第二九話 ラディックという男
「おはようございますっ!」
「おはよう……ございます……」
バンッと、勢いよく開いた扉の音で俺は目覚めた。日の出前で、まだ部屋は薄暗い。
「な、な、な……何しているんですかっ!?」
「あわわ……」
何だか焦っているソフィとせつなの声。一体、何をそんなに焦っているのか……。
「んにゃ……あ~……おはよ、フィーちゃん、せっちゃん」
耳元で眠たげな陽の声が聞こえる。あ~昨日は陽と喋っていたら、いつの間にか眠ってしまったんだっけ? そういえば、背中に柔らかな感触が……。
「お、お二人とも、ハ、ハレンチですっ!」
「はわわ……」
落ち着け、ソフィ。そして、せつな……指の隙間からちゃっかり見てるじゃんか。
そんな朝のひと騒動も終え、昨日宿屋に向かう途中に買った朝食を食べ、支度を整える。
日の出前とあり、薄暗いリーディニの街は、昨日と打って変わって静かなものであった。
「年頃の男女が同衾なんて、ハレンチですっ」
「え~別にイヤらしいことなんて、何もしてないよぉ」
「い……イヤらしい……こと……」
女三人寄れば姦しいとはこのことだ。朝っぱらから喧しい。
「次からは、ヒナタさんはリュウヤさんとは別に寝て下さいっ」
「え~それって次はフィーちゃんがりゅうちゃんと一緒に寝るって事?」
ニヤニヤと微笑む陽は、流し目でソフィを見やる。
「ち、違いますってば!? そういう事じゃなくって!」
「ハ……ハレンチ……です……」
「セツナさん!? 酷くないですか!?」
ホント……喧しい……。
集合場所はリーディニの南門だ。近づくにつれ、徐々に荷馬車の数が増えていく。
「おぉ~おはようございます、皆様」
揉み手をしながら声を掛けて来たのは恰幅の良い商人――ノルディーだ。ひんやりとする早朝にも関わらず、既に額には汗が滲んでいる。
「あ、おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」
こんな時代表して答えるのは陽だ。ソフィとせつなは人見知りが激しい……。
「いえいえ、まだ日の出には少し時間がありますから。そうそう、今回同行して下さる方を紹介致します。ささ、どうぞ」
ノルディーの後に続いていくと、その子には立派は幌付きの馬車が一台。軽装備の男三人がせっせと荷物を積む作業をしていた。
「ああ~、ラディックさん。少しよろしいですか?」
ノルディーが声を掛けると、作業をしていた一人の男性が手を止め、こちらにやって来た。
「どうしました? ノルディーさん」
長身痩躯の爽やかイケメンだ。ブロンドの髪がサラサラと靡く。
「ええ、昨日お話しました冒険者の方々がお越しになられたようで、ええ」
「あぁ、欠員補充の……」
ジロッと、まるで値踏みするような目付きで俺らを見たラディック。しかし、それも一瞬の事。直ぐに愛想の良い笑みを浮かべた。
「初めまして、皆さん。『山の風』リーダーのラディックと申します。此度は、メンバーに欠員を出してしまい、皆さんのお手を煩わせることになってしまって、申し訳ない」
「いえいえ、お気になさらずに。あたしたちはカッパーなんですけど、大丈夫ですか? 護衛クエストも初めてなんですけど」
代表して陽が答える。
「お話は伺っておりますよ。勿論、大丈夫です。迷宮都市までは街道を行く行程ですので、何も問題はありませんよ。今回は練習だと思って、気楽にしていて下さい」
「ええ、そうです、そうです。商人たる者、護衛の見栄えも重要ですから、ええ」
何も問題はないと、ノルディーも続ける。
「そうですか。なら、気楽にしときますっ」
ピシッとお茶らけて陽は敬礼。この件で話し合うのも不毛だと思ったのだろう。
「では、他のメンバーを紹介します。皆、ちょっとこっちに来てくれ」
ラディックが呼ぶと、作業を止めて二人の男性冒険者がやって来る。体格の良いマッチョマンと、ヒョロッとした陰気な男性の二人だ。
互いに簡単な自己紹介を終えると、それぞれ作業へと戻る。全ての荷物を荷台に積み込めば、後は迷宮都市へと出発だ。
「ディンとライは、前方警戒。馬車の左右前方に付いてくれ」
「了解した」
「……」
ん~……この二人は、無口な性格らしい。作業も黙々と行っていたし……。一方、リーダーのラディックは愛想の良い男性だ。色々を話題を提供していた。まぁ、陽以外は全く喋っていないけど……。
