第四五話 弟子入りするせつな
「ひ、ひどい目にあった……」
「こ、怖かった……です……」
宙に投げ出された俺とせつなは、その後、スフェーンの風魔法によって、無事に地上へと下ろされた。怪我は無いけれど、正直、めちゃくちゃ怖かった。せつなも腰を抜かしてしまっている。
そして、その当人はというと……。
「あぁ……妾の城が……」
吹き飛び、無くなってしまった屋根を見上げながら、悲痛な声を零している。
頭を抱えているスフェーンを見ると、何だか後ろめたい気分に襲われる。実際に魔法を放ったのはスフェーンで、力加減を間違えたのもスフェーン自身だ。だけれど、俺が提案したということが、少しばかり後ろめたさを感じさせる。さて、どうしようか……。
「あの、スフェーン……その……なんかゴメン」
俺が謝ると、スフェーンはかなり憔悴し切った顔で振り向いた。
「いや、貴様が悪いのではあらんよ。確かに貴様が提案しなければこのような事態にはならなかったが、それはあくまでも結果論じゃ。貴様の提案に乗り、実際に魔法を放ったのは妾なのじゃ。貴様に非はあらんよ」
弱々しく笑うスフェーン。見た目は幼子だから、その表情が余計に心に来る。
「それに……まぁ確かに埃は全部吹き飛んで綺麗になったしのう。まぁ屋根も無くなってしもうたが……。まぁ何、いずれは建て替えなくてはと考えていたんじゃ。この機会に、新しくしようかと思っとる」
確かにスフェーンの魔導具屋は廃屋同然だったけれど。建て替えるなんて相当なお金が掛かるんじゃ……。お世辞にもスフェーンの店は流行っているようには見えなかったし、大丈夫か?
「何、心配せんで良い。これでも蓄えはあるぞ? この地で商売を始めて数百年になるのじゃ」
数百年!? あぁ、そうか。スフェーンは風精族であり、魔族だった。寿命もそれなりに長いのだろうな。
「なら、良かったけど……」
「うむ、何も問題はあるまい」
薄い胸を張り、言い切るスフェーン。だが、次の瞬間には少し不安げな顔になって、俺に訊ねて来た。
「……金貨五枚で足りるかのう?」
……足りる訳ねぇだろ!
◇
約束では魔導具を貰う予定だったが、少しでも改装資金にしてもらうべく、いくつか魔導具を購入することになった。
俺が今回の元凶なんだから、資金を提供すると言ったのだが、「流石にそれは悪い」と断られてしまったのだ。
という訳でいくつか魔導具を見せてもらう。
「この魔石式ランプは人気じゃぞ? 魔石の魔素を変換して灯りをともすのじゃ。迷宮にも持ち運び可能な軽量型じゃし。こっちの魔導具は――」
魔導具の説明をするスフェーンは何だか楽しそうであった。多分、魔導具が好きなんだろう。店を構えるくらいだしな。好きな物を他人に説明している時の嬉しそうな表情は、見た目通りに、素直に可愛らしいと思う。
「スフェーンのオススメの魔導具、その二つとも買うよ」
「おぉ、まことか! いやぁ~嬉しいのう」
まるで童女のような晴れやかな笑みを浮かべるスフェーン。
「それでいくら?」
「うむ、この二つで金貨五枚じゃ」
金貨五枚……この二つで、スフェーンの蓄えと同額かよ……。
俺は魔法鞄から金貨を取り出し、スフェーンに差し出す。すると、スフェーンは金貨一枚だけを手にした。
「スフェーン?」
「友情価格じゃ。金貨一枚にまけてやろう」
う~ん……スフェーンが貧乏な理由が判った気がする。
「あ、あの……ちょっと……いいですか……?」
ずっと黙っていたせつなが控えめにスフェーンに声を掛ける。
「魔導具で……攻撃できる物って……ないですか……?」
せつな?
