第三五話 迷宮へ
――翌日。
俺たちはとうとう迷宮へとやって来ていた。いや、正確には迷宮のある場所に、だ。
迷宮都市インクウェルは、迷宮を中心として栄えた都市。中央部に迷宮があり、洞窟の様に口が空いているのかと思ったのだけれど……。
「これは想定外だな……」
目の前には立派な白亜の聖堂。いや、聖堂は宗教施設の一つだから、正確には違うのだろうけど、建物の形容としては、聖堂が俺的にはしっくりくる。
「ほぇ~立派なたてものですねぇ~」
ソフィも聖堂を見上げて感嘆している。
「ここは……アトリニア一世が建立したそうです……その名も……インクウェル……都市の名の由来となった……場所だそうです……」
せつなが初心者冒険ガイド――昨日、冒険者組合で頂いた――を片手に説明する。
「へぇ~、都市の名前はここから取ったんだぁ~」
「はい……このインクウェルは……迷宮からの反抗……スタンピードに対する……最終防衛施設を兼ねているそうです……兵士の詰所……みたいです……」
「え? 迷宮からモンスターが出て来ることがあるの?」
それは俺も気になった。
「えっと……それ程……回数は多くないみたいです……数十年に何度か……あったそうですが……近年は特に少なく……なっているそうです……」
「なら、特に心配することも無いか。それにこれだけ都市が発展しているんだから、スタンピードが起ったとしても、しっかりと撃退出来ているって事でしょっ」
陽の言う通り、スタンピードが起こる度に、都市が被害を受けていたら、これ程までの大都市に発展していないだろうな。迷宮に対する安全装置の役割も果たしているはずだしな。
「それにしてもすっごい人だねっ。まだ朝早いってのに」
陽が目の前の長蛇の列を見て言った。
「ここに並んでいる人たちって、全員迷宮に入るんですよね?」
「多分、そうだと思うけど……」
ソフィの問いに、俺は言葉を濁す。
この長蛇の列はインクウェルに続いており、重装戦士や魔術師と言った冒険者が主に並んでいるのだが……。
「でも、あの人とか一般市民っぽくない?」
陽が視線で示す先には、何の装備も身に付けていない、旅行客の様な人が居た。楽しそうに同行人と談笑している。
「それは……この迷宮の地下一層目が……観光地になっているからです……」
せつなが羊皮紙をペラペラと捲り、俺たちの疑問に答えた。
「迷宮が観光地? どういう事よ、せっちゃん」
「一層には……魔物の生息が極端に少なく……また、兵士による討伐隊が常時巡回しているそうで……観光客に開放しているそうです……入宮料は……一律銀貨一枚だそうです……」
なるほど。迷宮には冒険者しか縁が無いが、一般人にも興味を持っている者も居て、迷宮の雰囲気だけでも感じようと、ここに観光しに来ているってことね。そして、その入宮料が軍備に回されているのだろうな。
「その入宮料って、わたしたちも払わないといけませんよね?」
「え? 観光客だけじゃないの?」
「えっと……ソフィさんの言う通りです……」
「そんなぁ~!? 毎回迷宮に入る度に、銀貨一枚なんて大金、払えないよっ!」
ヒナタの悲痛な声が木霊する。止めて欲しい……また注目を集めちゃうから。
「落ち着けって、陽。大丈夫、ちゃんとお金はあるから」
俺は魔法鞄から金貨数枚を取り出し、陽に見せてやる。因みにこのお金は、全額アドルフの物である。有り難く使わせて頂きます。
「りゅうちゃぁ~んっ!」
俺に抱き着いてくる陽。
「やっぱり、持つべきはお金を持っている友達だよねっ!」
……おい。
「でも、毎回銀貨一枚払ってしまうと、新人冒険者には辛いですよね。リュウヤさんにお借りするにしても、返済する目途が立たないと……」
