第三四話 シチュー? 鉄板?
「しゃぁねぇ、このヒック様が、手取り足取り指導してやろう、ヒック。新人のお守りをするのも、ベテランの義務ってもんだ、ヒック」
酔いが回り、気持ちが大きくなっているのか、それとも元々から傲慢なのか。俺らに絡んできた中年冒険者は大きな声で言う。
「なぁ~に、心配することはねぇ、ヒック。ドンと俺様に任しとけ、ヒック。取り敢えず、最初は、先輩冒険者に手酌することからだ、ヒック」
何も答えていないのに、ベラベラと喋る冒険者――ヒック。
プ~ンと臭う、アルコールの臭い。
ああ、ずっと自分の名前を言い続けなければいけない病気かと思っていたけど、酔っぱらいのしゃっくりだったのか。
というか、声が大きい。いつの間にか注目を集めてしまっているな……。
「つ~ことでよ、ヒック。とにかくこっちに来て、酒を注がんか、酒を! ほら、こっちに来んかッ!」
大分、酔っているのか、冒険者とは関係のない接待を強要するヒック。こともあろうか、陽の手を強引に掴もうと手を伸ばしてきた。
はぁ~……仕方がない……。
俺はバシッとヒックの腕を取った。
「ん? なんだぁ~テメェは~?」
あからさまな不機嫌顔でヒックは俺を見下す。
「すみません、そういうのはいいんで」
「はぁ~ん? 何がいいんだぁ? ああん?」
ゴメン……咄嗟に出た言葉だったので、俺もよく判っていない。
「えっと……とにかく、嫌がっていますので」
「あん? ガキが出しゃばってんじゃねぇよ! オレぁ~こっちの嬢ちゃんに用があんだ、ヒック。ガキんちょは、今すぐ帰って、ママンの乳でもチュウチュウ吸っときやがれってんだ!」
ああ、今の俺は少年のように認識されているんだな。まぁ俺が中鬼族だとバレなきゃ、どう思われてもいいし、こんなあからさまな挑発なんて、俺は気にしないのだけれど……。
「ねぇ、あんたさ……」
「おい、コラッ! いつまでも掴んでんじゃねぇ! お、嬢ちゃん。何だ? 付いて来る気になったか?」
俺の手がバシッと振り払われ、ヒックがニヤけた顔を陽に向ける。しかし、陽は……。
「そんな訳ないでしょ。ちょっとは鏡見てから、物を言った方がいいと思うよ?」
まるで虫けらを見下すが如く冷たい眼で、ヒックを見ている。
「おいおい、嬢ちゃん。鏡なんて高価な代物、今時お貴族様か、銭ゲバの豪商くらいしか持ってねぇよ」
「あ~そうなの? なら、仕方がないか……。自分がどれだけブサイクなのか……自分でも判っていないんだもんねっ。だから、ナンパなんて出来るんだぁ~へぇ~」
辛辣な言葉に、ピキッとヒックの額に青筋が浮かぶ。
「何だ、嬢ちゃん。オレがブサイクって言いたいのか?」
「あら、顔だけじゃなく、頭の方も悪いみたい。さっきからそう言っているでしょ? 脳ミソちゃんと入っている?」
陽……俺が馬鹿にされたからって、言い返し過ぎだよ……。
ほら、オッサン……お酒じゃなくて、怒りで顔が真っ赤になってんじゃん。
「なぁ、知ってるか? オレたち冒険者ってのはよぉ……ナメた口を利かれたら、どこまでもやり返していいんだってことをさ」
「あら、ごめんなさい。あたし、新人だからその辺の暗黙の了解とか、よく知らないし」
「先輩の敬い方も知らねぇ、しょんべん臭ぇガキ。まずはその生意気な口から直してやんよッ!」
ヒックは怒声を上げると、拳を振り上げ、陽に殴り掛かる!
酔っていたとしても、流石は自称ベテラン冒険者。腰の入った鋭い拳撃だ。
あんな拳に殴られたら痛いだろうなぁ……なんて悠長に考えられたのは、視界の隅で動く影を見たからである。
それは……ソフィ。戦闘民族である狼人族には格闘戦は得意中の得意。サッと陽の前に入ると、ヒックの拳を横へと受け流す。
「うへ?」
ヒックは情けない声を出しながら、態勢を崩し、ドザッと床へ倒れ込む。
瞬間、ドッと歓声が沸いた。
「ギャハハ、ざまぁねぇ!」
「狼人族の嬢ちゃん、やるな」
「新人に、軽くあしらわれちまって……アイツ、大丈夫か?」
「大丈夫な訳ねぇだろうよ。もう冒険者も引退じゃねぇか?」
三々五々に言いたい放題の冒険者たち。恥ずかしさにヒックが震えている……いや、怒っているのかな?
「まだやりますか?」
そうソフィが言うと、どこからともなくヒューと鳴る口笛。「もっとやれ!」とか、言っている奴もいる。
「……ぜってぇ、ブチ殺してやる……」
立ち上がったヒック。まるで般若のような形相だ。
「判りました。ここでは皆さんのご迷惑になりますので、外に……」
おい、ソフィ? 何でお前もやる気満々なんだよ?
