第五一話 泉のほとりで
暫くすると、注文した料理が届いた。
ステーキにサラダ、スープとバランスのいい構成。まずはメインのステーキから頂くとしよう。
イノブタのステーキ。七階層から出現する魔物だ。ウリ坊のような見た目で、魔物だけれど、それほど忌避感がない。
分厚いステーキは俺の顔くらいある大きさ。こんがりと焼き目が付き、うまそうな匂いが漂ってくる。
ナイフで切ると、じゅわっと肉汁が。溢れ出しそうになる唾液を必死に抑え、パクリと一口。
程よい噛み応え。噛めば噛む程、溢れ出す肉汁。
「……美味い」
気付けば、そう言っていた。
「りゅうちゃん、美味しい?」
陽がそう訊いてくる。俺はもう一口頬張りながら、うんと頷いた。
「すんげぇ、美味いよ。皆も食べてみたら?」
ステーキを頬張る俺を見詰めていた三人に、俺は勧めた。多分、魔物が食材だと聞いて、多少の忌避感があったのだろう。まだ料理に手を付けていなかった。
それでも次々とステーキを口に運ぶ俺を見て、三人は互いに顔を見合わせると、同時にステーキを一口食べた。
「うわっ、なにこれ!?」
美味しさに驚く陽。せつなもソフィも、目を丸くしていた。
「ふふ、口に合ってよかったです」
口許に手を添えて微笑むのは、料理を給仕した店員のお姉さんだ。
「初めてこの村に来る方は、やっぱり魔物だと聞いて、少なからず嫌悪感を示されるんですよ。でも、一口食べれば、その美味しさに皆さん驚かれて」
楽しそうに店員のお姉さんはそう言う。
「あ、勿論、魔物の食材が口に合わない方もいらっしゃるので、地上から運んだ食材もありますよ。でも、お客さんたちは、口合ったようで良かったです」
あぁ、なるほど。中には魔物だと聞いて、それだけで食べたくないと感じる人もいるのか。この店員のお姉さんは、俺たちが口に合うかどうか心配で見守ってくれていたのか。
「ありがとうございます。すごく美味しいです」
「それはよかったです。では、ごゆっくり」
笑顔で答えたソフィを見て、嬉しそうに微笑んだ後、店員のお姉さんは頭を下げ、去っていく。
「わたしたちが見慣れない顔だったから、心配して来てくれたんですね」
「いい人だねっ。というか、ホントに美味しいよっ、このステーキ」
「うん……すごく美味しい……あ、先輩……サラダもどうぞ」
せつなに勧められ、サラダも一口頬張る。
パルメリーチのサラダ。シャキシャキとしたレタスのような葉っぱと、ぜんまいのような山菜のサラダだ。
どれがパルメリーチなのかは判らないが、シャキシャキして瑞々しい。ぜんまいのような物は、程よい苦みはありつつも、キュキュッとした歯触りが楽しく、アクセントになっている。
「これも美味いな」
「おいしい? あたしも一口貰おうっと……もぐもぐ……うんっ、これも美味しいねっ」
「このソースも美味しいですよ」
「どれぇ~? あ、この横に付いている奴かぁ~。あたしも試してみよっと」
ソフィに勧められたソースも試してみる。程よい酸味の利いたソースも大変美味しく、サラダの味を引き立ててくれるようだ。
美味しい料理の数々に、俺たちは大満足。この料理だけでも、このリビアに来て正解だったと感じさせる。
楽しく会話しながら食事を摂っていく俺たち。すると、そんな俺たちに声を掛けて来る人物が。
「あれ? 皆さんも来ていたんですか?」
声の方に振り向くと、そこには金髪の青年と黒づくめの人が。金髪爽やかイケメンのユニウスとマルクである。
「あ、ユニウスさんとマルクさん。こんにちは」
「ええ、こんにちは。良かったらご一緒しても? 僕たちも今から食事をと思って」
「もちろん、いいですよっ。座って下さい」
ユニウスとマルクに、陽が空いていた席を勧める。ふぅ~と息を吐き出しながら、着席するユニウスたち。
「この前はありがとうございました。助けて頂いて」
ソフィがこの前の礼を述べると、ユニウスは「はて? 何の事だったかな?」といった風な表情を浮かべた。
「ユニウスさ――ん、先日五階層で、あの男に遭遇した際の事を仰られているのだと」
思い出せないユニウスに、マルクが耳打ちする。その声はまるで少年の様に高く清らかな声だった。というか、マルクの声を初めて聴いた気がする。
