第四三話 魔導具屋
陽の損傷した装備を一新することになったのだが、俺たちは別行動を取ることに。
陽とソフィは近接戦闘主体であり、せつながついて行っても暇を持て余すだろうと、俺とせつなは魔術師専門店に向かう事になった。
ソフィと陽と別れ――陽は金貨を抱き締める様に大事そうに抱えていた――、せつなと共に、まずは魔導具屋に向かった。
魔導具とは、魔石に内包されている魔素をエネルギーとした便利道具の事。魔石ランプとかが一般的かな。
インクウェルには数多くの魔導具屋がひしめている。迷宮から定期的に良質な魔石が取れるからな。魔導具の需要も高いのだろう。
そして、そんな数多くの魔導具屋の中から俺たちが選んだのは……。
「……ここ?」
「はい……チェリーパイのお婆ちゃんが……ここがいいって……教えてもらいました……」
宿屋チェリーパイのお婆ちゃんオススメの魔導具店か……。中々年季が入っているな。
そこは中心街から遠く離れた西街という場所にあった。この西街は所謂スラム街で、華やかな印象の中央街とは打って変わって、寂れた雰囲気がある場所だ。
その西街にある魔導具屋は、随分とボロ――もとい、年季が入っており、正直期待できない感じだ。
ぎぃと軋む扉を開け、中へ。何だか埃っぽいすえた臭いが鼻を突く。
周りを見渡せば、魔導具が所狭しと陳列されており、どれもこれも埃が被っている有様。お店というより、どこかの倉庫と言った方がしっくりくる。
それでも珍しい魔導具の数々に、せつなは興味津々。眼を輝かせて魔導具を眺めている。
「これって……どうやって使うんですかね……」
せつなが見ているのは、まるで海賊が持っていそうな望遠鏡のような代物。筒状で、先端には青魔石が取り付けられている。
「さぁ? 説明書きも無いしな」
その魔導具には、取扱説明書のような付録は付いておらず、魔導具なんて使った事が無い俺に判るはずもない。ついているのは多分値札だろうし……。
「……え!? これ、金貨二枚もすんの!?」
付けられていた値札を見て、俺は驚いた。こんな意味不明な物が金貨二枚……。
何かの見間違いかと思って、隣に並べられていた魔導具の値札も確認してみるが……。
「こっちは金貨三枚だよ……まじか……魔導具ってすげぇ高いんだな……」
「そう……みたいですね……」
まさかこんなに高い物だとは想像していなかったのだろう。高額な魔導具の数々に、せつなも引き気味だ。
俺はふと思い出して、袖を捲った。左手首に輝く銀の腕輪に視線を落とす。
確か、ラファって、知性保有型魔宝具だったはず。これも一応魔導具だとするなら……一体いくらの値がつくのだろうか。
《マスター、私には値は付きません。なので、私を売却して、ひと財産を築こうとしても不可能です》
……あはは、そんなこと俺がする訳ないじゃないですかぁ~。
《…………》
無言の返答が心底怖い……。
すると、突然、奥からしわがれた声が聞こえて来た。
「なんだ、客か。珍しい」
声のする方へ振り向くと、いかにも魔術師といった風貌の小柄な人物が。声音からして相当お年を召している感じがする。
「お邪魔しています……」
律儀に頭を下げるせつな。つられて俺も一緒に頭を下げた。
その魔術師っぽい老人は、興味なさげに俺たちを一瞥。まるで『冷やかしは帰れ』と言わんばかりの冷たい視線に、ウッとせつなが怯む。
「す、すみません……お、お邪魔しました……」
そそくさと退散しようとするせつな。だが、老人が待ったの声を掛けた。
「待て! 貴様、何者だッ!」
鋭い誰何にせつなはビクッと肩を震わす。
「わ、私は……ぼ、冒険者で――」
「貴様ではないわッ! そこの小さいのに聞いておるッ!」
慌てて返答するせつなを遮って、老人は叫び、ビシッと俺を指差す。
「お、俺?」
「そうじゃ! 貴様以外に他におらんじゃろッ!」
いや……あんたも俺と同じくらいの背丈じゃんか……。
「貴様、今、『そういうお前もチビのくせして』って思ったじゃろッ! そうじゃろッ!」
「いや、思ってません」
ゴメン、めちゃくちゃ思ったわ……。
「嘘つけッ! 絶対思ったはずじゃ! そう顔に書いとるッ!」
いやさ……俺、仮面付けているから顔色なんて読めないんだけれど……。
「いや、ホント思ってませんから」
「……まことか? 本当に、本当にほんとぉ~に思っておらんのか?」
「はい、本当に、本当にほんとぉ~に思ってませんよ」
何だこれ……? よく判らないけれど、とにかくそう言っておく。
すると、老人はふむと考え込むような素振りを見せた後、納得したのかうんと頷いた。
「そうか。本当に思っていないのなら、貴様を許してやってもいいぞ?」
なんだか偉そうにそう言ってくる老人。
いきなり癇癪は起こすし、偉そうな態度だし、もうそろそろ相手にするのも嫌になって来た。というか、せつなよ。何でキミは俺の後ろに隠れているの? 助けてくれるつもりはないの?
