第四二話 似ている二人
「このまま六階層を探索するのは、ちょっと無理だと思うんだよね。だからね、りゅうちゃんが剥ぎ取りしてくれている間に皆で話し合ったんだけどさ。今回の探索はここで終わりにして、戻らない?」
壁際で休んでいた陽とソフィの元へ向かうと、早々そう言ってきた。
確かにこのまま六階層の探索をするのは難しい。陽の装備はカルツォーフの強酸によって、損傷が激しいし。ソフィも特殊能力「獣狼化」を第二段階まで解放した。言葉にはしないけれど、ソフィの顔を見れば、疲労が溜まっている事が判る。
「そうだね。万全の状態で六階層を探索したいし。俺も戻った方がいいと思う」
「だよね。んじゃあ、そうと決まったら早速戻ろうっ。このままの格好じゃあ、気になって動き辛いし」
装備を損傷している陽は今俺のローブを羽織っている。その下は扇情的な姿だ。女の子としては早く何とかしたいのだろうな。別に陽には特別な性癖は無いし。
ということで、俺たちは地上へ戻ることにした。しかし、四階層へと続く階段は、閉ざされた鉄扉の先だ。それにヒックもまだ居るだろうし。
とにかくまずは六階層へと降りていく。
「うわぁ~随分と雰囲気が変わるねぇ~」
雰囲気が大きく変わった六階層に、陽が感嘆を漏らす。
これまでの五階層は、無骨な洞窟のような構造であった。それはそれで迷宮っぽくて良かったけど。
そして、この六階層はまるで森林。それまでとは大きく一変して、草木が生い茂る緑豊かな階層だった。小鳥の囀りとか聞こえてきそうだ……まぁ聞こえて来ないけれど。
「地下に森があるなんて不思議ですね。天井もまるで空みたいですし」
ソフィが天井を見上げて言う。天井はまるで空のように風合いになっており、一瞬地上に出てしまったのかと錯覚してしまいそうになる。
「でも……雲や……太陽とか……無いよ……」
「そうですね。あくまでも空を模しているって言うだけで、実際は地下ですもんね」
そんな事を話し合いながら、俺たちはある場所を探す。
「えっと……ああ、あった。多分アレだな」
俺が見つけたのは、四隅に謎の彫刻像が建てらている場所だ。その中心には魔法陣が描かれている。
「へぇ~これですぐに地上に戻れるんだぁ~」
陽がしげしげと興味深そうに魔法陣を見ている。
そこは、地上へと一気に帰還することが出来るワープスポットだ。こんな便利な物があるのは、やはり異世界といったところか。
「これって、中央の魔法陣の上に乗ればいいの?」
陽がワクワク顔で訪ねて来るものだから、俺は頷いて肯定する。
このワープスポットは、ボス部屋の次階層に設置されていることが多いらしい。稀にワープスポットが存在しない月もあるそうだけれど。そう冒険者ガイドに記載されていた。
「んじゃあ、おっ先にいっちばぁ~んっ!」
楽しそうに笑いながら魔法陣に飛び乗る陽。
すると、光り輝き出す魔法陣。その光は陽を包み込み……そして光が止むと、そこには陽の姿は消えていた。
「陽さん……勇気ありすぎだよ……」
複雑な表情しているせつな。確かに、物怖じしない性格は素直に凄いとは思うけど……陽の場合、不用心が過ぎるんだよな。ちょっとは思慮深くなってほしいところである。
それはさておき、陽が先に行ってしまったので、俺たちも追い掛けることに。
ソフィ、せつなと順番にワープしていく。
そして、最後は俺だ。いや、モモもいるか。
「んじゃあモモ、地上に戻るからまた隠れてて」
モモはぷるんと震え、いそいそとフードの中に隠れていく。
モモがしっかりと隠れ終えたのを後頭部で確認した後、俺は魔法陣へ足を踏み入れた。
◇
白く染まる視界が晴れると、そこはどこかの部屋らしき場所だった。
「お、来た来た。待ってたよっ、りゅうちゃん」
先にワープゲートを通った陽、ソフィ、せつなが俺を出迎える。
「ここはどこ何だ? どこかの部屋っぽいけれど」
「ここは入り口があったインクウェルの別室みたいです。先程係の人が教えてくれました」
へぇ~ここはインクウェルなのか。帰りが一瞬だと、緊急時に使えるな。
「これって、迷宮の中からしか起動しないのかな? このワープゲートが使えたら、探索には便利なんだけど」
「リュウヤさん、このワープゲートは一方通行らしいです。ここから迷宮内に行くことは出来ないそうですよ。係の人が言っていました」
そうか、残念だな。というか、さっきから出て来る係の人。何で今は居ないんだろう。俺だけ待たれていなかったのは……なんかショックだ。
「ホント、便利だよねぇ~。あたしたちの世界にも欲しかったよっ。一方通行だけど」
「魔法がないヒナタさんたちの世界は、ちょっとわたしには想像できないです」
「魔法は無いけれど……科学が……発展しているの……便利だよ……」
元の世界についてソフィに話しながら、俺たちは部屋を出た。
ああ、確かにインクウェルの街だ。まだ昼過ぎだから、迷宮に挑戦する冒険者の姿も見える。
「これから冒険者組合に行くんだよね?」
陽がひり返りながら俺に確認してきたので、うんと頷く。カルツォーフから得た緑魔石に、素材を売らないといけない。今回の探索は余りできなかったから、報酬には期待できないけど。
「じゃあさ、ごめんなんだけど、あたし抜きで行ってくれない?」
