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探偵たちの休日出勤 ―DEAD-LOCK特別編―  作者: 西浪


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皿回し殺人事件_②

 パーキングに車を停めて、小さなアパートへと歩いた。規制線をくぐって部屋の前に立つ。開きっぱなしのドアの向こうから、捜査員たちをかき分けて遼山(とおやま)龍馬(りょうま)が現れた。……のだが、

 「無理だぞ」

 と言ったきり引っ込んでいく。どうやら門前払いを食らったらしい。

 「珍しいね。龍馬くんがテンプレ通りの警察してる」

 隣を見上げると、大紫兄は苦笑を浮かべて頷いた。

 「あー……うん。ね」

 「もしかして、私たちが来るって連絡したから慌てて片付けてる?」

 「どうかなぁ」

 わしわしと変な音が聞こえる。ぼっさぼさになった後頭部を眺めていると、そっぽを向いて整え始めた。

 「……頼んだの?」

 「推理しなくていいの、そんなことは」

 「正解なんだ」

 大紫兄は大紫兄で図々しいけど、聞き入れる龍馬くんも龍馬くんだ。

 「片付けさせなくても、私たちが入らないだけで済んだでしょ」

 「だって龍馬が片してやろうかって言うから。っていうか、結局なんやかんや理屈こねて見ようとするでしょ、碧波が」

 ちぇ、バレてる。


 仕方がないので車に戻り、連絡を待つことに。大紫兄がグローブボックスを開けて、紙皿を一枚取り出した。縁を指の腹でついとなぞり、私に手渡す。

 「紙そのもので手を切るようなことは、珍しくないけどさ。一応食器なんだから、そこの安全性は考慮されてると思わない?……ちょ、やめなさいッ」

 焦る声を聞きながら、親指を強めに押し当ててみる。縁は力を込めた分だけ、ぐにゃりとへたってしまった。指には真っ直ぐ型がつく。

 「大丈夫だって。……まぁ、こうなるよね。首回りは指みたいに柔らかくないから切れやすいかも知れないけど、致命傷になるかは別の話だし」

 「台所で死亡してたんだっけ。包丁じゃ駄目だったのかな」

 「駄目だったんじゃない?」

 「駄目だったんだろうね。皿回しの達人だから」

 真面目くさった顔で呟いた大紫兄が、今度は呆れた笑みを浮かべる。

 「ちゃちな見立てだと思わない?」

 大紫兄にしては珍しい、棘のある声色。鞄からポテトチップスの袋を出して開けてあげると、外を見たまま手を突っ込む。そんなに一気に掴んでどうするんだ。ほれ見ろ、どれか一枚でも抜いたらバラバラに落ちるぞ。

 「大紫兄、怒ってる?」

 「ずっと怒ってるよ。でも碧波にじゃない」

 「それは知ってる。……警察は自殺と事件、どっちだと思ってるんだろう」

 大紫兄の両手からポテチを二枚取る。まだ片付けの目処はつかないのだろうか。あんなに(、、、、)血の匂いが充満した部屋、床を拭いたところで三日間はどうにもならないと思うが。

 「証拠不十分で自殺扱いなんじゃないかな。仮に事件で、その目的が見立て殺人なら、まず疑うべきはチームの団員だろうね」

 「大紫兄はどっちだと思う?」

 「……俺の希望になっちゃうから、答えないどく」

 「…………そうだね」

 まずいと思ったのが伝わったのか、ぐしゃぐしゃに髪を掻き回される。取り敢えず、苦笑の滲んでいる口にポテチを詰め込んであげた。




 三十分ほど経って、ようやくアパートの前に戻ってきた。これが台所の窓なのだろう、格子のついた小さい窓を横目に規制線をくぐる。

 付近の物々しさは大して変わっていない。今度は規制線を越えたすぐそばで足止めされた。

 「悪いが入れられない。匂いはどうにもならなかった」

 そう言う龍馬くんの立ち位置は、普段よりも二メートルほど遠く。部下の小園(こぞの)くんは向こうで消臭スプレーを浴びている。半開きのドアから漂う独特の空気からして、神経質すぎるというわけでもなさそうだ。大紫兄も、近くの捜査員から借りた消臭スプレーを空中に振りまいた。

 「じゃあここに用事はない。場所変えないか?」

 「お前らの事務所でどうだ」

 「……風呂入って着替えてからな。それまで来るな」

 踵を返した大紫兄が、額に手を当てながら車へと歩いていく。龍馬くんに「写真送っといて」とだけ伝え、開かれた運転席に割り込むようにして座った。

 「ちょ、碧波?」

 「調子悪そうだから代わる。寝ていいよ」

 シートベルトまで着けてみせると、気の抜けた笑みを滲ませる大紫兄。ダメ押しとばかりにタブレットの入った鞄を奪い取り、後ろへ放り投げた。

 「……お言葉には甘えるけどさ」

 語尾を掻き消すように助手席のドアが閉まる。ぺきゃ、と間抜けた音がした。半ドアだ。三回ほど閉め直すのを待って、施錠ボタンを押す。

 「碧波は、大丈夫なの」

 もたつく手がぎこちなくシートベルトをはめる。合わせた目は珍しく、不安に満ちていた。

 「引きずってるのは、俺だけじゃないはずでしょ」

 「そうだね」

 後部座席に乗り出して、掴んだクッションを放る。ばふっと音がした。顔面で受け止めたらしい。

 大紫兄は不満そうに眉をひそめていたが、結局クッションを抱えて目を瞑った。

 「忘れてないよ」

 血の匂いも、死体の肌色も。

 返事はない。大層お疲れのようだ。エンジンをかけ、ゆっくりとアクセルを踏む。

 「大紫兄がここにいるのが、私のせいだってことも」

 「俺は今が一番楽しいよ」

 「……起きてたなら教えてって、いつも言ってくるくせに」

 ぼやきとともに隣を見やると、悪戯めいた笑みが返ってきた。

 「たまには逆があってもよくない?」

 「よくない」

 「よくないかぁ。スーパー寄って。そのあと代わる」

 言われるがままに方向を変える。買い出しはともかく、交代されては意味がないのだが。

 「寝ないの?」

 「碧波の考えが聞けたから満足。お昼、お素麺でいい?」

 「うん。流そう」

 「……竹、売ってるかな」

 基本的に何でもさせてくれる大紫兄だが、本当に無理なことはできないときもある。

 昼食の詳細が定まらないまま、私たちの車はスーパーの入り口に辿り着いた。


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