《それは、マスターが愚弄されたからです。狼っ娘の行動は正しく、この害虫は徹底的に潰さないといけません》
ラファよ……陽とソフィに続き、君も怒っているのね……。
あと一人は……と見れば、憎悪の眼でヒックを見ていた。せつな……お前もか……。
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて」
と、背後から待ったを掛ける声が。
乱闘騒ぎを見物していた冒険者の中から歩み出て来る一人の青年。
「冒険者同士、無益な争いは止めにしておきましょう。私たちは冒険者……同じ穴の狢……仲間のようなものではありませんか」
さらりとしたブロンドヘアーに、水晶のような青い瞳。口許には爽やかに微笑を湛えながら、青年はそう言う。
「何だ、テメェ?」
ヒック……それは俺も聞きたかった。
「あっと、失礼。名乗るのが遅くなりました。私はユニウスといいます」
慇懃に名乗る青年――ユニウス。粗雑なイメージのある冒険者には似つかわしくない気品溢れる佇まいだ。
「ユニウスだぁ~? オレぁ、お前の事なんぞ、見たことも利いたこともねぇぞ! テメェ、ランクは?」
「ああ、私はまだルーキーなので、ご存じないかもしれませんね」
そう言って、ユニウスは胸元からカッパープレートをチラリと見せた。
第三者の乱入に気勢を削がれていたヒックだったが、乱入者がカッパーだと判るや否や、強気に出る。
「はん? 新人のくせして、オレに意見するってかッ! ああん?」
「ええ、意見を述べるのにルーキーもベテランもありませんので」
うわぁ……ド正論だ……。流石のヒックもウッと唸る。
「ともかく、無益な争いは止めにしませんか。今回の事は、些細な行き違いがあっただけ。お二人とも……いや、ヒックさん、拳を収めて、ね?」
うん、戦闘態勢になっているのはヒックだけ。ソフィは普通に立っているだけなので、その言い直しは正しい。
「あぁ? 些細な行き違い? テメェ、ふざけてんじゃねぇぞ!」
ヒックは激昂し、事もあろうかユニウスに殴り掛かった。
動じないユニウスは爽やかな微笑みを浮かべたまま、少し横にずれ、拳を避ける。
すると勢いそのままに、ヒックはユニウスへと身体ごと衝突する!
いや、ユニウスはヒックをふわりと抱き締めた。
「おや? どうしましたか?」
あれ? 抱き締められたヒックが動かない?
「おやおや、相当お酒を嗜まれたようですね。すっかり酔いが回って眠ってしまったようだ」
いやいや、ユニウス? ついさっきまで殴り掛かって来た人が、急に眠る訳ないでしょ。
それでもユニウスの腕に受け止められたヒックは、身体を弛緩し、本当に眠っているかのようであった。
「お腹に二発入れていました」
ソフィがそっと俺に耳打ちする。
へ? あの短時間で? 全く気付かなかったんだけれど……。
「上手く身体で隠しながらでしたので、ほとんどの方は気付いていませんが……やはり、ランクの高い上級冒険者には見透かされているようです」
野次馬を見渡せば、確かに中にはユニウスを見極めようと、強い眼差しを向けている者も居た。あれが上級冒険者なのだろう。
と、ユニウスの猿芝居が続く。
「これは大変ですね。とにかく、宿へと運ぶことにしましょうか。マルク」
ユニウスが言うと、どこからともなく、全身黒づくめの人物が現れた。
紫髪に、口許をスカーフで隠した黒づくめ。……怪しすぎる。
「おぉ、そこに居ましたか、マルク。では、この方を運ぶのを手伝ってください」
「……了解」
言葉少なに頷くマルク。ヒックの腕を取ると肩に担いだ。
ユニウスがこちらに振り向く。
「今回の事は、些細なすれ違い……特に何も問題は無かったと、水に流して貰えませんか?」
俺たちは互いに顔を見合わせ、うんと頷き合う。
「はい、判りましたっ。酔っぱらいの戯言だと思っておきますっ」
陽がそう答えると、ユニウスは満足げに微笑む。
「ありがとうございます。では、この方を運びますので……。あ、私はユニウスといいます。以後、お見知りおきを」
「あたしはヒナタですっ!」
「ソフィです。ありがとうございました」
「セツナ……です……」
「はい。ヒナタさん、ソフィさん、セツナさんですね。それでそちらの方は?」
女性陣に爽やかな笑みを送ると、ユニウスは俺を見た。
「えっと……リュウヤです」
「リュウヤさん……リュウヤさんですね、覚えました」
ニコッと、俺にも笑い掛けた後、ユニウスはマルクと共にヒックを運び出して行った。
騒動が終わり、もう興味を失ったのか、野次馬たちは散り散りに。
「それにしてもテンプレだったよねっ。ギルドで先輩冒険者に絡まれるのって」
陽が笑って言う。
「え? ヒナタさん、前にもこんな事があったんですか?」
「いやいや、そうじゃなくって! ラノベとかなら、こういったシチュエーションは鉄板なんだよっ!」
まぁ確かに陽の好きそうな感じだったけれど。
「ラノ……? シチュー……? 鉄板?」
何が言いたいのか全く判っていないソフィは、頭上に疑問符を乱舞させている。
そして、ギューっと腹が鳴る音が。
「ご、ごめんなさい……」
意外にもその音の出処はせつなだった。真っ赤になった顔を前髪で隠そうとしている。
シチューとか鉄板とか、食べ物に関する言葉が出たからお腹が減ったのかな。確かに夕食時だけれど。
「ふふ、せっちゃん、腹ペコさんかな? そういうあたしも既に腹ペコさんだっ!」
陽が明るく言うので、せつなの羞恥心も和らぐ。
「そうですね。わたしもお腹が減りました」
「うんうん、そうだよねっ、フィーちゃん。でも、折角来たし、少しだけ我慢して、クエストとか見とこうよっ。迷宮の情報とかも、少しは知っておきたいしさっ」
事前情報は出来得る限り、仕入れておきたい。ゲームとは違って、死が直結するのだし、準備はやり過ぎてやり過ぎとはならないだろう。
俺たちはその後、クエスト掲示板を見たり。受付で迷宮の情報を収集したり。お腹の虫が限界を告げるまで、冒険者組合で情報収集に勤しむのであった。




