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第三〇話 上手い話には裏がある


 カラン、カラン……。

 木皿が地に落ちる音が響く。


「本当に良かったです。貴方たちがここまで馬鹿な娘で」


 三日月のように口許を歪めたラディックは、クククと嗤う。


 まるで糸が切れた操り人形の如く、ドサリと崩折れる俺たち。


 何だ……これは……? 身体が……動かない?


「何を……したの……?」


 震える唇を動かし、陽が訊く。


「簡単な事です。貴方たちの食事に少し痺れ薬を入れたまでの事。この痺れ薬は大変重宝してましてね。即効性が高く、非常に扱いやすいのですよ」


 醜悪な笑みを湛えながら、ラディックは続ける。


「まぁ貴方たちのような馬鹿で愚かな娘であれば、この薬を使う必要は無かったかもしれませんが。紳士的に接すれば、コロッと簡単に信用してくれるんですからね」


 堪らずと言った具合にラディックは腹を抱えて笑い声を上げた。


「アハハハ! いやはや、流石、ノルディーの目は確かだ。馬鹿で愚かで……そして上玉。大手柄ですよ、ノルディー」

「ええ、ええ、今回の分け前は期待していますよ、ええ」

「勿論ですとも。これ程の上玉であれば、金貨四、五〇枚はくだらないでしょう。三人合わせて、一五〇枚ですか、クフフフ」


 一体何の話をしているんだ……? 金貨がどうとか……。


《恐らく、奴隷として売り飛ばす算段なのでしょう。話の流れからして、この者たちは、冒険組合で注意喚起されていたルーキー狩りだと推測されます。以前からこのような手口で、新人冒険者を陥れ、奴隷売買をしていたのではないでしょうか》


 おいおいマジか……所謂イモ引いたって事かよ……。


「さて、痺れ薬の効果が切れる前に、縛り上げましょうか。ディン! ライ! 柔肌を痛めないように注意するのですよ。あ~そうそう、この小僧は縛らなくてもいいです。ここで処分しますから」

「了解した」

「……」


 クソッ! 身体が痺れて動かねぇ! それに魔法もダメだ! 魔力回路にも影響しちまっている!


《ご安心下さい、マスター。このような窮地、私とマスターであれば、何も問題ありません》


 ディンとライは、馬車の荷台から数本のロープを取り出し、ゆっくりと俺たちに近付いてくる。このままだと、ソフィたちが……。


《……解析が完了しました。新スキル「麻痺耐性」を取得。スキルを発動します》


 ラファの宣言と同時に、身体から痺れが抜けていく。


 流石、ラファッ! 今日は大活躍じゃねぇかッ!


《お褒めに預かり光栄に存じます。では、マスター。悪漢に正義の鉄槌を!》


 俺はダンッと地面を叩く。


「〈ソーンウォール〉ッ!」


 土魔法――〈ソーンウォール〉。動けないソフィたちを守るように、土の壁を生成。

 魔の手から分断させることに成功。


「な、何だ!? 敵襲!? 他にも仲間がいたのか!?」

「い、いえ、そんなはずは!」


 狼狽するラディックとノルディー。まだ俺には気付けていない?

 なら、好都合。俺は飛び跳ねる様に起き上がると、ラディックに迫った。


「こ、小僧!? 何故、動ける!?」


 想定外のトラブルには弱いのか。まぁ答えてやる必要はない。


 俺は鞘から刀を抜刀するかのように、魔法鞄から杖を引き抜いた。


 アドルフ愛用の杖。見た目はただの杖だが、これが何とユニーク武器。俺の体長に合わせて伸縮する。


 俺は大上段から振り下ろす。


「ぐっ」


 流石ゴールド冒険者。ラディックは咄嗟に腕をクロスし、受け止めた。

 それは想定内。俺は逆端を勢いよく振り上げる。


「ぐぇッ」


 逆端は防御を掻い潜り、ラディックの顎へクリーンヒット。

 白目を剥いたラディックに、俺は容赦なく側頭部に杖を叩き込む。

 ガツンと、鈍い手応え。崩折れたラディックは、ピクピクと痙攣するだけで、起き上がる様子は無い。

 サッと横目で一瞥……ノルディーは腰を抜かし、失禁していた。


 どうやらノルディーは戦闘要員ではなさそうだ。逃げそうにも無いし、取り敢えずは放置。


 振り返ると、土の壁の左右からディンとライが。目を見開き、ことの事態に驚愕している。


 一人ずつ仕留めよう。まずは大柄なディンから。


 俺は反転、一気にディンへと肉迫する。


「チッ」


 舌打ちはライ。一瞬先に状況を飲み込んだライが、懐から暗器を取り出す。


 そうはさせないッ! 


