第四六話 リベンジマッチ
翌日、俺たちは早起きをして、早朝から迷宮に入っていた。
今回の目標は一〇階層到達。五階層に到達したばかりというのに、一気に一〇階層を目標にしたのには理由がある。
一つ目の理由としては、あと数日で迷宮の構造変化が起こるからだ。迷宮は毎月、満月の夜に変遷を迎える。そうすれば、今まで攻略してきた情報は全て無駄になり、全ての冒険者が皆一からのスタートとなる。
まぁ変遷を迎えても構造が変わらない層もあるそうだが、ほとんどの階層は構造から魔物の種類まで変化してしまうそうだ。なので、この数日以内に出来る限り進んでみたいということになった。一種のチャレンジだな。自分たちはどこまで通用するのかという。
二つ目の理由として、満月の夜までに到達したい層があるからだ。先に説明した迷宮の変遷を迎えても構造が変わらない層があると言っていたが、これは勿論皆ご存じの通り、観光地化されている一階層。そしてもう一つ、一一階層が変遷を迎えても変わらない層として有名だ。
いや、有名度合いとしては、もう一つの呼び名の方が有名かもしれない。
迷宮村――リビア。
危険な迷宮内にあるという変わった村だ。いや、話を聞く限りでは、村というよりは寄り合いの商業区のような感じ。腕に自信のある商人が、冒険者相手に商売しているそうだ。中には、冒険者を雇い、護衛してもらいながらリビアに向かう商人もいるそうだけれど。
リビアがある一一階層は、階層全域がセーフティーゾーンだそうで、迷宮のユートピアとも言われている。尚且つ、このリビアに到着することが出来る冒険者は、一人前の冒険者と認められるらしく、リビアに行ったことがないと話に出すだけで、他の冒険者に笑われてしまうそうだ。
インクウェルに到着したばかりの俺が、何で知っているのかと言っておくと、全てスフェーンから聞いた話だ。スフェーンは長い間インクウェルに滞在している為、色々と物知りで、俺たちに教えてくれるのだ。まぁ偉そうでもったいぶった言い方が癪に障るけれど。
という事で、俺たちはリビアに行ってみたいという一心で、今回一〇階層の攻略を目標としている。現状、六階層まで到達出来ているしね。
ああ、そうそう。言い忘れていたが、いくら一一階層がセーフティーゾーンと言えども、満月の夜になる昼には、全員迷宮を脱出しなくてはならないそうだ。変遷中に迷宮内に留まることは、この国では重犯罪行為として重い処罰が下されるそうだし。けどまぁ、一一階層にもワープゲートがあるみたいなので、皆ギリギリまで滞在しているそうだけれど。
「迷宮で一泊するって、何だかワクワクするよねぇ~。ちゃんと冒険しているみたいでさっ」
先頭を行く陽が楽しそうに言った。
「でも、寝ずの番とかもしないといけないですし、結構大変だと思いますよ」
そうソフィが苦言を呈すが、陽はくるりと振り返って、にこりと微笑む。
「それが楽しいんじゃんかっ! 何だか修学旅行みたいでさっ」
「シュウガク……旅行?」
ソフィは陽の回答に首を傾げている。まぁソフィが修学旅行を知っているはずは無いよな。
俺たちは現在四階層に到達していた。早朝からの迷宮アタックで、次階層へ至る階段の位置も把握しているのだから、それ程時間は掛かっていない。この調子でいけば、八ないし九階層辺りで一晩明かす予定になりそうだ。
「〈ライトアロー〉!」
陽とソフィが話している横で、せつなが光魔法〈ライトアロー〉を放った。
光の矢は暗闇を切り裂き、天井に吊り下がっていたヴァンプバットを穿つ。
ぼとりと落ちるヴァンプバット。しっかりと急所を射抜かれ、ピクリとも動かない。
「ごめ~ん、せっちゃんっ」
「すみません。セツナさん」
