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第三一話 アゲハ


 ……ん。

 ……ふと、目覚めた。

 まだ薄暗い。だけれど、遠くに小鳥のさえずりが聞こえる。

 朝か……昨日は見張り番を交代した後、すぐに眠ったんだっけ? 

 なんやかんやで、疲れが溜まってたのかな。色々とあったし。

 視線を感じる……。眠気眼を開ければ、クリッとした大きな瞳が。


「おはよう」

「おはよう……ございます……」


 か細い声で挨拶を返すのは、昨夜見張り番を共にしたせつなだ。

 横になり、ジッと俺を見ていた。


「眠れなかったの?」

「いえ……ぐっすり眠れました……」


 ええっと……。


「何で、ジッと見ているんだ?」

「寝顔を……見ていました……」


 うん、だろうね。というか、見ていた理由が訊きたいんだけど。


 昨夜一晩共にしても、せつなという少女の事はよく判らない。無口で控えめな性格だってこと以外は。

 話し掛ければ答えてくれるのだけれど、せつなからは決して話しかけてこない。人見知りかと思えば、俺との距離が近いし、こうして同衾しても問題ないのだ。


「他の二人は?」


 何だか居た堪れなくなり話を変える。


「見張りを……していると……思います」

「そっか……」


 ウ~ン、何だかなぁ~……。


 とにかく起きて、テントの外へ。……あれ? ソフィだけしか居ないぞ。陽の奴、どこ行きやがった?


「おはよう、ソフィ」


 三角座りで縮こまっていたソフィに声を掛けると、バッと顔を上げた。


 え、何で泣いているんだ?


「リュウヤさぁ~んっ!」


 泣き声のソフィは飛び跳ねるかのように、ガバッと俺に勢いよく抱き着いてきた。


「おいおい、どうしたんだよ?」


 訊いても、ソフィは赤子のようにぐずるだけ。俺の胸に顔を擦り付けるように埋める。


 はぁ~……よく判らないけど、朝から大変だ。


 と、丁度姿が見えなかった陽が戻って来た。


「お、りゅうちゃん、せっちゃん。おはよっ」


 うん、陽は平常通りだな。というか、陽が着た瞬間、胸の中のソフィがビクッと震えたのは何で?


「おはよう。で、一体どうしたの?」


 辟易と言った具合に訊くと、陽は「あははは」と作り笑いを浮かべた。


「いや~それはねぇ~……」


 チラッと横目で見る陽。そこには麻袋を頭から被せられたラディック一行が。


「ほら、あたしたち、今日進むか戻るか決めるって話だったじゃん? だから、りゅうちゃんが起きてくるまでにさ、ちょっと聞き出そうと思ってね」


 そりゃ、有り難い。余計な手間が省けるしね。


「だけど、ちょ~っとこの人らの態度が悪かったから……ちょっとだけ脅かしたんだけど……」


 陽は居心地悪そうに眼を逸らした。

 あ~理解した。それでソフィが怖がっているのか。


 陽は誰もが振り返る程の超絶美少女だ。端正な顔立ち、スッと通った鼻筋に、水晶のような大きな瞳。

 普段ニコニコ顔を絶やさない陽だけど、彼女が凄むと、その容貌と相俟って、一段と恐怖を感じさせるんだよな。

 俺も何度か経験がある。陽って怒るとホント怖いんだよなぁ……。


「ソフィ、もう大丈夫だ。陽って二面性のある狂人だから、今のニコニコバージョンだと、何も問題は無い」

「ちょっと、りゅうちゃん!? それはいくら何でも言い過ぎでしょっ!」


 プンプンと怒る陽。それぐらいだと、可愛らしいだけなんだけどね。


 ソフィを宥めつつ――何やら背後から視線を感じる……――陽に訊く。


「で、どうだった? 進むか、戻るか、どっちの方がよさそうなの?」

「えっとね……この人らの話を信じるなら、どっちもあんまり変わらないみたいだよっ。あたし的には、進も戻るも変わらないんだったら、このまま進んでもいいんじゃないかなぁ~って思うけど……そこはりゅうちゃんに任せるよっ」