「あぁ、あの時のことか。いえ、大した事はしていませんよ」
思い出したユニウスが人の良さそうな笑顔を浮かべながら答えた。
「でも、あの後大丈夫だったんですか?」
心配そうに話す陽に、ユニウスは大丈夫と言って笑う。
「何も問題ありませんでしたよ。彼が失神して、僕たちが宿に運んだことがありましたから」
ユニウスが笑いながらそう言うけれど……失神したんじゃなくて、ユニウスが失神させたんだろ……。
これには陽も苦笑いを浮かべるしかない。
ユニウスが注文していた料理をこちらに運んでもらい、一緒に食事を取ることに。もっぱら、ユニウスと会話をしているのは、陽だ。人見知りの激しいせつなは、黙々とサラダを食べている。
「あっ、マルクさん。凄く綺麗なお顔していますね」
陽の声に、顔を上げて見やると、マルクがスカーフを取って食事をしていた。
陽の言うように、きりりとした整った目鼻立ちをしており、美しい容貌だ。といか……。
「女性だったんだ……」
「りゅうちゃんっ!」
思わずそう漏らしてしまった俺に、陽とマルクがギロッと睨みつけて来る。
「わ、悪い。てっきり、ユニウスと一緒にいるから男だと勝手に誤解してて……」
小さくなって謝る俺に、ユニウスが堪らず吹き出した。
「あはは。まぁマルクもそう睨んでやるな。第一、キミがスカーフで顔を隠していたから、リュウヤさんが勘違いしてしまったんだ」
「……申し訳ありません」
ユニウスに窘められてマルクが頭を下げる。というか、二人は一体どういった関係なのだろうか……。主従関係のようにも見えるけれど。
「いや、マルクさんが謝る必要なんて無いですよ。ほら、りゅうちゃん。ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
陽に急かされて、俺もマルクに頭を下げる。
俺が素直に従って謝ったのが面白かったのか、ユニウスは爆笑。それにつられて、皆も笑みを浮かべ、楽しい食事の再開となった。
「――で、すごく大変だったんですよっ。ユニウスさんたちは大丈夫でした?」
「そうだったんですか。僕たちも中々、苦戦しましたけれど、何とか倒せました」
「マルクさん、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「……いえ、大丈夫です」
美味しい食事も終わり、食後の一服。注文した紅茶を楽しむ。
陽が楽しそうにユニウスと話し、ソフィが静かなマルクを気遣う。俺とせつなはそんな彼らを黙って見守るだけ。
腹も落ち着き、紅茶を飲み干したところで、俺たちは店を後にすることに。
店を出ると、眩く輝いていたクリスタルもその光量が落ち、まるで綺麗な夕空に。
「うわぁ~、ホント凄いねっ。迷宮の中とは思えないよっ」
陽が上を見上げながら感嘆する。
「僕たちも昨日ここに到着したんですけれど、すごく驚きましたよ。夕空みたいで綺麗ですよね」
夕空が綺麗って……やっぱり爽やかイケメンだからこそ言えるってもんだな。
「皆さんはこの後、どうされる予定ですか?」
ユニウスがこちらに振り返って、そう訊いてきた。
「特に予定は決まってないんだけど……まぁ今日は疲れもあるし、リビアで一泊するつもり。まだ宿も探せていないから、探そうかと思っているけれど」
俺がそう答えながら皆を見ると、三人とも特に意見は無いようで、うんと頷いていた。
だが、ユニウスはあぁと言いながら、苦笑を浮かべていた。
「宿ですか……僕としては、あまりお勧め出来ません」
「ん? どうして?」
「いや、このリビアにも確かに宿はあることはあるんですけれど、とにかく値が張るんですよ」
「あぁ、なるほど。確かに忘れてしまいそうになるけれど、一応、ここも迷宮の中だもんな。やっぱり値が張るのは仕方がないし。それで、どれくらいなの? 銀貨二〇まいくらい?」
銀貨二〇枚もあれば、相当いい宿に泊まることが出来る。今、俺たちが定宿にしているチェリーパイなんて、ほぼ無料に近いしな。
俺がちょっと高めに聞いてみると、ユニウスが笑いながら首を横に振った。
「残念ながらそれでは泊まれません。金貨一枚からみたいですよ」
「え? 金貨一枚!?」
