第四四話 もう一人の継承者
「そうじゃ。貴様と同じ、魔族なのじゃよ、風精族は」
スフェーンの告白に、俺は眼を剝いて驚く。
風精族という種族は、てっきり亜人族だと勝手に認識していた。だって、街中に店を構えているんだぞ。まさか魔族だとは想像していなかった。
「さて、ここからは話が長くなる。貴様の話も聞きとう思うしのう、座って話さんか。茶くらい出してやるぞ?」
スフェーンはそう言って、俺たちの返答も聞かずに奥へ入って行ってしまった。
俺はせつなと顔を見合わせる。せつなの顔には『先輩にお任せします』と書かれているようだった。
まだスフェーンに訊きたいことが俺にはある。第一に、何故俺が魔物だと気づいたのかだ。この疑問を解かない限り、このインクウェルで落ち着いて過ごすことが出来ない。
俺は刹那に頷きかけ、スフェーンの後を追う事にした。
店の奥は生活スペースになっており、こじんまりとした印象だ。何から何まで小さく、スフェーン仕様といった感じ。
茶を淹れたスフェーンが椅子をすすめ、俺たちは座る。せつなが小さい椅子に窮屈そうに座っているのを見ると、まるで小学生の椅子に座っているような感じだ。可愛らしい。
「客人が来るなど、初めての事じゃからのう。あまり良い葉ではないのは、申し訳ないのう」
「あ、ありがとうございます……頂きます……」
出された茶を一口含む。スフェーンは大したことは無いと謝っていたが、とんでもない。充分に香り豊かで、美味しいものであった。
「おいしい……」
思わずせつながぽつりと感想を零す。その顔もどことなく緩み、はふと息を吐いていた。
「ふふ、気に入って貰えて何よりじゃ」
スフェーンは穏やかな微笑みを浮かべ、和やかな雰囲気に包まれた。
スフェーンも茶を一口飲むと、表情を改め、話を戻す。
「さて、色々と話す前に、貴様が抱いている疑問を、まずは先に解いておこうかのう」
「ああ、そうだな。そうじゃないと、安心できないし」
答えてくれると言うのなら、堪えてもらおう。何故、俺の正体に気付いたのか。
「まぁ色々とあるのじゃが、そうじゃな……一番は、貴様のそのフードに隠れている魔物に気付いたからというのが初めじゃのう」
俺のフード……? あ、そうか! すっかり慣れ切って忘れていた!
スフェーンの言葉に反応して、俺のフードにずっと隠れていたモモが、のそりと出てきて、テーブルの上に鎮座する。よくよく見てみれば、俺たちに出されたカップは一つ多く、モモ用だと今更にして判った。
「ほう、粘液族だったか。む? それにして風変わりな色合いじゃのう。希少種か?」
スフェーンはテーブルに乗ったモモを興味深く見詰める。
「ああ、希少種らしい。そんなに珍しいの?」
「うむ。妾が初めて見たのじゃ。中々に珍しいであろう。数多くの粘液族を見て来たが、粘液族の希少種は初めてお目に掛るでな。少し触ってもよいか?」
スフェーンが顔を上げて俺に許可を取る。モモを見てみると、ぷるんと震えたので、多分触ってもいいという事だろう。スフェーンに頷き掛けた。
恐る恐るといった感じで、スフェーンがモモを両手で触る。
「おお~! 柔らかいのう! 何とも言えぬ感触じゃ! 心地よい!」
両手をワキワキさせてモモを揉むスフェーン。何と言うか……触り方が卑猥だ……。
「モモを触ったままでいいから答えて欲しいんだけど、スフェーンが気付いたのは、モモが俺のフードに隠れていたのを気付いたからなのか?」
いつまでもモモを触り続けていそうだったので、俺は話を強引に進めた。
「まぁそうと言えばそうじゃ。貴様から二つの魔力の色が視えたからのう。これは少しおかしいと思ってな。注意深く貴様を調べてみたのじゃ」
恍惚な法上を浮かべながらモモを触り続けるスフェーンがそう説明した。まるで片手間に俺の疑問に答えているかのようで、少し癪に障る。というか、完全にエロ親父だし……。
俺の感情の変化を感じ取ったのか、それともスフェーンの卑猥な手つきに嫌気がさしたのか、モモはスフェーンの手の中から脱出。そして、俺の肩へと避難してきた。
逃げ出したモモに手を伸ばしながら、スフェーンは、あぁ……と落胆の声を上げるけれど、俺は無視して、今の説明で気になった個所を問い質した。
「二つの魔力の色って言ってたけれど……魔力に色なんて付いているのか? そんな話、俺は初耳なんだけど」
一応、せつなにも目線で確認を取るが、せつなも知らなかったようで、首を横に振っていた。
「魔力にも色がついておるぞ。個人個人僅かに違った色合いでな。貴様の魔力は赤色。そっちの小娘は黄色っぽい色合いじゃ」
