第三三話 インクウェルを散策
「あ~あぁ~……やっぱりお風呂なんてないかぁ~……あふっ」
不満を口にしながら、陽はベッドへと倒れ込む。
ここは宿屋チェリーパイ、その一室。大部屋を要望したわけだが……ベッドが四つ、ギュウギュウ詰めで置かれているだけ。まるで診療所とか保健室といった様相。
「お風呂なんて高価な代物、街の宿屋なんかにありませんよ。それこそ、貴族様くらいのものです。風呂に入って身を清めているのは。……ハッ! もしかして、ヒナタさんって……貴族様とかでしたか!?」
ハッとしてソフィが言う。陽が貴族……世も末だな……。
「あはは、フィーちゃん、そんなわけないじゃんっ」
「そ、そうですか……良かったぁ~……」
陽の言葉にホッとするソフィ。
「もうっ! 何で、ホッとしているのよ。あたしには貴族みたいな高貴オーラが無いって言いたいの?」
「い、いえっ! そんなわけではっ! もし、貴族様だと、今まで随分とご無礼をしてしまったと思って……縛り首じゃぁ済まないくらいに……」
「ふぇ? そんなに失礼な事しているかな? 普通だと思うけど」
「その普通が大問題なんですっ! 貴族様にはこちらから話掛けてはいけませんし、絶対にご尊顔を直視してはいけないんですっ。跪くのが少し遅れただけでも、鞭打ちされてしまいますっ!」
「へぇ~そうなんだ」
ソフィの熱弁に、ヒナタは眼を丸くした。
「ソフィちゃんは……貴族に会った事が……あるの?」
「いえ、わたしはありません、セツナさん。わたしは遠くからずっと拝見していました」
ソフィが身を置いていた辺境村は随分と寂れていたっけ。それでも、稀に視察と称して中央から使者が派遣されているそうで、その使者の中に貴族も居たのだろう。これ程、貴族に対して過剰に反応するというのは、もしかすると直に横暴する貴族を目にしたのかもしれない。
「皆さんもいいですね? 貴族様にはちゃんと礼儀正しく、細心の注意を払って接して下さいねっ! 特に、リュウヤさんっ!」
ビシッと俺を指差すソフィ。
「リュウヤさんが一番心配ですっ! 貴族様としてもすぐに突っかかりそうですしっ!」
おいおい……俺、そんなに短気って訳じゃないぞ?
「確かにフィーちゃんの言う通りかもね。りゅうちゃんたら、気に喰わないとか言って、王様でも平気で殴りそうだし」
どんな暴君なんだよ、俺は……。というか、そんな風に思っているのね、皆さん……。
「だ、大丈夫です……先輩はそんな事しませんから……多分」
味方が居た。せつな、ありがとう! でも、多分って言いながら、ちょびっと首を傾げたよね、キミ……。
「とにかくっ! これから街に出ますけど、充分に注意してくださいねっ、リュウヤさん!」
「あ、はい」
グッと顔を近付けるソフィの迫力に、思わずそう答えた。っだって、眼が据わっているんだもん……。
「散策するのは大賛成だよっ。だけれど、その前に、ちょっと身体を拭いておきたいかな~。土埃塗れで気持ち悪し」
クッと襟口を引っ張り、胸元を覗き込む陽。素敵な谷間がこんにちは。
「リュウヤさん?」
あ、はい。ごめんなさい、ソフィさん……。
女性陣が身支度を整えるという事で……俺は部屋を追い出された。まるで教師に怒られて廊下に立たされている気分だ。
《貴族に対する礼節を注意喚起する前に、マスターに対しての態度を改めるべきです。不遜です》
俺の味方はラファだけのようだ。ちょっと口が悪いのが、玉に瑕だけれど。
「おっまたぁ~! りゅうちゃん、待っててもらってゴメンね。準備できたよっ」
バンっと扉が開かれ、陽たちが意気揚々と出て来る。三人とも防備を脱ぎ、普段着に着替えていた。
陽はスポーティーなパンツルック。明瞭快活な性格とマッチしている。いかん、いかん……強調された胸元から視線を外さなければ……ソフィがジッと俺を見ているし。
そのソフィは、相も変わらずローブ姿と地味な服装である。このインクウェルが、多くの亜人族を受け入れている街だあったとしても、虐げられ続けた過去から脱却できないでいるのか……これも相当根深い問題だな。
そして、最後の一人……せつなは、肩を出したワンピース。華奢なせつなのワンピース姿は、爽やかな印象で、これで麦わら帽子でも被れば、完璧なんだろうけど。
「ほら、言ったでしょ? せっちゃん。りゅうちゃんが、せっちゃんに釘付けだよっ」