「前方警戒はあの二人に任せて下さい。皆さんは、僕と一緒に馬車の後ろ。後方警戒を主にして下さいね」
「はいっ。任されましたっ」
「と言っても、街道を進むので、そこまで気にしなくても大丈夫だと思いますよ」
にこやかに微笑むラディック。彼が御者台に乗ったノルディーと二、三言会話すると、ゆっくりと馬車が動き始める。
「では、行きましょうか」
ラディックに促され、俺らも馬車の後を追った。
南門を抜け、真っ直ぐに伸びる街道を進んでいく。
カタコトと小気味良い車輪の音。日が昇り、澄んだ空気。う~ん、今日もいい天気だ。
「皆さん、冒険者になられて、どれくらいになりますか?」
開けた街道では魔物蹴撃があるはずもなく、俺らが退屈しないようにラディックが話題を提供する。
「あたしとせっちゃん……せつなちゃんは大体一か月になります。フィーちゃん……ソフィちゃんは昨日冒険者登録したばかりなんです」
「へぇ~。昨日登録したばかりなんですか」
もっぱら会話するのは、陽だけなのだが。ソフィとせつなは、若干ラディックから距離を取っている。
「そう言えば、ずっと気になっていたんですが……」
チラリと俺を見るラディック。
「あぁ~、りゅうちゃんは冒険者じゃないんですよ。えっと……あたしの弟です」
おい……弟って……。
「そうでしたか。でも、冒険者ではないのに、大丈夫です? 街道を行きますから、そんなに危険では無いとは思いますけど」
「大丈夫ですよ。りゅうちゃんは、これでも魔法を使えますし」
「へぇ~魔法を……」
ん? 何だ? 何となく嫌な視線……。
「魔法と言っても、種火くらいしかまだ使えません。初歩も初歩なので、あまり期待はしないで下さい」
陽が答える前に、俺はそう言っておくことにした。あまり手の内を見せるべきではないと思う。
すると、ラディックは、ニコッと微笑む。
「あぁ~そうでしたか。なら、あまり前に出さないようにしないといけませんね。勿論、戦闘はなるべく、僕らのパーティーが請け負いますけどね」
「えっと……あたしたちはその場合どうしたらいいですか?」
「接敵した時は馬車に張り付いていて下さい。僕たちで対処しますけど、もしも、僕たちをすり抜けて、馬車に向かう敵も出てくるかもしれませんから、そういった敵だけと戦ってもらえればと思います。あぁ、心配しないで下さい。街道付近は定期的に魔物の討伐が行われていますから。それにこの付近ではそれ程高ランクの魔物は出現しませんよ」
「でも……それだとあたしたち……お荷物じゃありませんか?」
「そんなことはありませんよ。新人冒険者が他の冒険者に同行することって、結構よくあることですから。新人冒険者の教育……何だか偉そうですけど……そういったことも、僕たちの役目ですので、気にしないで下さい」
「そうなんですか。よろしくお願いします」
「はい、お願いされました」
ニコッと爽やかにラディックは微笑んだ。
街道を進む俺たち。ラディックの言う通り、この付近は魔物の討伐が定期的に行われているのか、襲撃を受けることも無く、淡々と進んでいく。
前方警戒を請け負った二人は、左右に目を凝らしながら警戒しているのに対し、ラディックは呑気にお喋りだ。これもまた、新人冒険者の緊張を解く為かもしれないが。
「護衛依頼で気を付けるべき点は――」
「野営設営とかも重要な技術で――」
先輩冒険者として、護衛任務についてアレコレとレクチャーしていくラディック。もっぱら相槌を打つのは陽だけだけれど……。
特に魔物の襲撃やら、その他トラブルは全く起きず、そろそろ日が傾き出した。
「うん、今日は予定通りですね。日が暮れる前に野営設営を行った方がいいですし、ノルディーさんに伝えてきます」
ラディックはそのまま御者台のノルディーの元へ駆け足で向かい、二言三言。すると、馬車は街道を逸れ、進路を変えた。
「あれ? 街道から外れてますけど……」
「大丈夫です。この先、少し行った所に綺麗な小川があるので、今日はそこで野営をします。ほら、あまり街道の近くで野営をするのはマナー違反なんですよ」
自信満々にラディックはそう言う。そういうものなのだろうか……。
街道を逸れた馬車はそのまま森の中へと進んでいく。森の小径と言った具合で、馬車一台がギリギリ通れるくらいの幅しかない。
しばらく進むと、ラディックが言っていた通り、小川が見えて来た。