「そうはいいけど……」
どうしてなんだ? 冒険者組合はすぐそこだし、そんなに時間は掛からないんだけれど。
「ちょっとチェリーパイに戻って着替えたいんだよねっ。あたし、今、こんな格好だし」
陽は俺が貸したローブを両手で押さえる。女の子が、股間を抑えるな、股間を。
「あ……私も……陽さんについて行きます……」
せつながそう言いながら手を小さく上げた。
「陽さん……物凄い……方向音痴ですから……」
あ……、そう言えば、陽って昔から方向音痴だったよな……。ああみえて、インドア派だし。
「ちょっと、せっちゃんっ!? あたしを心配して付いて来てくれるわけじゃないのっ!?」
「心配しています……陽さんが迷子にならないかと……」
せつなが至って真面目な顔で言うものだから、さすがの陽もウッと口籠ってしまう。
そういう訳で、俺たちは別れて行動することに。宿に戻る陽とせつなを見送り、俺とソフィ、あとフードに隠れたモモで冒険者組合に向かった。
◇
「想像していたよりも少なかったですね。あれだけ苦労したのに、緑魔石は銀貨一枚だったなんて……」
集合場所である冒険者組合の前で、ソフィががっくりと肩を落としていた。
「仕方が無いよ。ボスだと言っても、所詮五階層だしね。ほら、俺たちの前にいたパーティーも難なくクリアしてただろ? 初対戦は手こずる相手かもしれないけど、慣れれば、簡単に倒せるレベルなんだと思う」
そうだ。確かに三人は苦労していたけれど、そこまで凶悪な相手ではなかったように思う。
ソフィと陽は純粋な戦闘員で、魔法攻撃は一切なかったし。パーティーに攻撃魔法が使える魔術師が居れば、それ程手こずらないはずだ。俺なら蔦の届かない位置から、火魔法をぶっ放すしな。
「まだまだわたしたちは経験不足だし、実力不足なんですよね。もっと頑張らないとっ」
ソフィはグッと拳を作って意気込んだ。何事も前向きに考えられるのは、ソフィの美点だ。
「それにしてもヒナタさんたち、遅いですね」
「俺たちの方が直ぐに終わったってものあるしね。それに、もしかしたら迷子になっていたりしてな」
「ふふ、そうかもしれませんね。ヒナタさんが方向音痴だなんて、わたし全然知りませんでした」
ソフィが楽しそうに笑う。
「いつもわたしたちの前を歩いて、先導してくれていると思ってましたし」
「あ~それは、時々俺たちの様子を横目で確認しているんだよ。『こっちであっているのかなぁ』って不安になりながらな。よく俺が眼で示すよ。そっちじゃない、こっちだって」
うん、迷宮でもちょくちょく陽が俺を見て来る。その度に俺が道を教えてやっているんだよな。
「へぇ~そうだったんですか。全然知りませんでした」
「まぁ陽って器用だから。皆に知られないようにしていたんだと思う。あいつ、他人に弱みを見せるのって苦手だからな。自分が本当は怖がりだって、知られたくないんだと思うよ」
「ヒナタさんが怖がり?」
キョトンとした顔で小首を傾げるソフィ。
「うん、めちゃくちゃ怖がり。他人に絶対嫌われたくないって思っているんだ。まぁ昔色々あって……それは俺の口からは言えないけど。陽っていつも笑って明るく振舞っているだろ? あれも不安の裏返しなんだ」
陽は酷く虐待を受けていた過去がある。肉親という心許せる相手に憎悪され、痛めつけられた経験が、陽の心を深く傷つけてしまった。
人に嫌われるという事がどんなに恐ろしいことなのか、陽は知っているんだ。だからこそ、嫌われないように……恨まれないように、明るく快活に振舞っている。
陽は俺の眼から見ても超絶美少女だ。美少女は他の女の子に恨みを買いやすい。実際、色々と嫌がらせをされたらしい。らしいというのは、俺が問い質しても陽が詳しく話してくれなかったからである。
俺に教えてしまうと、俺が陽をいじめた張本人を糾弾することが判っていたからだそうだ。それで俺が恨みを買ってしまう事を恐れたらしい。いじめられているというのに、俺の心配をするんだもの。陽はホントに心優しい女の子だ。
「そうだったんですね。いつもヒナタさんの笑顔には心救われていました。ヒナタさんたちと出会えて良かったです。毎日楽しいですし。それに二人ともわたしと違って、本当に可愛いですし」
いや、ソフィ……キミも充分美少女なんだけれど……自分では気づいていないのかな? ああ、ソフィもソフィで、亜人族ということで蔑まれてきたんだよな。
そう言えば、ソフィも陽と同じく普段から微笑みを絶えさないよな。似ているんだ、二人は。
虐待されていた陽。亜人族として蔑視され続けていたソフィ。
二人は似ている。他人に悪感情を容赦なくぶつけられ、心が深く傷ついているんだ。
「ホント、可愛いですよね。『~~なんだよっ』って、ちょっと舌っ足らずな口調とか」
楽しそうに話すソフィ。その笑顔に隠された心の傷に改めて気づく。
《マスターは心が渇き、苦しんでいる者を引き寄せる習性があるようですね。そして、マスターはその乾いた心に潤いを与える力があります。スキルとは違う、心の力が》
そんな力……俺には無いさ。買い被りだよ。
《いえ、実際に潤されている者がいるのです。そう言う私も、その一人なのかもしれません》
……ラファ?
