9.
どこで何を間違えていたのだろうか。奇妙な虚脱の中で考えた。手にはあの感触が残っている。嫌悪感。罪悪感すらないのが意外で自分に吐き気を催した。
「行かなきゃ‥‥」
どうせもうここには帰ってこない。帰る場所などないし、そんなつもりもさらさなかった。見つけたときは死ぬときだ。見つからなければどこかで朽ち果てるだけ。
後から思えば、それはありえないことだった。マナファナの左の剣がマナファナ以外を傷つけることなど、あれ以降、一度もなかった。けれども理屈がどうだったとしても、あの日マナファナは己の意志で、己の邪魔をしようとした男を斬り捨てた。それは文字通り。
虚脱から返って、のろのろとマナファナは動き始めた。血濡れた服は着替えなければならない。きちんとたたんでその上に、書いておいた手紙を乗せた。何ともちぐはぐだ、物言わぬ肉塊と、覚悟の言葉。衝動的な産物と、沈思黙考の末の文章。
昨夜用意していたマントを羽織り、荷物を手にする。
部屋を出る前に振り返った。
「‥‥じゃあね」
それは十数年を過ごした部屋に対するものか、あるいはベッドの傍らに崩れ落ちているものに対するものか。
それはマナファナにもよく分からなかった。
朝の空気は冷たい。そうっと扉を開けて吸い込んで、マナファナは固まった。
「‥‥マナファナ」
「父さん‥‥なんで?」
聞いてしまってから、しまったと思った。
「‥‥どうして、クォルトといいお前といい‥‥何も言わずに出て行くんだ‥‥」
結局、父はどこまで知っているのだろう。呆然と、マナファナは父親の苦悩を見ていた。どうして、今日出て行くことを知っていたのだろうか。
「‥‥父さん。ごめんなさい‥‥」
泣きそうになるのをこらえる。止められても行かなくてはならないから、止めてほしくはない。
けれど父は、分かっているかのように首を振った。
「‥‥行くのだろう。行って来い。‥‥出来るならもう一度、帰って来い」
マナファナは頷かなかった。それができないことは分かりきっていた。探し物が見つかった時は死ぬ時だ。見つからなくても、この町はとても遠い。それにマナファナは目に見える罪をそのまま残してきてしまった。あぁそうだ、自分はその後始末すら、悄然とした父親に押し付けて去るのだ。
泣きそうに何も言えない娘を、父親は見つめて笑った。哀しく微笑んだ。
「――大丈夫だ。行って来い」