「ちょっと、陽!?」
「だって、りゅうちゃん、好きでしょ? 清楚で純朴そうな感じが。ほらっ、よく清純派アイドルのグラビア見てたじゃん」
何故……知っている……? 陽が居る時は見てなかったぞ……。
「せっちゃん、ちょっとクルッと回ってみそ」
「は、恥ずかしいです……」
「いいから、いいから。その恥ずかしい気持ちを持ったまま……そ~れ、一回転っ!」
ガシッとせつなの肩を掴んだ陽は、強引にせつなを回す。
靡くスカートの裾。そこから見える白く細い太ももがチラリと覗く。
「はわ、はわわ……」
バッとスカートの裾を抑えるせつな。首元まで真っ赤に色付く。
「も、もうっ! 陽さん……ご、強引です……」
ポコポコと陽を叩くせつな。その陽は、あははと笑い、意に返さない。そして……背中に痛いほど、強く冷たい視線を感じるんだが……。
こ、怖くて、振り向けない……。
◇
美少女三人を連れ添って、インクウェルの街へ。
正直、居心地が悪い……。至る所から視線を感じる……。
陽は、顔の造詣が完璧な超絶美少女。パンツルックで女性らしさを消したと言っても、陽の美貌が衰える訳では無い。すれ違う人々が、思わず振り返るといった具合だ。
「ずっと思っていましたけど。やっぱり、ヒナタさんって綺麗ですよね」
ハァと嘆息するソフィ。
「いやいや、そんなこと無いってばっ! あたしなんかより、フィーちゃんや、せっちゃんの方が可愛いじゃんかっ!」
ブンブンと首を振る陽。
普通なら、陽が謙遜していると思うのだが……実際はそうではない。陽は心底、自分には価値が無い、無価値な存在だと思っているのだ。それもこれも、昔の心の傷が原因なのだけれど……。
そんな事は露も知らないソフィは、少しムッとし、頬を膨らます。
「女神のような美しさを誇っている人にそう言われても、全然、少しも嬉しくなんかありませんっ! ですよねぇ~、セツナさん」
「う、うん……そうだよね……」
ああ、ソフィは別に怒っている訳じゃないんだな。
この一週間強、共に過ごして、せつなが自ら会話に参加するのが苦手だと判ったのだろう。上手く会話に参加できないせつなを気遣っているんだな。やっぱり、ソフィは優しい子だ。
三人姦しく話しながら――俺は基本的には聞き役だ――、インクウェルの街をブラブラと散策する。
色気より食いっ気の陽が屋台に突撃すれば。
見習い薬師だったソフィは、珍しい薬草に興味津々だったり。
そんな、あっちこっちに目移りする二人の後ろをチョコチョコと追い掛けるせつな。
この約一週間、どの街にも寄れず、堪ったフラストレーションを発散させるように、それぞれインクウェルの街を楽しんだ。
「やっぱり、最後はここだよねっ」
腰に手を当て、そう言う陽の目の前には、ひと際立派な建物が。看板には『インクウェル冒険者組合』と書かれている。
「えっと……入るんですよね……? 私……こんな格好なんですけど……」
「大丈夫だよっ、せっちゃん。皆、気にしないって」
そうは言うけど……せつなは白のワンピース姿だ。確かに、冒険者組合を訪れるにしては、場違いな格好かもしれない。
「いや、流石に変だ。とにかく、これでも羽織って」
俺は魔法鞄からローブを取り出し、せつなに手渡した。
「あ、ありがとう……ございます……」
サッとローブを羽織るせつな。うん、これなら大丈夫だろう。
「ちょっと、ちょっと!? あたしだけローブじゃないのは、仲間外れされているみたいじゃん」
ブーブーと陽は文句を言う。はぁ……仕方がない。
「判った、判ったって! まだあるからっ。……はい、これでいいだろ?」
「うふふ、流石、りゅうちゃんっ。ありがとっ」
陽もローブを羽織り、満足げに微笑む。
「クンクン……あ~りゅうちゃんの匂いがするぅ~」
おい、ローブの匂いなんて嗅ぐなッ! せつなとソフィ、お前らも真似をするなッ! というか、ソフィ。そのローブの匂いを嗅いでも、俺の匂いは絶対にしないぞ? それ、ソフィ専用だから。
「りゅうちゃんの匂い~……ん? いや、違うっ! りゅうちゃんの匂いじゃないっ!? りゅうちゃんはこんな加齢臭なんてしないぞっ! りゅうちゃんは、もっとこう……雨に濡れた子犬みたいな匂いだっ」
雨に濡れた子犬みたいな匂いって……。俺、そんな匂いなの?