せつなを小娘呼ばわりかよ。お前の方が見た目は小娘だろ。
「とは言ってもじゃ。魔力の色まで見通せる者など、そうはおらん。妖精族に連なる最古の種族だけじゃろうな。それに魔力の色が視えるからと言って、特別な何かがある訳ではない。他種族と魔力の捉え方が違うと言うだけじゃ」
「いや、でも、その魔力の色が視えたから、俺の正体に気付いたんだろ?」
「そういう事ではあらんよ。人族であろうが、亜人族であろうが、そして魔族であろうが、魔力の色は個人特有の物であり、その種族だからこの色と言う風には、一概には言えん。まぁ少し似通った色合いになる場合もあるがな」
という事は、スフェーンのように魔力の色の違いが視える者が居たとしても、直ぐに俺の正体に辿り着くという訳ではないという事だ。
それに、魔力の色を視認できる種族も妖精族に連なる最古の種族だけという話だし。警戒はしないといけないけれど、そこまで肩ひじを張る必要はないのかもしれない。
「じゃあ何でスフェーンは判ったんだ? 魔力の色だけでは判断できないんだろ?」
俺がそう問い掛けると、スフェーンは待ってましたというかのようにニヤリと微笑んだ。
「そうはのう……貴様から妾と同じ意志を感じ取ったからじゃよ」
同じ意志……? 何の話だ?
「妾は「風の意志」を継ぐ者じゃ。そして、貴様は――」
ああ、そこまで言われたら俺にも理解出来た。俺は……。
「「火の意志」を継ぐ者……」
俺がスフェーンに続いてそう答えると、彼女はうんと大きく頷いた。
「そう。貴様は四大属性の内の一つ、「火の意志」の継承者じゃ。それで妾も理解させられたのじゃよ。こいつは継承者であり、同族なのだとな」
「いや、ちょっと待って。この「火の意志」はアドルフっていう人族から受け継いだんだ。同じ継承者だとしても、俺が魔族だとは判らないだろ?」
そうだ。この「火の意志」はアドルフから受け継いだ物。「火の意志」の継承者だとしても魔族だと断定することなんて出来ないはずだ。
「アドルフ……あぁ、あの小僧か。よく覚えておるぞ。あの生意気な小僧のことはな。火精族の奴が、何を血迷ったのか、人族の小僧に「火の意志」を継承させたのじゃからな」
スフェーンは遠い記憶を懐かしむかのように語った。そして、少しばかり悲しそうな微笑みを浮かべる。
「まぁ仕方が無かったことだとは妾も判っておる。妾もその場におったしのう。「火の意志」は途切れさすわけにはいかん偉大な物じゃ。あの場では、人族の小僧に継承させるしか道は無かった」
スフェーンの話は要領の得ないものであったが、何となく理解させられた。既にもうこの世には居ないのであろう、その火精族は……。
「つまり、あの小僧が次の継承者として、選んだのが貴様というわけじゃな。既に「火の意志」の継承が済んでいるということは……」
「ああ、アドルフはもう……」
それ以上言葉は続かなかった。俺は思わず俯いてしまう。
この異世界に召喚され、初めて出会った人物がアドルフという老人。いつもふざけ、イライラさせられるムカつく爺さんであったけれど……俺にとってはかけがえのない恩人だ。彼と出会わなければ、俺は早々に野垂れ死んでいたことだろう。
今でも思い出されるアドルフの最期。それは俺にとって後悔の思い出でもある。俺に力さえあれば、アドルフを死なせることは無かった。
だから俺は必死で力を付けたいと願っている。もうあの時のような思いをしたくないから。誰も失いたくないから。
「そうか……。あの小僧の活躍は妾も風の噂で知っておる。あの生意気な小僧がよもや魔王を打ち倒すとは思いもせんであったがな」
少し重くなった空気を変える様にスフェーンは冗談っぽい口調でそう言った。
「「火の意志」の継承者は特例を除き、魔族しか継承出来んのじゃ。その特例とは貴様が知っているように、あの小僧の事じゃな。本当に例外中の例外と思っておいてくれ。他の継承者が立ち会わなければ、人族に継承など出来んからな」
「ああ、だから俺が魔族だと判ったんだな」
「うむ、そうじゃ」
スフェーンが大きく頷いた。
これで何故スフェーンが俺の正体を暴けたのか、理解出来た。同じ継承者だからという特別な理由だ存在していたからだと。ということは、只人が俺の正体に気付くことは中々無いだろうし、ちょっぴり安心する。
「さて、貴様の疑問も解消されたじゃろうし、本題に入ろうかのう」
「本題? いや、本題は終わったはずだけど」
一体他に何があると言うんだ?