どうやらソフィは陽と違って、お金に関してはきっちりしているようだ。
「アドルフさんの遺産ですもんね。あまり使う訳にはいきません」
あ~アドルフに対して、か。そういう気遣いが出来るのがソフィの良い所だ。
「あ……確かにそれはダメだね。ん~そうなったら、ちゃんとあたしたちだけで、十分に稼げるようにならないとっ」
拳を握り締め、意気込む陽。
「因みになんですけど……多くの冒険者は……迷宮に数日連続して……潜るそうです……」
控えめにせつなはそう捕捉する。
確かに見渡してみれば、数多くの冒険者は比較的荷物が多い。多分野営設備を持参しているのだろう。手ぶらなのは観光客に、一部の冒険者だけ。まぁ俺みたいに魔法鞄持ちも居るだろうしな。
「でも、今日は初回だし、迷宮の雰囲気を掴むだけにしておこう。安全マージンを十分に取ってさ」
「そうですね。リュウヤさんの言う通りだと、わたしも思います。長期滞在はまたの機会にしましょう」
ソフィが俺の提案に同意する。陽とせつなも異論は無さそうだ。
インクウェルに近付くにつれ、露店の数も増えて来た。香ばしい匂いに、ついつい鼻をヒクヒクとさせてしまう。
「今月の地図はぁ~いかかがですかぁ~」
間延びした声は、売り子だろう。見れば、首から箱をぶら下げて、手を筒のようにしながら呼び込みをしている。
「地図? 地図なんてあるの?」
陽が、近付いて来た売り子を呼び止めた。
「はい、地図ありますよ。今月の五階層までですけど」
箱の中を指し示す売り子。羊皮紙に地図らしきものが書かれているようだけれど……。一枚一枚手書きなのか、精度がお世辞にも良いとは言えない。
「『今月の』ってどういう事ですか?」
俺が気になった個所を、ソフィが訊ねた。
「あ~お客さん、この迷宮に入るのは初めてなのね。この迷宮だけれど、ひと月度に迷宮の構造が変わるんだよ。毎月毎月構造が変わるので、まぁこの商売も何とかやっていけているんだけどね」
苦笑する売り子。
すると、チョンチョンと俺の肩を叩く感触が。せつなが初心者冒険ガイドを指し示している。
あぁ~、このガイドにもちゃんと書いてあるな。
『満月の夜に、迷宮の構造が変化。満月の夜は迷宮に立ち入ることを禁ず』
ふ~ん、満月の夜は全冒険者の休日なのか。
「そうだったんですか。教えて頂き、ありがとうございます。それと地図を売って貰いたいのですが、おいくらです?」
「お、お客さん、話が判るね。地図は銀貨一枚、一階層毎にあるよ」
売り子の言葉に、ソフィはチラリと俺を見る。
「じゃぁ、全部下さい。五階層まででしたよね? はい、銀貨五枚」
俺は魔法鞄から銀貨を取り出す。
「おや? ポーターくんが払ってくれるのかい?」
「ポーター?」
「あぁ、ポーターってのは、迷宮に入る冒険者をサポートする人の事だよ。魔物から魔石を取り出したり、売れる部位を選別して剥ぎ取る……まぁ雑用係みたいなものさ」
へぇ~そんな職があるのか。
「でも、ポーターについて聞くってことは、君はポーターじゃなかったんだね。ポーターは主にひ弱な子どもとかが就く職だから、てっきりポーターだと勘違いしてしまったよ。あ、これ、地図ね。五階層分」
売り子は人懐っこく笑いながら、オレに地図と、銀貨一枚を手渡した。
「あれ? 全部で銀貨五枚ですよね?」
「あ~それは値引き分だよ。今月はもう数日しか残ってないしね。あ、これは他のお客さんには内緒だよ」
人差し指を口に当て、ニッと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「それじゃあ、頑張って稼いで、そして、ちゃんと生きて返って来るんだよ。小人族のキミ」
