プンプンと怒りを露にする魔術師風の冒険者。大きめのローブで良く判らなかったけれど、声音からして女性だ。
「おぉ、おぉ、そんなにぷんすか怒るなって、シャロン。あんまし、怒ってばっかだと、小皺が――」
「うるさい!」
――バコン! と、勢いよく頭を叩かれるバルバトス。
ミスリルクラスのバルバトスを容赦なく叩くなんて……この魔術師風の冒険者――シャロンって人……ヤバイ人なんじゃ……。綺麗な人だけれど……これは地雷だ、多分。
「痛ってぇ~。まじ、いいのもらったわぁ~。シャロン、お前やっぱ魔術師止めて格闘家になった方がいいんじゃねぇか?」
頭を抑えながらもバルバトスはそんなことを言う。……また叩かれちゃうよ?
「あんたみたいな筋肉バカにはなりたくないわよ! というか、私の質問にまだ答えてもらってないんだけど?」
腕組みしながら、冷たい視線をバルバトスに送るシャロン。相当苛立っているようで、トントンと指を動かしている。
「あぁ、ちょっと面白い奴、拾ってきた」
バルバドスはクイッと親指で背後の俺たちを指し示す。
「あんたねぇ……拾って来たって、そこいらにいる野良猫じゃないんだし……って、この子ら、まだルーキーじゃない!」
俺たちに目を向けて驚くシャロン。
「あぁ、まだひよっこもひよっこだ。だけど、中々面白い奴らだぜ。こんな非常事態にも冷静に何をするべきなのか、よく判っているしな」
「へぇ~あんたがそこまで言うんだぁ~」
じろじろと興味津々で俺たちを見て来るシャロン。なんか動物園の動物になった気分だ。せつななんて、怖がって俺の背中にピッタリとくっついているし。
「まぁいいわ。私はシャロン。見ての通り魔術師よ」
バンと胸を張ってシャロンは名乗った。しかし、悲しいかな。いくら胸を張っても、ちっともふくらみが感じられない。
「よ、宜しくお願いします。わたしはソフィって言います」
真面目なソフィが先に名乗り、それぞれ自己紹介タイムとなった。
すると唐突にバルバドスが俺とユニウスに耳打ちをしてくる。
「嬢ちゃんたちは問題ねぇけどよ。お前ら二人は気を付けろよ」
「な、何をです?」
「シャロンはな、婚期を逃して焦っているんだ。だからあんまし、シャロンに近付くと、お前ら喰われちま――」
――バコン! とまたしてもいい音が響いたのは言うまでもない。
兎にも角にも俺たちはバルバトスと行動を共にすることになった。
正直、周りがゴールドクラスばかりで居心地が悪い。
「――てなわけで、夜に備えてしっかり休養を取ってくれ。今、お前らが想像している以上の激戦が予想される」
バルバトスが集まった冒険者に事のあらましを説明している。お茶らけているが、やはりリーダーシップが凄まじい。どの冒険者もバルバトスの話に耳を傾けていた。
「彼はこの迷宮都市インクウェルに二人しかいないミスリスクラスですからね」
ユニウスが小さな声で話してくる。
「二人しかいないのか。そりゃあさぞかし有名なんだろうな」
「ええ、彼の名を知らない冒険者なんて居ない程に、ね」
俺とユニウスが内緒話をしていると、誰かにグイッと肩を組まれた。驚いてみれば、それはシャロンだった。
「その情報は正しくないわね。今現在、この迷宮都市にはバルバトスしかミスリル冒険者はいなくってよ」
パチンとウインクするシャロン。あぁしまった……バルバトスに忠告を受けていたのに、完全にロックオンされてしまった……。
「それってどういう事なんですか、シャロンさん」
陽が少しブスッとしながら訊ねた。
「言葉の通りよ。もう一人のミスリルクラスの冒険者は、現在行方不明になっているの」
ミスリル冒険者が行方不明……?
