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翡翠の瞳は隠さない~虐げられた令嬢は辺境の地で溺愛されながら翡翠の瞳で真実を照らす~  作者: 凪砂 いる
第一章|翡翠の瞳は嗤われる

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6.夜の帳に咲く絆

 「――姉様、本当に行くの? あいつに……売られるようなものじゃないか!」


 夜。部屋に入ってきたファビオが低く、震えた声をあげる。

 私は、首を振り、静かに答えた。


 「私だって、怖い。――でもね、あの方は……初めて私の瞳を見ても、侮蔑しなかった」

 

 そう言いながら、私の体はわずかに震えている。

 ファビオが、心配そうにこちらを見て、呟く。

 

 「姉様は怖くないの? 『血霞の侯爵』が――敵対するものは身内でも……って噂じゃないか。姉様だって、何をされるか――」

 「ファビオ。あの方は……『血霞』の名を冠するような方ではない。そんな気がするの」


 ファビオが、黙り込む。「まだ納得がいかない」そんな表情を浮かべている。

 国境の町、ファルネーゼ侯爵領は、王都(ここ)とは文化が少し違うと聞く。馴染めるだろうか。いや、こことは違う文化の町なら――何か変わるかもしれない。そんな僅かな期待が胸の奥に灯った。


 私の翡翠色の瞳が誇りの色だと、そう仰ってくれた方のもとならば、ここよりは息ができるかもしれない。

 ファビオをまっすぐ見て、私は口を開く。

 

 「……信じてみたいの。あの方のことを」


 私の口から、初めて出た心からの言葉。

 ファビオは、一瞬目を丸くして、少し俯いて呟く。


 「姉様の意思なら、僕は反対しない。僕も本当は、姉様には家を出て……幸せになってほしい。こんな生活、していてほしくない」

 私はそっとファビオに触れる。

 「ありがとう……ファビオ。その言葉が、とても嬉しい」

 視界がじわりと滲む。


 「姉様が信じるなら、僕も――侯爵様を信じて教えを請うよ」

 

 ふっと、ふたりで吹き出すように笑う。


 ファビオが部屋を出ていき、静けさが戻った部屋で私は荷造りをする。

 ……と言っても、古びたドレスが数着と、お祖母様の贈り物の翡翠色のドレスと首飾り。

 私の持ち物は、このくらい。小さな鞄に収まるかもしれない。


(――本当に、この家には私のものは何もない)


 心の中で呟く。


 音を立てぬよう静かに部屋の扉を開け、バルコニーへ向かう。

 バルコニーへ出て空を見上げると、夜空には満天の星と、月が白くふわりと浮かんでいる。

 その下に、人影が見えた。


 「お父様……? 夜風はお体に障ります」

 お父様は、静かに首を振り答えた。

 「アリーチェか……。ただ、夜風にあたりたい気分でね――アリーチェ、本当にすまないことをした」

 私は、首を傾げる。

 「なぜ、お父様が謝るのですか? ……ファルネーゼ侯爵家に嫁ぐのは、私の意思です。家のためではありません」


(お父様とファビオ――そしてこの家が守られるなら、駒にだってなんだってなる。そう思っていたけれど……)


 「……これを、持っていきなさい」

 お父様の手には小さな翡翠色のブローチ。

 「……これは……?」


 お父様が空を見上げ、静かに口を開く。

 

 「これは、代々この家に伝わるものだ。アリーチェ、お前にこそふさわしい。お前を、守ってくださるだろう」

 

 私は小さく「はい」とだけ答え、頷いたあと翡翠色のそれを受け取った。


 忌むべき翡翠色の装飾品が、なぜこの家に代々伝わっているのだろう。

 お祖母様も「誇るべき色」と仰っていた。

 その意味は――私にはわからない。


 ただ、私の胸は少しだけ暖かくなる。


 私は、お父様の方を向き、呟く。


 「ありがとうございます――お父様も、お休みになってください」


 お父様は微笑み、静かに頷いた。


 静かに部屋へ戻り、翡翠のブローチを見る。

 それを見ると、暖かく、どこか懐かしい空気が漂う。

 刻まれた紋章を見て、私は目を見開く。


(これって――王家の紋章じゃない。どうしてこの家に――?)


 翡翠色の意味、お祖母様と侯爵様の言葉の意味。

 そして王家の紋章。

 私は、胸のどこかでざわざわした予感のような感覚がした。

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