「すまん。妾の店ではそういった殺傷性のある魔導具は取り扱わんことに決めておるのじゃよ。魔導具とは、全ての生物に幸福を与えるものだと、妾は考えておるからのう」
それが魔導具を扱うスフェーンの矜持らしい。というか、大人しいせつなが、そんな物騒な物を欲しがるなんて思いもしなかった。
「えっと……今日……私……ボス戦で何も役に立たなかったから……皆の役に立てる様に……私も攻撃出来ればと……思って……」
せつなは現在攻撃手段を何も持ち合わせていない。基本的にバッファー的ポジションだ。それでも、せつなのバフは有効だし、彼女が言うように役立たずでは絶対にない。
「いや、せつな。せつなの役割は重要だよ。何も役に立っていないなんてあるはずがないって」
「でも……」
俺の言葉を聞いても、せつなの顔色は優れない。本人としては、皆と並んで立ち向かいという気持ちが強いのかもしれない。
すると、見守っていたスフェーンが口を挟んだ。
「ふむ。ならば、攻撃用魔導具は与えられんが、この妾が特別に魔術を教示してやろう」
「ほ、ほんとですか……?」
せつなが驚いて思わず聞き返した。いや、正直俺も驚いた。何でこんなに協力的なんだ?
その答えはスフェーン本人から語られる。
「その黒い髪、その黒い瞳……お主はこの世界の者ではないのだろう? 異世界から召喚された……俗に言う勇者という者であるのだろう?」
「い、いや……私は……」
「何、隠さんでもよい。勇者とは黒髪黒眼と決まっておるからな。それに最近、風の噂で耳にした。かの国が大規模召喚に成功したとな」
勇者召喚の噂はこのインクウェルまで届いているのか。いや、スフェーンの事だし、本当に風を使って知り得たのかもしれない。
せつなは少し俯くと、ぽつりと呟くかのように言った。
「違うんです……私は……勇者じゃないんです……」
嫌な記憶が頭を過ったのか、せつなの声は暗い。
俺はそれきり黙ってしまったせつなに代わって、スフェーンに事のあらましを説明した。ついでに俺の事も話しておく。
「ふむ……なるほどのう……」
全てを聞き終えたスフェーンは険しい表情で何やら考え込んでいた。
「しかし……あの聖国がこのような惨い仕打ちをしたとは思いもせんであった。あの国は魔族に対して敵対的ではあることは昔からじゃが……このような仕打ちをするような国ではなかったぞ? いや、確か数十年前に教皇が代替わりしたのじゃったな。方針が変わったということか……少し調べてみる必要があるな……」
スフェーンは考え込みながら、ブツブツと独り言を言う。
「うむ、まぁよい。話を戻そう。お主が勇者ではないと申すのならば、余計に妾に魔術を習うべきじゃ。強力な恩恵を有していないことも然り、聖国を追われた理由も物騒じゃしな。身を守る術は心得ておらんといけん」
スフェーンの瞳は真剣だった。これ程までにせつなの事を考えてくれているスフェーンは想像以上に良い奴なのかもしれない。
「それにのう。お主には期待しておるのじゃよ」
「期待……ですか……?」
想像だにしていなかった言葉に、俯いていたせつなが面を上げる。
「うむ。お主の中に視えるのじゃ。失われたはずの「光の意志」がな」
え? せつなに「光の意志」が?
「いや、勘違いするでないぞ? その片鱗が辛うじて視えるというだけで、それがまことに「光の意志」かは、妾にも定かではあらんのじゃ。それに先も言ったであろう。「光の意志」は既に失われ、断絶しておるのじゃと」
「ちょっと待って。「○○の意志」って四大属性だけじゃないの?」
「現存しているものは、な。太古には七つの意志があったと言われておる。四大属性である、風、火、水、土……これが現在も絶えることなく継承されているものじゃな。それに加え、光と闇、そして、残る一つは……」
「残る一つは……?」
「妾にも判っておらん」
ズコッ……。もったいぶった言い方だったからてっきり知っているものだと思ってたんだけれど、知らないのかよ!
