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翡翠の瞳は隠さない~虐げられた令嬢は辺境の地で溺愛されながら翡翠の瞳で真実を照らす~  作者: 凪砂 いる
第一章|翡翠の瞳は嗤われる

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5.なぜ、私?

 いつものように帰宅すると、屋敷の中がざわついていた。

 きょろきょろとしている私に、母の厳しい声が飛ぶ。


 「アリーチェ、これからファルネーゼ侯爵がお見えになるそうよ。早く着替えなさい。汚い格好はしないで――オルドラン家の品格に関わるわ」


 品格以前の問題だ――と私は言いたいのを抑え、自分の部屋へ向かい、クローゼットを開く。

 どれも、人前で着るにはあまりにも古びていた。

 

(汚い格好をするな、か)

 

 よく言えるものだ。私は心の中で呟きながら、お祖母様に贈られた翡翠色のドレスを身にまとう。

 お祖母様がこのドレスをくださった時、私にだけ聞こえる声でこう言った。

 

 「アリーチェ、翡翠色は忌まわしき色ではないわ。誇り高き色よ」


 装飾も、お祖母様の贈り物を身につける。翡翠のあしらわれた首飾り(それ)が一瞬、ふわりと光って見えた。

 まるで、私に「大丈夫」と告げるように。

 目の色が見えないように深くヴェールを被り、広間へ降りる。


 遠くから聞こえる馬車の音が少しずつ近づいて来たその時――一瞬、空気がぴんと張りつめた。

 馬車から降りて足音が重く響く。張り詰めた空気が、さらに何重にも増す。


 扉に現れた彼――ファルネーゼ侯爵様は、少し威圧感がある。

 つかつかと私の前に近づいてきて、立ち止まり、正面から私の瞳を見た。

 つい俯く私に、侯爵様は「顔を上げて」と囁く。

 顔を上げると、彼はとても優しい微笑みを私に向けた――が、彼の真意は見えない。


 心臓が、大きく早鐘を打ち、顔が熱くなる。

 なぜ、こんな私を選んでくださったのか、優しい目を向けてくださるのか――私にはわからない。


 その時、バンッと大きな音を立て、扉が開く。


 「……姉様を、買ったんですか?」

 

 奥の部屋から飛び出してきたファビオが震える声で言う。

 侯爵様は、静かに答えた。


 「買ったのではない――選んで、迎えに来たのだ」

 

 「それでも信じられない」と疑うように睨みつけるファビオを見る侯爵様の目は、どこか懐かしいものを見ているようだった。

 まるで、遠い過去を見ている、そんな眼差し。


 「――おやめなさい! ファビオ!」


 母が止めに入る。侯爵様は、母に冷たい射抜くような目を向ける。


 「婚姻の条件に追加する――令息ファビオ・オルドランの教育も我がファルネーゼ家で行う」

 

 母が、苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、かろうじて笑みを保っている。

 私とファビオは状況が飲み込めず、その場から動けずにいた。


 「アリーチェ、こちらへ」


 侯爵様の言葉に、私の胸がまた高鳴る。そして、彼の後ろを静かに歩き出す。


 二階の、私の部屋の前。ふたりきりになった状況。私は胸の鼓動が聞こえてしまいそうなほど大きな音を立てていた。

 侯爵様は、私の目を覆っていたヴェールを上げて、静かに声を落とす。ただ、その瞳は私を絡め取り、逃れることのできない色を僅かに秘めている。

 「アリーチェ、もう瞳を隠す必要はない」

 私は、絞り出すように「はい……」と返事し、ゆっくりと頷く。


(なぜ、侯爵様は私の瞳を見ても否定しないのだろう……そして、なぜ私なんだろう)


 何度も、何度も、その疑問が頭から離れない。

「呪われた子」「忌まわしい色」と言われてきた私を、妻として迎え入れてくださる。

 その本当の意味は何なのだろう。何か裏があるんじゃないか。そのような考えがぐるぐると駆け巡る。


 ただ、私を見る侯爵様の目は、本当に優しい。今まで向けられたことのない暖かさに、私は戸惑ってしまう。

 お祖母様が亡くなった今、私に優しい眼差しを向けてくれる人なんて、周りにはいなかったから。


 「翡翠の色は……誇るべき色だ」


 侯爵様の声に、かつてのお祖母様の声が、重なった気がした。


 ファルネーゼ侯爵領へ発つのは一週間後。

 怖くないと言ったら嘘になってしまう――しかし、私の心には少しだけ暖かいものが灯り始めていた。

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