「何を言っておる。貴様、妾に何をさせたか忘れたのか?」
いやいや、何もさせてませんよ?
「ハァ~……これだから男は信用ならんのじゃ。そっちの小娘。男には充分気を付けるのじゃよ」
「は、はい……判りました……」
せつな……そんなに真剣な表情で頷かなくても……。
「貴様は妾の真の愛らしい姿を知った。それも変装魔法を解かせてな。じゃから、貴様にも真の姿を妾に見せる義務があるのではないか?」
自分で『愛らしい姿』とか言うなよ。ってか、俺の真の姿って何? 俺、別に変身とかしないし。
「先輩……多分ですけど……スフェーンさんは……仮面を取ってって……言っているのだと思います……」
せつなが小声で言ってきたので、理解出来た。ああ、確かに俺はずっと仮面をつけたままだったな。すっかり付け慣れて、仮面を付けている事を忘れちゃうんだよね。
俺は仮面に手を掛け……ふと思い止まって、スフェーンに一言忠告しておく。
「……驚くなよ?」
「何を言っておる。妾は魔族じゃぞ? どのような姿であっても驚きはせん」
力強い口調とは裏腹に、スフェーンの瞳は興味津々といった具合に輝いていた。
まぁ気持ちは判る。仮面の下って妙に気になるんだよな。
俺は意を決して、仮面を剥ぎ取った。肌に直接触れる空気が何だかこそばゆい。
「ほら、これが俺の姿だよ」
俺がそう言うと、目の前のスフェーンは……。
「ギャハハハハハハハ! ゴ、ゴブリンじゃ! 次の「火の意志」が、ゴ、ゴブリン!? ぶぶぅ~。こ、こりゃあ傑作じゃわい!」
大きく噴き出し、腹を抱えて大笑い。……はぁ……やっぱりこうなるよな……。
それからしばらくスフェーンは腹を抱えて笑い続けるのであった。
◇
「す、すまんのう。貴様の事を笑ったわけでは、け、決してないのじゃ……ぶぶ……よ」
スフェーンは目尻に浮かんだ涙を拭いならそう謝った。だが、その眼は俺の方を向いておらず、視線を外している。すげぇ殴りてぇ……。
「もう用は済んだだろ? 帰っていい?」
疑問も解けたし、この失礼極まりない奴とは早々におさらばしたい。俺はムッとしながら仮面を再び付け、席を立つ。
「済まん、済まん。気を悪くしたのなら謝る。お詫びと言っては何じゃが、何か一つ、好きな魔導具を持って行って構わんぞ」
スフェーンの提案に、早々に立ち上がった俺は、ピクリと立ち止まった。
《マスターって、現金な人ですね》
やかましい! だって、魔導具だぞ? それが貰えるなら貰うだろ、普通。
という事で、俺たちは再び店内へ。埃っぽい店内にくしゃみが出そうになる。
「あのさ……」
「ん? なんじゃ? もうあたりを付けたのか?」
「いや、そうじゃないんだけれど……全く掃除してないだろ? これとかすげぇ埃溜まっているし」
目の前にあった魔導具に指を滑らす。指には大量の埃が付着した。
「そ、掃除か……それは何というかのう……その……妾も忙しくて、な……」
横を向いたスフェーンの眼は泳ぎまくっている。
忙しいはずなんてあるはずがない。こんな店に客なんて滅多に来ないだろうし、ただ単に掃除が面倒臭いだけだろう。
ジトっとした眼で見詰めていると、スフェーンは大量の冷や汗を流す。そして、ついに根負けしたかのように、口を尖らせて言う。
「だってぇ、面倒なんだもん」
いや、『もん』って何だよ、『もん』って。
「あの~……ちょっといいですか……?」
控えめな声はせつなだ。気になる魔導具でも見つけたのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。
「タダで魔導具を貰うのは……何だか申し訳ないですし……お掃除……手伝いましょうか……?」
そうせつなが言った瞬間、一陣の風が吹いた。いや、違うな。凄まじいスピードでせつなに近付いたスフェーンだ。彼女はせつなの手を両手で掴んで、瞳を輝かせて見上げている。