思わず驚いて陽が叫ぶ。通行人が何事かと振り返ってこちらに注目した。
陽は頬を赤く染めながら、「何でもありません」と、頭を下げている。
しかし……金貨一枚もするのか……。ユニウスの口ぶりから、最低金貨一枚と言うだけで、ちゃんとした宿に泊まろうと思ったら、もっとするのだろうな……。
「どうしますか? リュウヤさん。流石に金貨一枚は……」
「うん……金貨一枚は……出せないよ……」
ソフィとせつなが眉を顰めて、暗い表情を浮かべている。
「まぁ頑張れば出せないことも無いけれど……」
俺にはアドルフの遺産がある。それを使えば、金貨一枚くらい余裕で出すことは出来るのだけれど……。
「それはダメですっ!」
ソフィが血相を変えて、俺を怒った。まぁ確かにアドルフの遺産に頼るのは良くないのかもしれない。それに今後何か必要になる時に残しておいた方が無難だ。さて、どうするか……。
「ちょっとよろしいですか? 皆さん」
顔を突き合わせて悩む俺たちに、ユニウスが声を掛けて来た。
「提案なんですけど……」
◇
俺たちは迷宮村リビアを離れて、とある場所にやって来ていた。
そこは大草原にある大きな泉だ。クリスタルの光を受けて、煌めく泉。覗き込めば底が見える程、透明で綺麗な水質である。
「ここで僕たちは昨日、野営したんですけど、皆さんも一緒にいかがですか?」
綺麗な泉を覗き込む俺たちの背後から、ユニウスがそう訊いてきた。
ユニウスの提案とは、一緒に野営をしないかと言うものだった。
どうしてもリビア内の宿は高額で、泊まるのに躊躇いがある。なら野営すればいいじゃないかと言う話になり、オススメの場所があるというユニウスに付いて、この場所にやって来たのだ。
まぁ今からワープゲートを使って、地上に戻ればいいだけの話なのだが、今日はリビアに泊まると予定していた俺たちは、このユニウスの提案に乗ったのだった。
「うん、いいねっ、この場所。空気も美味しいし、綺麗な泉もあって、水浴びも出来そうだしねっ。それにこの階層には魔物が出て来ないのが、何よりもいいっ」
辺りを見回しながら陽がそう言った。確かに野営するにはもってこいの場所である。
「気に入って貰えて何よりです」
「はいっ、すごっく気に入りましたっ。ありがとうございます、ユニウスさん」
嬉しそうに微笑むユニウスに、ペコリと頭を下げる陽。釣られて、ソフィとせつなも頭を下げる。
「よ、止して下さい。僕たち同じ冒険者じゃないですか。助け合うのは当然ですよ!」
頭を下げられ、慌てるユニウス。そんな様子がおかしかったのか、女性陣から楽し気な笑い声が漏れ出す。一応言っておくが、マルクは笑っていない。
とにかく、俺たちは泉のほとりで野営の準備を始めることに。
テントは二つ。女性陣と男性陣でテントを分けるという話が出たが、せつなが激しく拒絶した為、パーティー毎に分かれる事に。
まぁ俺もユニウスと二人っきりは嫌だしな。それに俺には隠さないといけない秘密が多い。あ、そうか。せつなが激しく拒絶したのは、モモの為だったのか。せつならしくないと思っていたけれど、モモの為に拒絶したんだな。優しいせつならしい。
野営準備が整うと、夕空から次第に夜の帳が降りて来る。
クリスタルから零れ落ちる光が弱くなり、まるで星空の様に、クリスタルの先端だけが輝き始めた。
「うわぁ~、すっごく綺麗。想像以上だっ」
「うん……綺麗……」
上を向いて感動する陽とせつな。すると、ユニウスが。
「上も綺麗ですが、下も綺麗ですよ」
そう言われて、下を見ると。
「ホントだぁ~。泉に光が反射して、すっごく綺麗っ」
水面に映るクリスタルの淡い光。まるで星の海だ。
「昨日、たまたまだったんですけど、ここで野営してて、この光景がすごく綺麗で。皆さんに喜んでもらえてよかったです」
そういうユニウスは感激する女性陣を見て、本当に嬉しそうな笑みを浮かべていた。というあか、イケメンはすることが違うな。
《マスターもあの青年を見習わなくてはいけませんね。でないと、おモテになりませんよ。あ、マスターは魔物ですから、そもそもおモテになるのは無理な話でしたね》
……ラファよ……君は何故、俺の心の傷を的確に傷付けるんだ?
