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第三二話 チェリーパイ


 ラディックたちを捕らえた報奨金は……何と、金貨五枚。

 イメージ的には革袋に詰められた金貨の山だったんだけど……。

 チャリンと五枚、剥き身で手渡れたのには正直驚いた。受け取った陽も憮然としていたな。

 ラディックたち『山の風』は、冒険者としては有名だが、懸賞金が掛けられていた訳でも無いので、こんなものなのだろう。


 詰所を後にした俺らは、ハリアの街を観光することも無く、ササッと食料を買い占め、逃げる様にハリアを出立。衛士の忠告通り、今後、迷宮都市に到着するまでは、近郊の街への立ち寄りはしないことに決めた。


『何も悪いことしていないのに、何だか逃亡犯になった気分』


 とは、陽の談。それでもリスクは最小限にすべきだろう……というか、既に俺自身が決して正体を明かされてはいけない存在なのだけれど……。


 そんなこんなで馬車を走らせる事、八日――。

 遂に俺たちは迷宮都市インクウェルに到着した。


「はぁ~長かったぁ~……。もう馬車はこりごりだよ……っていうか、お風呂に入りたいっ!」


 不満を口にする陽。


 この八日間は、穏やかなもので、闇ギルドや魔物の襲撃など、一度も無く……本当に淡々とした毎日だった。

 街にも寄れない。馬車での移動は腰に負担が掛かる。そして、何も起こらない日々……。

 陽では無いけれど、俺もしばらくは馬車での移動は遠慮したいな。


「それにしても、すごい人ですねっ。うわぁ~……すっごく楽しみですっ」


 念願だった迷宮都市に到着し、ソフィのテンションは急上昇しっぱなしだ。入街を待つ長蛇の列にさえ、眼をキラキラと輝かせながら感嘆している。


 彼女の亡き母が記した冒険記。その舞台がここ、迷宮都市インクウェル。迷宮都市は、ソフィにとって憧れの物語の世界。――そう、物語の世界だった。


 出会った頃のソフィは極端な虚弱体質であった。駆け足になるだけで息切れを起こす程に……。

 虚弱体質の原因は、身に宿る暴虐の力『銀狼』。力の暴走を封じる聖痕が、ソフィの体力を常時削っていた。

 無論、そのような身体では、絶対に訪れる事は出来ないと、心の片隅では絶望していたのだろう。だからこそ、亡き母が冒険者として活躍した迷宮都市インクウェルに憧れ、夢見る地となっていた。


 そして、彼女の運命は変わる。〝炎帝〟と称される大魔術師アドルフとの出会いよって。


 アドルフによる〈術式改変〉という荒業。破綻の兆しがあった封印術式を改変したことで、体質が大幅に改善した。

 今では縦横無尽に駆け回る元気っ娘となり……遂に、俺と共に憧れの地へと辿り着いたのだった。


「ホント……夢を見ているみたいです。わたしがここに来ることが出来るなんて……」

「夢じゃないよ、ソフィ」

「そう……ですね。夢じゃ……ないんですよね」


 万感胸にせまるかのように呟くソフィ。その眼には先程までとは違う輝きが見て取れた。


「それにしても立派だねぇ~。これ、全部手作業でしょ? 人の力って凄いよね、ホント」


 ほぇ~と感嘆する陽は、手を庇のように翳し、立派な外壁を見上げていた。


 確かにこの外壁を一つずつ、手作業で築き上げたかと思うと、何だか感慨深い。だが……。


「全部が全部、手作業ではないと思いますよ? ある程度、土魔法で土台を作っていると思います」

「なるほど。そういう使い方も出来るんだねっ。ホント、ザ・ファンタジーの世界って感じ」


 ポンと陽は手を叩き納得する。


 そんな他愛も無い話をしながら、長蛇の列の最後尾に並ぶ事、暫し……。


 いよいよ、俺たちの番が回って来る。少し緊張していたが……そんな物は杞憂だった。


「何か思ったよりもすんなり通して貰えたよな」


 検問は驚く程、簡単なものだった。ソフィ・せつな・陽の三人は、冒険者のプレートを見せるだけ問題なし。俺でさえ、羊皮紙に簡単な情報を記入するだけで、身体検査とかも無し。

 本当にチェックしているのかさえ疑わしい程、ササッと荷台を見ただけでオッケー。入町税銀貨一枚を支払うだけで良かった。


「そんなの大丈夫ですよ。リュウヤさんは、そこまで怪しくありませんし」


 フードを被り、白黒の仮面を付けている小柄な少年だよ? 俺。「仮面を取れ」とか言われる物だとてっきり……。


「まぁあれなんじゃない? 毎日多くの人が出入りするし、怠慢勤務になっていたとか」


 いや、陽……それはそれで問題じゃないか?


「いいじゃん、いいじゃん。何の問題も無く、通して貰えたんだからさ。それとも、戻って、門番の人に『ここにおわす俺を誰だと心得る。恐れ多くも中鬼族(ホブゴブリン)であるぞ。控えおろう!』とかして来る?」


 ニヤニヤ顔で言う陽。……そんなの、するわけないじゃん。つか、何で水〇黄門?