「〈スリングショット〉」


 即座に土魔法〈スリングショット〉を詠唱。生成された礫が飛翔し、ライの大腿を穿つ。

 動きが止まったライを横目に、ディンを急襲。

 飛び上がり、未だ呆けているディンの顔面を掴み……。


「〈バースト〉」


 火魔法〈バースト〉。手の平から灼熱の炎が噴き出す。


「ぐ、が……」


 ディンは鈍い悲鳴と共に仰向けに倒れた。

 肉が焼けたすえた臭い、立ち昇る白煙。加減はしたけど、酷い火傷だ……。

 命に別状は無さそうだし、失神しているからこのまま放っておいても問題なしと判断。


 残るは二人。ギッと憎悪の瞳で俺を見るライ。


「……何故だ」


 何故? あぁ、何故、痺れ薬が効か無かったってことかな?


「教えるわけ無いだろ」


 うん、何でも聞けば教えてもらえると思ったら大間違いだよ。


 と、俺が答えると同時に、ライは暗器をシュ、シュと投擲。


 ――カン、カン、カン!


 慌てず、俺は杖で全てを弾いていく。


「チッ」


 全ての暗器を撃ち尽くしたライは憎々しげに舌打ち。タガーを縫い放ち、徹底抗戦の構え。

 いや、脚を負傷し、逃げることが出来ないのか。大腿から血を流し、辛うじて立っているといったところ。


 俺はサッと接近。無論、ライはタガーを振るい、抗戦するものの……短剣使いが甘い。

 ソフィと乱取り稽古をよくしている俺にとっては脅威ではない。


 ササッと、身を翻してタガーを躱し、懐へ。

 拳を引き絞り、アッパーカット!

 顎に直撃を受けたライは、放物線を描くかのように吹き飛び……そして、昏倒した。


「フゥ~……」


 全てを打ち倒し、俺は思わず一息つく。いや、そういえば、もう一人残っていたっけ。


「ひぃ、ひぃ、お助けをぉ~」


 腰を抜かしたノルディーが、這いずる様に逃げ出していた。


 俺はゆっくりと近付き、無慈悲に杖を振るった。


「ぐわしッ」


 カエルが潰れたかのような呻き声を上げたノルディーは、口から泡を噴き出しながら失神した。


 さて、取り敢えずは片が付いた。こいつらが意識を取り戻すのには、時間が掛かるだろう。


 俺は倒れているソフィらの元へ。


「大丈夫か?」


 声を掛けるものの、反応がない。いや、眼が「大丈夫」だと伝えている。


 さて、どうしたものか……。


《マスター。この者共は緊急時に際して、解毒薬を所持しているのではないでしょうか》


 ふむ、確かに解毒薬を持っていてもおかしくはないな。


 ラディックたちの懐をまさぐると……あった。多分、これが解毒薬だな。


 ラファの特殊能力(エクストラスキル)「鑑定」の結果からも、これが解毒薬だとお墨付きを貰い、一人ずつ解毒薬を飲ませていく。


「ふぅ~……りゅうちゃん、ありがと。助かったよ」

「ありがとうございます」

「ありがとう……ございました……」


 まだ軽い痺れは残るものの、どうにか身体を動かせるまでに快復。各々、身体の具合を確かめている。


「いや~まいった、まいった。身体が思うように動かないって怖いねぇ~」

「そうですね。もう二度と経験したくは無いです」


 麻痺はもうこりごりだと口々に言う。


「さて、どうする、りゅうちゃん?」

「とにかく目覚めるまでに縄で縛っておこう」

「そうですね。自由にしたままだと怖いですもんね」

「あ……縄……ここにあります」


 とにかく、身動きできないようにラディックたちを縄でふん縛ることに。


「いい人だと思ってたんだけどねぇ~……ホント、すっかり騙されちゃったよ」

「でも、最初はなんか胡散臭いと思いませんでした?」

「ん~確かに、クエストの条件も破格だったし、『え? ホントにいいの?』って思った。うまい話には裏があるって、このことだよねぇ~。これからは気を付けないとっ」


 陽の言う通り、第一印象は胡散臭いと俺も思った。だけど、流されていく内に、これでいいんだと思わされてしまった。ラディックも紳士的に振舞っていたし……すっかり騙されてしまったな、反省……。