「あ、ヒナタさんたち、来たみたいですよ。ヒナタさぁ~ん、セツナさぁ~ん! こっちですぅ!」
ソフィが背伸びしながら大きく手を振っていた。見れば、陽とせつながこちらに気付き、パタパタと小走りに近寄って来るところだった。
「ごめんっ。待たせちゃったよね」
陽が申し訳なさそうな顔で、パンと手を合わせて謝った。
「大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
笑顔で許すソフィ。どことなく、普段より口調が柔らかい気がする。さっきの会話から何かを感じ取ったのかな。
「フィーちゃん、ありがとねっ。それで、どうだった?」
「期待していたほどではありませんでした」
ソフィが買取価格を陽たちに告げると、あからさまに陽はガックリと肩を落とした。
「うっそぉ~!? あんなに苦労したのに、銀貨一枚なの!? あちゃぁ~、こりゃ大分赤字だよ……。どうしよう……さっき装備を確認してみてたんだけど、ちょっと使うには損傷が激しいんだよね……はぁ……参ったな……」
陽の装備はやはり激しく損傷していたようで、どうやら今回の報酬で装備を一新する予定だったようだ。
しかし、今回の探索の成果は、ざっと銀貨十枚程。到底新装備を買い換えられる程ではない。
「でも……装備を買わないと……予備なんて……ないですよね……?」
「そうなんだよぁ~、せっちゃん。リーディニで買った装備をずっと使ってたから、予備なんてないよぉ~。このままじゃあ、裸で迷宮に入らないといけなくなるぅ~」
嘆く陽は、あぁと頭を抱えた。
「それは困りましたね。ヒナタさんは前衛ですし、防備が無いと……」
「うん……危ないよね……」
「ああ、どうしよう……困ったよぉ~……」
口々に零すソフィ、せつな、陽。そして……。
「……何故、俺を見る?」
三人は一斉に俺を見た。無言で、俺を見続けている。その瞳には『どうにかして』と激しく書かれている……。
はぁ……仕方がないとは言え……俺は金蔓かよ……。
《いいではありませんか。元はと言え、マスターの財産はアドルフ老人の所有物ですし》
う……ラファよ……それを言っちゃあ、おしめぇよ。
「えっと……装備ってどれくらいするものなの? 俺、今までちゃんと買い物なんてしたことが無いし、よく判らん。金貨一枚くらいで足りるか?」
言っていて気付いたけど、俺の装備って全部アドルフのおさがりなんだよな。というか、おさがりって言っても、〝炎帝〟が愛用していた物だし、相当良い物だ。多分、そこらの店売り装備とは比較にならないだろうな。
「え!? 金貨っ!?」
陽が眼を瞠って驚いた。
「リュウヤさん、流石に金貨は使い――」
即座にむぎゅっと、ソフィの口を塞ぐ陽。そして、耳元でソフィを説得し始める。
「フィーちゃん、余計な事は言わない。金貨だよ、金貨。貰えるものは貰っておこうよ」
いや、あげるなんて一言も言っていないんだけれど……。
ちょんちょんと、必死にソフィを説得している陽の肩をせつなが突っつく。
「陽さん……聞こえてますよ……りゅうやさんに……」
「ふぇ!? え、えっと、りゅうちゃん? た、多分だけど、き、き、金貨くらい必要だと思いますですよっ!」
おい、陽……焦り過ぎて、もはや口調がおかしくなっているぞ。何だよ、『思いますですよ』って。
俺は呆れつつも、魔法鞄から金貨一枚を取り出し、陽に手渡す。
「大事に使ってくれよ」
「りゅうちゃぁ~んっ!」
陽が感激して、俺に飛びついて来た。むぎゅうと俺の顔を包み込む柔らかな感触。
……金貨を出した甲斐があったってもんだ。