 兎にも角にも俺たちは迷宮都市インクウェルへと足を踏み入れた。


 迷宮都市インクウェル。迷宮都市国家アトリニアの主都であり、国名よりも有名な街として知られている風変わりな都市だ。


 迷宮都市インクウェルは、俺が今まで訪れたどの街よりも発展していた。

 馬車の往来で活気に溢れた大通りは、石畳で綺麗に舗装され。

 立ち並ぶ家屋さえも粗雑な造りではない。都市を囲う外壁と同じく、土魔法でも使われているのか、外観からして他街とは違い立派だ。


 そして、圧倒的な差異は、人の多さ。市民から旅行者、冒険者と賑わい、どこを見ても人、人、人で溢れかえっている。

 この人の多さだと、上手く埋没できるなと思う。それにソフィが言っていたように、俺の格好もそこまで場違いではなさそうだ。鎧姿やローブ姿……はたまた仮装かと思う様な奇抜な服装の冒険者など至る所で見られる。


 それにしても……。


亜人族(デミヒューム)も多くいらっしゃいますね」


 ソフィも俺と同じ事を想っていたようだ。今まではあまり見かけなかった亜人族(デミヒューム)もよくよく散見される。


《この迷宮都市インクウェルがある迷宮都市国家アトリニアには、新聖国ミリスシーリアのミリス教がそれ程、浸透していないのではないでしょうか。新聖国ミリスシーリアからも一つ国をまたぎ、距離的にも遠く離れているのも理由の一つだと》


 ラファが自身の考察を付け加える。


《それに、この国では教義を受け入れられないのだと推測します》


 ミリス教は『人族(ヒューム)至上主義』だ。


《そうです。『人族(ヒューム)至上主義』のミリス教……この地では決して受け入れる事が出来ません。この地は、迷宮(ダンジョン)を中心として栄えた都市であり、少なからず魔物のリソースによって発展しているのは事実でしょう》


 ああ、ラファの言う通りだな。あの店で売っているプラントビーンズの豆とか、魔物からのドロップ品だろうし。


《ですが、マスターの正体は隠すべきでしょう。ミリス教でなくとも、人族(ヒューム)亜人族(デミヒューム)にとって魔族は決して相容れぬ水と油のような関係ですから》


 そうだよな。いくら友好的だと言っても、魔物は魔物。人類の敵だもんな……。安息の地は無いのか。


《はい、ありません》


 キッパリとラファは言い切った。はぁ~……。


「ねぇねぇ、りゅうちゃん。今皆で話していたんだけどね、ますは今晩の宿を先に決める方がいいと思うんだ。こんなに冒険者も多いし、宿を確保していた方がいいと思うの」

「うん、俺もいいと思う。久しぶりにベッドで寝たいしね」

「だよねっ、あたしもっ。それにしばらくはここに滞在するでしょ? だから定宿を決めちゃわない? 長期滞在可能な所で」


 そうだな。暫くは迷宮(ダンジョン)に潜ることになるだろうし……。


「だけど、そんな宿、陽は知っているのか?」

「ううん、知らない。だから誰かに訊こうかなぁって思ってる。出来れば、街の相談所みたいなところがあれば、もっといいんだろうけど」


 そうはいってもな……。ただ今、インクウェルに到着したばかりだし、地理も全く判ってないし……。


「わたしに任せて貰えませんか?」


 小さく手を挙げ、そう言ったのはソフィだ。


 ……ソフィに当てがある?