「話が逸れてしもうた。それで貴様は何者なのじゃ?」
幾ばくか落ち着きを取り戻した老人が再び問い質した。
さて、一体何と答えようか。よく判らないけれど、この老人は俺に反応した。今までこの様な反応を見せた人は居なかったんだけど……。
もしかして俺の正体に気付いた? そうだとしたら一大事だ。今すぐこの街を離れることまで視野に入れないといけなくなる。やっと迷宮に辿り着いたっていうのに……はぁ……。
とにかく、今は誤魔化して答えるしかない。本当の事なんて絶対に言えないからな。
「えっと、俺も冒険――」
「待て。それ以上、言わんでよい」
バッと掌を向けて、老人は俺の言葉を遮った。そして、またもや腕を組み、うんうんと頻りに頷く。
「うん、うん。判っておる、判っておるぞ。貴様も辛かったのじゃろ。多くの人族、亜人族に囲まれて。だから、ここへ来たんじゃろ?」
「いや、俺は――」
「よい、よい。ちゃんと判っておる。うむ、判っておるぞ」
……いや、全然判ってねぇ~から。つか、話を聞けよ!
《目の前の人物から、微量の魔力を検知しました》
突然のラファの報告に、俺の頭の中のスイッチが切り替わる。
サッと魔法鞄から愛用の杖を取り出し、構えを取った。突然の俺の行動に、せつなが驚いたのが気配で感じられる。
「……お前、魔法使っているのか?」
低い声で老人に問い質す俺。いつでも反応できるように、警戒は怠らない。いや、既に魔法を使われている時点で後手に回っているんだ。これ以上の失点は犯せない。
思わぬ緊急事態に、キリキリと胃が痛む。特殊能力「鑑定」を持つラファでさえ、気付くのに遅れた程の手練れだ。僅かな見落としも許されない。
杖を構え、警戒する俺に対し、老人は……。
「ほぉ~! これは、これは、立派な杖じゃ! ふむふむ、素材に竜木を使っておるのか! すごいのぅ!」
何故か俺の杖を見て、老人は眼を輝かせて興奮していた。そして、グイッと近付き、様々な角度から杖を観察し始める。
「ほう……このような加工を……ふむふむ……ここに術式を刻んで……なるほど……」
えっと……何、この状況? さっきまでちょっとした緊迫した場面じゃなかったっけ……? なんか楽しそうにしているんだけれど……。
ワクワク顔で杖を観察している老人を見ていると、毒気を抜かれた様な気がした。
「あの~……」
「ほうほう……ここは……」
「お~い」
「ん? 何じゃ? 今いいところなのじゃ。話は後にしてくれんか」
俺は話が進まなさそうなので、一旦杖を魔法鞄に仕舞い込む。この老人の様子を見ている限り、問題は無さそうだしな。
「もうしまってしまうのか……残念じゃのう……」
いや、そんなに落ち込まなくても……。
「まぁ俺の質問に答えてくれたら、後で見せてやるから」
俺がそう言った瞬間、パッと顔を輝かせる老人。まるで子どものような笑顔だ。邪気が全くない。
「おお、そうか! ならば、何でも聞くがよい。答えられることならば、答えてやるのもやぶさかではないぞ!」
「じゃあ聞く。まず、魔法を使っているだろ?」
「うむ。貴様の言う通り、魔法を使っておる。じゃが、よく気付いたのう。人族、亜人族ごときでは察知できぬ程、薄く使っておるのじゃが……」
そこまで言って老人は、ポンと手を叩いた。
「ああ、そうじゃった! 貴様は魔族じゃったな」
ああ、やっぱりこの老人は俺の正体に気付いている。
「せ、先輩!? だ、大丈夫なんですか!?」
せつなが慌てる様に言った。俺の正体を言い当てた老人を激しく警戒している。
「ふふふ、そう慌てんでもよい。別に憲兵に突き出してやろうなどとは考えてはおらん」
朗らかに老人は言うが、せつなは警戒を解かない。
「ふむ……言葉だけでは信用にあたいせんか……」
「そりゃな。取り敢えず、気分が良くないから、魔法の行使を止めてもらえないか?」
警戒するなと言われて、はいそうですかと警戒を解く奴なんて居ないだろう。まぁ居たとしても、よほどのバカか、はたまた自分の力を過信しているかのどちらか。
そういう俺は馬鹿じゃないと自分では思っている。何せ、目の前の老人からは悪感情が伝わってこないからね。
「う~む……これは生命線なのじゃが……」
渋る老人はチラリと俺を見るが、俺は小さく首を横に振る。すると、老人はハァ~とため息を吐き出した。
「仕方がないのう。まぁよいか。貴様らにならば、姿を見られたとしても問題はあるまい」
老人は自分に言い聞かすかのように言うと、徐に被っていたフードを脱ぐ。
その瞬間、辺りに満ちていた魔力が拡散。老人の魔法が消失し、そして……。