「仕方が無かろう。どの古文書にも記載されておらんのじゃから。ただ七つの意志があるとだけしか、判っておらんのじゃ。妾の風精族に伝わる口伝にさえ、残り一つの意志については伝えられておらんのじゃし」
失われた最後の意志……。すごく気になるが、スフェーンが知らないのなら、手掛かりは皆無だ。いつか、知る時が来るのかもしれない。俺に「火の意志」が受け継がれている限り……。
「まぁ判らんことをいつまでも話し合っておっても、無意味じゃ。これからの話をしようかのう。小娘、戦える力が欲しいのじゃろ? その気持ちに嘘偽りは無いのじゃろう?」
「は、はい……私も……皆と一緒に……戦いたいです……」
か細い声ながらも、せつなの声には力強さがあった。その言葉に、スフェーンはニヤリと笑う。
「ならば、妾が教えてやる。勇者とか、「光の意志」とは関係なく、な」
こうして、せつなはスフェーンに弟子入りすることになった。
今までずっと魔法に関しては俺がせつなに教えていたから、ちょっぴり寂しい気分だけれど。
◇
スフェーンの魔導具屋を訊ねてから二日が経った。この二日、俺たちは迷宮に入っていない。
では、一体何をしていたのかというと、まぁ簡単に言えば特訓だ。
せつながスフェーンに弟子入りしたことは、その日にソフィと陽には伝えた。すると、彼女らもボス戦で苦戦した事が切っ掛けで、自らを鍛えなおすという事になったのだ。装備を一新した陽も、装備を馴染ませる時間が欲しいといっちょ前な事を言っていたし。
あ、因みに、陽に装備代として渡した金貨だが……うん、きっちり使い切りやがって、銅貨一枚も戻って来なかったよ……。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
過激なる魔法特訓に、せつなが荒い呼吸を繰り返す。
ここは、インクウェルからすこし離れた森林地帯だ。魔物も生息しておらず、安全に訓練を行える地として、スフェーンに教えてもらった。
「魔力の収束がまだまだ甘いのう。ギュッと押し込むように密度を高め、バーンと放つのじゃ」
「は、はい……」
せつなは素直に返事をしているけれど……正直、スフェーンは教え方が下手くそだ。感覚的な教え方をするので、俺にもよく判らない。アドルフが如何に判りやすく、俺に魔法を教えていたのかがよく判るというものだ。
「やぁぁぁあああ!」
鋭い声に振り向くと、あちらではソフィと陽が乱取り稽古をしていた。
風が吹き出す程に力強く振るわれる大剣。それを身を捩って躱すソフィ。剛と柔の戦いだ。
あ、そうそう。陽を見て思い出した。陽はカルツォーフの戦いを通して、新たなスキルを取得したんだっけ。
《スキル「剛力」です、マスター。保有者の筋力を増加させるスキルです》
そうそう、ありがとう、ラファ。
陽が得たスキルは「剛力」。「身体強化」の筋力特化版といった感じかな。大雑把な攻撃をする陽には相性のいいスキルらしく、重い大剣を振るい、相手を吹き飛ばすこともできるようになっている。まぁ相手を吹き飛ばす時には大振りになってしまうので、絶対にそんなことはするなと陽に厳命している。
せつな、陽と、順調に成長している中、ソフィだけは足踏みしている感じだ。それは彼女自身も感じているようで、「獣狼化」の第二段階解放時間を伸ばそうと日々鍛錬しているけれど、眼だった成果は得られていないようだった。
さて、皆が必死に汗を流している間、俺は何をしているのかというと……。
「よし! モモ、次はこいつを食ってみろ」
俺はモモに餌付けをしていた。いや別に遊んでいるわけでは無いよ? これも立派な実験の一つなんだ。
モモはカルツォーフの死骸を吸収することによって、力を増した。ならば、他に色々と急襲すれば、もっともっと強くなるのではないかと思ったのだ。
ただ、存在値を増やす為には、それ相応の魔物を与えないといけない。今は特訓期間として、迷宮には潜っていないので、新しい魔物は得られていないけど、他にもいろいろ試してみようと思ってモモに与えているのだ。
食べ物から始まって、鉱物類、武器類、衣服類、その辺のゴミ等々……。
今のところ、目立った成果は無い。いや、一応あったのかな?
モモに色々と与えてみた結果、存在値の増加は今のところなし。だけれど、モモの種族名がなんと、雑食粘液族となってしまった。……ちょっとやり過ぎたかもしれない。
なので、現在モモの種族名を変えようと、様々なチャレンジ中だ。だって雑食だよ? なんか……唯一の眷属が雑食粘液族って……カッコ悪いだろ?
