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翡翠の瞳は隠さない~虐げられた令嬢は辺境の地で溺愛されながら翡翠の瞳で真実を照らす~  作者: 凪砂 いる
最終章|翡翠の瞳は隠さない

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43/45

43.帰る場所

 王都での謁見を終えてファルネーゼ領へ戻っても、収穫祭の余韻が残っていた。

 祭りの空気さめやらぬ町は、今日も人の流れが絶えず、時折聞こえる洋琵琶(リュート)の音が流れるように響く。

 

 秋の風が収穫祭を境に少しひやりと冷たく駆け抜ける。

 木々は色づき、次第に季節は深まっていく。

 収穫祭が終わると、酒場と喫茶(カフェ)が賑わいを見せ、季節は移ろいゆく。


 「まだまだ踏み込みが甘いぞ、ファビオ!」

 「……義兄上(あにうえ)こそ……!」


 休みの日はファビオが屋敷の庭園でアウレリオ様と剣術の訓練をしている。

 それを、私とエルミラはくすくすと笑いながら眺める、これが最近の習慣のようなものだ。


 「おふたりとも、今日もなんだか楽しそうですね。まるで本当の兄弟みたい」

 

 エルミラが微笑みながら口を開き、私も頷く。

 全てが終わり、新しく始まった時間は、驚くほど穏やかに流れていた。

 

 王都から戻った日、改めてこの町の空気が私を暖かく包み込んでくれた。

 空は高く、どこまでも続くような秋の青が広がりを見せている。


 そして、アウレリオ様と墓地へ向かう。

 ひとつひとつの墓石が「もう大丈夫」と告げるように、墓地はこれまでになくあたたかい空気に包まれ、思わず視界が滲む。

 喪われたものは、戻らない。それでも私たちは、並んで進むと誓った。

 墓地で初めて彼が立ち上がり、微笑む。その目にはうっすらと涙が滲んでいる。

 

 「――これでやっと、皆も安心して眠りにつけるだろう」


 彼が、ぽつりと声を落とす。

 私はただ、彼の隣に立つ。


 「……やっと、終わったのですね。これで――」


 そして、彼はもう一度、墓石に向き直る。


 「……父上。あとは、俺が――この地と民を守っていきます。アリーチェと共に」


 びゅうっと一瞬強く暖かい風が吹き抜ける。彼に対する返事のように。


 墓地から見下ろす町には、波のように人々の声が寄せては返す。

 そして、海はどこまでも穏やかで、水面は、太陽の光で淡くきらめいていた。


 景色に見入っていた私の肩を、彼が優しく抱き寄せる。

 ふっと心がゆるみ、あたたかさを増していく。

 私は目を閉じ、彼に身を委ねて呟く。


 「あの日、あなたに出会えて、今――本当に幸せです」

 「俺もあの日、アリーチェに出会わなければ……今も過去に囚われたままだった……幸せなのは、俺も同じだ」


 ふたりでふっと吹き出すように笑う。

 私たちは、互いの闇に触れ、それでも支え合って互いを照らしあった。

 そして今、並んでここに立っている。


 墓地から町へおりると、町の装飾が収穫祭から次の季節へ取り替えられようとしていた。

 私の前にコトンとひとつ装飾が落ちてくる。


 「申し訳ありません、奥方様。お怪我はありませんか?」


 私は首を振り、申し出る。


 「いいえ、気にしないで。――それより、私も手伝っていい?」

 「奥方様に!? いや、それは……さすがに申し訳が……!」

 

 躊躇(ためら)う商店の店主に向かい、装飾を拾い上げて、答える。


 「……こういうの、得意なんです。これはどこに飾ればいいの?」


 実家の屋敷でかつてやっていたことが、皆の役に立てるかもしれない。

 もっとこの町に馴染みたい――そう思いながら、私は飾り付けを手伝い始める。


 「……俺もやる。あとはどこまでやるんだ?」

 「領主様まで! ――あなたは子供の頃から、そうでしたね」


 ふっと店主が懐かしそうに笑い、「それでは、その木にこちらをお願いします」と装飾を私たちに手渡す。


 「子供の頃――悪戯をしては、あの店主によく絞られたものだ」


 彼が懐かしそうに笑う。「やんちゃ」だった彼の片鱗が、ここにもあった。

 店主が彼に気づかれないよう、私へこそっと耳打ちする。


 「領主様は――子供の頃から、ああやって理由をつけて手伝いをしてくださるんです。皆を常に気にかけてくださる……そんな方です」

 「そうでしょうね。……あの人らしいです」


 私も声を潜めてふっと笑う。子供の頃の彼が目に浮かぶようだ。

 そして、私も装飾を木にひとつ、またひとつと飾りつけていく。


 飾り付けが終わり一足先に冬が来たその木を見て、彼は満足そうに見上げている。

 その目は、まるで少年のようにキラキラと輝いていた。


 広場の噴水のところで、小さな女の子が泣いている。

 転んだのだろうか、服の裾が破れていた。


 「大丈夫? 怪我してない? ――ちょっと待っていて、破れたところを縫い合わせるから」

 「……おくがたさま、できるの?」

 「こういうの、得意なの」


 少女へにっと笑みを返し、私は近くにある衣料店へ向かい、道具を借りて破れた裾を縫い合わせる。


 「ありがとう! これ、おれい!」


 彼女が私の手に花を差し出す。淡いピンクの花がふわりと揺れる。

 私は彼女のまっすぐな瞳と優しさに胸がじわりと暖まり、微笑んで口を開く。


「どういたしまして! 気をつけてね!」


 私にも、この町でできることがある。今度は、私が彼の傍でこの町を支えていく。私に生きることを教えてくれた、国境の町を。


「アリーチェ……意外と器用だったんだな」


 いつの間に後ろにいた彼の声がする。私は振り向いて、吹き出しながらもいつもよりまっすぐな声で答える。


「意外って……慣れてますから。私も、この町で何かできないかな、と思って……」


 外の風は冷たくなってきていても、私たちの周りだけは暖かな空気が満ちていた。

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