 まぁラディックたちの言葉を信じるならだけど。さて、どうしようか。


《このまま次の街を目指してもいいと思います。周辺情報から鑑みても、分布している魔物のレベル帯も対応できない事は無さそうですし、この罪人の為だけに、マスターが行程を遅延させる必要はないかと》


 ふむ、ラファも陽と同じ意見か。後の二人は……。


「グスッ……お任せします」

「わ、私も……」


 まぁそうだろうとは思っていたけど。


 そうと決まれば、出立の準備だ。ぐずっていたソフィは陽に責任を取らせ、準備に取り掛かる。

 テント等の野営設備を片し、そのまま俺の魔法鞄に仕舞う。荷台に乗せられていた貨物も全て魔法鞄へ。


「ほぇ~、すごいね。その魔法鞄だっけ?」


 眼をパチクリさせながら陽が言う。


「うん、前に話したアドルフの物なんだけどね。容量にも限度はあるみたいだけど、これくらいの荷物ならまだ収納できるよ」

「重くなったりしないの?」

「そういうのはないみたい。ほら、ここは魔法とかあるファンタジー世界だから」


 すっかり空いた荷台には、ラディックたちを乗せる。ちょっと陽が声を掛けるだけで、粛々と従うラディックたち。一体、どんな罵詈雑言を浴びせかけたのか……。


「りゅうちゃん、何か失礼な事考えてなかった?」


 ジトっとした目付きの陽。やめてくれ、ソフィが震えているじゃんか。


 ともあれ、出立の準備は完了。


「あ、わたしが御者しますねっ。村で馬を扱うこともあったので」


 ソフィが御者に名乗りを上げた。


 よかった。馬車の操縦なんて奇特な経験したことなかったし。


「私……覚えたいです……」


 小さく手を挙げたのは、せつな。興味があるらしい。


「はい、わたしで良ければお教えしますよっ」

「お願いします……」


 御者台にソフィとせつな。荷車に俺と陽、ついでラディックたち四名。


 手綱を引き絞り、ソフィが軽快に馬車を走らせる。


 ――カタン、コトン。


 軽妙なリズムを奏でる車輪の音。小気味良い振動が、妙に心地良い。


 馬車は次の街へ向けてゆっくりと進んでいく。



 ◇



「はん? 盗賊を捕まえただって?」


 大きなトラブルも無く、俺らはアルメニアの都市――ハリアへと到着。


 まずはラディックたち罪人を引き渡す為、詰所へとやって来ていた。


「そうなんです! この人たち、あたしたちの食事に痺れ薬を入れて、あたしらを奴隷として売り飛ばそうとしてたんですよ」


 街の衛士に代表して話すのは陽の役割となっている。愛想の良いニコニコ顔の陽は、やはりこの異世界でも美少女として認識されているのだろう。髭面の衛士も威厳を保とうとしているが、鼻の下が伸びっぱなしだ。


「おいおい、コイツら『山の風』じゃねぇか。コイツらがお嬢ちゃんたちを罠に嵌めたってのか」


 バッと麻袋を取った衛士は、連れられて来たのが有名人だと判り、眼を見開いて驚く。

 そして、疑うかのような眼で陽を見やった。


「お嬢ちゃん、本当にコイツらがやったのか? もし、嘘だったら――」

「嘘なんて言うはずないじゃんかっ! こんなことで嘘吐いて、あたしらに何かメリットなんてあると思う? この人ら、オッチャンが知っている通り、そこそこ有名人なんでしょ? そんな人たちを嵌めたって、あたしらには何も良い事なんてないよっ。そんなの疑われるだけじゃんかっ」