「ふぅ~疲れたぁ~」
「あ、リュウヤさん、まだやっていたんですか?」
乱取り稽古を終えた陽とソフィが俺のところに戻って来た。未だにモモに色々と与えている姿を見て、ソフィが苦笑を浮かべている。
「もう諦めたら? 名前が変わった条件も判っていないんでしょ?」
陽も呆れ気味だが……俺は絶対に諦めない! 諦めたらそこで試合終了だ!
「ハァ~……まぁいいけどさ。話は変わるけど、やっぱり使いどころが難しいね、「剛力」って」
「そうですね。パッシブスキルではないみたいですし、ペース配分をしっかりと考えないと、体力消耗に繋がりますし……わたしの「獣狼化」と一緒ですね」
「フィーちゃんの「獣狼化」と一緒じゃないよっ。そこまで強力なスキルって訳でもないしさ。あ~あたしも、フィーちゃんみたいな奥の手が欲しいよぉ~」
流れる汗を拭いながら、陽が嘆く。
「わたしは、奥の手よりもヒナタさんのようなスキルが欲しいですけどね。「獣狼化」は奥の手過ぎて使いどころが難しいですし」
「むむぅ~そっかぁ~。中々上手く行かないね」
「そうですね」
二人がそんな話をしていると、せつなの首根っこを掴んで引き摺るスフェーンがやって来た。
「リュウヤ、セツナが魔力切れじゃ。魔素薬水をくれんか?」
まるで糸の切れた操り人形のようにぐったりしているせつな。どんだけ激しい訓練をしたんだよ……。
「いや、もうそろそろ帰る時間だし、明日から迷宮に入る予定だから。その辺で勘弁してやってくれよ」
「ふむ、そうか。ならば仕方があるまいな」
「で、どうなんだ? せつなは」
俺はスフェーンに問い掛ける。せつなは静かな寝息を立てて眠っており、その顔は少し苦しげだ。魔力切れになるまで魔法を使ったんだから仕方が無いけれど……まぁしばらく休ませておけば、その内目を覚ますだろう。
陽がせつなを膝枕し、ゆっくりと髪を撫でてやっている。
「完璧とは言い難いが、まぁ上出来だろうさ。魔力の収束が少し弱いが、〈ライトアロー〉も使えるようになったし、あとは実戦でコツを掴めばよい」
〈ライトアロー〉とはその名の通り、光の矢だ。俺の火矢と同位置にある初級光魔法の一つ。というか、初級の中では唯一の攻撃手段がこの〈ライトアロー〉である。
アドルフに色々と教示してもらった俺だが、その多くは俺が使用できる属性ばかり。光属性が使えない俺に教えても無意味だろうと、アドルフからは習っていない。
というか、魔法とは言わば想像力の具現化だ。勿論、基本となるオーソドックスな魔法もあるのだが、閃きと発想によって無限の可能性が広がるのだ。俺の〈蒼炎纏尽〉とかがいい例。
「妾としては、セツナにバースト系統まで取得して貰いたかったのじゃがな。やはりこやつ自身にも戸惑いがあるのじゃろう。そこまでには至らんかった」
「戸惑い?」
「うむ。こやつは戦う力が欲しいと願っていたが……セツナは心優しい女子じゃろ? やはり誰かを傷付けてしまう事に、戸惑いがあるのじゃ。まぁ判らんでもないし、それがこの娘の長所でもあるしな」
確かにせつなは控えめで、心優しい女の子だ。モモの世話も率先してみてくれるし。
「じゃから、ちょっと心配でもある」
「心配?」
「セツナは〈ライトアロー〉という初級ながらも相手を傷付けることが出来る手段を得た。果たして、迷宮で使えるかどうか……。よしんば、使えたとしても、この娘が良心の呵責に苛まれんかが、な」
心配げに語るスフェーンは、眠るセツナを見やった。その眼差しはどこまでも優しい。
「大丈夫だよ、スーちゃん」
せつなの頭を撫でていた陽がスフェーンに言う。
「せっちゃんは、強い子だよ。だから、大丈夫」
自信満々に言い切る陽に、スフェーンの顔が綻ぶ。
「ああ、そうじゃな。こやつは芯の強い子じゃ」
陽の言う通りだ。せつなは心優しいが、それ以上に心の強い子だ。
きっと、せつななら大丈夫。新たな力を得たせつなの活躍が今から楽しみだ。