「さて、ではこの辺りで野営の準備をしましょうか。えっと、ヒナタさんたちは、野営をしたことは?」
「あたしはしたことが無いです。フィーちゃんは?」
陽が俺に訊かないのは、俺が冒険者ではないからだ。
「えっと……わたしは……」
どう答えたものか判らず、ソフィは俺に助けを求めるかのように視線を向ける。
俺とソフィは勿論野営経験者だ。だけど、パーティーでの野営は経験していないし、他人の設営を見るのもいいかもしれない。
俺はラディックに気付かれないように、そっと首を横に振る。
「わ、わたしも野営はしたことがありません」
「うんうん。なら、今日は僕たちの方で設営しますね。あぁ、でも、もうすぐ暗くなりそうだから、今日はササッと設営するので、やり方はまた明日でもいいですか?」
「はい。判りました。えっと、あたしたちでも何か手伝えることはありませんか?」
「そうですね……なら、小川から水を汲んで来て貰えませんか? あと、枯れ枝を集めて来て下さい。夕食の支度に使いますので」
ラディックは荷台から革袋を取り出し、陽に渡す。
「水汲みと、枯れ枝集めですね。わっかりましたっ!」
俺たちは、水汲みと枯れ枝を一塊になって行う。森の中だし、警戒は怠らない。
「ん? 何か……臭くないか?」
鼻に突き刺さるような刺激臭が。堪らず鼻を摘まむ。
「え? 別に何も臭わないけど?」
「わたしも別に何も……」
「私も……です……」
三人は特に気にならないらしく、キョトンとしていた。
おかしい……何だ、この匂いは……段々、目が痛くなってきた……。
「大丈夫? りゅうちゃん。苦しそうだけど……」
「よく判りませんけど……一度戻ってみましょう」
「うん、そうだね」
だが、野営場所へ近づくにつれて、匂いが増していく。
……ダメだ……く、苦しい……。
俺はその場に崩れ落ちるかのように、倒れ込む。慌ててソフィが俺を支えた。
「リュウヤさんっ!?」
「ちょっと、ちょっと!? とにかくラディックさんを呼んで来るよっ」
陽が慌ててラディックを呼びに走った。
「リュウヤさん、大丈夫ですか?」
徐々に意識が朦朧とし、ソフィの声もどこか遠くに感じる。返事をしようにも呼吸が浅く、声にならない。
と、ラディックを呼びに戻った陽が戻って来る。
「どうかしましたか!?」
「急に倒れちゃったんです! 何か『臭い』がどうとか……」
「臭い? ……もしかすると、魔除けの臭い袋のせいかもしれません」
思い当たる節があったのか、ラディックがそう零す。
「野営する時など、魔物を近づけないように、魔物が嫌う臭い袋を周囲に置くのですが……」
おい、おい……中鬼族の俺にとっちゃあ死活問題だよ……。何してくれてんだ、ラディックよ……。
「その魔除けの臭い袋には人体に影響は無いのですが、極稀に気分が悪くなる者も居ると聞いたことがあります」
魔物にとって苦手な刺激臭を放つ魔除けの臭い袋。それが変調の原因か……。
だけれど、ちょっぴり安心した。こんな所で俺の正体がバレてしまっては大問題だしな。
「体調が悪くなってしまったら、対処法とかあるのです?」
俺を支えながら、ソフィが訊く。
「いえ。特に対処法などは無かったと思います。暫く安静にしていれば良いとしか、僕は聞いたことがありません」
そうは言っても、俺は魔物だ。このまま安静にしていて復調するはずも……。
《問題ありません、マスター。体調不良の原因を究明、及び、解析に成功。それに伴い、新スキル「毒耐性」を取得しました》
ラファの報告と同時に、スーっと身体が軽くなっていく。立ち眩むほどの刺激臭も、今となっては気にならなくなってきた。
完全復活! 流石はラファ大先生。チートが過ぎるよ。
どうするべきか、しかめっ面で協議していた彼らに声を掛ける。
「ああ、ちょっと休んだら、段々マシになってきたよ」
「え? りゅうちゃん、大丈夫なの?」
「うん。多分、匂いに慣れたのかも」
「ホントに?」
心配顔の陽に、微笑みもって答える。
「ラディックさんもご心配をお掛けしました」
「いえいえ。こちらも事前に確認するべきでしたね。申し訳ありません」
特にラディックの責任も無いのだが、彼は律儀に謝罪をしてくれた。
「では、僕は先に戻ります。夕食の準備もありますし、皆さんは少し休んでいて下さい。急に動くと、また体調が悪くなるかもしれませんから」