 テンション高く言い張る陽。


 確かに俺らにメリットは無い。別にラディックたちが指名手配され、賞金が掛けられている訳でも無いしな。


「そうかもしれんが……」


 それでも衛士は疑いの眼を向け続ける。


「とにかく、身体検査でも何でもしてよっ。そしたらこの人らが悪者だって判るからさっ」


 なおも強気で言い張る陽に、押されるように衛士はラディックの懐を検める。すると……。


「おいおい、こりゃマジもんだぜ」


 取り出したのは一枚の羊皮紙。それは人身売買について書かれた指令書であった。


「ふふん、だから言ったでしょ」


 満足げに胸を張る陽。豊満な乳房がプルンと揺れる。


「ちょっと、待ってろ。しっかり調べるからよ。おい、誰か手伝ってくれ」


 証拠が出れば、衛士の態度も変わる。真剣な眼付きとなった衛士は、増員を呼び、検査に取り掛かった。

 身体検査を受けているラディックたちは、既に諦めているのか、妙な反抗はせず、粛々と受けている。


 待つ事、暫し。


 ある程度検めた衛士が、壁際に追いやられていた俺たちの元へ来た。


「まだ尋問はしていないが、コイツらが奴隷売買を行っていた証拠は見つかった。すまねぇな、お嬢ちゃん。疑ったりしてよ」

「いいの、いいの。判ってくれればさ」

「そう言って貰えると助かる。それと、少しどういった経緯でコイツらと知り合ったのか、詳しく聞かせてくれねぇか」


 という事で、今までの経緯を簡潔に話す。リーディニの冒険者組合にて、護衛クエストを受注した事から始まって、ハリアに到着したまでの経緯を。


「ふむふむ、なるほど。どうやら最近噂になっている新人冒険者の失踪は、コイツら『山の風』が主犯だった訳だ。手口は杜撰だが、経験も能力も劣る新人をターゲットにするとは、性根が腐ってやがるぜ」


 衛士は吐き捨てるかのように言うと、項垂れるラディックたちに軽蔑の視線を送る。


「それに厄介なことに、コイツらはただの実行部隊らしい。コイツらの上に、闇ギルドが関わっている」

「闇ギルド?」

「ああ、闇ギルドってのは、非合法な活動を行う野蛮人の集まりのことだ。窃盗、恐喝、脅迫、殺人……今回の奴隷売買もそうだな。そういった犯罪活動を主とするのが闇ギルド」


 闇ギルド……日本で言えば、「裏社会」ってことかな。


「ほら、見てみろ。アイツらの腕に刺青が彫ってあるだろ?」


 衛士はラディックの袖を捲り上げる。前腕の内側に、蝶々の刺青が。


「こいつが闇ギルド員の証明みたいなもんだ。冒険者組合みたいにプレートを発行したりはしねぇ。こうやって身体に刻むんだよ。一生足抜けさせねぇようにな」


 非合法な組織だからこそ、刺青を彫ってギルド員を縛る。


「この蝶の刺青は、闇ギルド『アゲハ』。最近、台頭してきた新興勢力なんだが……これがまたタチが悪い。なりふり構わずの……頭のおかしな連中共だ。頭の筋がぶった切れてやがるからな。何しでかすか判らねぇ奴らだ。国の偉いさんからも、口酸っぱく言われているぜ。即刻駆除しろってな」


 憎々しげに顔を顰める衛士。


「そりゃ怖いね。でも、いいの? そういった情報とかって機密扱いになったりしない? あたしらに話しても大丈夫なの?」


 ギロッと衛士が陽を睨む。


「あほか、嬢ちゃん! 俺は注意しろって言ってんだよ」

「へ? そりゃあ忠告は感謝しているけど……」

「聞いて無かったのか? 今までの話を。この闇ギルド『アゲハ』は相当タチが悪いんだ。関わったら骨の髄までシャブられちまうくらいな。お嬢ちゃんたち、もう関わっちまったろ?」


