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探偵たちの休日出勤 ―DEAD-LOCK特別編―  作者: 西浪
皿回し殺人事件

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皿回し殺人事件

 目の前に置かれた砂糖壺を、同時に握りしめる。無理やり引っ張ろうとする大紫(たいし)兄の手を、空いている方の手ではたいた。

 「何すんの碧波(あおば)、離してよッ」

 「絶対見境なしに砂糖入れるでしょ、勿体ないんだからそっちが離してよッ」

 「ええい、刺激を求めて何が悪いー」

 「勿体ないって言ってんだろがー」

 「お二人さん、俺のこと忘れちゃってません?」

 向かいのソファーに腰掛ける依頼人が、面白がるような笑みを浮かべる。途端に大紫兄の手に力が入り、砂糖壺は強奪された。

 ぼちゃぼちゃと角砂糖が放り込まれるコーヒーを見ながら、「あーあー、お疲れですねぇ」と首をすくめる依頼人。自分の態度が原因だとは露ほども自覚していないらしい。


 依頼人の名前は(あずま)航一(こういち)。手品や大道芸を披露する、パフォーマンス集団の一員だ。

 どんな奴かと言うと、うちへ来るなり「なんか飲み物ないっすか?」。

 大紫兄と私を見比べて「ご兄妹?あ、違うの。へぇ〜仲良しっすねぇ、いいなぁ!アハハ!」。

 珍しく不機嫌丸出しの大紫兄の顔を見て「お兄さん怒らないでッ!あ、お兄さんじゃないんだっけ?失礼失礼〜」。

 こんな奴だったので、机には私たちのコーヒーしか置かれていない上に、大紫兄の目は苛立ちでバッキバキに冴えていた。東は相変わらずへらへら笑いながら、形式として渡した名刺を弄んでいる。

 「お名前の色にちなんだ枠線つけるなんて、お洒落じゃないっすかぁ。ん⁉朝賀(あさか)さんの紫はともかく、なんで深月(みづき)さんは青なんすか?『碧波』だったら、どっちかってーと緑っしょ。なんか理由ある感じ?

 俺こんなだけどね、こういう知識はあるんすよ。知ってたらモテるから。ウケるっしょ?」


 ふと大紫兄のカップを見ると、角砂糖がこんもりと盛られていた。全て角砂糖に吸われてしまったらしく、コーヒーの水分はどこにもない。イライラが最高潮のようだ。

 「全部入れちゃったの?」

 「今すぐお帰りいただこう碧波。ね、それがいい」

 びきびき青筋を立てながら、ガン開きの目で訴えかける大紫兄。限界である。私の返事を待たずに東に向き直ると、真っ直ぐ出口を指差した。

 「帰れッ」

 「今朝はね、あいつと釣りに行く予定だったもんで、アパートまで迎えに行ったんすわ」

 「聞けよ!」

 歯をぎりぎりさせる大紫兄をよそに、東は神妙な面持ちで私に話し始めた。


 「あいつ……立野(たての)(りく)は、うちのメンバーなんだけど。皿回しの腕なんか一級品でさ、陸が出るショーはいつも大盛り上がりだったんだよね。スティックなんか特注品の長ーいの使ったりして。元々友達でもあったから、休みの日はいっつも一緒に遊んでた。

 で、だよ。今朝も部屋まで行ってさ、インターホン押すじゃん。出ないのよ。玄関の鍵も閉まってるし。

 陸の部屋は一階で、玄関から近いとこに台所の窓があるんだけど。そっちは鍵がかかってなかったみたいで、引いてみたら開いたのね。そんで、寝坊してんのかと思って覗いてみたら─」