謝る陽とソフィ。会話に夢中になってしまって、警戒が薄くなっていたことによる謝罪だ。まぁ確かにこの階層はサクッとクリア出来ていたから、少し慢心が出てきてしまったのだろう。
「いえ……お役に立てて……良かったです……」
せつなが顔を赤くしながらも嬉しそうにそう答えた。
『もしかすると、せつなは迷宮で攻撃系魔法を使用できないかもしれない』というスフェーンの心配事はどうやら杞憂だったようだ。まぁ確かに、初めて魔物を殺めた時、せつなの表情に苦いものが走ったのは見受けられたが、上手く彼女の中で消化出来たみたい。
辛いものがあるだろうが、この先も冒険者として生きていくのならば、避けては通れない道だしな。
改めて気を引き締めた俺ら一行は、五階層へ。早朝からの迷宮アタックで、今回はボスべの前に並んでいる冒険者は居なかった。
「ふっふっふ~、さぁ行きますよっ! ソフィさん、せつなさん!」
不敵な笑みでそう宣言する陽だが、当の二人はキョトンとした顔だ。陽……彼女らにそのネタは通用しないよ……。
通じていなくても陽には気にした素振りもなく、意気揚々とボス部屋へ。慌てて、ソフィ、せつなも後を追い掛ける。
今回も俺は見学である。一度戦ったんだし、俺も戦いたいと言ってみたのだが、即却下されてしまった。何でも、前回は不甲斐なかったから、リベンジがしたいらしい。
戦闘狂って訳じゃないけれど、俺がこの迷宮で目一杯戦える日は来るのだろうか……。
前回同様、魔素が高まり、渦を巻く。収束する魔素が煌めき、ボスの姿を形成していく。
「今度は圧勝するよっ! いいねっ、フィーちゃん、せっちゃんっ!」
「はいっ!」
「が、頑張りますっ!」
気合を入れ直す三人。すると、同時に現れる五階層のボス――カルツォーフ。
「SYEHHhhhEEeee!」
まるでハエトリソウのような真っ赤な巨大な胴体に、蠢く無数の蔦。甲高い叫声を上げ、三人の前に立ちはだかる。
「セツナさんっ!」
「はいっ! 〈アクセラレーション〉!」
打てば響くと言った軽快さで、せつなが補助魔法を行使。光の粒がソフィと陽を包み込む。
今やお馴染みの戦法となった〈アクセラレーション〉。対象者の速度を上げる光魔法だ。足を使って敵を翻弄するソフィとは相性の良い魔法。
「作戦通りいくよっ!」
陽が叫びながら、カルツォーフに突撃していく。
反射的にカルツォーフが蔦を鞭のように繰り出すが……。
「お任せをっ!」
鋭い加速。ソフィが陽を追い越し、蔦を迎え撃つ。
「はぁぁぁぁぁあ!」
気合を迸らせ、襲い掛かる無数の蔦を双剣で的確に切り飛ばしていくソフィ。
カルツォーフの胴体は非常に硬く、ソフィの膂力では「獣狼化」を使用しなければ、痛痒を与えられなかった。しかし、下半身の蔦にはそこまでの硬度は無いらしく、次々と肉片に変えていく。
ソフィが切り開いた道を陽が後ろから追う。
なるほど。ソフィが手数の多い蔦による攻撃を迎え撃ち、陽をカルツォーフの所まで先導する作戦か。確かに陽が新たに得た「剛力」を使えば、カルツォーフに致命傷を与えられる。だけれど、そう簡単に上手くいくかな?
ある程度、ソフィたちが接近したところで、カルツォーフの攻撃パターンが変わった。
近付く脅威を排除しようと躍起になっていたカルツォーフが、ソフィを手ごわいと感じたのか、蔦を迂回させ、背後の陽に狙いを定めた。
ソフィが迂回する蔦に反応してしまうと、未だ激しく続く前方から攻撃に対処できなくなってしまう。さて、どうするのかな?
「ヒナタさんっ! 迂回して蔦が来ますっ!」
「うん、判ってるっ!」
そう即答した陽だけれど……全く警戒していない? まるで迂回してくる蔦は無視し、カルツォーフだけを鋭く見詰めていた。
迂回した蔦が凄まじい勢いで、陽に襲い掛かる!
よもや直撃する瞬間――飛翔する光の矢が正確に蔦を貫いた!