そしたら地図がまた売れるからと、笑いながら売り子は別の客の元へ向かって行った。
「いい人でしたね」
「だね。でも……最後の何だったんだろう? パルゥムって」
「あぁ、多分勘違いしたんだと思いますよ。リュウヤさんを小人族だって。小人族は成人しても、人族程体格が成長しないのが特徴で……『ポーターでは無いのなら、迷宮に入るぐらいだし、きっと小人族だろう』って思ったんじゃないですか。子どもが冒険者になるのは稀ですから」
あぁ、俺の体格を見て、勘違いしたのか。売り子さん、本当は俺……亜人族ですらなく、中鬼族なんです。
さて、行列に並ぶ事暫し。いよいよ建物内へ。
中は想像していた通り、聖堂のような様相だ。立派な柱に、アーチ状の天井。これで大量に長椅子が並んでいたら、まさしく聖堂なのだろうけど。
でも、聖堂特有の聖なる雰囲気は全く感じられない。それもそうか。修道女とか牧師が居る訳でも無く、代わりに甲冑姿の兵士に、荒くれ者の冒険者で賑わっているのだから。
更に奥には天井まで届く巨大な鉄扉。あの奥に、迷宮の入り口があるのだろう。兵士に入宮料を払う人の姿が見える。それにしても……。
「何だろう、あの子どもたち」
鉄扉の近くには、迷宮へ挑戦する冒険者たちをジッと見詰めている子どもが居た。床に座り込んで静かにしているが、どの子どもも血色が悪く、痩せこけている。
すると、行列から冒険者が子どもの方へ。何やら声を掛けると、一人の子供が立ち上がり、冒険者に付いて行く。
「たぶん、あの子どもたちがポーターなのではないでしょうか。あそこで声が掛かるのを待っているのだと」
ソフィがそう推測する。
よく見れば、確かに腰にナイフを提げている子がほとんどだ。剥ぎ取り用なのだろう。
「危険な迷宮へ入るんです。ポーターに好んでなりたい者は少ないでしょう。貧困層の子どもの仕事になっているようですね」
「そっか……街並みが綺麗だし、発展していると感じていたけれど……やっぱりどの場所にも貧困層が居るんだね」
陽が嘆息しながら言った。その顔には『どうにかしてあげたい』と書いているけれど……。
「わたしたちは迷宮初挑戦ですし、ポーターを雇うのは止めておいた方がいいでしょうね。雇うからには、しっかりとポーターの安全を配慮しないといけませんし」
ソフィの言う通りだ。今はまだポーターを雇うべきではないだろう。
複雑な感情を抱きながら進むと、ようやく俺たちの番に。
入宮料を門番兵に支払い、鉄扉を通る。目の前には迷宮の入り口が大きな口を開けて待ち構えていた。
「いよいよですね……」
「頑張ろう……ソフィちゃん……」
ソフィとせつなが緊張気味に言う。
「はいはい、二人とも緊張し過ぎないっ! 気楽にねっ。大丈夫、いざとなったら、りゅうちゃんが何とかしてくれるよっ」
空気を察して陽が明るい口調で笑った。
陽の笑顔は人を元気にする。二人とも肩の力が程よく抜けたようだ。
俺たちは石階段を下っていく。壁にはランタンが灯り、足元を照らしている。
「もっと洞窟、洞窟しているのかと思っていたけど……」
「この階段とかは、人工的に造られたのではないでしょうか。一階層は観光地化されているので」
ソフィが確認の為にせつなを見ると、彼女は肯定する様に頷いた。
通路を真っ直ぐ進むと、T字路に差し掛かる。
「あ、看板があるよっ」
陽がトトトッと看板へ近付き、文字を読み上げる。
「えっと、右が一階層で……」
右側の通路を見れば、両脇に数人の兵士が直立し待機していた。
「左が二階層に続いているみたい」
なら、俺たちが進むのは左だな。
俺たちは互いに頷き合って、左の通路へ向かって行った。
喘息が酷く辛い……。