「フィーちゃん、ここに来た事あるの?」

「いえ。わたしは昔から身体が弱かったので、この街どころから、生まれ育った村から出た事はないです。でも、この街の事は、よく知っているんですっ」


 あ、わかった。セシルが遺した冒険記か。


「そうです、リュウヤさん。もう一五年以上も前になっちゃいますけど、母が定宿にしていたところがあるんです。皆さんが良ければ、一度訪ねてみたいのですけれど……」


 ソフィが迷宮都市に憧れたのも、母と同じ景色が見たいという願望もあったのかもしれないな。


「あたしはフィーちゃんに任せるよっ」


 陽はソフィの申し出を快諾。チラッとせつなを見た。


「私も……ソフィさんに……お任せします……」


 ずっと御者台で操舵していたせつなもウンと頷く。


 勿論、俺にも断る理由が無い。という事で、ソフィの案内で、その宿に向かうことに。

 セシルが活動していた時期から、多少なりとも街は変わっているようで、右に左に迷うことになってしまった。


 それでも、街の雰囲気を感じるのには良かった。あ、ここは武器屋か……。


 前のめりにキョロキョロと辺りを見回していたソフィが、あっと声を上げる。


「そこを左に……あ、あった! ありましたっ! あそこの宿ですっ!」


 ブンブンと尻尾を振りながら、やっと見つけた目的の宿を指差す……のだが……。


「えっと……」

「そうだな……」


 俺と陽は顔を向き合わせる。口籠る陽は困惑顔をしていた。多分俺も同じなのだろうけど。


 その宿は……とにかく、ボロかった。まるで……廃屋だ……。


 定宿とするかはさておき。少なくとも、ここはソフィにとっては意味のある場所だ。

 馬車を止め、中へ。立て付けが悪いのか、ギィ……と扉が軋む。


「おやおや、まさかお客さんかい?」


 奥から穏やかな声が聞こえた。受付なのだろうか、そこには背が丸まった柔和そうなお婆さんが座っていた。


「すみませんっ、ここは宿屋チェリーパイですか?」


 宿の名前がチェリーパイって……。


「そうさな。ここはチェリーパイさね。一応、宿屋だわさ」


 一応って……。

 ツッコミどころ満載の宿屋チェリーパイ。一応、宿屋として営業しているようだ。他の客の姿は全く見えないけど……。


 中は廃屋同然の外観とは違い、そこまでボロボロという訳でも無さそうだった。キレイに掃除が行き届いており、これならここを定宿として、活用してもいいかもしれない。


 陽も俺と同じ考えに至ったのか、ホッと胸を撫で下ろしている。


「あの……まだ泊まるかは決めていないのですが……その前にお聞きしたいことがあって」

「何さね? この婆に答えられる事ならいいのじゃが」

「えっと、一五年くらいに前になるんですけど、この宿にセシルという狼人族(ライカンスロープ)が泊まっていませんでしたか?」


 そう尋ねるソフィは、少し緊張気味だ。


「そうさな……どうやったやろか。今と違って昔は多くの人が泊まっておったからのう、狼人族(ライカンスロープ)のお客もよく利用してくれとった。せやから、申し訳ないのやけれど……」


 済まなさそうに答えるお婆さん。


「そう、ですか……随分と昔ですもんね……」


 少し気落ちしたかのようなソフィ。母の昔話が訊けると期待していた分、落胆も大きいのだろう。


「済まんのう……ん?」


 と、お婆さんが何かに気付いた。


「ちょっと、狼人族(ライカンスロープ)のお嬢ちゃん。もう少し近くに寄って、よく顔を見せてはくれんかのう?」


 ちょいちょいと、お婆さんは手招きした。ソフィが近付くと、糸のように細くなった眼を凝らして、ジッとソフィの顔を見詰める。


「ん~……どことなく見覚えが……ああ、そうか! お嬢ちゃん、もしや、セシリア嬢ちゃんの娘さんかい?」


 ソフィは大きく眼を見開いた。


「やっぱり母の事、ご存じだったんですねっ!」


 セシリア? いや、ソフィの母はセシルという名だったはず……。


「いや、ソフィ。お母さんはセシルだろ? セシリアじゃ……」

「そうなんですっ。でも違うんですっ。いや、そうなんですっ」


 落ち着け、ソフィ。


「セシルというのは母の愛称で、本名はセシリアなんですっ! あぁ~やっぱり、母はこの宿屋に泊まっていたんですね」


 なるほど。だからお婆さんにセシルと初めに訊いても判らなかったのか。


「その綺麗な銀髪、透き通った紫の瞳。よく似ておる。言われてみれば……婆が知っておるセシリア嬢ちゃんと瓜二つじゃ。懐かしいのう……」


 お婆さんも感慨深く言う。


「せやけど、セシリア嬢ちゃんに、こんな大きな子がおったとは……。セシリア嬢ちゃんは息災かの?」

「母は……随分と前に亡くなりました」

「そうやったか……」


 ソフィの答えに、お婆さんは悲しそうに呟いた。そして、しんみりとした雰囲気を変える様に、朗らかに言う。


「それにしてもよく似ておる。何故、婆は気付かんのやったやろか……母親に似て、美人さんに育っておるのう」

「いえ、わたしは……」

「ほっほっほ。まぁええ。嬢ちゃんたちは、迷宮(ダンジョン)へ潜る予定なのかえ?」

「そうだよ、お婆ちゃん。暫くはインクウェルに滞在する予定なのっ」


 お婆さんの問いに、陽が元気よく答えた。


「そうかい、そうかい。定宿は決まったかい? まだなら、ウチに泊っていきやんせ。セシリア嬢ちゃんの愛娘じゃ。金はとらんよって、いくらでも泊まっていきな」


 おいおい、いくら昔馴染みの娘だからって、無料(タダ)はないだろ……。


「ありがとっ。でも、そんなの悪いし……少し割引してくれるだけで、あたしたちは嬉しいな」

「そんなもの気にせんでええのやよ」

「お婆ちゃんはそうでも、あたしたちは気にしちゃうのっ。あ! それなら、しばらく長期でお部屋借りられる? 出来れば、四人部屋とかあったら嬉しいんだけど」

「大部屋かね? もちろん空いておるよ。まぁそれ以外の部屋もずっと空室なのやけど、ほっほ」


 ありゃりゃ。まぁ外観から想像していたけど、あまり流行ってはいないんだろうな。


 お婆さんのご厚意に甘え、通常料金より大幅に割引してもらい、俺らは宿屋チェリーパイを定宿にすることに決まった。



GW真っ只中。皆さん、いかがお過ごしですか?

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