「ナイスっ、せっちゃん! 任せたよっ!」
「は、はいっ!」
なるほど。陽が無警戒だったのは、全てせつなに任せていたからなのか。せつなが〈ライトアロー〉で援護することが判っているから、陽は迂回する蔦に注意を向けなかったのか。
中々いいコンビネーションだ。それぞれがお互いを信用して、一つの生涯を乗り越えようとしている。
「フィーちゃんっ、肩借りるよっ!」
「はい、どうぞっ!」
カルツォーフにある程度近付いた所で、陽がソフィに叫ぶ。
無数の攻撃を迎撃し疾走するソフィの後に続く陽が、勢いよく地を蹴った。
飛び上がった陽は、そのままソフィの肩を踏み台にして、更に大きく飛翔。ソフィも蠢く蔦も飛び越え、カルツォーフの胴体に迫る。
「やぁぁぁああああ!」
裂帛の気合を迸って、陽は大上段から圧倒的な膂力を誇る斬撃を放つ。
ブホォンッ! 凄まじい剣音が鳴り響き、そして……。
大上段から放たれた斬撃は、容易にカルツォーフの胴体を真っ二つに切り裂いた。
「SYEHHhhhEEeee!」
甲高い悲鳴はカルツォーフから。それがカルツォーフの断末魔となった。
ドシンと地を揺らし、左右に崩折れるカルツォーフ。地鳴りが止み、一瞬の静寂の後、誰かがはぁ~と息を吐く音が聞こえて来た。
「大・勝・利っ! ブイっ!」
陽がブイサインをしながら、ニッコリと笑う。せつなとソフィは顔を見合わせ、互いに嬉しそうに微笑んだ。
パチパチと拍手を送る俺。
「うん、良かったよ。いいコンビネーションだったし、完勝だね」
「でしょっ! 文句なしの大勝利だっ!」
わ~いと喜びの舞を披露する陽。もう一七歳なんだから少しは落ち着いてもらいたいところだけど、今だけはいいだろう。本当に嬉しそうだしな。
「セツナさんもフォローありがとうございます。凄く的確でびっくりしちゃいました」
「そうな……フィーちゃんの方がすごいよ……正面からバンバン切り飛ばしちゃうんだもの……」
「ねぇ、ねぇ、あたしは? あたしはどうだった?」
「勿論、ヒナタさんも物凄い一撃でした。あの硬い胴を簡単に切り飛ばしてしまわれたので」
「うん……すごかった……」
「ふふふ~、でしょ、でしょ!」
何だか楽しそうな三人は少し放置して、俺は剥ぎ取りに向かう。うむ……これは……。
「なぁ、陽」
「ん? 何? りゅうちゃん? りゅうちゃんも褒めてくれるの?」
犬なら尻尾を振っているだろうなと思う様な顔で、ちょこちょこと俺の方に近寄って来た陽。俺はそんな陽に……。
「これ、魔石まで真っ二つなんだけれど」
と、無表情で告げた。手には綺麗に真っ二つになった魔石が。
陽はピタッと動きを止め、笑顔が固まる。ゆっくりと俺の手元の魔石を見やり。そして、ちらりと振り返ってソフィとせつなを見るが……二人はサッと眼を逸らす。
もう一度、俺の方を見て、陽は……。
「あははは~、うん、そういうときもあるよねっ」
と、誤魔化すように強張った笑顔を向けた。
「…………」
冷たいジト目で見詰めていると、陽はバッと髪を振り乱し、勢いよく頭を下げた。
「ごめんっ、りゅうちゃんっ!」
はぁ~……まぁ仕方がないか。魔石のことまでは頭になかっただろうし……。
だけれど、試合に勝って勝負に負けたってこのことかな? 今そんな気分だ……。
魔石の事は非常に残念だけれど、まぁ仕方がない。今回の目的は一〇階層の攻略だ。
無事だった球根のみ採取して――今回、モモはカルツォーフに見向きしなかった――、俺たちは六階層へと下る。
前回、一度目にしている為、そこまでの感動は無いが、それでもすごい光景だと思う。
天井はまるで空の様に青く、そして高い。見渡せばそこは森。まるで外かと錯覚するような光景だ。迷宮って、つくづく凄い場所だなと実感する。
「この六階層だけれど、今まで見たいに地図があるわけじゃない。だから自分たちでマップリングしながら進もうと思うんだ」
「え? でもさ、りゅうちゃん。ファーちゃんなら自動マップリングしてくれるんじゃないの?」
陽が期待した目でラファを見詰めている。うん、確かにラファに掛れば、マップリングなんて大した労力じゃないんだけれど……。
「いや、自分たちでマップリングしたい! いや、する! 絶対に!」
俺が力強く宣言するのには訳がある。それは……。
「だって、マップリングこそ冒険の醍醐味じゃないか! 俺だって冒険したいんだよッ!」
そうだ、俺だってワクワク感を味わいたいんだ。あたしたちの経験にならないからと言って、戦闘には参加させてもらえない。今までは地図があったので、それ通りに進むだけ。そして、俺の仕事とは雑用みたいな剥ぎ取りだけ。こんなのでどうやって楽しめばいいってんだ!
強く宣言する俺に、シラ~と冷たい三つの視線が突き刺さるが気にしない。それ以上の熱量を以って見つめ返す。
「えっと……そこまで言うのなら、いいんじゃないかな? でも、あたしは手伝わないよ?」
いや、陽は逆に手伝わないで欲しい。こいつ、物凄い方向音痴だし、マップリングとか絶対できないだろうから。まぁそんなことは口が裂けても言えないけれど。
ということで、この六階層から俺の仕事が増えた。仕事と言っちゃったら何だかやる気が起きないけれど、正直楽しみだ。出来上がった地図を見るのが今から楽しみでしょうがない。
「リュウヤさんって、変わった趣味を持っているんですね……」
「私も……初めて知ったよ……」
何かヒソヒソと聞こえて来るが、俺は気にしないぞ。