「よし! これで簡単には逃げられないでしょ」


 ギュッ、ギュッと縄を確認する陽。


「りゅうちゃん、どうする? 水でもぶっかけて、事情聴取でもする?」

「いや、それは止めておこう。話を聞いても、俺達にはどうすることもできないしな。それに夜だし、このまま失神させておこうよ」


 陽は完全に暮れ、夜の帳が降りている。正直、今日は疲れた。


「そうだね。お~し! この悪者はこのまま放置! 一晩このままでも大丈夫でしょっ」

「でも、万が一って事もありますから、見張りは必要ではありませんか?」

「おっ。フィーちゃんの言う通りだね。二人一組で一応見張っておくべきだ」


 ウンウンと頷く陽。


「それじゃあ、誰と誰が組むか決めないとね。おっし、またまたジャンケン大会だ!」


 陽……なんだかいつもよりテンションが高いな。


《皆が不安にならないようにしているのでしょう。最悪の場合、彼女らは奴隷として売り飛ばされてしまう寸前でしたから》


 あ~そういう事か。痺れ薬なんて物を使われたんだし、そりゃ怖いよな。


 ということで、じゃんけん大会が始まり……見張り番の組み合わせが決まった。


 俺とせつな、ソフィと陽という組み合わせ。


「くぅ~……りゅうちゃんと同じ組になりたかったのにぃ~チクショウ!」

「まぁまぁ、ヒナタさん、落ち着いて」


 何だか陽とソフィ、いいコンビになってきたな。せつなが少し浮いているのが気になるけど……。


「よろしく……お願いします……」

「あ、うん。よろしく」


 それはまぁ俺がフォローすればいいか。


 ◇


 見張り番も決まり、夕食の摂り直し。

 ラディックが用意した物の中から、ラファの「鑑定」で安全と判断された物だけを使い、簡単に夕食を済ませた。

 食後のティータイム。と言っても、白湯なんだけど……。


「一度、リーディニに戻って、この人たちを受け渡す方がいいかな?」

「わたしはこのまま次の街に向かってもいいとは思いますけど」


 陽が話を切り出し、ソフィが追従するという流れが出来つつある。


「お任せします……」


 せつなは基本的に受け身だ。あまり口達者ではない。


「次の街までは結構距離があるのかな?」


 俺も基本的には受け身だ。口が立つ方では無いし。


「どうなんでしょう? わたしは、聖国から出た事がないので、この地域の地理はちょっと判らないです」

「それを言ったら、あたしとせっちゃんも同じだよ。この異世界に来てからは、ずっとリーディニに滞在していたし」

「地図とか……無いのでしょうか……この人たち……持っているかも……」

「そだね。この人たちなら持っているかも。とにかく探してみよっか」


 陽は立ち上がり、馬車を調べ始める。ソフィとせつなも。

 俺はふん縛った奴らの懐をまさぐる。女の子にさせる訳にもいかないからね。

 ということで、暫し地図を探す。まるで俺らが盗賊になった気分だ。


「あ……ありました」


 見つけたのはせつな。直ぐに皆集まり、頭を突き合わせて地図を覗き込む。だが……。


「ん~……これ、地図って呼べる?」


 疑問を呈したのは陽。確かにせつなが見つけた物は、地図らしきものなのだけれど……。


「大雑把過ぎて、よく判らないよな」


 大雑把も大雑把。チラシの裏に書かれた落書きのような代物だった。


《仕方がありませんよ、マスター。マスターの世界では精巧な地図が存在しているようですが、この世界では地図は軍事機密です。市井に出回るレベルでは、このように大雑把で、最低限の位置情報しか記している物はありません》


 ふむふむ、言われてみれば、ラファの言う通りかもしれない。


「この地図を見れば、あたしたちが通って来た街道を真っ直ぐ道なりに進めば、次の街に到着するとは思うんだけど……」

「どれぐらい離れているか、判りませんよね」


 ウ~ンと唸る俺たち。と、せつなが小さな声で言う。


「明日……この人たちを起こした時に……聞くのは……どうですか?」

「うん、それだ!」


 ビシッとせつなを指差す陽。ビクッとするせつなが小動物みたいで可愛らしい。


 という事で、進むか戻るかは、明朝決めることに。


「それじゃあ、あたしたちは先に休ませて貰うね。見張り番、よろしくぅ~」

「お休みなさい」


 ヒラヒラと手を振る陽、ペコリと礼儀正しく挨拶をするソフィ。二人は設営したテントへと、入っていく。


 さて、俺らは見張り番。焚火を絶えさぬように、枯れ枝をくべる。


「…………」


 パチ、パチと焚火が爆ぜる音だけが響く。


 さて、どうしよう。俺もせつなも口下手だ。話題を提供する者がいない。


 妙な静寂が暫し流れ……ふと、せつなが口を開く。


「あの……」

「ん? どうした?」


 訊き返す俺。だが……せつなは次の句を踏めずに閉口する。


 ……どうすればいいんだ!? 


「あの……」


 か細い声。再びせつなが口を開く。

 俺は辛抱強く待つ。


「えっと……先輩って……呼んでも……いいですか?」


 ここに来て呼び方の提案!? もう出会って二日も経っているんだけど!?


「ダメ……ですか……?」


 眉を八の字に悲しそうな顔のせつな。


「いや、ダメじゃないよ。先輩でも、パイセンでもどうとでも呼んでよ」

「パイセンは……イヤです……」


 あ……そう。ごめんね、冗談なんだ……。



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