 「亡くなっていたと」

 大紫兄が食い気味に相槌を打つ。東は不思議そうに首を傾げると、そのまま頷いた。

 「そうっす。そこらじゅう血だらけで」

 「それからどうした?」

 「その場で警察呼んで、一緒に部屋に入って……で、首のこの辺だったかな。傷があって─」

 「自殺」

 「え?」

 「自殺だ。そうでなくても、ただの殺人事件。警察に任せてくれるかな」

 口早に遮り、大紫兄が私の前に手を出す。仕方なしにタブレットを乗せてやると、依頼人情報を開いて東を見据えた。

 「あんたの情報は、ちゃんと消しておく。どうしても探偵を呼びたければ他所を当たれ。その事件は、うちじゃ扱えない」

 「え、……なんかあったんすか?」

 開こうとした私の口に、茶菓子が突っ込まれる。大きく眉を下げる東に、大紫兄は苦笑を浮かべた。

 「あったと思うなら聞くな」

 「はぁ。でね、その状況がなんとも変っつーか……」

 「受けないって言っただろ!話聞けよッ」

 「聞くなって言ったり聞けって言ったり、難しいお人っすねぇ」

 頭を抱えている大紫兄の指に、茶菓子を数本刺してあげる。タブレットを奪い取ると、代わりに東に向き直った。

 「変って、どんな風に?」

 「なんて言うかなぁ、その……ね?自殺にしても事件にしても、こういうときって凶器に何使います?」

 「剃刀、ナイフ、まぁ刃物ならなんでもいいよね。

 例えば……むぐ」

 指を折りながら答えていると、復活したらしい大紫兄が私の口を塞ぐ。

 「余計なこと喋らないの。で?その変な凶器は、何だったんだ」

 「……紙皿、っす」


 紙皿ぁ?


 思わず大紫兄と顔を見合わせる。聞き間違いだろうか。

 「血の中に落ちてたんすよ。端っこの方に、握りしめたみたいな跡もあって」

 「紙皿で首を掻っ切った、って言いたいのか」

 「興味持ってくれました?」

 東はごそごそと鞄を探ると、チケットファイルを取り出した。手渡されて中を見ると、テーマパークのチケットが入っている。印字されているのは今週末の日付だ。

 「女の子と行く約束だったんだけど、フラれちゃって。報酬にプラスで譲るっすよ。シーが良かったってんなら、そこは自腹でよろ」

 私がチケットをぴらぴらさせるのを横目に、大紫兄が身を乗り出す。

 「悪いけど、受けられないものは受けられない。依頼は契約なんだ、もので釣ろうったって……」

 「え、行かないの?ランド」

 「え」

 焦り顔を向ける大紫兄の目の前で、チケットを握りしめてみせた。「おっ、いったれいったれ〜」と東が煽る。ちょっとうるさい。

 「いや、碧波がいいなら受けるけど……ほんとにいいの?ランドでもシーでも、好きな日にチケット取るよ?」

 「そのチケ、メニーちゃんのイベント最終日っすよ。もう売り切れちゃってるよ、あと限定のカフェメニューもあるって!」

 「あーもう、あんたはちょっと黙ってろッ!頼むから今帰れすぐ帰れ、あとで連絡するからッ」

 声を荒らげる大紫兄に「へいへーい」と返事をすると、東は靴をつっかけて出て行った。見送りもそこそこに、大紫兄は私の両肩を軽く掴んで顔を覗き込む。

 「首掻っ切った死体だよ。現場、そのまま残されてるかも知れないんだよ。

 もし調べていいって言われたとして、碧波見れる?そうじゃなくても、現場の詳しい状況聞ける?

 俺は碧波が選んだ方に合わせる。でも、少しでも思うことがあるなら、やめた方がいいと思ってる。


 ……俺たちは、人のために探偵やってるわけじゃないでしょ?」


 思い出されるのは、血浸しの部屋と転がる死体。普段なら忘れたふりをしているそれを敢えて想起させようとするのは、他でもない私のためだ。


 この幼馴染と一緒に探偵事務所を設立してから、はや数ヶ月。事件の依頼も増えてきて、雑炊ばっかり食べなくて済むくらいには稼げるようになってきた。

 だから依頼の一つくらい、断っても構わないと言えば構わない……探偵としてどうなのか、という点は置いておいて。


 彼の言う通り、私たちは他人のために探偵をしているわけではないからだ。


 「それはそうだけど。こっち(、、、)の事件は、ちゃんと謎があるじゃない」

 大紫兄は答えない。慎重な表情のまま、私の言葉を待っている。

 「下手な仕事の選び方をすると噂が立つ。ちゃんとした依頼なら、断らない方が得策だよ。

 『まだ来られちゃいけない』って、大紫兄が一番思ってるでしょ」

 「……そうだけど」

 「早く済ませてランド行こうよ。よく知らないけど、たぶん楽しいよ」

 束の間下を向いていたかと思うと、いつになく真剣な顔を上げる大紫兄。私が身構えることはない。

 基本的に反対はされないし、されたとしても悪い風にはならないからだ。

 最終判断はいつも、大紫兄がいいと思う方に任せている。


 「わかったよ。受けよう。でも現場には入らない」

 「それで仕事になる?」

 「世の中には安楽椅子探偵ってのもいるんだよ」

 小さく笑いながら立ち上がると、大紫兄は固定電話の受話器を取った。

 「準備しておいで。東に連絡入れておく」


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