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翡翠の瞳は隠さない~虐げられた令嬢は辺境の地で溺愛されながら翡翠の瞳で真実を照らす~  作者: 凪砂 いる
最終章|翡翠の瞳は隠さない

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35/45

35.それが、私の言葉

 ――母の幽閉、そして国外追放が決まったと、私にも知らせが入った。


(ここまできたら、ファビオも呼ばないといけない)


 ちょうど収穫祭前の休暇に入ったファビオを屋敷に呼び寄せた。

 私の前に座る彼の目は、思ったより真っ直ぐ前を見ている。


 ファビオは、静かに口を開く。


 「――母上のことで呼んだんでしょ? 知ってるよ。アカデミーだってその噂でもちきりさ。……こうなって当然のことをしたんだよ、母上は……!」

 「ファビオ、あなた、全部知ってたの――?」

 「父上と姉様が巻き込まないようにしてるのもわかってた。だから――直接、義兄上(あにうえ)に聞いた。……僕だって動揺するほど、子供じゃない。それに義兄上(あにうえ)は、時々アカデミーに来られる。だから……色々、話した」


 初めて聞く事実に、私は若干戸惑いを隠せなかった。十五歳の子供だと思っていたけれど、ファビオはずっと、受け入れて前を見ていた。

 そのことに、私は安堵しつつも、心の中で何かがざわめく。

 思えば、ファビオは、実家にいた頃から母の仕打ちを庇ってくれていた。

 三歳も下の弟に背負わせるには……あまりにも残酷だった。


 そして私の胸は――ひどく締め付けられる。

 

 「アウレリオ様、全くそんな素振りを見せないから――知らなかった」

 「剣術だって、たまに教わってた。義兄上(あにうえ)も、先生も色々教えてくれた。そして――こうなっても変わらず僕に接してくれる」


 彼のふっとした微笑みに、私の感情は安堵と後悔でないまぜになる。――ファビオは知っていて、あえて言わなかったのだ。


 その時、玄関の前にカタカタと音が近づき、アウレリオ様の帰宅が知らされる。

 私とファビオは玄関の前に立ち、彼を迎えた。彼の目が、私とファビオを交互に見て、僅かに揺れる。


 「――お帰りなさい! アウレリオ様。ご無事で……よかった……!」

 「お疲れ様でございました、義兄上(あにうえ)


 アウレリオ様の表情がふっとほどけ、「こっちで話そう」と私たちを屋敷近くの墓地へ連れて行く。

 いつものように町を見下ろすようにある、墓のひとつひとつが、光に照らされている。まるで「終わった」と告げるように。


 「ファビオには言ってなかったな。ここは――五年前に殺された俺の両親と姉、そして侍女長の墓だ」


 彼は、慈しむような視線で、ひとつ、ひとつ目を向けて、声を落とす。


 「――全て、終わらせてきました。そして、これからも、守ります」


 私とファビオも祈りを捧げる。喪われた命が、どうか安らかであるように。

 墓石を照らす光が、一瞬強くなる。


 そして、アウレリオ様の表情がさっと曇り――重い口調で言う。


 「三日後――エノテラの門だ。国外追放が……行われる」


 私たちは頷く。母の追放刑が行われるのだ。追放された者は法の保護下にはおかれない。

 その者が殺されても、罪には問われない――人ならざる扱いを受ける。


 「――僕は、見届けます。父上の代理として」


 ファビオはどこまでも真っ直ぐな瞳で話す。しかし、その奥には怒りの色で染まっている。

 アウレリオ様は私の方を心配そうに見つめている。


 「――私も、行きます」


 誰のためでもない、私個人の恨みでも、国境の町の領主夫人としてでもなく、何より自分の気持ちに決着をつけるために母の行く末を見届けに行く。

 (そそのか)されていたとはいえ、実の娘を手に掛けようとした。家族だけでなく国も裏切ったものの末路としてはふさわしい。

 

 「……アリーチェ、無理をしなくても、いいんだぞ?」


 アウレリオ様が心配そうな声色で私に尋ねるが、私は静かに首を振る。


 「……私自身に決着をつけるために……あの人の行く末を見届けます」


 彼はそれでも、何か言いたそうにしているが、私の心は決まっている。

 冷徹と言われても、あの人に対してだけは最後まで決着をつけたいのだ。

 エノテラの門の先は、ウィンドミルではない。――あの人がどうなろうが、構わない。


 自分でももっと複雑な気分になる、悲しむと思っていた。しかし、現実は何ひとつ動かなかった。

 悲しみも、哀れみさえも浮かばない。ただ、ここに来てからの私の姿を見せる、それだけで――いい。


 「……姉様?」


 ファビオに声をかけられ、はっとする。


 「……無理しないで、姉様。氷のような――表情になってた」

 

 氷のような――そうかもしれない。

 王都にいたときのような――。

 それでも、私は三日後、エノテラの門へ行き……見届ける。

 実家では着たことのない衣装を身に着けて。


 瞳は隠さずに、母を見据える。

 それが、私の――せめてもの『言葉』だ。


 そっとアウレリオ様の手が肩に触れる。


 「……そろそろ帰ろう。ファビオ、君も屋敷に泊まっていきなさい」

 「――はい!」


 アウレリオ様とファビオが私を見る目が震えている。

 しかし、私の瞳には、夕暮れの橙色に光る空が、静かに映っていた。


 彼の手は私の肩に触れたままで。その熱が私をとどめていてくれている錨のようなものに思え、私もそっと上から手を重ねる。


(私は――彼と、この町で過ごした日々がある。だから。もう揺れない)


 静かに心の中でそう呟いた。

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