 ああ、確かに俺らは関わってしまった。だから俺たちを狙って闇ギルドが襲ってくるかもしれないってことか。


「でもでもっ! あたしらが関わったのは、この人たちだけで……尾行とか無かったし!」


 流石の陽も少しばかり焦っているようだ。ソフィとせつなも事の次第に微かに震えている。


「それでも奴らには遅かれ早かれ、お嬢ちゃんたちの情報が伝わるぞ。『山の風』が捕らえられた事は、数日のうちに『アゲハ』上層部に伝わるだろうし……最後に『山の風』に接触したのが、お嬢ちゃんたちだとすぐに判る。冒険者を語って、組合に問い合わせればいいからな」


 マジか……なら、俺たちは闇ギルド『アゲハ』の影にずっと怯え続けないといけない?


「こっちで冒険者組合には連絡をしておく。嬢ちゃんたちの情報を秘匿する様にな。それでも組合職員全員の口を塞ぐことは出来やしねぇ。口の軽い奴はどこにでもいやがるからな」


 ハァと嘆息する衛士。


「とにかくお嬢ちゃんたちは、即刻、街を出た方が無難だろう。勿論、リーディニなんかに戻るなよ? すぐに足がつくからな」


 神妙に頷く俺たち。


「確かお嬢ちゃんたちは、迷宮都市へ向かうんだったか。なら、できるだけアルメニア国内の都市には寄らず、直接迷宮都市へと向かうんだな。あそこは、多くの冒険者が集う場所だ。森に隠れちまえば、中々見つかることもねぇだろうよ」

「判りました。ご忠告感謝しますっ」


 陽がぺこりと頭を下げた。慌てて、俺らも頭を下げる。


「よせやい。俺はただ職務を全うしているだけだからな。あぁそうそう。今回コイツらには懸賞金は掛かっていなかったが、多少の報奨金が出る。そいつを用意するから、ちょっと待ってろ。あと、コイツらの装備や荷物なんかの所有権は、お嬢ちゃんたちにあるからな。気にせず持って行ってくれ」

「えっ!? じゃあ馬車とかそのまま貰ってもいいのっ!?」

「ああ。罪人からせしめた物は、捕らえた者に所有する権利がある。そう国で定められているからな。好きなだけ持っていきな」


 そう言って衛士は奥の部屋へと向かった。言っていた報奨金の準備があるんだな。


「はぁ~馬車が手に入ったのはラッキーだったけど……」

「闇ギルド『アゲハ』ですか……これからは注意しないといけませんね」


 一難去ってまた一難。闇ギルドに狙われることになってしまった。どんよりとした空気に包まれる。


「とにかく、あの衛士の人が言っていたように、寄り道せずに迷宮都市に向かおう。食料の買い足しだけして。俺の魔法鞄に入れとけば劣化せずに済むし」


 ポンっと、肩から提げた魔法鞄を叩く。


「そうですね。アドルフさんに感謝です」


 重くなった空気を変える様に、ソフィはニコッと微笑む。


「それにオッチャンは脅かせ過ぎだと思うよ。日本みたいに科学技術が発達している訳でも無いし、そう簡単には見つからないよ。だから、安心して、せっちゃん」


 穏やかに陽は言う。


「は、はい……判りました……」


 それでも怖いのか、せつなはピシッと俺にしがみ付いている。


「もうっ! そんなにりゅうちゃんの事が好きなの?」

「い、いえ……そういう訳では……」

「くふふ。いいの、いいの。あ~あたしも怖くなっちゃったなぁ~。だから、りゅうちゃん、抱き締めちゃう!」


 キャハッと、楽しげに俺を抱き締める陽。


「ああ~! 皆さんずるいですっ。わたしのスペースが無いじゃないですかっ!」

「もう~しょうがないなぁ~。はら、フィーちゃん、場所代わってあげるっ」


 怖がるせつなに配慮して、明るい雰囲気を作ろうとする陽。陽が居るだけで救われるなぁ~……。


《マスター、私も寂しくなったので、ギュッと抱き締めて下さい》


 ラファよ……腕輪のお前をどうやって抱き締めろと?



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