「まことか!? お主、妾に代わって掃除してくれると申すのか!?」
「え、えっと……はい……私で良ければ……」
「いやいや、何を言っておる。お主が良いのじゃ! 妾の代わりに掃除をしてくれる者など、今まで現れなかった! お主は天が遣わした妾の救世主様だったのじゃな」
スフェーンの圧倒的なテンションの高さに、せつなは身を仰け反って、引いている。
「いやいや、せつなは掃除の手伝いをするって言っただけで、スフェーンも掃除するんだぞ?」
せつなだとスフェーンに押し切られてしまいそうなので、俺が一応口を挟む。すると、スフェーンはバッと俺の方を振り返り、まるで鬼の形相を浮かべ、俺を睨み付ける。
「口を挟むな! ゴブリンのくせに!」
こんにゃろう……それは禁句だぞ……。
「せ、先輩……落ち着いて……大丈夫ですから……スフェーンさんも……手伝わなくていいですから……」
不穏な空気を感じ取って、せつなが口を挟んだ。
「うむ、うむ。お主はよく判っておるのう。ホント、救世主様じゃ」
ふふんと鼻歌を歌い出しそうなくらい上機嫌なスフェーンは、せつなをギュっと抱き締めた。
ということで、埃塗れの店内を何故がせつなが掃除することに。せっせとはたきで埃を落としていくせつな。それをただ見ているだけのスフェーン。
はぁ……仕方がない。俺も手伝うか……そうじゃないと今日中に終わらなさそうだし……。
はたきを振るい続けて暫し。ふと俺は思った。スフェーンは「風の意志」の継承者であったはずだ。なら、風魔法の扱い方は心得ているはず。
「なぁ、スフェーン」
「何じゃ? 妾は手伝わんぞ?」
うん、それは判っているよ。客に掃除させても何食わぬ顔で茶を嗜んでいる姿を見ればな。
「いや、一気に掃除を終わらせる方法を思い付いたんだけどさ。多分、この方法が上手くいけば、これからの掃除が簡単にスフェーンでも出来るようになると思うんだ」
「ふむ……簡単に済ますことが出来る方法か。気が乗らんが、申してみよ」
この見た目はただのガキ……すげぇ態度がデカいんだよな、まじで……。
「いやさ、スフェーンって「風の意志」の継承者だろ? ということはさ、風魔法の扱いには慣れているんだろ?」
「慣れているという言葉では不適切じゃな。妾程、風魔法を扱える者は他にはおらんぞ? 貴様らを騙していた魔法も、ただの風魔法じゃしのう。空気の流れを乱し、妾の姿を誤認させたのじゃ。どうじゃ、すごいじゃろ? 妾は」
ほう、なるほど。あれは幻影魔法とかではなく、ただの風魔法だったのか。まだまだ俺には知らない魔術の使い方があるんだな。
「じゃあさ、その得意の風魔法で、この埃を一掃できるんじゃないの? それくらい出来るよね? 「風の意志」の継承者なら」
そんなにドヤ顔で言うんだ。それくらい些事なはず。
「フッ……馬鹿にするでないぞ。そのような事、妾にとっては朝飯前じゃ」
スフェーンは不敵な笑みを浮かべながら、一本のタクトを取り出した。
タクトを振るう姿はまるで楽団の指揮者のよう……なのだけれど……。
「ちょっと、スフェーン!? 魔力、集め過ぎじゃ――」
「〈ストーム〉!」
異常な魔力の高まりを感じて、制止したが、遅かった。スフェーンが軽やかな声で、呪文を紡いだのは、ほぼ同時だった。
――ゴゴォォ! 吹き荒れる突風の渦。
「きゃああ!」
「うわぁああ!」
台風なんて目じゃない風圧に、吹き飛ばされる俺とせつな。いや、俺たちだけではない。埃も、魔導具も、そして天井まで吹き飛ぶ。
宙に投げ出された俺。あぁ、インクウェルの街並みが良く見えるなぁ……。
そして、暴風を放った張本人が小さく地上に見え……。
「ヤバ……張り切り過ぎてしもうた……」
と、呟いたのが何故かハッキリと聞こえたのだった。