「人前で本来の姿を晒すのは久方ぶりじゃ」
その声はしわがれた声とは打って変わって、生気に満ちた若々しく、可愛らしい声音であった。
「エルフ……?」
呟いたのはせつなか……。
フードを脱いだ老人の姿は、まるで靄が消え失せたかのように無くなり。代わりに、そこには……。
翡翠のような大きなクリッとした瞳。さらりと流れる金髪。そして、特徴的な尖った耳。
まさしく、せつなが呟いたように、俺たちがイメージするエルフの姿だった。しかし……。
「む。あのような半端者と一緒にするでない!」
エルフと言われた元老人の女の子は、プゥ~っと頬を膨らまし、せつなを睨み付ける。が、小さな女の子にしか見えないから、怖いというよりも可愛らしいという印象だ。
「エルフじゃないのなら、お前は一体何者なんだよ」
俺がそう訊くと、せつなを睨みつけていた瞳が、ギロッと俺の方に向く。
「先程から『お前、お前』と言いよって。妾にはスフェーンという立派な名があるのじゃ! 当様、母様に頂いた崇高な名が!」
憤る元老人――スフェーン。
「いや、お前――スフェーンも俺の事、『貴様、貴様』って言ってたじゃんか。お互い様だろ」
「妾は良いのじゃ。貴様と違って崇高な種族じゃからのう」
「いやいや、崇高な種族なら、他種族に敬意を払うものじゃないのか?」
「む、むぅ……そうなのか?」
眉を顰めて唸るスフェーン。
俺に訊かれても……。俺も適当に言い返しただけだし……。
「と、とにかくじゃ! エルフなど半端者と一緒にせんでもらいたい! 妾は崇高なる種族、風精族! 魔術の真髄を極めし、妖精族の最高峰である!」
高らかにスフェーンは宣言するが……。
「風精族って……俺、初めて聞くけど、せつな知っている?」
「いえ……私も今……知りました……」
アドルフの講義にも出てきて来なかった種族名、風精族。どうやらせつなも知らないみたいで、小首を傾げている。
そんな俺たちの薄い反応に、ズコッとズッコケるスフェーン。まるで打ち捨てられた子犬の様な錆びそうな瞳で見上げて来る。
「き、貴様ら……知らんというのか、風精族を」
「うん、その、ゴメン」
潤んだ瞳から大粒の涙が流れ落ちていくが……知らないものは知らないんだ。ホント、ごめんな。
「うぅ~、栄えある風精族を知らぬ者がこの世に存在しているとは……。名が知れ渡っているということしか取り柄が無いのに……妾の価値って、一体何なのじゃろうか……」
そんな落ち込むなよ。というか、崇高なる種族って自分で誇っていたのに、取り柄が、名が知られているだけって……。
「いや、俺が知らないだけで、何かしら取り柄があるのかもしれないぞ。だから、そんなに落ち込む必要はないって」
自分で言ってて思うのだが、これ、慰めているのか判んねぇな。
それでもスフェーンは俺に気を使われていると判ったのか、袖で目尻を拭い、グッと涙を堪える。
「す、すまぬぅ……取り乱してしもうた」
「いや、まぁそれはいいんだけれど」
「うむ。で、貴様は風精族について何も知らぬのじゃな?」
そう訊きながら答えるものがあるのか、スフェーンはグッと下唇を噛む。ホント、小さい子みたいだよ、キミは。
スフェーンの問いに俺が頷きをもって答えると、彼女はゆっくりと息を吐いてから口を開いた。
「風精族とは、その名が示すように風を司る種族。四大属性、風、火、水、土の一角を担う妖精であり、風乙女とも呼ばれておる」
スフェーンが立ち上がり、ローブに着いた埃を払いながら説明する。
「とは言っても、その名が知られていたのは遥か昔。今現在、四大属性である風を司る種族として最も名をはせているのは、先ほど貴様らが言っていた森人族じゃ」
憎々しげに森人族と言うスフェーン。本当に心底嫌っているんだなと判った。
「あやつらはヒョロッとして、棒みたいな身体をしておるし、魔術の才も風精族には遥かに劣るくせして、風の代表者のような顔をしておる。ホント、忌々しい奴らめ」
ほら、心底恨んでいるだろ? 言いたい放題、悪口を言っているし。
このままだと、森人族に対しての恨み辛みが止まらなさそうなので、俺は口を挟む。
「まぁそれは気の毒としか言いようが無いんだけれど……でも、どうして森人族にとって代わられたんだ? 聞いていた限りじゃ、魔術の才は風精族の方が高いんだろ?」
「それは……そうなのじゃが……仕方がないのじゃよ。何せ妾たちは人族、亜人族に仇成すものと思われてしまっているからのう」
それって……もしかして……。
「そうじゃ。貴様と同じ、魔族なのじゃよ、風精族は」