「あぁ、これ秘密にしててね。組合も公表したくないみたいだし」
「どうしてですか?」
「さぁ? 組合の考えている事なんて、私には良く判らないわ」
シャロンは肩を竦めると、やっと俺たちを解放した。
見れば、既にバルバトスの説明は終わっており、部隊の編制作業に移っている。
編成された者同士、ガッチリと握手を交わし、この危機的状況に立ち向かおうと意気を高め合っていた。
「あたしたちはどうすればいいのかな?」
陽が俺に訊いてくるが……そんなもの俺に判る筈もない。成り行きでここまで来てしまったが、出来れば俺たちは俺たちで固まっておきたい。
ミスリルクラスがどれ程の力量を秘めているか判らないしな。最悪の場合は……誰を犠牲にしたとしても、ソフィ、陽、せつな、この三人だけは何としても守り抜く。
俺が決意を秘めていると、抗議する様にモモがプルプルと震える。
悪い、悪い。モモ、お前もしっかりと守ってやるからな。
《では、私がマスターをお守りしましょう》
はは、期待してるぜ、ラファ。
編成作業を部下に任せたバルバトスが俺たちの方にやって来る。
「お前さんらは、正直どれくらい動ける奴なのか判んねぇからな。全員一塊にしておいてやったぜ」
おし。パーティーが分断されずに済んだのはいい知らせだ。
「でも、バルバトス。この子らだけだと心配じゃない?」
「まぁな。だからシャロン。お前が付いてやってくれ」
「えぇ~私がぁ~?」
お守りは嫌だと、シャロンは不満を露にする。そんなシャロンに、バルバトスが何やら耳打ちすると……。
「そっかぁ~、それもアリだよね!」
シャロンの機嫌は忽ち良くなり、俺たち――いや、俺とユニウスを見詰めて、ペロリと唇を舐めた。
こ、怖ぇ……まるで捕食者の目じゃんか……。
戦々恐々している俺に対し、ユニウスはニコニコと変わらず微笑んでいる。
こいつ……肝が据わってやがる!
何はともあれ、俺達にはゴールドクラスの魔術師、シャロンがつくことに。強力な戦力が味方になったと思う事にしよう、そうしよう。
「ねぇ、りゅうちゃん」
くいくいと袖を引っ張られ、見ると陽が不安げな顔をしていた。
「信用していいのかなぁ?」
そっと耳打ちをしてくる陽。その横には、同じく不安げなせつなが。
「信用も何も、今はこの流れに乗るしかないよ」
「そうなんだけどさ……」
「どうしたんだよ。何が不安なんだ?」
俺がそう訊くと、陽は一瞬口をもごもごさせてから言った。
「あの人……勇者と知り合いなんでしょ?」
あの人……バルバトスか。確かに組合職員を諭す際に、そう言っていたな、あ、そうか。俺はてっきり、勇者と聞いて、昔魔王を倒した勇者の事かと思っていたけど……。
陽とせつなにとって、勇者とは同級生の事。それに酷い仕打ちを受けたことを思い出したのだろう。彼女らにとって勇者はいい思い出の無い言葉だ。
さて、何て答えようかと俺が頭を悩ませえていると……。
「バルバトス、あんた、この子らに信用されていないみたいだよ?」
と、シャロンがそんなことを言い出した。あぁ、盗み聞きされてしまっていたのか。
「い、いえ! そんなことは!」
必死に弁解する陽だったが、当の本人、バルバトスは特に気にした素振りも見せず、ガハハと笑っていた。
「まぁしゃあねぇわな。何せ、また嬢ちゃんたちと出会ってから数時間ってところだしな。信頼しろって言っても、信頼できるもんじゃねぇし」
「たった数時間でも、そいつが信頼できるかどうかなんてわかるものよ。あんたがだらしないから信頼されないんじゃなくて?」
「ハハ、そらぁ違いねぇ」
冷たい視線を送るシャロンに、バルバトスは豪快に笑う。そんな様子の二人の先輩冒険者に、陽はあわわと慌てている。
「あぁそうそう。言ってなかったが、さっきチャーチルに言った事は全部嘘だからな」
え? 嘘なの?
「偉い人に聞いたってのは、本当だけどよ。俺が勇者様と会った事なんてねぇよ。あの場では、勇者の名を出すことに意味があった」
そう説明するバルバトス。確かに勇者に会ったなんて一言も言っていない。ただ『勇者様が信じられないのか』と言っただけだ。
「まぁ嬢ちゃんが、勇者様にどんな思いを抱いているのか、俺には判れねぇけどよ。今は胸に秘めた思いは、深く仕舞っておいてくれねぇか? 正念場だからよ」
「は、はい……」
真剣な表情で言うバルバトスに、陽は戸惑いながら頷いた。
それを見たバルバトスは、ニカッと笑みを浮かべると、シャロンの肩をポンと叩く。
「つー事で、シャロン。後はお前に任せるわ」
そう言って去っていくバルバトス。シャロンは「はいはい、任されましたよ」とぞんざいに答えていた。
「という事で、何か含むこともがあるのかもしれないけれどさ、今は胸に仕舞っておいてね。力を合わせないといけないし」
「わ、判りました。ご迷惑をお掛けしてすいません」
素直に謝る陽。多分、バルバトス、シャロンは陽の不安を感じ取って、そうフォローしてくれたのだろう。
