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赤の空  作者: 岩
旅に出る前の話
18/53

4.

 覚えている母の面影は強かった。物心ついた頃にはいなかったのに、何故だか強さだけは残っている。強い瞳でどこかを見つめていた母。一度もマナファナを見たこともないように思う。


「――マナファナ!」


 けれどそれらすべての思い出は今は遠く、誰か別の人のそれだと感じた。


 父親と、テヘトと、抱きついてきたのは友人のコーニア。そしてその兄弟たち。


(私は‥‥)


 色々な記憶が交錯して、どれが自分だかよく分からない。知っているのに、遠い人たちのように感じる。


「‥‥だから大丈夫だと言ったでしょう」


 呆れはてたように、医者の先生が言う。抱きついていたコーニアが、顔を上げて照れたように笑った。


「だって、マナファナらしくない失態なんだもの。どうやったらこんなとこ、怪我できるの?」


 マナファナは薄く笑った。


「え‥‥えぇとね。こー、なかなか切れなかったもんだから。こー持って、力を込めたら勢いよく、すか、と」


 そういうことにしておこう。


 今度こそ、その場にいた全員が呆れた顔をした。その中で、医者だけが硬い表情(かお)になったのをマナファナは見逃さなかった。父親も、笑い声の割には表情は明るくない。


 知っているのだろう。憮然とした表情の下で、冷静に考える。どこまで知っているか、それが問題だ。


「マナファナ‥‥ほんとにらしくないよ?いやある意味、すっごい、らしいけど」


「うん‥‥なんつーか、自分でも何がなにやらよく分かんないや」


「‥‥あんたン家の包丁、相当切れ味いいのねー‥‥」


 ぎくり。少しだけひきつる。そうか、包丁の切れ味なんてそんなによくもないはずだった。だがどうやら気付かれなかったようだ。


 そういえば。マナファナは、軽く右手を動かしてみた。ちゃんと動くようでホっとする。どうやら見掛け倒しだったようだ。相当血が流れていたような気がしたが。

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