爽やかに微笑みながらラディックは、野営場所へと戻っていく。その際、集めた枯れ枝の束を持ち帰るという紳士ぶりを見せて。
話し声が聞こえなくなる距離までラディックが離れると同時に、未だ心配顔のソフィが口を開く。
「本当に大丈夫なんです? 魔物には良くないものみたいでしたけど」
「そうだよ。ホントに大丈夫なの? あれだったら、こっそり臭い袋回収しておくよ?」
ああ、俺が虚勢を張っているのだと思っているのか。まぁ確かに、俺は中鬼族だし、安静にしていれば回復するなんて、普通はあり得ないからな。
「ホントに大丈夫だよ。ラファが頑張ってくれたんだ」
「ラファ……ファーちゃんが?」
「うん。俺もよく判らないんだけど……新スキル「毒耐性」を取得したみたい。やっぱり魔除けの臭い袋は、魔物にとってかなり有害みたいだな」
「え? 新スキル? えっと……たった今、取得したの? もしそうだったら――」
「チートだよな、ホント」
陽の言葉を受け継ぐと、乾いた笑みを浮かべる三人娘。
《やれやれ……この程度で驚かれてしまうとは。この程度、誰でも出来る事でしょうに》
……いや、誰でもは出来ねぇから。
体調は万全になったが、しばらくは野営場所に戻らず、ダラダラとした。ぶっ倒れていたんだし、急にピンピンしていると、あらぬ疑いを掛けられてしまうしね。
時間を置いて、キャンプ地に戻ると、食欲をそそる美味しそうな匂いが漂っていた。
「あ、もう動いても平気になりましたか?」
料理番をしていたラディック。
「もう平気です。心配をお掛けしてすいません。それに……」
見ればテントが二つ既に設営されており、各々の作業を終えたノルディーら全員が、既に集っていた。
「何から何までしてもらって、すみません」
「いえいえ、お気になさらず。ただ、僕たちが野営に慣れていただけの事ですから」
「ええ、ええ、そうです、そうです。とにかく、座って頂いて、夕食にしましょう、ええ」
ノルディーに席を勧められ――とは言っても、椅子なんて無く、地べたに、だが――、腰を下ろす。
ラディックが匂い立つ大鍋からスープを木皿に注ぎ、皆に配っていく。
本日の夕食は、温かいスープにパン。それから肉を焼いた物だ。想像していたよりも豪華な食事に驚く。
「街から新鮮な食料を持って来れるので、初日だけは豪華なんですよ。明日からは、申し訳ありませんが、干し肉と硬いパンになってしまうんですけど」
なるほど。明日からは想像していた粗末な食事という訳か。
「では、冷めない内に頂きましょう」
「「「いただきます」」」
手を合わせて、いただきます。四つの手を合わせる音が重なる。
「えっと……何かの宗教儀式ですか?」
俺ら四人が一斉に手を合わせたものだから、ラディック一同皆驚いていた。
「あ、これはあたしが住んでいたところで、食事前には必ず神様に感謝するんですよ。ね、せっちゃん」
「は、はい……命を頂く……ことから……そうするみたいです……」
陽に話を振られ、なんとか答えるせつな。
「へぇ~。ミリス教ではないですね。僕の知らない宗教かな?」
「えっと……仏教なのかな?」
いや、こっちを見られても……。
俺には答えられないので、無視して食事を……と、ここで大問題発生! 俺は今白黒の仮面を付けている。これは俺が中鬼族だと気づかれない為の変装。食事を摂る為には外すしかないのだが……。
チラッと視線を向ければ、ラディック一同、にこやかにこちらを見ている。自分の食事はせずに……味の感想でも聞きたいのか……。さて、どうする俺……。
すると、チョンチョンと肩を叩かれた。
「あの……私が……影になるので……」
小さな声でそう言うせつな。なるほど、せつなの影に隠れて、食べればいいのか。グッジョブ、せつなっち。
お言葉に甘えて、せつなの背中側に回り、仮面をずらして、スープを啜る。
クラムチャウダーみたいなスープだ。コクのある味わいが、匙を進める。
「うわぁ~、すっごく美味しいっ!」
「食べた事が無いスープですけど、本当に美味しいですっ」
「おいしいです……」
どうやら女性陣の口にも合ったようだ。頬が綻んでいる。
「お口に合って何よりです」
ラディックの声もどことなく気色に富んでいた。
俺はせつなの影から顔を出しながら……。
「ホント、うま――」
しかし、それ以上俺は何も言えなかった。
ラディックは……。
「本当に良かったです」
ニタァと邪悪に嗤っていた。