一通り、綺麗な風景を眺め終わった女性陣は、汚れた体を洗い流す為に、水浴びに行く。
「りゅうちゃん、覗いたら、メッ、だからねっ?」
「では、少し失礼しますね」
「行ってきます……」
「……」
陽、ソフィ、せつな、そしてマルクが水浴びに向かった。陽に釘を差されたからではないが、俺は火の番をしながら、留守番をすることに。
当然、もう一人の男であるユニウスも居残り組だ。
「リュウヤさんって、男性だったんですね。仮面とフードを付けているので、判りませんでした。これからはリュウヤくんとお呼びしないといけませんね」
焚火を挟んでユニウスが座った。
「どっちでもいいよ。というか呼び捨てしてくれていいんだし」
まぁ俺は気安くユニウスと呼び捨てしているんだしな。
「それは……まぁ気にしないで下さい。そう親に教育されて来ましたから」
「へぇ~。誰に対しても丁寧な言葉遣いをするのも、親の教育だったの?」
「はい。厳しい親でしたから」
焚火に枯れ枝を放り込むユニウス。どことなくそれ以上は聞かないで欲しいというような雰囲気が漂う。まぁプライベートな事にずけずけと突っ込んで行くような性格じゃないしな、俺は。
《何を言っているんですか。狼っ娘のプライベートにずけずけと土足で踏み荒らしたのは、一体誰でしたでしょうか》
いや……それは……ね? まぁタイミングというものだよ、ラファくん。
「……聞かないんですね」
唐突にユニウスが言った。
「へ? あぁ。何となく聞いてほしくないって顔してたから」
「はは。そんな顔してましたか、僕。でも、有り難いです。リュウヤくんは、人の心の機微に敏感ですね」
「いやいや、それはユニウスも同じだろ? ずけずけと何も聞いて来ないじゃないか、俺がなんでこんな格好をしているのかとか」
そう、ユニウスも俺について何も聞いて来ない。まぁ俺に興味がないだけかもしれないけれど。多少は気を使われている気がする。
「聞かれたくないって、そんな表情をしてましたから」
「いやいや、俺、仮面しているし、表情なんて判らないだろ」
俺がそう突っ込むと、ユニウスは楽しそうに笑った。
「ふふ、いいものですね。同性の友人というのは。何の気負いも無く接することができますし」
まぁ確かにユニウスの言う事は判る。今現在、俺の周りには女性しかいないし、こうやって何も考えることなく、接せられる相手は楽だ。というか、いつの間にか友人になっているよ、俺。
「あれ? 友人は嫌でしたか?」
少し不安げな表情のユニウス。こいつ、マジでおれの表情を読んでいやがるのか?
「別に嫌って、訳じゃ――」
「良かった。なら、リュウヤくんは僕の友人ですね」
ユニウスは食い気味、そう言ってくる。ホッとした表情を見ていると、それ以上否定するのも憚れる。多分、ユニウスには同性の友人がいないのだろうしな。
「では、初めて同性の友人が出来た事ですし、行きましょうか」
そう言って、立ち上がったユニウス。え? どこにいくの?
「何しているんですか、リュウヤくん。行きますよ」
「ちょ、ちょっと待って。一体どこに行くんだよ?」
「そんなの決まっているじゃないですか! 同性の友人と一緒にすることなんて、一つしかありません。そう太古の昔から決まっています」
鼻息荒く力説するユニウスだが……俺には全くわからないんだけれど……。
ユニウスが待てないとばかりに、俺の腕を取って強引に立たせる。
「ちょっと待てって。マジで判らないんだけどっ!」
「本当に判らないんですか? なら説明しましょう」
真剣な顔つきになって俺に向き直るユニウス。
「今、僕たちは留守番をしています。それは何故ですか?」
「そんなの、皆が水浴びに――」
そこまで言ってハッとする俺。まさか、ユニウスが言っているのって……。
息を飲んだ俺にユニウスがニヤッと白い歯を見せた。
「お判りになられましたか? そうです、覗きに行くんですよ」
おいおい、マジかよ……。ユニウス……君って奴は……。