そして、済まん。加齢臭は多分、アドルフだ。この魔法鞄……アドルフの私物しか入っていないから。
ワーワー騒いでいると、冒険者組合の扉が開かれ、中から『これぞ、冒険者ッ!』と言った風貌の屈強な男たちが。
入り口で騒いでいた俺らをギロッと睨む。
「あ、ごめんなさい」
陽が謝り、道を譲ると、男たちは無言で立ち去っていく。
その後姿を見ながら、陽は呟く。
「無視って……態度悪くない?」
「まぁまぁ、落ち着け。入り口で騒いでいた俺らが悪いんだからさ」
「そうかもしれないけど……」
不満げな陽。雰囲気を掛けるかのように、ソフィが提案する。
「とにかく中に入ってみましょうよ」
ソフィに促され、冒険者組合の中へ。
さっきの人たちは軽く扉を開けていたけど……この扉、結構重いな。
「うわぁ~すっごい人ぉ~」
「すごく広いですね。リーディニとは比べ物にならないです」
「うぅ……」
興奮気味の陽とソフィ。対してせつなは、冒険者の数に気後れしている。
インクウェルの冒険者組合は、その建物からして大きいとは思っていたが、想像以上に仲は広かった。ソフィの言う通り、リーディニとは規模が違う。
時刻は夕暮れ。迷宮から帰還したのだろう、多くの人で賑わい、ムンムンとした熱気に包まれている。
奥には受付カウンターだろうか。入り口からは視認できないが、長蛇の列からして、多分そうだと思う。
右奥には、巨大な掲示板。この時間でも疎らに依頼票が張り出されており、クエストを吟味する冒険者パーティーもちらほら居る。
「こんな時間なのに、クエストもまだ多く残っているね」
まだ迷宮がどういったところなのか判らないが、想像では洞窟みたいな物だと思うし、それならば昼でも夜でもあまり関係ないのかもしれない。
「酒場も併設されているのですね。あの方々は、仕事を終えた冒険者さんなのでしょうか」
左側にはテーブルが置かれ、酒杯を片手に談笑する冒険者が。酒場と言った様相を呈していた。
「さて、来てみたのはいいものの……どうしよっか?」
え? 何も考えてなかったの?
「あははぁ~、ゴメンねぇ~」
誤魔化すように笑う陽。
「う~んと……取り敢えず、どんなクエストがあるのか、それを確認してみます?」
「お、それは良い考えだねっ、フィーちゃん」
「私も……それがいいと思います……」
せつなもソフィに賛同した。
という事で、右奥の掲示板へと向かう……いや、向かおうとしたのだが……。
「おい、お前ら、見ない顔だな」
声のする方へ振り向くと……。
「おっ、こりゃ別嬪さんばかりじゃねぇか!」
顔を真っ赤にし、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるおっさんが。
ハァ~……何だか、早々にトラブルの予感……。