ということで、俺たちはまず何が得意て何が不得手なのか、それぞれの能力のすり合わせに移る。
「あたしは見た通り、大剣での接近戦しか出来ません」
と、陽。背負った大剣の柄を握り締める。
「わたしは、双剣がメインウエポンです。ヒナタさんと同じく接近戦が主体です」
続き、ソフィが言った。すると、ユニウスがあっと声を上げ、手を挙げた。
「僕とマルクも、ヒナタさん、ソフィさんと同じですね。僕は王道の剣術しか学んでませんが、マルクは暗器類も嗜んでおります」
ほう、ユニウスの戦闘スタイルを聞くのは初めてだ。まぁ腰に提げられた直剣を見ていたから、そうだとは薄々感じていたが。それにしてもマルクは暗器も使うのか。なんか、その衣装と相俟って、まるで忍者だな。
「六人中四人が接近戦主体なのね。後の二人は?」
そう訊いてくるシャロンに、まずはせつなが答える。
「わ、私は……光魔法が使えます……」
人見知りの激しいせつなは、なんとか小さな声ながらもそう説明した。
「へぇ~光魔法かぁ~珍しい属性を使えるのね。という事は、支援主体なのかしら」
光魔法と聞いてシャロンが感心するかのように頷く。
「あ、はい……支援魔法も使えます……」
「支援魔法も?」
「えっと……一応……〈ライトアロー〉とかも……後、〈ディバインライト〉も……」
「え!? 〈ディバインライト〉も!? それって上級でしょ!?」
せつなの答えに驚くシャロン。前のめりに迫るシャロンに、せつなは驚いて身を仰け反らせる。
「い……一応……」
「はぁ~……バルバトスの事だから、見込みのあるルーキーだとは思っていたけれど、まさか上級魔法まで使えるとはね。それも光属性の」
呆れたとばかりに首を振るシャロン。話を聞く限り、バルバトスは相当信頼されているみたいだ。
「まぁいいわ。〈ディバインライト〉は切り札になりそうだし、なるべく温存する方向で行きましょう。それと……これは先輩からのアドバイスなんだけれど、あまり誰彼構わず、教えない方がいいわよ、それ」
「あ、はい……わ、判りました……」
「うん、いい返事。光魔法を使えるだけでも珍しいからね。その上、上級が使えると知られれば、色んな所からスカウトが来ちゃうわよ。貴方の性格だと、中々断ることも出来なさそうだしね」
へぇ~、そんなに光魔法って特殊なのか。これからは俺たちも注意しなくてはいけないな。
それにしてもシャロンは、もしかするといい人なのかもしれない。俺たちルーキーにもフランクに接してくれるし、アドバイスも惜しげもなくしてくれるしな。ただ……俺を見る彼女の目だけが怖いけど……。
「じゃあ、最後は坊やね」
ほら、俺を見る目が完全に捕食者の目になってら……。ペロリと唇を舐める仕草は色っぽいんだけど……怖ぇ……。
「えっと、俺は……」
俺がしっかり答えようとした時、ラファが話し掛けて来た。
《マスター、全てをありのままに話す必要はございません。この行き遅れの年増が言っているの様に、切り札は隠すべきです》
行き遅れの年増って……。
まぁ確かにラファの言う通りだ。全てを包み隠さず話す必要はない。それに俺は中鬼族。今はまだシャロンやバルバトスにはバレてはいないみたいだけれど、隠さなくてはいけないことが多い。
「火魔法が多少使えるくらいですね」
俺がそう答えると、ソフィ、陽、せつなが一斉に俺の方を見た。いや、キミたち……折角俺が隠そうとしているのにさ……そんなあからさまな行動なんてしているとバレるだろうが……。
「ふ~ん、火魔法だけね」
含みを持たせた言い方。ほら、シャロンにバレているじゃんか。
はぁ~仕方がない。炎魔法以外は教えないといけない雰囲気だな。
そう思って俺が答えようとしたのだが、先にシャロンが口を開いた。
「まぁいいわ。とにかく、貴方も後衛なのね」
あれ? 別に全部話さなくていいの?
戸惑う俺の様子を判りながらも、シャロンは気付いていないフリをしながら話を続ける。
「前衛が四人、後衛が三人っていったところかしら。あ、私も後衛よ。魔術師だしね。因みに風魔法が得意」
チラッと俺の方を見るシャロン。ふむ、最低風魔法だけは使えるみたいだな。
そう秘密裏に俺に伝えたのかと思ったのだが、どうやら違ったようだ。
「風と火、相性がいいみたいね、私・た・ち」
ぺろりと唇を濡らすシャロン。見れば、陽たちがあからさまに不機嫌になっている。
アハハ……ハァ~……なんか疲れるわ、このチーム……。
「それぞれの能力が判明したことだし、とにかく、時間までは連携なんかを確かめておきましょう。詰められるところは詰めておきたいしね」
そう言って立ち上がったシャロン。俺たちもつられて立ち上がる。
運命の夜まで、あと数時間。残された貴重な時間を無駄には出来ない。
俺たちは不安な気持ちを押し殺し、必死に夜に向けて連携を確かめていくのであった。




